鴻門の陣に戻った項伯は、項羽に報告した。
「再三に渡って申し上げたが、懐王は許してくださらなかった。『前に約束を決めたのだから、そのとおりにせよ』と……」
項羽は怒った。大いに怒った。
「なにが懐王だ! あんなやつ、死んだ叔父上(項梁)が立ててやったから王になれたんだぞ。
別に秦征伐で功績を立てたわけでもないし。一体なんのつもりで偉そうに約束の裁定者を気取ってるんだ!
第一、天下を平定したのは、みんな俺の力だ。その俺が、なんで他人の下にひざまずいて命を聞かなきゃいけない? 男として我慢できない!
もういい! こうなったら、吉日を選んで自分で王になってやる!」
ここで范増が一計を案じた。
この機会に、将来邪魔になる人物を抹殺してしまおうと考えたのである。
范増が、まことしやかに言う。
「天子の位につくなら、君主としての称号、すなわち尊号が必要だ。
尊号を称するには、古典に依拠した、しかも君主の考えによく合ったものを用いるのがよい。
そこでだ。
張良は、多くの書を読んでいて、歴代の君主について、よく知っている。
張良を呼び出して前例を尋ね、彼に尊号を決めさせるとよい。
張良の決めた尊号が君の心に合うようなら、張良は本当に忠誠心を持っているのだろう。
しかし、もし君の心に合わないなら、君を欺き害を為そうとしている証明になる。そのときは国法に照らし合わせて殺してしまいなさい」
項羽は、うなずいた。
「よし。そうするか」
*
項羽は、張良を呼んで、言った。
「俺は、そろそろ関中の王になろうと思っている。しかし、まだ尊号が決まっていない。
張良よ。お前は多くの書を読んでいて、歴代帝王の号を知り尽くしているそうだな。
お前はもう俺に仕える身なのだから、その知識を活かしてくれ。古代からの前例を考慮し、よい尊号を定めて、天下の人々が服従するようにしろ」
張良は、わずかに目を細め、心の中で考えた。
「ふうん。これは范増の計略だな。
私に尊号を決めさせ、言質を取ったところで、なにか適当な難癖をつけ、項羽が私を殺すようにしむけるつもりなのだろう。
尊号など、ケチを付けようと思えば、いくらでもつけられるものだ。言われた通りに私が尊号を定めるのは、まずい……となれば、この手で行くか」
張良は、涼しげに微笑した。
「かしこまりました。
古の時代より、さまざまな尊号がございます。それを私が詳しくご説明いたしましょう。
その中から、大王様みずから選んで尊号を定めなさいませ」
項羽が自分で選ぶ形にすれば、范増も難癖のつけようがない。アテの外れた范増は、かすかに眉を動かした。
その表情を視界の端にとらえながら、張良は古の例を並べはじめた。
「古の聖帝や明王(良い君主)が天下を手にした時には、必ず国号を立てたものです。
まず、この世の始まりには3人の皇、三皇がおりました。
三皇の後には五帝が現れました。
五帝とは、少昊、顓頊、帝嚳、帝堯、帝舜の5人です。
帝は、すなわち天の号。徳は天地に行きわたり、軍隊を動かさず、殺伐を行わず、謙虚にへりくだって天下を保つ君主。それを帝と称します。
大王様、この号をお使いになりますか?」
項羽は、難しい顔をして、心の中に思った。
「俺は子嬰を殺したし、軍隊で天下を征伐した。それで帝を名乗るのは、五帝に対して恥ずかしいな」
そこで項羽は首を横に振った。
「帝の号は、ちょっと思う所があるから、やめておこう。その次の号を言え」
張良が答える。
「五帝の後には三王がございます。
夏、殷、周の三大王朝がそれでございます。
よく政治に勤め、質素倹約を貫き、仁義を大切にして、なにもかも私利私欲ではなく人民のために行う。それが王です。
夏の禹王は苦労して治水事業を成功させ、殷の湯王は我が身を犠牲にして雨乞いをし、周の文王は紂王の悪行を諌めて投獄されました。
これらは、みんな民のために行ったこと。三王の、すばらしい徳でございます。
大王様、王の号をお使いになりますか?」
項羽は言う。
「うん。王の号は、なかなかいいな。それを使おうと思うが、もし王の次の尊号もあるなら教えてくれ」
張良が言う。
「王の次には五覇があります。
斉の桓公、宋の襄公、秦の穆公、晋の文公、楚の荘公、この5人です。
覇とは、残虐・暴力為す輩を、天下のために討伐して取りのぞく者のこと。
己の一国を拡大して諸国を牛耳り、仁愛を好み、正義を尊び、威武強大で人々がみな恐れる存在。それが覇です。
大王様、この号をお使いになりますか?」
項羽は、大きくうなずいた。
「王という号は、古代には良かったかもしれないが、現代には合っていない。
覇業は、現代にはぴったりだが、伝統ある古の徳には合っていない。
だから、古代と現代を組み合わせて『覇王』としたら最高なんじゃないか?
俺は楚国に生まれた。淮水の北側を西楚と呼ぶことにして……
俺は、『西楚の覇王』と号する!
勅を作って、このことを天下に知らしめよ!」
ここで范増が口を挟んだ。
「王号を称すのはよろしいですが、覇号はおやめなさい。
歴史上、覇の権力は長続きしたためしがないのだ。昔の人も『大国の覇ですら5年続かない。小国の覇に至っては3年しか保たない』と言っている。
大王、張良の言うことを採用してはなりませぬ。それは誤りですぞ」
項羽は、苛立ちを顔に表して言う。
「何を言ってるんだ。春秋五覇は、歴史上一番長く天下を保ったじゃないか。それに、俺のやってきたことは、五覇とよく似ている。だから、俺は覇王を名乗る!
張良が俺を騙すわけないだろう。先生、ちょっと小言が多すぎるぞ」
范増は低く頭を垂れ、物も言わずに溜め息をつき、部屋から退出した。
その背を見送った項羽は、あてつけのように張良の知識を厚く賞賛した。
*
吉日を選び、項羽即位の大礼(儀式)が執り行われた。
楚の懐王には新たに『義帝』という称号を贈り、江南(長江南部)の郴州という土地に遷都させた。
一見、格上の『帝』として尊重しているようではあるが、この後、項羽は義帝の命令を無視するようになった。
そして項羽自身は、望み通り『西楚の覇王』と号し、この新たな天子の名を、中国全土に告知させた。
武力によって実権を握る王者、という意味の『覇王』なる称号は、このとき生まれた。
いや。それどころか、実際に『覇王』を名乗った者は、後にも先にも、ただ一人。
歴史上唯一無二。
覇王、項羽。
血気盛んな楚の若者が、今、ついに天下をその手に掴んだのである。
(つづく)
■次回予告■
中国の頂点に立った覇王項羽は、始皇帝の遺産を奪い、広大なる宮殿を焼き払い、民の不安を掻き立てつつも着々と足場を固めていく。
そのさなか、秦討伐の論功行賞で劉邦の処遇が決定した。一度は王たる資格さえ得た彼が、奮闘の果てに掴んだものは?
次回「龍虎戦記」第二十回
『劉邦、左遷』
乞う、ご期待!