劉邦は大将たちに下知して、大急ぎで旅の支度に取りかからせた。
そして準備が完了するや、すぐさま霸上を出発し、封地、漢中・巴蜀へと進み始めた。
咸陽の人民は、劉邦が出発したと聞くと、その進路上へ集まってきた。
老人の体を支え、幼子を胸に抱き、総出で劉邦の回りを囲み、人民が地面に拝伏する。
その中の老人数十人が、哀しげに訴えた。
「劉邦大王、あなたが先に関中へお入りになったので、我々はあなたこそ咸陽の王になるのだと思っていましたのに。漢中などへお行きになるとは……
一体いつになれば、あなたが東に帰還なさって、その天顔(天子の顔)を再び拝することができるでしょうか」
老人たちは、大声で泣いた。
劉邦は、優しく彼らを諭す。
「みんな、よく自分の仕事に励めよ。俺は、いつか必ず帰ってきて、またお前さんたちと顔を合わせるから」
民衆は、劉邦を慕って言う。
「私たち皆で、劉邦様を遠くまで送って参りましょう」
しかし、蕭何がそれを制止した。
「いや。覇王項羽の法律運用は、はなはだ厳しい。あなたがたは、ここからすぐに帰りなさい。ついてくれば罰せられることになりましょうから」
しかし、それでも民衆は涙を流し、劉邦と離れるのを嫌がって、その場に留まり続けた。
張良が、そっと樊噲に寄っていく。
「樊噲殿」
「なんです、先生?」
「軍馬を走らせましょう。民衆がついて来られないように」
樊噲は、劉邦を囲む民衆を見て、うなずいた。
「そうですな。あの人たちが俺らのせいで罰を受けたりしたら、かわいそうだ」
樊噲の号令によって、劉邦軍の兵馬は駆けだした。
土煙を上げて去っていく劉邦たち。
その背中を、咸陽の民衆は、いつまでもいつまでも見送っていたのだった。
*
劉邦軍は街道を順調に進み、山々に挟まれた駅(宿場)を経て、90里(36km)先の安平県に到達した。
そこからまた40里進んで扶風県。
45里で鳳翔郡。
30里を経て迷魂寨。
また30里で宝鶏県。
50里にして大散関。
60里にして清風閣。
さらに60里で鳳州。
合計、実に405里(162km)。
これだけ進んで、ようやく漢中の入口にさしかかった、というところ。
いよいよここから、険しいことで有名な巴蜀への山道に踏み込むことになるのだが……
ここで劉邦軍の将兵たちは、目の前に広がる光景に呆然とした。
幾重にも重なり合った山脈。
鋭く天を貫く峰々。
鳥にすら飛び越えがたいほどの断崖絶壁。
すさまじく険阻なこの地には、まず、まともな道が存在しない。
そこで古代の人々は、岩壁に貼り付くような棚状の道、桟道を作った。
ほとんど垂直にそびえ立つ岩壁に穴を穿って杭を打ち込み、その上に板を渡して通り道としたのだ。
人がすれ違うこともできないほど狭く、ほとんど岩壁にへばりつくようにして進むしかない。無論、手すりなどあるはずもない。足を踏み外せば、奈落の底へ、まっさかさま……
そんな桟道が雲間をかぼそく縫い進み、切り立つ巨大な青岩は万刃の如くそびえ立つ……
劉邦軍の将兵は、みな平原の多い山東(中国東部)の出身で、これほど険しい難所を経験したことがなかった。
兵の誰かが、隊列のどこかで叫び声をあげる。
「俺たちは、十死一生の戦いをくぐりぬけ、どうにか秦を滅ぼしたのに、故郷に帰ることもできず、こんな険しい土地に追いやられてしまった。
もし誰かがこの難所に軍勢を置いて封鎖したら、俺たちはもう二度と本国に帰れなくなり、漢中で虚しく死に果てることになるぞ。
なら、いっそここから引き返して、項羽の楚軍と戦って、気持ちよく討死しよう!」
この言葉に、樊噲や他の将たちも、
「そうだそうだ!」
と同調し、鬨の声を挙げはじめた。
しまいには劉邦までが怒りに飲まれ、むやみやたらに叫びだした。
「懐王様との約束で、先に関中に入った者を咸陽の王にすると言ってたのに! 項羽め! 約束を破り、范増の言うことに従って、俺をこんな険しいド田舎に左遷しやがって!
それだけじゃない。秦から降伏してきた章邯たちを三秦王に封じて、漢中から出る道を塞いでしまった!
雲の上にでも乗って飛べるってんならともかく、地面を歩くしかない俺らは、漢中に一度入ったら二度と出られなくなるぞ。
今なら三秦も、まだ防衛の準備を整えてない。早く引き返して、楚と決戦しよう!」
これを聞くと、張良、蕭何、酈生の3人が一斉に馬から下りて劉邦を止めた。
「漢王様!
将兵たちが一時的な怒りに任せて申したことなどを真に受けて、天下の大事を誤ってはいけませぬ。
漢中は確かに険阻ですが、昔から多くの大王が興ってきた伝統の地。
出発前にも申し上げましたが、漢中・巴蜀の奥深くは、軍馬を育成するには最適です。そうして力を蓄え、好機を見計らって出陣し、三秦を平定して天下を狙いなさいませ。
いますぐ東に帰ったりしたら、項羽は勢いに乗って攻めてきます。我らは卵を押し潰すように潰されてしまうでしょう。
そうなってから後悔しても、どうにもなりません」
配下きっての知恵者3人に、そろって諌言されては、劉邦も納得するしかなかった。
劉邦は怒りを収め、樊噲に命じて先を急がせた。
(つづく)