龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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二十一の中 亜父の居ぬ間に

 

 

 さて、それから数日後。

 項羽は、新たな問題に頭を悩ませていた。

 

 項羽は天下の諸侯を各国の王に(ほう)じたが、まだそのことを義帝(懐王(かいおう))に報告していなかった。

 さらに、以前に義帝へ使者を送って「都を(ちん)州へ(うつ)すように」と伝えたのだが、義帝はいまだに遷都(せんと)を実行に移していなかったのだ。

 

 項羽は大将たちを招集した。

「天下の諸侯を(ほう)じて、体制はすでに定まった。だが、義帝は彭城(ほうじょう)に居座っていて、いまだに(みやこ)(うつ)しておられない。どうすればいいと思う?」

 

 そこで陳平(ちんぺい)が進み出た。

「『天に2つの太陽は無く、民に2人の王は無い』という言葉があります。

 覇王様は、すでに天下の君主におなりあそばしたのに、このうえまだ懐王(かいおう)(めい)など聞いていては、この世に2人の天子が存在する形になってしまいます。

 

 最近、人民は、こう(うわさ)しているそうです。『家臣が主君を(ほう)じた。こんなことは過去にほとんど例がない』と。こんな状態では、天下を服従させることはできないでしょう。

 

 私が思いますに、ここは地位と知恵を()(そな)えた賢人を派遣すべきです。

 すなわち、范増(はんぞう)様に大将数名をつけて彭城(ほうじょう)(つか)わし、義帝を説得させるのです。

 そうして義帝を遠い僻地(へきち)に移し、廃位(はいい)させたも同然の形にすれば、覇王様こそが天下唯一の君主。この先、義帝の(めい)を無視したとしても、人民が批判することは、なくなるでしょう」

 

 項羽は、うなずいた。

「なるほど、もっともだ。

 それじゃあ、亜父(あふ)桓楚(かんそ)于英(うえい)の2人を連れて彭城(ほうじょう)に行き、義帝に遷都(せんと)のことを納得させてくれ。

 その後で、彭城(ほうじょう)に新しい宮殿の造営も頼む。彭城(ほうじょう)は俺の故郷だから、いつかあそこに住みたいんだ」

 

 というわけで、范増(はんぞう)彭城(ほうじょう)へ向かうことになった。

 

 だが、その出発の日。見送りに出てきた項羽に、范増(はんぞう)が言った。

「これより彭城(ほうじょう)へ行ってまいります。

 しかし、一つ気がかりがございます。覇王様が、味方の大将たちの言葉に(まど)わされるのではないかと。

 そこで、三ヶ条の諌言(かんげん)を用意した。覇王様、どうかよく心に()めて、片時(かたとき)も忘れぬようにしてくだされ」

 

 項羽が眉を上げる。

「三ヶ条というと?」

 

 范増(はんぞう)は、1本ずつ指を立てながら()べた。

「第一に、決して咸陽(かんよう)を離れてはいけない。

 咸陽(かんよう)は、(いにしえ)より(みやこ)が建てられてきた伝統の地であり、千里に渡って肥沃(ひよく)な大地が広がっているうえ、天然の要害でもあります。これ以上に(みやこ)に適した土地はありませぬ。

 

 第二に、執戟郎(しつげきろう)の韓信を取り立てて用いなされ。

 私が見るに、韓信は天下の元戎(げんじゅう)(大将軍)となるべき才覚を秘めている。しかし、まだ機会に恵まれておらぬのです。覇王様が韓信を取り立てなさったら、大将や兵卒たちを上手く指揮して、天下無敵の働きをするでしょう。

 逆に、この男を用いるつもりがないなら、とにかく早く殺してしまいなさい。誰か他人に韓信が用いられたら、後々、大いなる災いを()すでしょうからな。

 

 第三に、漢王劉邦をこの場所に留まらせなさい。絶対に漢中へ入らせてはいけません。

 劉邦については、私が彭城(ほうじょう)から帰った後で、うまく対処いたしますので。

 

 この三ヶ条、極めて肝要ですぞ。よいですか。片時(かたとき)も忘れてはいけませんぞ」

 

