龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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十三の下 こま切れ趙高

 

 

 閻楽(えんらく)や趙成は、すぐに行動に移った。

 千騎あまりの兵を集め、(みやこ)のあちこちで(とき)の声をあげ、銅鑼(どら)や太鼓を打ち鳴らして騒ぎ立てたのである。

 

「賊軍はもう内裏(だいり)に入ってしまったぞ!」

 などとわめきながら、閻楽(えんらく)望夷宮(ぼういきゅう)の門に飛びこんだ。

 手下に命じて宮殿の門番たちを縛りあげ、頭ごなしに怒鳴(どな)りつける。

「きさまら! 賊軍が宮中に入ったというのに、なぜ防ごうとしないのだ!」

 

 こう責めたてられても、門番の士卒(しそつ)戸惑(とまど)うばかり。

「いえ、私たちはここを厳重に守っておりました。侵入者など一人もいるはずがありません」

 

 だが閻楽(えんらく)は弁明に一切耳を貸さず、門番の首を片っ端から()ねてしまった。

 

 閻楽(えんらく)率いる軍勢は、勢いそのまま、わめき叫んで内裏(だいり)雪崩(なだ)れこんだ。

 宮中の官人たちは驚き、恐怖し、上へ下へと逃げ回る。逃げ遅れて殺される者は数知れず。たちまちのうちに閻楽(えんらく)と趙成は内宮(ないぐう)に、すなわち皇帝の寝所にまで侵入した。

 

 騒ぎを聞きつけた二世皇帝は必死に護衛の武士を呼んだが、武士たちも震え怖れて戦えぬありさま。

 そこへ内官ふたりが駆けつけて、二世皇帝の手を引き、逃げだそうとする。

 

 だが、そのとき。

 血走(ちばし)った目の軍勢が、二世皇帝の行く手を(はば)んだ。

 閻楽(えんらく)と趙成が、ついに内宮(ないぐう)の最奥へと押し込んだのである。

 

 閻楽(えんらく)の手下たちが、剣を抜いて二世皇帝を取り囲む。

 閻楽(えんらく)は、震える二世皇帝を見すえ、冷たく言いはなった。

「陛下。あなたは地位に(おご)り、殺伐(さつばつ)を好み、遊楽にばかり(ふけ)って、少しも民を(あわ)れもうとしなかった。

 それゆえ神も人も(とも)に怒り、諸侯がことごとく謀反(むほん)したのだ。

 この滅亡は、あなたがご自身で求めた結果。決して我らの不義ではない」

 

 もうどこへも逃げられない、と悟った二世皇帝は、一縷(いちる)の望みをかけて必死に唇を震わせた。

「趙高は? 丞相(じょうしょう)はどこにいる? 会うことはできないだろうか」

 

 閻楽(えんらく)が言う。

「会えません」

 

「どうか(ちん)の言葉を丞相(じょうしょう)に伝えてくれ。皇帝位からは降りてもよい。郡を一つもらって王になろう。それで許してくれないか?」

「許さぬ」

 

「じゃあ万戸(ばんこ)(こう)(1万戸を支配する領主)になる。許して?」

「許さぬ」

 

「妻子とともに庶民となって、一介(いっかい)の公子に戻ろう。許して?」

「許さぬ」

 

 二世皇帝は大声で泣き叫び、ただひたすらに命乞いを続けた。

 しびれを切らした閻楽(えんらく)が、冷淡に吐き捨てる。

「私は丞相(じょうしょう)の命令で、天下のためにあなたを誅殺(ちゅうさつ)しに来たのだ。あなたがなんと言おうとも、丞相(じょうしょう)に報告することはできぬ」

 

 閻楽(えんらく)は兵に命じ、剣や(げき)(ひらめ)かせた。

 

 ああ、もう、どうにもならぬ。

 絶望した二世皇帝は、衝動的に剣を抜き、自害してしまったのだった。

 

 

   *

 

 

 後に『望夷宮(ぼういきゅう)の変』と呼ばれることになるこの政変は、一夜にして()り……

 役目を果たした閻楽(えんらく)は、急ぎ戻って趙高に報告した。

「二世皇帝は無事に自害し終わりました。さあ丞相(じょうしょう)、早く天下を平定なさいませ」

 

 趙高はすぐさま朝廷に向かうと、文武百官を集めて言った。

「みなさん、よくお聞きなさい。

 (しん)の現状はご存知(ぞんじ)でしょう。わたくし、何度もお(いさ)めしたんですけれど、二世皇帝はぜんぜん話を聞いてくれず、好き勝手に残虐や暴虐を行いました。そのせいで諸侯が一人残らず反乱し、人民みなに怨まれる事態になってしまったんです。

 

 と、いうわけで!

 わたくし、皇帝を誅殺(ちゅうさつ)いたしました!

 

 もともと(しん)は王国でしたが、始皇帝のときから『帝』と(しょう)しはじめました。だから六国の子孫は、(しん)を滅ぼして自分が『帝』になろうとしているのです。

 (しん)の国力の実態に対して、『帝』の名前は無駄に大きく、もてあますばかり。

 

 そこでです。亡き扶蘇(ふそ)様の御子息(ごしそく)である子嬰(しえい)様を立てて王とし、『帝』の称号を廃止して六国と同列に戻るのはどうでしょう?

