龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

48 / 197
十九の中 覇王、項羽

 

 

 英布は剣を抜き、即座に子嬰(しえい)を刺し殺した。

 

 その途端(とたん)、であった。

 にわかに天が、ざわめき始めた。

 先ほどまで晴れていたはずの天に、突如、不吉な気配を(ただよ)わせた愁雲(しゅううん)が満々と()き起こり、地には、まとわりつくような黒霧《こくむ》が靄々(あいあい)と広がりだしたのだ。

 

 冷たく不気味な空気の中で、子嬰(しえい)最期(さいご)を見守っていた(しん)民衆の、()き悲しむ声が天を動かし地を震わせた。

 彼らは口々に泣き叫ぶ。

沛公(はいこう)は徳のあるお(かた)だ! 一万代に渡って君臨するだろう!

 だが魯公(ろこう)には仁義がない! 一族滅亡し家系が途絶(とだ)えるだろう!」

 

 これを聞いて、項羽は激怒した。

「なんだと! (しん)人どもめ! 皆殺しにしてやる!!」

 

 軍師范増(はんぞう)大慌(おおあわ)てで(いさ)める。

「無用だ、無用! そんなことをしてはいけません!

 劉邦は、関中に入ってから毛ほども罪を犯さず、法を三章に簡略化して深く民衆の心を(なつ)かせました。

 

 それに対して項羽大王、君はどうだ? (たみ)に何の恩恵も与えないどころか、民から人気のある子嬰(しえい)を殺したのですぞ。

 このうえ咸陽(かんよう)の住民の虐殺などしてみなさい。人の心はたちまち離れ、反乱すら起きかねない。天下は手に入らなくなりますぞ!」

 

 項羽が言う。

「俺は無道の(しん)天誅(てんちゅう)を加えたんだ! 子嬰(しえい)(しん)の王だ! 生かしておけるわけないだろ!

 そこにいる(しん)人どもは、声をそろえて俺を(ののし)(はずかし)めた! みんな謀反(むほん)を狙ってるんだ! 皆殺しにしなかったら、後で大変なことになるぞ!」

 

 范増(はんぞう)が言う。

「昔、()の君主が一人の罪なき宮女を殺した。すると()国は、9年に渡る大旱魃(かんばつ)見舞(みま)われた。

 また景公が怒って(きさき)を殺した時には、とつぜん地が揺れ動き、3里(1.2km)に渡って地面が傾いてしまった。

 

 罪もない人を殺せば、その魂は飛蝗(ひこう)(バッタ)と化して五穀(ごこく)を食い尽くし、極めて深刻な飢饉(ききん)を引き起こすという。

 (いにしえ)の人も、『一人の男が(うら)みを覚えたら、6ヶ月(しも)が飛ぶ。一人の女が(うら)みを抱いたら、3年間雨が降らない』と言っている。

 

 このように、君主が正当な理由なく人を殺せば、それに対応して天災が起きるものなのです。いま愁雲(しゅううん)黒霧(こくむ)が起きたのも、罪無き子嬰(しえい)を殺したから、上天が哀しみを表したのだ。

 まして、多くの無実の人民を殺そうものなら、一体どんな災いが降りかかることか! 君は天意に逆らうことになりますぞ!」

 

 范増(はんぞう)は、ほとんど口論をしかけるような激しさで、項羽をひたすら(いさ)め続けた。

 項羽は、だんだん苛立(いらだ)ってきた。范増(はんぞう)は口うるさいし、(しん)人の(わめ)き叫び(ののし)る声も一向に()まない。

 ついに項羽は怒りを爆発させ、范増(はんぞう)を強引に押しのけた。

 

「おい、英布!」

「はっ」

(しん)の一族も、そこにいる(しん)の民衆も、全員殺せ!」

 

 范増(はんぞう)の顔から血の気が引いた。

「いかん……やめろ! よすんだ、項羽!」

 

 だが項羽は止まらなかった。

 命令を受けた英布は、言われるままに兵を動かし、虐殺(ぎゃくさつ)に取りかかった。

 

 振るわれる凶刃。天を引き裂く悲鳴の嵐。(しかばね)累々(るいるい)と積み重なって丘を成し、血はとめどなく流れ流れて川となり、動く者の姿も途絶(とだ)え、後には、むせかえるような血臭(けっしゅう)と沈黙のみが残された。

