龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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十二の下 軍師、借ります

 

 

 劉邦の元へ向かう道の途中で、すでに張良は酈生(れきせい)や劉邦の意図を見抜いていた。

酈生(れきせい)の様子を見るに、どうやら食糧を借りたいというのは嘘だな。

 本当は、私を沛公(はいこう)劉邦のもとで働かせるのが目的だろう」

 

 張良は、素知(そし)らぬ顔をして劉邦軍の陣へおもむき、轅門(えんもん)(陣営の門)をくぐった。

 

 そこで出迎えたのは、劉邦の義弟樊噲(はんかい)だった。丁重に歓迎の礼をする樊噲(はんかい)に、張良は、かすかに眉を動かした。

「おお……! この人物は、開国の功臣となる人相だ」

 

 さらにその奥の寨門(さいもん)(とりで))まで進むと、蕭何(しょうか)曹参(そうさん)滕公(とうこう)夏侯嬰(かこうえい)、王陵ら、そうそうたる猛将・能臣を率いて、沛公(はいこう)劉邦みずから張良を出迎えた。

 

 張良は目を細めた。

 劉邦の人相は隆準(りゅうせつ)龍顔(りゅうがん)。国を治め民に安らぎをもたらす本物の君主の相である。

 さらに、それに従う蕭何(しょうか)曹参(そうさん)らもまた、みな国土を広げ開拓する功労者となるべき人相の持ち主だった。

 

 張良は思わずつぶやいた。

「一代の(きみ)あれば、必ず一代の(しん)あり……か」

 一代で国を作る主君のそばには、必ず一代で名を成す有能な家臣が集まってくる。張良の目に、劉邦らの姿は、まさにそう見えたのであった。

 

 そして心の内で、こうも思った。

「言葉たくみに沛公(はいこう)を説得しようと思ってここまできたが、まさか、これほどのお(ひと)であったとは。

 かつて我が師の黄石公(こうせきこう)は、『真の君主を助けて支え、名を万世に伝えよ』とおっしゃった……その予言が現実のものとなる日が来たのかもしれぬ」

 

 張良は(なか)ば覚悟を決めながら、地にひざまずいて再拝した。

 その張良を、劉邦は幕舎の中に迎え入れて、もてなした。

 

 劉邦と向かい合うなり、張良は少し悪戯(いたずら)っぽく微笑(ほほえ)んだ。

沛公(はいこう)は、(しん)()つために軍を立ち上げなさった。そして諸国の勢力が沛公(はいこう)の気風に惹かれて次々に帰服している。この状況で、兵糧(ひょうろう)が不足するはずがありますまい。

 一体なぜ()()の言葉などに耳を貸して、韓王(かんおう)に食糧を借りたいなどと嘘をついてまで、この張良をお招きになったのですか」

 

 全てを見透(みす)かしたこの一言に、劉邦は心底驚いた。

 おかげで、張良を味方に引き込むために用意していた誘い文句が、ぜんぶ頭から吹っ飛んでしまった。

 

 口をパクパクさせている劉邦を見かねて、そばにいた蕭何(しょうか)が口を出した。

「我が君が食糧を借りると言ったのは、実は張良殿を借りるためです。

 しかし張良先生、あなたがいらっしゃったのは、我が君に(かん)の実情を説くためでしょう? なのに、なぜその話をなさらないのです? それは、我が君を見て心の中に思うことがあるからでしょう。

 

 かつて博浪沙(はくろうさ)において始皇帝の車を撃った勇士に比べ、我が君の実力は百倍……いや、それ以上に(まさ)っている。

 先生が我が君に仕えて(しん)と戦ったならば、(かん)のために仇討(かたきう)ちを成すという先生の(こころざし)は、苦もなく成し()げられるでしょう」

 

 これを聞いて、張良は改めて地に拝伏した。

「私の心は蕭何(しょうか)殿に見透(みす)かされてしまいました。

 そうです。私は、たしかに(かん)のために仇討(あだう)ちを成したいと思っています。どうか私も、沛公(はいこう)の軍に加えてくださいませ。

 しかし、その前にまず韓王(かんおう)に報告して、了解を得たいのですが」

 

