龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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十四の下 秦国滅亡

 

 

 咸陽(かんよう)に入った劉邦軍の大将たちは、雪崩(なだれ)打って(しん)の宝物庫に踏みこんだ。

 山と積まれた金銀財宝を(むさぼ)るように強奪していくさまは、(いくさ)(なら)いとはいえ、実にあさましいものであった。

 

 その中でただ一人、文官の蕭何(しょうか)だけは、まったく違うものに目を向けていた。

 彼は真っ先に丞相(じょうしょう)()丞相(じょうしょう)が政務を行う役所)へ向かい、そこに所蔵されていた地図や政務書類の数々を手中に収めたのである。

 

 後日、蕭何(しょうか)はこれらの図籍を沛公(はいこう)劉邦とともに閲覧(えつらん)し、中国全土の地理、地区ごとの人口、各地の要害の強弱など、どんな財宝にも(まさ)る情報を手に入れたのだった。

 

 

   *

 

 

 一方そのころ、劉邦は大将たちを引き連れて咸陽(かんよう)(きゅう)に入っていた。

 よい香りの漂う女性の居室、蘭室(らんしつ)

 皇后の住まう御所、椒房(しゅくぼう)

 広大にして壮大なる高殿(たかどの)瓊楼(けいろう)

 きらびやかに輝く御殿、玉宇(ぎょくう)

 善を尽くし美を尽くした壮麗(そうれい)なる宮殿は、全部で36宮、24院。

 

 貴重な宝物が山の(ごと)く。

 若々しい紅顔(こうがん)の美女が数千人。

 見事な刺繍(ししゅう)(ほどこ)した(にしき)の着物や、立派な体躯の名馬名犬は(かず)限りなし。

 

 (ぜい)を極めたこの後宮に、劉邦は大喜びで踏みこみ、奥の座に、どっかりと腰を下ろした。

 

(しん)の財力はこんなに(すご)かったのかあ!

 俺、今日からここに住む! この宮殿から天下に指図(さしず)して、人々の心を安心させ、諸侯にも争わないようにさせよう」

 

 が、樊噲(はんかい)がピシャリと(いさ)める。

「兄貴ッ! あんたは天下を治めたいんですか!? それとも単に裕福な家のジジイになりたいだけですか!?

 こんなふうな華麗な品物が、結局みんな(しん)滅亡の原因になったんでしょうが。なんで兄貴まで、こんなもんに気を取られてるんです!

 さあ、さっさとこんな宮殿から出て、覇上(はじょう)の陣へ帰りますよっ!」

 

 劉邦は口を(とが)らせる。

「えーっ、でもー」

 

 軍師張良も重ねて(いさ)めた。

(いにしえ)の言葉に、『色事(いろごと)をやりすぎる。野獣のように欲望のまま暴れる。酒に飲まれる。音楽に没頭(ぼっとう)しすぎる。高く大きく色鮮やかで豪華な屋敷に住む。これらのうち一つでも当てはまる者は必ず滅びる』と申します。

 (しん)(おご)り放題であったからこそ、沛公(はいこう)も、ここまで来ることができたのでしょう?

 

 天下のために残虐暴虐を取りのぞこうとする者は、質素倹約を貫かねばなりません。この宮殿に留まってお楽しみになるなら、それは(しん)の無道を受け継ぐようなものです。

 『忠言(ちゅうげん)は耳に(さか)らえども行いに()あり、良薬(りょうやく)は口に苦しと言えども(やまい)()あり』……どうか樊噲(はんかい)の進言を受け入れて、ここからご退出くださいませ」

 

 張良のことを「先生、先生」と呼んで(した)いぬいている劉邦である。その張良に(さと)されては、従わないわけにもいかない。

 劉邦はしぶしぶ宝物庫に封印を(ほどこ)し、宮殿の門に番兵を置いて閉鎖した。

 そして自身は兵を引き連れて霸上(はじょう)の陣に戻り、他の諸侯が追いついてくるのを待った。

 