 (しん)の一族800余人、ならびに民衆4600人あまり。皆殺しであった。

 

 それでもなお項羽の怒気は収まらず、

「次は咸陽(かんよう)の住民を男も女も区別なく殺し尽くそう」

 とまで言いだした。

 

 范増(はんぞう)()き、叫び、涙まで流し、項羽の馬の頭を叩きながら(うった)えた。

「昔、(いん)湯王(とうおう)の時代に、長い旱魃(かんばつ)が起きた。湯王(とうおう)は自分の体を生贄(いけにえ)とし、桑林(そうりん)という地で祈りを捧げ、自分自身の不徳を責めた。すると、ついに大雨が降ったのだ。

 このように、(いにしえ)の君主は民のために我が身を(ささ)げた。

 君のやっていることは、その真逆(まぎゃく)だ! (しん)の民を罪もなく皆殺しになどしたら、天が怒らぬはずがない!」

 

 老軍師范増(はんぞう)が初めて見せた滂沱(ぼうだ)の涙に、さすがの項羽も心を動かされはじめた。

 時間が()って、少しは気持ちも落ち着いてきた……

 

 項羽は、不満げに(くちびる)(ゆが)めながら、低くうなった。

「……分かった。皆殺しは、やめる……それでいいんだろ、先生」

 

 

   *

 

 

 子嬰(しえい)を殺した項羽は、兵を率いて咸陽(かんよう)(みやこ)に入った。

 (しん)の宮殿を見れば、見上げるほどの楼閣(ろうかく)と、何層にも積み重なった御殿(ごてん)とが、(たが)いに高さを競い合い、千の門と万の家々に黄金まで散りばめられている。

 項羽は長々と溜め息をついた。

 

(しん)の財力はこれほどのものだったのに、自分の国を守ることもできなかったのか。惜しいなあ、惜しいなあ」

 

 范増(はんぞう)が、(ひと)(ごと)のように、つぶやく。

「それは、民衆を(しいた)げ、人の諌言(かんげん)を聞かなかったせいだ」

 

 項羽は、ぴたりと口を閉ざした。

 ただ顔を(そむ)け、無言のまま馬を進めた……

 

 その夜。

 本陣へ帰ってきた項羽は、蝋燭(ろうそく)に火を灯して、范増(はんぞう)を呼んだ。

 やってきた范増(はんぞう)の目には、今なお涙の(あと)が染みついている。項羽は、そのことには一言も触れず、こう切りだした。

 

「俺は咸陽(かんよう)を取った。伝国の玉璽(ぎょくじ)も得た。そして子嬰(しえい)を殺して(しん)を完全に滅ぼした。

 そろそろ頃合いだろう。一日たりとも天下から君主が欠けてはいけない。

 今こそ俺が関中の王になろうと思う。先生、どう思う?」

 

 范増(はんぞう)は、淡々と答えた。

「我が軍の大将たちが身を捨てて項羽大王に従っているのは、諸侯に(ほう)じられて地位を子孫に伝え、富と権力を享受(きょうじゅ)するためだ。

 王者の権勢に取り入ろうとしているのだよ。龍に()じ登るように、あるいは鳳凰(ほうおう)にへばりつくように、な。

 そういう大将たちの希望に、項羽大王の考えは、よく合っている。

 

 しかし、項羽大王が義兵を起こしたとき、()懐王(かいおう)を主君として、その(めい)を受けなさった。懐王(かいおう)を無視して勝手な行いをするのは、まずかろう。

 まず本拠地彭城(ほうじょう)へ使者を送り、懐王(かいおう)の許しを得たうえで王の(くらい)につくのがよろしい。さすれば名分(めいぶん)も立ち、道理も通り、人々の批判(ひはん)を避けられよう」

 

「うん。そうだな」

 項羽は納得し、すぐに叔父項伯を使者として彭城(ほうじょう)へ向かわせた。

 

 

   *

 

 

 彭城(ほうじょう)にやってきた項伯は、項羽の意向を懐王(かいおう)に伝えた。

 