 劉邦は限りなく喜んだ。

 そこで次の日、劉邦の大軍は陳留(ちんりゅう)を離れ、均州(きんしゅう)(現在の湖北省)の道を通って、(かん)の国へやってきた。

 

 劉邦の到来を聞くと、韓王(かんおう)は城を出て遠くまで迎えに行った。

 劉邦は大軍を城外に(とど)まらせ、酈生(れきせい)蕭何(しょうか)樊噲(はんかい)、張良ら100騎ほどを率いて城に入った。

 

 韓王(かんおう)は酒宴を(もう)けて劉邦をもてなし、その席で言った。

「劉邦将軍は、暴秦(ぼうしん)を討伐しようとして仁義の軍隊を立ち上げなさった。

 先日、食糧を借りたいとの(むね)はご使者から(うかが)ったのですが、我が国は新しく立ち上がったばかりで(たくわ)えが無く、ご命令に応じることができません。そこで張良を謝罪に向かわせたのです。

 劉邦将軍、どうかご理解くださいませ」

 

 劉邦は柔和(にゅうわ)に笑ってみせた。

「いやいや! 張良殿から話を(うかが)って、韓王(かんおう)殿下が困っておられたことを知りました。どうして無理なお願いなどできましょうか!

 

 ところで、その張良殿ですが。

 彼は頭の中にたくさんの計略を持っていて、胸に大志も抱いています。食糧の代わりと言ってはナンですが、我が軍の頭脳として、しばらく張良殿をお借りできませんか?

 いや、そんなに長く引き留める気はないですよ! (しん)を滅ぼしたら、すぐにお返ししますから」

 

 思わぬ要求に、韓王(かんおう)は、しばし悩み、やがて静かにうなずいた。

「分かりました。張良には片時(かたとき)(かん)を離れてほしくありませんが、劉邦将軍は天下のために(しん)の無道に天誅(てんちゅう)を下そうとされているのです。その助けとなるならば、しばらく張良をお貸ししましょう。

 しかし、(しん)を滅ぼしなさった後は、どうか約束通り早くお返しくださいますよう」

 

 劉邦は喜んで感謝を述べ、張良を連れて自軍に帰っていった。

 

 

   *

 

 

 これ以後、劉邦は食事時には張良と同じ食卓を囲み、寝るときにも張良と同じ寝床を使い、昼も夜も張良から(いにしえ)兵法書(へいほうしょ)の講義を受けた。

 

 張良は、劉邦に極意を一つ一つ説き示しながら、ここちよい驚きを感じていた。

 この劉邦という男、何を聞いてもパッと目の前が開けるように、たちまち理解していくのである。

 

黄石公(こうせきこう)の教えを受けてからというもの、私は多くの人々と兵法書(へいほうしょ)について議論してきた。

 だが、誰も彼もボンヤリとしたもので、きちんと理解できる者は一人もいなかった。

 

 それなのに沛公(はいこう)は、私が説明したことを一字も詰まることなく飲み込んでいく。まるで元々すべて暗記していたかのようだ。

 この私でさえ、何年も熟読して、ようやく理解したというのに……

 

 沛公(はいこう)の頭脳明晰(めいせき)さには、とても(かな)わない。聡明さも、仁義も、知恵も、全て天から授かったお(かた)……彼こそが本物の君主だ」

 

 張良は大いに喜び、(おのれ)の知りうる限りを劉邦に教え込んでいったのである。

 

 

(つづく)

 

 

 

■次回予告■

 

 項羽・劉邦両軍が、疾風(しっぷう)怒涛(どとう)の快進撃で(しん)(みやこ)へ押し寄せる。追いつめられた趙高は、我が身かわいさ、その一念で、究極の暴挙に手を染めた。

 咸陽(かんよう)に降る(しゅ)(ごろ)しの鮮血。不満と憎悪が天地揺るがし国を傾けんとしたその時、始皇帝の血を受け継いだ一人の青年が立ち上がる。

 

 次回「龍虎戦記」第十三回

 『こま切れ趙高』

 

 ()う、ご期待!

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