張良の巧みな弁舌にすっかり騙されてしまった項羽は、沛公劉邦への殺意を完全に失くした。そればかりか、張良を陣に留まらせ、自分の手下として用いることにしてしまった。
范増は言葉を尽くして苦い諌言を重ねたが、項羽の心が動くことはなかった。
とはいえ、表面上、何の問題も起きていないことは事実。
范増の心配をよそに、項羽の威風は、ますます強烈になっていく。
それからしばらく経ったある日。項羽は大将たちに召集をかけて、こう言った。
「関中は制圧したし、玉璽も俺の手にある。
しかし、秦王の子嬰が、いまだに俺の所に来ない。
劉邦に書簡を送り、はやく子嬰を送ってくるように言おう。秦王の首を刎ねれば、晴れて天下は俺のものになる」
*
項羽からの使者は、すぐさま劉邦のいる霸上の陣へと飛んだ。
届けられた書簡を、劉邦が紐解いてみると……
『私は貴公とともに暴秦を討伐し、人民の塗炭の苦しみを払いのけた。
しかし、私が関中に入ってから10ヶ月あまりが経つというのに、秦三世の子嬰が、いまだに私の元に来ていない。
貴公が子嬰を出し惜しみして、一人占めにしているのだろう!
そちらが何か企むつもりなら、こちらは大軍を出して貴公と武勇を競いあってやる。
さあ劉邦、どうする?』
読み終えた劉邦は、がっくりと肩を落とした。
「やっぱり項羽は、懐王様との約束を破って、自分が関中の王になるつもりなんだ。
だから子嬰を送ってくるよう要求してるんだ。批判する諸侯を黙らせるために、『子嬰を最終的に処罰したのは自分だぞ』って体裁を整えたがってるんだよ。
この要求を拒否したら、たぶん合戦になる。でも要求を飲んだら、懐王様との約束は反故にされてしまう。
なあ、みんな、一体どうしたらいい?」
大将たちは、一様に口を揃えた。
「項羽の勢力は大きく、我々の力では敵いません。
ここは、子嬰を引き渡すしかないでしょう。項羽がもし子嬰を殺したら、項羽の悪は天下に知れ渡りますし、逆に、君の徳はますます称賛されることになります」
劉邦は、この意見に従って、子嬰を呼んだ。
「子嬰殿。あなたが降伏してきたとき、俺ァ言いましたね。どこか一国を領土として差し上げて、天寿を全うできるようにしてあげよう、と……
俺は、あなたが気の毒で。できることなら誅殺したくないと思ってたんです。
でも、予想だにしなかった事態になっちまいました。
項羽が武力に頼んで懐王様との約束を無視し、関中の王になろうとして……今日、あなたの身柄を要求してきたんです。
助けてあげると請けあった手前、本当に心苦しいんだが……
俺にはもう、あなたを守りきることができません。
こうなったら、項羽の所へ行ってもらうしかありません。
でも、まだ助かる望みはあります! いいですか、秦の珍宝をたくさん持っていって、項羽に献上するんですよ。項羽の貪欲さや殺し好きの心を、宝物で慰めるんです。
そうしたら、項羽が喜んで、命だけは助かるかもしれない」
これを聞いた子嬰は、悲しみに咽び泣いた。
「私は、沛公に降伏したからこそ、今まで生きのびることができたのです。
魯公項羽の手に渡れば、もはや命を全うすることはできないでしょう」
子嬰のそばに仕えていた秦の老王族たちも、そろって地に拝伏した。
「沛公、あなたは徳のあるお方です。心が広く、優しく、人を愛しておられる。あなたの元を離れて、いったいどこへ行けばよいというのです?」
悲痛に訴える秦の王族たちから、劉邦は思わず顔を背けた。
「死にに行け」と言っているに等しいということは、当の劉邦が一番よく分かっていたのだ。
劉邦は、喉の奥から声を絞りだした。
「項羽の武勇は天下無敵だ……命令に反した者は、たちまち殺される。みんな、はやく行くんだ。今は他に道がない……」
老王族たちは、声をそろえて叫ぶ。
「行くまい、行くまい!
項羽の所へ行くくらいなら、どこへでもいい、とにかくどこかへ逃げ走って、生きながらえよう!」
しかし、子嬰が、涙を流しながら彼らを止めた。
「それはいかぬ!
