龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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十四の上 秦国滅亡

 

 

 (しん)国内で血塗(ちぬ)られた政変が起きていた、そのころ……

 

 沛公(はいこう)劉邦の大軍は怒涛(どとう)の勢いで(しん)国に侵入し、(みやこ)咸陽(かんよう)を守る最後の(とりで)嶢関(ぎょうかん)に猛攻をしかけていた。

 

 しかし、快進撃を続けていた劉邦軍の足が、ここへきて急に止まった。

 救援に駆けつけた(しん)新手(あらて)が勇猛果敢によく戦って、劉邦軍の侵攻をピタリと防ぎ止めたのである。

 

 この戦況を見て、劉邦軍の軍師張良が進言した。

「全盛期の勢いこそ失いましたが、(しん)の兵はまだ勇猛です。軽々しく戦うべきではありません。

 (しん)の大将の多くは商人の子で、利を(むさぼ)旨味(うまみ)を知っています。ここは敵の心を攻めましょう」

 

 劉邦は身を乗りだした。

「心を攻めるって、どんなふうに?」

 

「まず嶢関(ぎょうかん)の正面に軍旗をたくさん立て、山の上にも疑兵(ぎへい)……つまり(わら)人形(にんぎょう)を配置して、実態以上の大軍に見せかけます。

 そのうえで、陸賈(りくか)酈生(れきせい)のような弁舌(べんぜつ)の士を敵陣に送り、利害を()かせ、金銀を贈って和睦(わぼく)を持ちかけたならば、敵将は必ず心を動かすでしょう」

 

「そうやって敵を味方に引き込むわけか」

 

「いいえ? 敵は『和睦(わぼく)の交渉が進んでいる最中に襲ってくるはずがあるまい』と考えて、油断するでしょう。そこを狙って不意打ちするのですよ」

 

 劉邦はこれを聞いて大笑い。

「悪い人だなあ、張良先生は!」

 

 劉邦は張良の案を採用し、部下に命令を下した。

 まず、周囲の山々(やまやま)峰々(みねみね)に、おびただしい数の旗を立て、大軍が今にも攻めかかろうとしているように見せかける。

 そして、ひそかに陸賈(りくか)酈生(れきせい)を使者として(しん)の陣へ向かわせた。

 

 嶢関(ぎょうかん)にやってきた酈生(れきせい)は、(しん)の守将朱蒯(しゅかい)、援軍の大将韓栄(かんえい)の2名と会見した。

 

 酈生(れきせい)が、得意の弁舌(べんぜつ)をふるって滔々(とうとう)()く。

「今、(しん)は無道の行いで人民を悩ませております。

 ゆえに天下の人々が兵を起こして(しん)()とうとしている。あなたがたの敵は沛公(はいこう)劉邦だけではないのです。戦ったとて、いつまで持ちこたえられましょうか?

 もし民を(あわ)れむ心をお持ちなら、関門を開いて沛公(はいこう)に降伏なさいませ。

 さすれば、沛公(はいこう)()懐王(かいおう)にあなたがたの功績を報告し、千金をもって賞したうえ、万戸候(ばんここう)(ほう)じて謝礼とするでしょう」

 

 韓栄(かんえい)が言う。

「私は長いあいだ(しん)から(ろく)をいただいてきた。それなのに、危なくなったからといって(しん)を裏切ったら、それは不義というものだ。

 酈食其(れきいき)先生、今日のところはお帰りください。私は、心を静かにしてよく考えてみたいのです」

 

 酈生(れきせい)が退出してしまうと、(しん)の大将たちは、みなで首を寄せ合い議論を戦わせはじめた。

 「降伏しよう」と言う者もあれば、「降伏してはいけない」と言う者もあり。意見は、まちまちであった。

 ただ一つだけ、「降伏を誘いかけてきた以上、交渉が決裂するまでは攻撃してくるまい」という点では、みなの認識が一致していた。

 

 そのため、嶢関(ぎょうかん)を死守せんとする(しん)大将たちの決意は、本人も気づかぬうちに、じわじわと薄れていったのである。

 

 翌日。

 酈生(れきせい)はまた嶢関(ぎょうかん)(おとず)れて、(しん)韓栄(かんえい)に尋ねた。

韓栄(かんえい)将軍、ご決断は如何(いかが)?」

 

 韓栄(かんえい)が首を振った。

「他の連中がみんな『降伏してはならない』と言うのだ。私にはどうすることもできん」

 

 酈生(れきせい)が言う。

「さようですか。しかし、まだ降伏しておられなくとも、沛公(はいこう)劉邦はあなたの(こころざし)に深く感謝しております。

 そこで、韓栄(かんえい)将軍への贈り物として、金千両を持参いたしました。どうぞお受け取りください。

 さらに、沛公(はいこう)韓栄(かんえい)将軍に敬意を払い、寄手(よせて)の軍勢をしばらく後退させて他の諸侯の合流を待とうと考えておいでです」

 

 韓栄(かんえい)戸惑(とまど)った。

「私は沛公(はいこう)の敵ですぞ。どうして千金もの贈り物を受け取れましょう」

 当時の1両は約16g。金千両なら16kg……現代の日本円に換算すると2億円近い価値がある。気軽に受け取れるような金額ではない。

 

 たじろぐ韓栄(かんえい)に、酈生(れきせい)(たた)みかける。

「この贈り物を受け取らないということは、沛公(はいこう)との(まじ)わりを拒絶するということです。

 後日、天下の諸侯が集合して攻撃を仕掛ければ、嶢関(ぎょうかん)は、たちどころに破られるでしょう。そのとき、あなたはどんな顔をして沛公(はいこう)と会うおつもりです?

 悪いことは言いません。この贈り物を受け取って、後々のために(よしみ)を結んでおきなさい」

 

 韓栄(かんえい)は焦った。確かに酈生(れきせい)の言うとおり、今は(かど)を立てたくない。

「わかり申した。では、この贈り物は仮に受け取ったことにしておきましょう。

 そのうえで、沛公(はいこう)に要望いたす。どうか、他の諸侯と相談して和睦(わぼく)の準備を整え、(いくさ)を止めて民衆を塗炭(とたん)の苦しみから救っていただきたい」

 

 酈生(れきせい)は穏やかに微笑(びしょう)した。

「よく伝えておきます。沛公(はいこう)は寛容で温厚なお方ですから、必ず和睦(わぼく)は実現できましょう」

 

 

(つづく)

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