 

   *

 

 

 それから数日後、蕭何(しょうか)が劉邦に進言した。

(しん)の法律は非常に複雑かつ過酷でしたから、天下の人民は長いあいだ苦しんできました。我が君がこの法を簡略に改正し、おおらかさと優しさをもって民を(あわ)れみなさいましたら、みな喜んで服従するでしょう」

 

 劉邦は、うなずいた。

 次の日、各郡県(ぐんけん)の責任者たちを霸上(はじょう)に呼び集め、こう告知した。

 

(しん)の法令は複雑で、政治批判する者は九族皆殺し、ないしょ話しただけでも公開処刑にすると聞いた。王様は民衆の親みたいなものなのに、これは親のやることじゃない。

 俺は()懐王(かいおう)様の命令で(しん)討伐(とうばつ)した。そのとき、『先に関中(かんちゅう)(武関・函谷関(かんこくかん)の内側)に入った者を王にする』と約束したんだ。

 そして俺が一番乗りした。というわけで俺は、もうすぐ関中(かんちゅう)の王様になれるんだ。

 

 だから、王として法律を三章だけ定める。

 『人を殺すものは誅殺(ちゅうさつ)する』

 『人を傷つけたり、盗みを働いたりする者は、罪の重さを議論して罰を与える』

 『その他、今までの(しん)の法律は全部廃止する』

 

 俺が(しん)に来たのは、お前さんたちの害になるものを取りのぞくためだ。今ここに駐屯してるのも、単に後から来る諸侯を待ってるだけなんだ。

 だからみんな、ぜんぜん怖がらなくていいよ! 今まで通り安心して暮らしてくれ」

 

 そして劉邦は、民の物を盗まぬよう全軍を(いまし)めた。その命令に違反する者があれば、首を()ねて厳しく罰する姿勢を示した。

 

 郡県(ぐんけん)の責任者たちは、みな安堵して(ひたい)()でた。

「ああ、思いもよらなかった。また太陽を見られる日が来ようとは!」

 

 (しん)の過酷な政治の中で生きていくことは、永遠に続く暗闇の中に閉じ込められるようなものだったのだ。

 郡県(ぐんけん)の責任者たちは、歓声で地を揺り動かしながら、それぞれの土地へ戻っていった。

 

 

   *

 

 

 さらに、劉邦は(しん)吏官(りかん)(役人)に命じて、『法三章』のことを遠近あますところなく(しん)全土に告知させた。

 人民は大喜びで、羊を引き、酒瓶をたずさえ、劉邦に献上しようと持参した。

 しかしこの贈り物を、劉邦は丁重に辞退した。

 

「まだウチの倉庫には食料がたくさん残ってて、俺はぜんぜん困ってない。それなのに、みんなの財産をむやみにいただくわけにはいかないよ!」

 

 人民はますます喜んだ。

沛公(はいこう)が天下の君主になればいいのに!」

 そんな声が、あちこちから聞こえ始めた。

 

 一方、こんな不安を抱く者もいた。

「天下を狙う者は他にもいる。はたして沛公(はいこう)は、天下を(つか)むことができるだろうか……」

 

 

(つづく)

 

 

 

 

■次回予告■

 

 ひと足早く(しん)を滅ぼし、王の資格を得た劉邦。だがこの結果に納得できず、項羽は劉邦軍へ刃を向けた。

 迫る強兵。震える劉邦。暴秦(ぼうしん)を討ち平和を取り戻したはずの中国に、さらなる戦乱の予兆が暗雲の(ごと)く湧き起こる……

 

 次回「龍虎戦記」第十五回

 『新たなる暗雲』

 

 ()う、ご期待!




