そのころ、項羽は50万の軍勢を率いて東の道を突き進み、秦の勢力圏を猛然と踏み荒らしていた。
城を攻めれば必ず取り、敵と戦えば必ず勝つ。行くところ行くところ残らず放火し、城という城で血の雨を降らせる。暴力も虐殺も躊躇わず、人を憐むということを一切しなかった。
そのため、項羽の進路上に住んでいた人民は、ことごとく逃亡して身を隠した。
「項羽将軍、いけませぬ!」
と、軍師范増は、しきりに項羽を諌めたが、項羽はまったく耳を貸さなかった。
秦憎し、という心のままに殺戮を繰り返す項羽。
手下の大将たちさえ、項羽の暴威を恐れて胸に不安を抱えるありさまだった。
*
一方、劉邦のやり方は項羽の全く逆であった。
行く先々で民を憐れみ、兵には軍法を厳しく守らせ、会う人みなに優しく親切にふるまったので、人民は喜んで服従し、食べ物や飲み物を献上して劉邦を迎え入れた。
そのため、劉邦軍は途中でほとんど足止めされることなく、順調に秦国へと接近していくことができた。
さて、秦国の入口、武関まであと少しという所まで来たときのこと。
とつぜん謎の一軍が現れ、劉邦たちの行く手を遮った。
その軍から一人の大将が進み出て、大音声を響かせた。
「沛公劉邦に会って一言言いたいことがある!」
劉邦の陣からこれを見ていた二人の大将、傅寛と傅弼が、
「敵か!」
と熱りたち、馬を出して戦いを挑んだ。
だが、相手の大将は強かった。20合ほどの戦いで、たちまち傅寛を生け捕り、傅弼を打ち破ってしまった。
彼がまた声を張り上げる。
「よせ! 俺が沛公に会いたいというのは、別に、他意はないのだ!
俺の手下に3千の兵がいる。この兵で沛公に力を合わせ、ともに秦を破りたいだけだ!」
それを聞くと、張良が馬を進ませ、陣の前に姿を現した。
「あなたは何者です? お名前を伺いましょう」
しかし、大将は答えようとしない。
「沛公に会って直接名乗る」
このやりとりを横で聞いていた樊噲が、腹を立てて怒鳴りつけた。
「お前なんか、名もなき匹夫のくせに! 我が君に会ってもらえると思うのか!」
短気というか荒っぽいというか、樊噲は戟(矛の一種)を舞い踊らせて、いきなり大将に打ちかかっていった。
劉邦の手下の中でも、樊噲は一、二を争う強者である。
しかし相手の大将は、その樊噲にさえ決して引けを取らなかった。
10合以上戦っても決着がつかない。
劉邦はその大将の武勇を見て驚き、みずから馬を進めて近づいていった。
「そこの大将、どうしてこの劉邦に会いたいんだい?」
大将は、劉邦の顔を見るなり戦いの手を止め、パッと馬から飛び降りて、転げるように地へ拝伏した。
「それがし、天命を受けた真の主君を長いあいだ探し求めておりました! それで、あなた様の大軍がいらっしゃってるという話を聞き、ここでお待ちしていたのです!
いま沛公配下の大将がたと戦ったのは、あなた様の進軍を邪魔するためではありません。それがしの武芸のほどをお見せするためです。どうか、それがしを麾下の一将にお加えくださいませ!」
劉邦が問う。
「名前を教えてくれよ」
大将が答える。
「それがしは洛川の灌嬰と申す者。
若いころ、西川に行って商売をした帰り道、仲間5、6人と一緒に紫関という所を通ったのですが、そこで100人以上もの山賊に出くわしまして。
それがしは一人で剣を抜いて戦い、敵の半分以上の首を刎ね、残りを蹴散らしました。
そのため紫関では山賊がすっかりいなくなってしまい、ところの住民は、今でも、それがしの名を讃えてくれております。
最近、二世皇帝の無道を見て、それがしも何かせねばと思い立ち、3千騎ほどの義兵を集めたのですが……
そんなおりです、あなた様の噂を聞いたのは。沛公は仁義をもって民に接するから、あちこちの郡が喜んで帰服していると……
それで、いてもたってもいられず、お願いにあがった次第。
秦を破る戦いにおいて、それがし、一命を軽んじて先陣を務めたく思います!」
劉邦は大喜びで灌嬰を仲間に加え入れた。
*
弁士酈生、軍師張良、武将灌嬰。
次々に有能な人材を得て、ますます勢い増した劉邦軍は、ついに武関に到達した。
この武関は、秦の都咸陽を守る最大の要害の一つである。
武関の守将は朱蒯という男。彼は、接近してきた劉邦の大軍を一目見るなり、とても太刀打ちできないと判断した。
そこで朱蒯は武関に立てこもり、ひたすら守りを固めて持久戦の構えをとりながら、咸陽へ早馬を飛ばした。
「楚の大軍が、東西の道から秦を攻めております。緊急事態です!」
