龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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二十の上 劉邦、左遷

 

 

 覇王項羽の最初の仕事は、ここまで戦ってきた諸侯に恩賞を(ほどこ)すことだった。

 しかし、そのための資金が()りない。

 

 沛公(はいこう)劉邦が咸陽(かんよう)に踏みこんだ時、兵たちが先を争って略奪したため、(しん)の宝物庫には思ったほどの財宝が残っていなかったのである。

 

 覇王項羽は、軍師范増(はんぞう)を呼んで相談をもちかけた。

「ここまで俺に従って苦労してくれた大将や兵に、しっかり恩賞を与えたいんだが、財宝が()りないんだ。

 先生、何かいい考えはないか?」

 

 范増(はんぞう)が答えた。

「それなら、いとも容易(たやす)いことよ。

 沛公(はいこう)が最初に咸陽(かんよう)に入ったのだから、財宝の()()は彼がよく知っているはず。

 呼び出して(たず)ねなされ」

 

 項羽は、ポンと手を打った。

「あ、そうか。それはそうだな」

 そこで項羽は、劉邦に呼び出しをかけた。

 

 

   *

 

 

 張良は、この話を聞いて考えた。

「項羽から突然呼び出されたら、沛公(はいこう)は、また命を狙われるんじゃないかと警戒してしまうだろうな。

 下手に呼び出しを拒否などしたら、状況が、こじれかねない。危険は無いと知らせておこう」

 

 張良は、使者を沛公(はいこう)に送って告げた。

「覇王が君を招いたのは、(しん)の財宝の()()を問うためです。危険はありませんから、すぐにお越しください。

 そして財宝のことを問われたら、『張良がよく知っている』と答えて、私に振ってください」

 

 劉邦は安心し、鴻門(こうもん)の陣にやってきた。

 

 項羽が劉邦に問う。

沛公(はいこう)は、一番に咸陽(かんよう)に入ったのだから、(しん)の財宝がある所を知っているだろう。詳しく教えてくれ」

 

 沛公(はいこう)が答える。

「あーっ、そのことですか。

 あの時はバタバタしてたもんですから、財宝を点検するヒマも無く……私には、よく分かりません。

 そこらへんのことは、張良がよく知っていると思いますよ」

 

「えっ、張良?」

 項羽は目を丸くした。

 

 すぐに張良を呼び出して、項羽が言う。

「お前なあ、知ってたんなら早く言えよ。なぜ話さなかった?」

 

 張良は涼しい顔。

「特にお(たず)ねがありませんでしたので。

 

 (しん)の金銀財宝は、150年前の君主考公(こうこう)の頃から代々()み蓄えられて、始皇帝の時代には天下に比類ないほどの量になっておりました。

 しかし始皇帝が崩御(ほうぎょ)した後、驪山(りざん)における陵墓(りょうぼ)建造に、おびただしい金銀を(つい)やしたうえ、余った財宝を墓の中へ収めました。

 

 さらに、二世皇帝の胡亥(こがい)が好き勝手に享楽(きょうらく)(ふけ)り、際限(さいげん)なく浪費(ろうひ)を繰り返したため、(しん)の宝物庫は(から)になってしまったのです」

 

 項羽は、これを聞いて考え込み、やがて范増(はんぞう)に目を向けた。

「財宝が始皇帝の墓の中にあるというなら、それを掘り出して兵たちへの褒美(ほうび)とするのはどうだろう?」

 

 范増(はんぞう)が首を横に振る。

「始皇帝の墓に埋めてあるのは、生前(せいぜん)(もち)いていた身の回りの品くらいですぞ。財宝などあるはずがない」

 

 張良は笑った。

「おや。老将軍はご存知(ぞんじ)ないのですか?

 始皇帝の墓というのは、周囲8里から9里(3.5km前後)、高さ50尺(12m)に及ぶ巨大なもの。

 内部の天井には宝珠や宝玉を埋め込んで星空を作り、床には水銀を流して川を作り、本殿の周りには金銀を張り巡らせ、百もの宝物を(ひつぎ)の前に(つら)ねました。

 

 さらには数百人の宮女を殉葬(じゅんそう)(生き埋め)し、六国から徴収(ちょうしゅう)した珊瑚(さんご)瑪瑙(めのう)翡翠(ひすい)瑠璃(るり)(たぐい)を、ことごとく埋めたのです。

 それゆえ、夜になるたびに墓所が光り輝くと言います。

 どうして老将軍は『財宝が無い』などと(おっしゃ)るのですか」

 

 項羽は、ますます心を動かされた。

「よし、墓を掘ろう。掘り返そう」

 

 范増(はんぞう)眉間(みけん)にシワを寄せて(いさ)める。

「始皇帝は無道だったが、それでも帝王は帝王だ。帝王の墓を理由なく荒らしてはなりませぬ。もし財宝を掘り出したら、人々は『墓荒らしだ』と言って(さげす)むでしょう。

 覇王様は、まだ(くらい)についたばかりなのです。批判を受けるようなことをするのは良くありませぬ」

 

 項羽が反論した。

「始皇帝は無道にも六国を併呑(へいどん)し、財宝を浪費(ろうひ)し、天下の労働力を使いはたした。焚書(ふんしょ)坑儒(こうじゅ)し、人民に残虐暴虐の行いをした。

 ()桀王(けつおう)(いん)紂王(ちゅうおう)(いずれも伝説的悪王)以上の大悪人だ。

 

 子嬰(しえい)を殺して始皇帝の子孫は滅ぼしたが、まだ(うら)みは消えていない。だから、墓を(あば)き、(しかばね)(むち)打って、人民を気持ちよくしてやりたいんだ。

 

 別に、財宝が欲しいってだけじゃないんだからな!」

 