 懐王(かいおう)は怒った。

「余は約束したのだぞ。『先に咸陽(かんよう)に入った者を王にする』と。

 それを、今になってひっくり返すとは何事(なにごと)だ!」

 

 項伯は再拝して言う。

魯公(ろこう)項羽は功績が大きく、望みも重くございます。

 一方、沛公(はいこう)劉邦は力が弱く、味方も少ない。

 沛公(はいこう)では天下を治めきれませぬ。どうか、魯公(ろこう)を王として、関中を(しず)めてくださいませ……」

 

 懐王(かいおう)は、毅然(きぜん)として首を横に振った。

「信用は、人にとって最も大切な宝だ。

 余は、すでに約束したのだ。今になって前言(ぜんげん)撤回(てっかい)すれば、余は信用を失ってしまうだろう。

 項伯。戻って項羽に伝えよ。『以前の約束を守れ』とな」

 

 懐王(かいおう)の言うことは、まさに道理であった。

 項伯は、自分のほうが無理押ししていることを、はっきりと自覚していた。それゆえ、これ以上はどうすることもできず、鴻門(こうもん)の陣へ虚しく帰っていった。

 

 

(つづく)




●注釈
(1)
 范増(はんぞう)が項羽を(いさ)めるために引用した話、「魯公(ろこう)が罪なき宮女を殺したために旱魃(かんばつ)見舞(みま)われた」「景公が(きさき)を殺したとき、三里に渡って地面が傾いた」「罪もない人を殺せば、その魂は飛蝗(ひこう)に化ける」これらの出典は、残念ながら発見できなかった。もしご存知の方がおられたら、お教えいただきたい。
 ここでは飛蝗(ひこう)蝗害(こうがい)について解説を行う。
 蝗害(こうがい)とは、大量発生したバッタが広範囲を飛び回り、作物を食い荒らすという自然災害である。たかがバッタと侮るなかれ。バッタが一度飛び始めたら、もはや防ぐ手段はない。現代の技術をもってしてさえ「幼虫のうちに駆除する」以外に有効な対策はない、とされている。そして、想像を絶する数のバッタによって、文字通り「草の根一本残らぬ」ほどに植物という植物が食い尽くされてしまう。
 興味がおありなら、「蝗害」で画像検索でもしていただければ、人の力ではどうにもできないことが理解できるかと思う……ただし、虫が苦手な方、小さな生き物の群れが苦手な方は、充分にご注意を。
 日本では比較的なじみが薄いが、中国やアフリカなどでは蝗害(こうがい)が幾度となく極めて深刻な飢饉(ききん)を引き起こしてきた。その被害は歴史上だけの話ではなく、現代もなお続いている。たとえば、つい最近の2020年にも東アフリカを中心とする大規模な蝗害(こうがい)が発生し、甚大な被害をもたらした。
 蝗害(こうがい)は、相変異という生物学上の現象が原因で起きる。通常のバッタは飛行能力が低く、草食である。しかし、ある種のバッタ(トノサマバッタやトビバッタ)が密集した状態で産卵すると、なんとも不思議なことに、通常とは体の構造が大きく異なるバッタが生まれてくる。通常の個体を孤独相、密集状態で生まれた個体を群生相という。中国で飛蝗(ひこう)と呼ばれているのは、この群生相のバッタである。
 群生相のバッタは、まず(はね)が巨大化して飛行能力が高まり、体色も黒ずみ、さらには肉食傾向が強くなる。そして充分に大きくなった群れが周囲のエサを食い尽くすと、新たな食糧を求めて大挙飛び立ち、1000万平方km以上もの領域に散らばって植物や動物を(むさぼ)り食う。参考までに、日本の国土面積が約38万平方kmである。
 この蝗害(こうがい)に、中国は古代より数年~10年おきほどの頻度で苦しめられてきた。その対策は歴代の為政者たちにとって重大な任務の一つであり、蝗害(こうがい)の発生を君主の悪政に対する天罰と捉える呪術的発想も、普遍的なものであったようだ。

(2)
 湯王が自らを生贄とした話は、「捜神記・巻八」に見られる。
 (いん)に大旱魃(かんばつ)が起きた時、湯王は桑林(そうりん)という土地(所在は不明)に行き、爪と髪を切って生贄に捧げた。すると、たちまち大雨が降ったのだという。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。