この報せを受けた丞相趙高の対応は相変わらず。二世皇帝には一切知らせぬまま、ひた隠しに隠し続けた。
趙高が恐れているのは、この不始末を皇帝に知られて罰を受けること、ただそれのみだったのである。
だが、さすがの趙高も、これ以上状況を放置できないことは悟っている。趙高は、ひそかに大将たちを呼び集め、救援の軍勢を向かわせるための軍議を行った。
だが、名将章邯の敗北と裏切りを見た大将たちは、みんな腰が引けていた。誰一人として「私が武関に行きましょう」と名乗り出る者がいない。
そうこうするうちにも、急を告げる早馬が次から次へ、雪が吹き込むように駆け込んでくる。
「もう保ちません! 武関は今にも破られようしています!」
趙高は完全に追いつめられた。
こんな不始末が皇帝の耳に入れば、まちがいなく誅殺される。
それを恐れた趙高は、仮病を使って家に閉じこもり、朝廷に出仕しなくなった。
*
そんな事態になっているとは露知らず、二世皇帝は、美しい宮女を集めて朝から晩まで遊び楽しむ暮らしを続けていた。
ある夜、二世皇帝は夢を見た……
夢の中で、馬車に乗って都の郊外を進んでいると、突然、林の中から白い虎が走り出てきた。
虎は、左の副え馬(予備の馬)に飛びかかり、喉首に喰らいついて咬み殺してしまった。
「わ!」
二世皇帝は叫びながら目を覚ました。
なんと恐ろしい夢であろうか。ひょっとして何か不吉なことが起きる予兆ではあるまいか?
不安に思った二世皇帝は、急いで卜者(占い師)を呼び寄せ、夢診断をさせた。
卜者が答える。
「これは涇水(咸陽の北東を流れる川)の祟りでございます」
そこで二世皇帝は、望夷宮という宮殿に向かった。
望夷宮は、涇水にほど近い。ここで二世皇帝は儀式を行い、白馬を生贄として涇水に沈め、祟りが鎮まるよう祈りを捧げた。
しかし、それでも二世皇帝の不安は収まらなかった。
一日中ふさぎこんでいたところ、ふと思い出したことがあって、近侍の臣に尋ねた。
「そういえば、あちこちで賊が暴れているという話があったろう。あれはその後どうなったのだ?」
ところが、群臣はみな涙を流すばかりで、何も答えようとしない。
二世皇帝は、とまどうやら腹が立つやら。眉をひそめて問いただす。
「なんだ? 一体どういうことだ?」
臣の一人が答えた。
「今、楚の大軍が東西から攻め寄せてきております。各国の諸侯もことごとく秦に背きました。
この咸陽も、おそらく数日以内に陥落するでしょう……」
「なんだとッ!?」
二世皇帝は驚愕した。
秦がそんな危機に陥っているなど、夢にも思っていなかったのである。
二世皇帝は大急ぎで趙高を呼びつけた。
しかし趙高は病と称して出てこない。
激怒した二世皇帝は、糾問の使者を送り、こう伝えさせた。
「丞相の重責を担う身でありながら、賊軍が城下に迫るこの状況で仮病を使うとは何ごとだ!
お前は以前に言葉を飾って讒言し李斯を誅殺させたが、今回は一体どういう理屈をならべて罪を免れるつもりなのか!」
かくも厳しく問い詰められた趙高は、いいわけの言葉も出せず、手足の置き所も忘れて狼狽した。
だがそのとき、趙高の胸に一つの計略が浮かび上がった。
ひとまず「すぐに皇帝陛下の御前へ参上いたします」などと適当な返事をして使者を帰らせると、趙高は閻楽を呼んだ。
閻楽とは、かつて太子扶蘇を謀殺したとき、偽の勅命を扶蘇の元へ運んだ男である。
彼はその後、趙高の娘と結婚して婿となり、その縁故で咸陽令(首都の長官)の職についていたのだ。
さらに、弟の趙成など、親族数十人を集めて趙高は言った。
「皇帝陛下は、人々の諌言をちっとも聞いてくれないおかたでした。
そのせいで、今や我が国は滅ぼうとしています。賊軍が武関を攻めたて、もはや事態は一刻の猶予もありません。
陛下はそれを、わたくし一人の責任にして、罪を九族にまで及ぼそうとしているんですよお!
他人事じゃありませんよ。あなたたちだって、もう死人の一族です。全員誅殺されるでしょう。この窮地から逃れる計略を考えねばなりません。
というわけで、みなさん。
『賊軍が宮殿へ入ったぞ!』とかなんとか、適当な口実をつけて内裏に乱入し、パパッと皇帝を殺しちゃってください。
そのあとは、公子の子嬰さんを立てて主君としましょう。
子嬰さんは、人気のあった扶蘇の息子ですし、性格も優しく温厚ですから、人民はみんな喜んで服従するでしょう。
これで我が九族も安全無事! っていうわけです」
(つづく)