私が逃げたら、項羽は怒りの矛先を秦の民衆に向けるだろう。都咸陽の民は、ことごとく殺される。
私が王位についていた期間は、ほんの数十日に過ぎない。私は民に何の恩恵も施してやれなかった。そのうえ今、自分が助かろうとして民に害を与えるなど……そんなこと、とても我慢ならない」
*
かくして、秦王子嬰は、劉邦の陣から出発した。
しばらく進んだところで、前方に軍勢の姿が見え始めた。
錚々たる武士数十万が雲霞の如く列をなし、刀や槍は凛々と霜の如くに並び立つ。
殺気が天を覆う中、名馬烏騅に跨り先頭に立って進んでくるのは、言わずとしれた魯公項羽。
その堂々たる姿に対して、子嬰の投降する姿は、悲惨極まりないものだった。
頭には白い練絹を纏い、みずから体を縄で縛らせ、口には嘆願状をくわえ、地面の上に膝をついて、項羽へ拝伏していたのだ。
項羽は、子嬰が嘆願状をくわえているのを見ると、それを読み上げるよう部下に命じた。
その内容は、以下のようなものだった。
『始皇帝の孫にして扶蘇の子である秦三世、子嬰が上言いたします。
秦が持っていた天子の位はすでに途絶え、我ら嬴一族は守りを失いました。もはや、7つの廟で祖先を祀ることはできません。(7つの廟を祀るのは天子の特権)
四海(世界)は塗炭の苦しみに陥り、そのために秦は人々からの支持を失って、ついに瓦解に至りました。
項羽大王の玉節(王の使者の身分証)が西を指したため、六国はそれに従って秦の地に攻め込みました。
項羽大王が黄鉞(天子の象徴)を手にして見下ろしなさったので、我らの軍はたちまちその支配下に入ったのです。
しかし、大王様が「事を急がぬように」と命を下し、その神武によって不殺の恩を我々に恵んでくださいましたから、今、この命は繋がっております。
もはや、王の地位を保って天子としての祭祀を続けていきたいとは思いません。この私、嬰の望みは、祖先の墓を守りながら生きのびること。ただそれだけなのです。
たとえ100日でも生きながらえることができたなら、我が一族は皆生まれ変わったかのように喜び、再び日を見る喜びに深く感謝いたすでしょう。
どうか我々に生きる機会をお与えください。
そうすれば、肝胆を尽くして大王様に忠誠を誓います。
周王朝は、各地の王族をそれぞれの領地に封じて安堵したため、周王族の姫氏は長く絶えることなく権威を保ちました。
殷王朝の開祖湯王は、その前の夏王朝の王族を存続させたため、600年に渡って栄えました。
周の開祖武王もまた、殷の王族を保護したため800年続く王朝の基盤を作ることができました。
今、大王様は殷や周と同様に、この関中で王になろうとしておられます。
どうか、これらの先例に倣って、秦の血統を存続させ、楚の子孫繁栄を成しとげてくださいませ。
大王様の臣であるこの子嬰は、ただただ戦慄し、恐懼するばかりです』
項羽は冷たく目を細めて、子嬰を馬上から見下ろした。
「貴様の祖父の始皇帝は、六国の王族を捕らえ、天下の百姓に害をおよぼし、負の遺産を貴様に残した。そんな賢しらなことを俺に言えた立場か?」
子嬰は答える。
「六国を滅ぼしたのは先祖の始皇帝です。私の罪ではありません。
とはいえ、誰かが責任を取らねば収まらないのもまた事実。項羽大王が私を殺しなさっても、私は少しも恨みません。
しかし咸陽の民衆は、二世皇帝の残虐暴虐のため1日も心の休まらない暮らしをしてきた、被害者です。
幸いにも大王様が関中に入ったため、民は再び陽の光を浴びられるようになったところなのです。
どうか、私を殺して天下の恨みを雪ぎ、それで終わりにしてくださいませ。残された民には危害を加えず、安心して暮らせるよう計らってくださいませ。
そうなれば、たとえこの肉体が滅びようとも、私の思いは生き続けるでしょう」
なんたる悲壮な覚悟であろうか。
だが、子嬰が思いのたけを述べ終わるより早く、項羽は英布に命令した。
「殺せ」
(つづく)