龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
諸侯が座につくと、
得意の
上機嫌に酒を重ねる項羽。
しかし列席者たちの間には、異様な緊迫感が満ち満ちていた。
項羽
劉邦
そして今や極めて微妙な立場となってしまった、項羽の叔父、項伯。
いずれも一触即発の気配を敏感に察し、それぞれの目的を果たそうと神経を
その中で、最初に動いたのは
そのあと
「今こそ第二の計を動かす時刻だ」
だが……
この合図を見ても、項羽は、動かない。
「なにっ!? なぜだ! どうして命令を出さぬ、項羽将軍!」
だが、明らかに合図を見ているにもかかわらず、項羽は劉邦抹殺の命令を下す様子がない。
心の中で項羽は、こう考えていた。
「劉邦は、腰が低くて、性格が
それより、こんなめでたい宴会で招待客を
「ええい、項羽の心理を読み
最悪の場合を想定して、あらかじめ
劉邦の顔は
「
そこで
項羽に
このさりげない行動を、劉邦は
「おおっ? この人、俺の酒だけ少なく
ひょっとして、俺の味方をしてくれてるのか!
ってことは、俺を酔い潰れさせるのが
事態を悟った劉邦は、そこから飲み方を切り替えた。大酒を流し込んでいるように見せかけながら、その実、チビチビと
そのため、酒宴たけなわという時に至っても、劉邦はまだ意識をはっきり保てていた。
「……まだだ。まだ終わらせぬ。
ここで劉邦を殺さねば、後日かならず大いなる
項羽の未来のため、なんとしても奴の命脈を
*
宴席の外へ出た
こうなればもう
この重要任務を、はたして誰に任せたものか? 考えながら陣の中を見まわしていると、陣の後ろのほうから歌声が聞こえてきた。
誰かが、剣を指で
我有一宝剣
出自崑崙西
照人如照面
切鉄如切泥
両辺霜凛凛
匣内風凄凄
寄与諸公子
何日得見兮
我に一つの宝剣あり
人を照らすこと
鉄を切ること泥を切るが如し
両辺に
諸公子に
いつの日か得ん
「ほう、よい詩だ。この
その歌い手は、項羽と同じ一族の若者で、項荘という勇士であった。
「よいか、項荘くん。
項羽将軍は気性が強いが、なかなか自分の心を決めきれない人だ。今日の宴会は、もっぱら劉邦を殺すためのもの。私は三ヶ条の計を用意したが、項羽将軍は今になっても決行できずにいる。
今日もし
そこで……君に、やってもらいたい。
宴会場に入って剣舞を披露し、その舞の中で、さりげなく劉邦に接近し、
項荘は、静かに、うなずいた。
項荘は宴会場にやってくると、項羽の前に進み出て、言った。
「こうして音楽が
そこで、それがしが剣舞を披露いたしとうございます。なにとぞ、ご
許しを得た項荘は、剣を抜いて舞いはじめた。
舞いながら、項荘の視線が、劉邦を
「むっ!?」
張良は顔色を変えた。
「これは、ただごとではない!」
項荘と
その視線を受けた項伯が、張良の言わんとすることを悟って立ち上がる。
「
ここは一つ、私が
この時すでに、
「おう! いいぞいいぞー! 叔父上、舞いを見せてください!」
項伯は剣を抜き、項荘の舞いに割って入った。
舞いながら、二人は静かに意思を戦わせた。
項荘が劉邦に近づこうとすれば、項伯は体を盾にして立ち
これを見た
「おのれッ……早く殺してしまわねば、曲の演奏が終わってしまう。もっと頑張らぬか、項荘!」
*
一方、張良は冷静に状況を見ていた。
「項伯は
張良は、そっと席を立ち、宴会場の外に出ようと、門へ向かった。
(つづく)
●注釈
項荘が歌っていた漢詩は、「西漢通俗演義」から引用した。(書き下し文は外清内ダクによる)
「通俗漢楚軍談」にも同じ詩の書き下し文が収録されているが、以下のように、細かいところが微妙に「西漢通俗演義」から改変されている。
『我に
人を照らすこと
鉄を切ること泥を切るが如し
両辺に
諸公子に
いつの日か
『崑崙』は、中国西部にあるとされる伝説上の聖山、
『両辺』は剣の両刃。『霜』は切れ味が鋭いことの比喩としてよく用いられる。
『匣』は剣の
以上を踏まえて日本語訳すると、おおむね以下のようになる。
『私は一振りの宝剣を持っている。
漢詩の形式面を解説すると、韻は