 噛んで含めるように丁寧(ていねい)諌言(かんげん)である。

 項羽は、親の愛情を受けているような、くすぐったさを感じて、照れ隠しに苦笑した。

「早く行けよ、亜父(あふ)。三ヶ条、ちゃんと覚えとくからさ」

 

 かくして、范増(はんぞう)たちは彭城(ほうじょう)へと旅立った。

 

 この様子をじっと見ながら、心中(しんちゅう)ひそかに喜んでいる者がいた……陳平(ちんぺい)である。

 

 

   *

 

 

 次の日。

 陳平(ちんぺい)は、項羽に(ひょう)(主君に意見を()べる文書)を(たてまつ)った。

 その内容は、こうである。

 

『国家運営には財産の有効な運用が第一に重要であり、聖人は倹約を行動の根本といたします。

 

 財産が有効に運用されていなければ、金銭が節度なく出し入れされ、計画性なく浪費されてしまうため、必ず財力が尽きて民に逃げられます。

 また、きちんと倹約が()されていないときは、奢侈(しゃし)贅沢が日増しに(ひど)くなり、倉庫の中身もみるみるうちに減っていき、民は人生を謳歌(おうか)できなくなって、必ず国が滅びます。

 

 覇王陛下は大いなる地位に登られて以来、天を(うやま)うのと同じように、民を大切にしておられます。

 しかし、もし節制(せっせい)をなさらなかったら、どうしてこの世を治めることができましょうか。

 

 現在、諸侯は(みな)咸陽(かんよう)に集合しております。

 一諸侯ごとに3、4万を下らぬ兵馬を帯同(たいどう)しており、全てを合わせれば、とてつもない数になります。

 はっきりした総数は不明ですが、少なく見積もっても、百万は(くだ)らないでしょう。

 

 その大軍が莫大な物資を必要とするため、軍資金や食料が底をつきかけ、倉庫はほとんど(から)になろうとしております。

 

 実例を()げますと、一諸侯に支給する1日あたりの物資は、以下の通りです。

 酒食25担(570kg)

 羊15頭

 (ブタ)20頭

 大牛5頭

 麦200(きん)(51kg)

 燃料の(しば)40担(900kg)。

 

 また、兵や官吏(かんり)などは10万人を一単位(ひとたんい)として計算し、1人に1日あたり以下の量を支給します。

 米2(しょう)(400立方cm)

 料豆(りょうとう)大豆(だいず))2(しょう)

 雑豆(その他の豆)1(しょう)(200立方cm)

 ()()(たば)

 

 以上を全諸侯と全軍100万人分合計すると、その消費量は1日あたり、

 酒300担

 羊200頭

 (ブタ)400頭

 大牛100頭

 麦4000(きん)

 (しば)800担

 米2万(ごく)

 料豆2万(ごく)

 雑豆1万(ごく)

 ()()2万(たば)

 このように、計り知れない量に達します。

 

 臣は、まことに(きも)が冷える思いです。

 早く諸侯を自分の国に帰らせなければ、咸陽(かんよう)の人民の生産量だけでは、とてもこの大軍を維持できないでしょう。

 どうか聖裁(せいさい)(天子の判断)をくださいますよう、伏してお願い申し上げます』

 

 項羽は、表文を読み終わって言った。

陳平(ちんぺい)の意見は極めて良い。

 天下の諸侯を長くここに住まわせていたら、大軍が毎日消費する物資で咸陽(かんよう)の民を悩ませてしまうな。

 じゃあ、早いところ、それぞれの分国に帰らせよう」

 

 項羽はすぐに()れを出し、『諸侯は、5日以内に出発して、それぞれの領国に帰るように』と指示した。

 

 しかし、ただ一人、劉邦に対してだけは『しばらく咸陽(かんよう)に残るように』と下知(げち)した。

 もちろん、范増(はんぞう)の三ヶ条の諌言(かんげん)を守ってのことである。

 

 

   *

 

 

 これを聞いて、張良は眉を上げた。

「おっと。さすがに簡単には引っかかってくれないか」

 

 張良は、次なる計を動かすべく、急いで劉邦の元を(おとず)れた。

 

 

(つづく)

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