 

   *

 

 

 翌日。

 項羽は10万の兵を引き連れて、驪山(りざん)の始皇帝(りょう)へ向かった。

 

 始皇帝(りょう)の壮大華麗なることは、想像を(ぜっ)するほどだった。

 主たる陵墓(りょうぼ)四角錐(しかくすい)型の築山(つきやま)(人工の山)で、その周りは宮殿めいた建物と城壁とに囲まれている。

 (あお)い松が御殿(ごてん)を包み、古い(かしわ)楼閣(ろうかく)(いろど)る。

 輝く堂宇(どうう)は万の馬を収容し、周囲の山々は千の(みずち)をすら隠す。

 石の手すりが白玉を囲み、神の通り道が天の(つじ)を貫く。

 

 左右に並ぶ像は、獅子(しし)駱駝(らくだ)に虎、(ひょう)、象。

 東西に並ぶ像は、文官、武官、鉄衣郎(てついろう)(戦士)。

 

 門の壮麗さは、向こう千百年の模範になるほど。

 そして陵墓(りょうぼ)本体は天()くようにそびえ立ち、億万年続く絶景を(かたち)(づく)っていた。

 

 項羽は馬から()りて陵墓(りょうぼ)の前に立ち、命令を(くだ)した。

「さあ、みんな力を合わせて掘り返せ」

 

 たちまち10万の軍勢が(わめ)き叫んで、始皇帝の墓に殺到(さっとう)した。

 財宝を目指して我先(われさき)にと力を(ふる)う兵士たち。

 舞い上がる土埃(つちぼこり)が天をさえぎり、(おの)を打ち込む音が地を動かす。

 

 そうして3日間、掘って掘って掘りまくったが、まだ宝を埋めた穴が出てこない。

 項羽は困り果てて、

「財宝への道を知っている者がいたら、重く賞金を取らせるぞ」

 と全軍に通達した。

 

 すると、英布将軍が進み出た。

(しん)は、かつて驪山(りざん)の工事で働かされておりました。そのとき人夫(にんぷ)を指揮して陵墓(りょうぼ)を建築しましたので、中のことは全て知っております」

 

 英布は兵に(めい)じて、北から南へ向かって深さ5尺(1.2m)、長さ10丈(23m)ほどに掘り進めさせた。

 すると、ぽっかりと開けた地下の小部屋に行きついた。

 そこからまた5、6尺ほど掘ったところ、土へ刺し入れた工具の先端に、突き抜けたような軽い手ごたえがあって……

 

 ついに、巨大な地下空間が英布たちの前に姿を現した。

 

 地下空間へ入った英布たちは、息を飲んだ。

 こんな地下に、石造りの牌楼(ぱいろう)(中華風の扉のない門)がある。それをくぐって奥へ進むと、今度は石の城壁。

 その左右には、二匹の石の龍が(かざ)られている。一匹は昇り龍、もう一匹は(くだ)り龍。今にも動きだしそうなほどの、見事な造形である。

 

 城壁の中央には、石の城門がある。

 しかし、巨大な石の(かんぬき)で厳重に閉鎖されていて、人力ではとても動かすことができない。

 

「よし。鉄槌(てっつい)を持ってこい。門を破壊しろ!」

 英布が命令すると、兵たちは重い鉄槌(てっつい)を石門に叩きつけ、力任せに扉を粉砕した。

 

 門をくぐって石城に入ると、まっすぐ伸びた広い道があった。足元に白い石畳(いしだたみ)()きつめられ、左右に見事な欄干(らんかん)を構えた道を、歩くこと実に2里(800m)。

 その先にまた大きな門。

 これを押し開いてみれば……

 

 なんたることか。

 そこに、絢爛(けんらん)豪華(ごうか)な宮廷があった。

 

 本殿、享殿(きょうでん)祭祀(さいし)場)、寝殿(しんでん)三宮(さんぐう)六院(ろくいん)(後宮)などを建て(つら)ね、地上と変わらぬ宮廷の姿を、そのまま再現しているのだ。

 

 英布たちが、唖然(あぜん)としながら中を探索してみると、君主の寝所(しんじょ)たる寝殿(しんでん)の中に、始皇帝の石の(ひつぎ)が安置されているのが見つかった。

 

 その周囲に、有る。

 うず高く積み上げられた、莫大(ばくだい)な量の財宝の数々。

 天下の重宝(じゅうほう)120種。

 金銀は、なんと60万(きん)(152トン!)。

 比喩(ひゆ)表現でも何でもない、文字通りの宝の山が、そこにあった。

 

 

(つづく)




●注釈
 驪山(りざん)の始皇帝(りょう)は実在する。張良が述べた始皇帝(りょう)の大きさは『周囲8里から9里(3.5km前後)、高さ50尺(12m)』ということだが、現存する遺跡は、ピラミッド型の陵墓部分のみで周囲約1.4km、高さは75m。それを取り囲む内城が周囲3.9km、さらにその外の外城が周囲6.2km。ということで、高さはともかく、広さについてはかなり正確に記述されているように思える。
 なお、「通俗漢楚軍談」では『周囲800里(320km)』となっており、いくらなんでもこれは大きすぎる。翻訳時の誤りであろう。
 また、始皇帝(りょう)から掘り出された財宝、『金銀60万(きん)(152トン)』ということだが、参考までに、江戸幕府が佐渡島の金山で270年かけて採掘した金が、累計41トンだそうだ。
 この原稿を書いている2025年1月8日現在、金価格は1gあたり14900円、銀価格は1gあたり172円。152トン全てが銀なら260億円、全て金なら2兆円以上にも相当する。現代とは貨幣価値も金銀の価値も異なるので単純に比較はできないが、すさまじい量の財宝であることは間違いない。
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