●注釈
(1)
『色事をやりすぎる。野獣のように欲望のまま暴れる。酒に飲まれる。音楽に没頭しすぎる。高く大きく色鮮やかで豪華な屋敷に住む。これらのうち一つでも当てはまる者は必ず滅びる』
 張良が引用したこの言葉は、「尚書(しょうしょ)(書経)・夏書(かしょ)・五子之歌」に収録されている。()王朝の三代国王太康(たいこう)は、遊楽にばかり(ふけ)っていたため、人民に恨まれて国を失った。このとき、太康(たいこう)の5人の弟が、()の始祖である聖王()の教えを思い起こして、それぞれ一つずつの歌を歌った。それが五子之歌である。
 その中の第二の歌で、以下のように歌われている。
『訓有之。内作色荒、外作禽荒、甘酒嗜音、峻宇彫牆。有一于此、未或不亡』
 大意は、おおむね本文に記したとおりである。
 ただし、ここに大きな問題が存在する。
 この「尚書(しょうしょ)」、おおもとのテキストは、始皇帝による焚書坑儒で喪失の危機に(さら)されてしまった。このとき、伏勝という学者が壁土の中に書を埋め込むという荒業で「尚書(しょうしょ)」を守ろうとしたのだが、(しん)滅亡後に掘り返してみると、劣化が進んでいて一部しか読むことができなくなっていた。このとき辛うじて回収されたテキストを「今文尚書(しょうしょ)」という。当時最新の文字で書かれていたから「今文」である。
 一方、それ以外にも別系統の「尚書(しょうしょ)」が後の時代に発見されることがあった。こちらは古代の文字で記されていたことから「古文尚書(しょうしょ)」と呼ばれていたのだが、この系統のテキストは西(しん)時代の戦乱で、またしても散逸(さんいつ)してしまった。
 それから10年ほど経ったある日、梅賾(ばいさく)なる人物が、失われた「古文尚書(しょうしょ)」を発見した、と言って書を献上した。以来、このテキストが「古文尚書(しょうしょ)」として受け継がれてきた、のだが……
 この梅賾(ばいさく)によるテキスト、内容に怪しい点が多く、「ひょっとして偽物ではないのか」と疑う学者も少なくなかった。そこで歴代の学者たちによって数々の検証が行われ、1400年後、清代の学者閻若璩(えんじゃくきょ)が20年以上もの歳月を費やして書き上げた執念の検証書「尚書古文疏証」によって、その内容の半分以上が完全な偽作(捏造(ねつぞう))であることがついに証明されたのである。
 それ以来、梅賾(ばいさく)によるテキストは「偽古文尚書(しょうしょ)」と呼ばれ、本来の尚書(しょうしょ)とは区別されるようになった。
 説明が長くなってしまったが、ここで本題に戻る。もうお察しかとは思うが、つまり、本文で引用されていた「五子之歌」は、この「偽古文尚書(しょうしょ)」に記されたものなのである。
 (しん)末期~漢初期の人物である張良が、500年以上も未来に捏造(ねつぞう)されたこの文章を引用できるはずがない。時代考証的には明らかにおかしいのだが、(みん)の時代に書かれた「西漢通俗演義」および江戸時代日本における翻訳「通俗漢楚軍談」は、この歌を(おそらく「偽古文尚書(しょうしょ)」が偽書であるとは思いもよらずに)引用してしまっている。
 というわけで、例によって、「通俗漢楚軍談」の記述を尊重してそのまま採用した。なにとぞご理解、ご容赦をいただきたい。

(2)
忠言(ちゅうげん)は耳に(さか)らえども行いに()あり、良薬(りょうやく)は口に苦しと言えども(やまい)()あり』
 この文章は、現代日本においても特に後半部分が極めて有名だから、耳にしたことがある方も多かろうと思う。出典は「孔子家語(こうしけご)・六本」。
『孔子曰、「良薬苦於口、而利於病。忠言逆於耳、而利於行」』
 良薬と忠言が前後逆になってはいるが、意味はおおむね上記の通りである。
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