 そうすれば、帝位を奪うという動機がなくなり、(しん)を攻める者もいなくなるでしょう。

 みなさん、どう思います?」

 

 なんという浅はかな考えだろう。

 元首の称号を変えたところで、実態が変わるわけではない。もはや帝号を廃したくらいで収拾がつくような状況ではないのだ。

 だが(しん)の官人たちも、すでに正常な判断力を失っていたのであろうか。みんな首をそろえて「もっともだ」と同意した。

 

 趙高はすぐに二世皇帝を宜春苑(ぎしゅんえん)という庭園に(ほうむ)り、官人たちとともに子嬰(しえい)と面会した。

子嬰(しえい)様、5日間斎戒(さいかい)して身を清め、玉璽(ぎょくじ)を受け取って王に即位なさいませ」

 

 斎戒(さいかい)とは、一種の宗教儀式である。そのために作られた斎宮(さいぐう)なる宮殿に(こも)り、飲酒や肉食などを断ったうえで、身を清めて神に祈りを捧げるのだ。

 

 子嬰(しえい)は、趙高の言葉に素直に従った。

 だが、それは表向きのことであった。

 斎宮(さいぐう)に入った子嬰(しえい)は、ひそかに息子2人を呼び、こう伝えた。

 

「趙高は誅殺(ちゅうさつ)を恐れて二世皇帝を弑逆(しいぎゃく)した分際で、今度は百官を安心させるために私を立てて主君にし、5日間斎戒(さいかい)した後で玉璽(ぎょくじ)を伝えよう、などと、ほざいている。

 息子らよ。お前たちは武将の韓覃(かんたん)李畢(りひつ)とともに、兵を斎宮(さいぐう)の外に伏せておけ。

 私は、王位継承の土壇場(どたんば)で仮病をつかい、斎宮(さいぐう)に閉じこもる。焦った趙高は、かならず自分自身でやってきて、私を連れ出そうとするだろう。

 そのとき、あの逆賊を誅殺(ちゅうさつ)して、我が父扶蘇(ふそ)や二世皇帝の(あだ)()て」

 

 

   *

 

 

 そして5日後。

 子嬰(しえい)(やまい)だと言って閉じこもると、はたして、趙高はみずから斎宮(さいぐう)にやってきた。

 

 趙高が子嬰(しえい)に会おうとした、そのとき。

 門の外から、一挙(いっきょ)に伏兵が打って出た。

 

 趙高は驚愕(きょうがく)し、慌て、叫ぶ。

閻楽(えんらく)! わたくしを助けなさいッ!

 閻楽(えんらく)は……いないのですかッ!?」

 

 その喉首(のどくび)を、武将李畢(りひつ)が一槍にて刺し貫いた。

 

 李畢(りひつ)は趙高の首を取り、引っつかんで頭上高くかかげた。

 すると、そこらじゅうの兵や将が怒り狂って趙高の死体に殺到(さっとう)し、(しかばね)を、こま切れに切り刻んでしまった。

 

 さらに諸軍は咸陽(かんよう)(みやこ)じゅうを駆けめぐり、趙高の三族を市街に引きずり出して、一人残らず誅滅(ちゅうめつ)した。

 

 かくして、あれほど隆盛(りゅうせい)を誇った趙高の一族は、わずか一夜にして滅亡した。

 さんざんに世を乱し、私利を(むさぼ)り、歴史の流れすら変えてしまった中国史上最低最悪の宦官(かんがん)……その罪と悪名に似つかわしい、凄惨(せいさん)極まる最期であった。

 

 

   *

 

 

 趙高とその一族を排除し尽くした子嬰(しえい)は、儀式を行って帝位につき、三世皇帝を名乗(なの)った。

 文武百官はみな万歳(ばんざい)を叫び、口々に祝賀の言葉を()べた。

 

 三世皇帝たる子嬰(しえい)は言った。

(ちん)は帝位についたが、外の状況は何も変わっていない。()の兵は、今にも国境を踏み越えようとしている。どうやって敵を退(しりぞ)ければよいだろうか?」

 

 官人が申し上げる。

「劉邦(ひき)いる()軍は、すでに武関を突破し、その奥の嶢関(ぎょうかん)にまで迫っております。

 まずは急いで大将を選び、嶢関(ぎょうかん)を守らせなさいませ。

 その間に大軍を整え、敵を打ち破るのです。そうでなければ咸陽(かんよう)(あぶ)のうございます」

 

 子嬰(しえい)はこの進言に従った。すなわち韓栄、耿沛(こうはい)の2大将に5万の軍勢をさずけて嶢関(ぎょうかん)に送り、現地守将の朱蒯(しゅかい)と合流させたのだった。

 

 

(つづく)

 

 

 

■次回予告■

 

 国の命運をかけて守りを固める(しん)の軍勢。国運(おとろ)えたりいえども兵は勇猛、意気(いき)軒昂(けんこう)。容易に破れぬその陣立てに、軍師張良は一計を案じた。

 城を攻めず心を攻める。古き兵法の(すい)()らした言葉の刃が、今、(しん)臓腑(ぞうふ)に突き刺さる。

 

 次回「龍虎戦記」第十四回

 『(しん)国滅亡』

 

 ()う、ご期待!

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