覇王項羽の最初の仕事は、ここまで戦ってきた諸侯に恩賞を施すことだった。
しかし、そのための資金が足りない。
沛公劉邦が咸陽に踏みこんだ時、兵たちが先を争って略奪したため、秦の宝物庫には思ったほどの財宝が残っていなかったのである。
覇王項羽は、軍師范増を呼んで相談をもちかけた。
「ここまで俺に従って苦労してくれた大将や兵に、しっかり恩賞を与えたいんだが、財宝が足りないんだ。
先生、何かいい考えはないか?」
范増が答えた。
「それなら、いとも容易いことよ。
沛公が最初に咸陽に入ったのだから、財宝の在り処は彼がよく知っているはず。
呼び出して尋ねなされ」
項羽は、ポンと手を打った。
「あ、そうか。それはそうだな」
そこで項羽は、劉邦に呼び出しをかけた。
*
張良は、この話を聞いて考えた。
「項羽から突然呼び出されたら、沛公は、また命を狙われるんじゃないかと警戒してしまうだろうな。
下手に呼び出しを拒否などしたら、状況が、こじれかねない。危険は無いと知らせておこう」
張良は、使者を沛公に送って告げた。
「覇王が君を招いたのは、秦の財宝の在り処を問うためです。危険はありませんから、すぐにお越しください。
そして財宝のことを問われたら、『張良がよく知っている』と答えて、私に振ってください」
劉邦は安心し、鴻門の陣にやってきた。
項羽が劉邦に問う。
「沛公は、一番に咸陽に入ったのだから、秦の財宝がある所を知っているだろう。詳しく教えてくれ」
沛公が答える。
「あーっ、そのことですか。
あの時はバタバタしてたもんですから、財宝を点検するヒマも無く……私には、よく分かりません。
そこらへんのことは、張良がよく知っていると思いますよ」
「えっ、張良?」
項羽は目を丸くした。
すぐに張良を呼び出して、項羽が言う。
「お前なあ、知ってたんなら早く言えよ。なぜ話さなかった?」
張良は涼しい顔。
「特にお尋ねがありませんでしたので。
秦の金銀財宝は、150年前の君主考公の頃から代々積み蓄えられて、始皇帝の時代には天下に比類ないほどの量になっておりました。
しかし始皇帝が崩御した後、驪山における陵墓建造に、おびただしい金銀を費やしたうえ、余った財宝を墓の中へ収めました。
さらに、二世皇帝の胡亥が好き勝手に享楽に耽り、際限なく浪費を繰り返したため、秦の宝物庫は空になってしまったのです」
項羽は、これを聞いて考え込み、やがて范増に目を向けた。
「財宝が始皇帝の墓の中にあるというなら、それを掘り出して兵たちへの褒美とするのはどうだろう?」
范増が首を横に振る。
「始皇帝の墓に埋めてあるのは、生前用いていた身の回りの品くらいですぞ。財宝などあるはずがない」
張良は笑った。
「おや。老将軍はご存知ないのですか?
始皇帝の墓というのは、周囲8里から9里(3.5km前後)、高さ50尺(12m)に及ぶ巨大なもの。
内部の天井には宝珠や宝玉を埋め込んで星空を作り、床には水銀を流して川を作り、本殿の周りには金銀を張り巡らせ、百もの宝物を柩の前に連ねました。
さらには数百人の宮女を殉葬(生き埋め)し、六国から徴収した珊瑚、瑪瑙、翡翠、瑠璃の類を、ことごとく埋めたのです。
それゆえ、夜になるたびに墓所が光り輝くと言います。
どうして老将軍は『財宝が無い』などと仰るのですか」
項羽は、ますます心を動かされた。
「よし、墓を掘ろう。掘り返そう」
范増が眉間にシワを寄せて諌める。
「始皇帝は無道だったが、それでも帝王は帝王だ。帝王の墓を理由なく荒らしてはなりませぬ。もし財宝を掘り出したら、人々は『墓荒らしだ』と言って蔑むでしょう。
覇王様は、まだ位についたばかりなのです。批判を受けるようなことをするのは良くありませぬ」
項羽が反論した。
「始皇帝は無道にも六国を併呑し、財宝を浪費し、天下の労働力を使いはたした。焚書坑儒し、人民に残虐暴虐の行いをした。
夏の桀王や殷の紂王(いずれも伝説的悪王)以上の大悪人だ。
子嬰を殺して始皇帝の子孫は滅ぼしたが、まだ恨みは消えていない。だから、墓を暴き、屍に鞭打って、人民を気持ちよくしてやりたいんだ。
別に、財宝が欲しいってだけじゃないんだからな!」
*
翌日。
項羽は10万の兵を引き連れて、驪山の始皇帝陵へ向かった。
始皇帝陵の壮大華麗なることは、想像を絶するほどだった。
主たる陵墓は四角錐型の築山(人工の山)で、その周りは宮殿めいた建物と城壁とに囲まれている。
蒼い松が御殿を包み、古い柏が楼閣を彩る。
輝く堂宇は万の馬を収容し、周囲の山々は千の蛟をすら隠す。
石の手すりが白玉を囲み、神の通り道が天の辻を貫く。
左右に並ぶ像は、獅子に駱駝に虎、豹、象。
東西に並ぶ像は、文官、武官、鉄衣郎(戦士)。
門の壮麗さは、向こう千百年の模範になるほど。
そして陵墓本体は天衝くようにそびえ立ち、億万年続く絶景を形作っていた。
項羽は馬から下りて陵墓の前に立ち、命令を下した。
「さあ、みんな力を合わせて掘り返せ」
たちまち10万の軍勢が喚き叫んで、始皇帝の墓に殺到した。
財宝を目指して我先にと力を奮う兵士たち。
舞い上がる土埃が天をさえぎり、斧を打ち込む音が地を動かす。
そうして3日間、掘って掘って掘りまくったが、まだ宝を埋めた穴が出てこない。
項羽は困り果てて、
「財宝への道を知っている者がいたら、重く賞金を取らせるぞ」
と全軍に通達した。
すると、英布将軍が進み出た。
「臣は、かつて驪山の工事で働かされておりました。そのとき人夫を指揮して陵墓を建築しましたので、中のことは全て知っております」
英布は兵に命じて、北から南へ向かって深さ5尺(1.2m)、長さ10丈(23m)ほどに掘り進めさせた。
すると、ぽっかりと開けた地下の小部屋に行きついた。
そこからまた5、6尺ほど掘ったところ、土へ刺し入れた工具の先端に、突き抜けたような軽い手ごたえがあって……
ついに、巨大な地下空間が英布たちの前に姿を現した。
地下空間へ入った英布たちは、息を飲んだ。
こんな地下に、石造りの牌楼(中華風の扉のない門)がある。それをくぐって奥へ進むと、今度は石の城壁。
その左右には、二匹の石の龍が飾られている。一匹は昇り龍、もう一匹は降り龍。今にも動きだしそうなほどの、見事な造形である。
城壁の中央には、石の城門がある。
しかし、巨大な石の閂で厳重に閉鎖されていて、人力ではとても動かすことができない。
「よし。鉄槌を持ってこい。門を破壊しろ!」
英布が命令すると、兵たちは重い鉄槌を石門に叩きつけ、力任せに扉を粉砕した。
門をくぐって石城に入ると、まっすぐ伸びた広い道があった。足元に白い石畳が敷きつめられ、左右に見事な欄干を構えた道を、歩くこと実に2里(800m)。
その先にまた大きな門。
これを押し開いてみれば……
なんたることか。
そこに、絢爛豪華な宮廷があった。
本殿、享殿(祭祀場)、寝殿、三宮六院(後宮)などを建て連ね、地上と変わらぬ宮廷の姿を、そのまま再現しているのだ。
英布たちが、唖然としながら中を探索してみると、君主の寝所たる寝殿の中に、始皇帝の石の柩が安置されているのが見つかった。
その周囲に、有る。
うず高く積み上げられた、莫大な量の財宝の数々。
天下の重宝120種。
金銀は、なんと60万斤(152トン!)。
比喩表現でも何でもない、文字通りの宝の山が、そこにあった。
(つづく)