劉邦らは漢中へ向けて歩みを進め、さらなる難所、金牛道へ入った。
上を見れば断崖絶壁、下を見れば地獄の谷底。この恐るべき桟道を戦々恐々進みながら、劉邦は、ぼやいた。
「金牛道か……この道の、どこが金の牛なんだ?」
そばにいた酈生が言う。
「それはですな、100年ほど昔の故事に由来するのですよ。
当時、秦の恵王は、蜀の国を侵略しようと野望を抱き、攻撃を仕掛けておりました。
しかし、そのころの巴蜀の道は、今の10倍も険しかった。
そのため大軍を送り込むことが難しく、そのうえ蜀には5人の無敵の力士がいたので、どうしても勝つことができませんでした。
そこで秦の恵王は一計を案じました。
鉄を材料にして牛の像を5体作り、こんな噂をバラまいたのです。
『この鉄の牛は、黄金でできた糞を毎日5斗(約10リットル)も出すのだ。秦がこれほど裕福で強大なのは、この黄金のおかげなのだ』と……
蜀王は、この噂を信じ込み、鉄牛を盗み出す計画を立てました。
例の5人の力士に命じて、蜀から秦へ通じる道を作らせ、その道を使って鉄の牛を運び込んだのです。
しかし、もちろん黄金の糞の話は嘘。
その後、力士たちが死んでしまうと、秦の恵王は軍隊を送って蜀を攻めました。
皮肉にも、蜀の力士たちが作った道のおかげで、秦軍は簡単に攻め込むことができ、ついに蜀を滅ぼしてしまった。
そのとき力士たちが作った道こそ、いま我らが進んでいる四川(巴蜀)の桟道。
それゆえここを『金牛道』と呼ぶのです」
劉邦は、感心して溜め息をついた。
「へーえ。じゃあ、この桟道ができたおかげで、これでもずいぶん行き来が楽になったんだなあ」
そんなことを話しながら、劉邦たちは、なんとか金牛道を突破した。
ところがここで、張良が急に馬から下り、劉邦へ深く礼をした。
「ここまで漢王様をお送りして参りましたが、私は、ここでお暇乞いをいたしまして、祖国韓へ帰ろうと思います」
劉邦は驚き、自分も馬から下りて張良の肩をつかんだ。
「そんな! 先生は、韓国を出発してからこっち、ずっと俺のそばにいて、いろんなことを教えてくれたじゃないですか。片時も離れてほしくない!
先生に捨てられてしまったら、俺は一体、どうすりゃいいんだよお!」
張良は、うれしげに頬を緩める。
「どうかお許しを。韓国に帰るとは申しましたが、本当は、漢王様のために3つの重大な仕事をしてくるのが目的なのです。
1つ目は、項羽に説いて彭城に遷都させ、関中を空き家にして、いつか漢王様が王都を建てる土地とすること。
2つ目は、天下の諸侯に説いて楚に反乱させ、漢に帰順させ、それによって項羽から西方を攻める戦力的余裕を削り取ること。
3つ目は、漢を興して楚を滅ぼすために必要な、大元帥の才を持つ人物を探し出し、漢王様に推薦することです。
私は、この3つの仕事を為しとげたうえで、漢王様が侵攻して来られるのを咸陽でお待ちしております。
どうか今は、何事も我慢してくださいませ。漢中にいる期間は、そう長くはありません。長くとも3年、短ければ1、2年ほどで、必ず漢王様を東方へ帰還させてみせましょう」
劉邦は、グッと奥歯を噛みしめ、やがて、うなずいた。
「先生の言うとおりになるなら、俺は、どんな苦しみを受けたって少しも恨んだりしないよ。
でも先生、先生が大元帥の人を推薦して俺のところに送ったとしても、その人をどうやって見分けたらいい?」
張良が、蕭何に目を向けた。
「ご心配なく。すでに私が手ずから割符を書き、その半分を蕭何殿にお渡ししてあります。残り半分の割符を大元帥となるべき人物に持たせますから、その人が蕭何殿のところに行けばすぐに分かります。
よいですか、漢王様。出発前に私が申しあげたこと、どうか御心によく留めて、お忘れのないように」
劉邦は涙を流し、張良の手を握った。
「分かったよ。先生も、絶対、絶対、よろしく頼むよ。
……あ、そうだ。もし東に帰って、俺の親父に会うことがあったら伝えてくれ。
『劉邦は、自分からすすんで父母を捨てたわけじゃないぞ。項羽が約束を破ったうえに狂暴なので、しかたなく漢中へ行ったんだ。いつか東方に帰って、きっと親孝行するからな』って。
よくよく伝えてくれよ。お願いします」
張良は深く拝礼した。
「承りました。必ずお伝えしましょう」
それから張良は、蕭何にも別れの挨拶をし、耳元に口を寄せて、そっとささやいた。
「蕭何殿、あとは頼みます。先日私が申しあげたことを守り、心を尽くして漢王様をお助けください。
楚を打ち破る大元帥を探し出したら、割符を持たせてそちらへ送ります。割符を持った人物が来たら、なにとぞ気にかけてくださるように」
蕭何が、力強くうなずいた。
「先生、ご安心あれ。こちらのことは、私に万事お任せを」
こうして張良は、他の大将たちとも別れの挨拶を交わし、従者6、7騎のみを連れて、咸陽へと引き換えしていった。
*
ところが、その翌日。
突然、隊列の後ろの方から、将兵たちの泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
何事か? と後ろを見れば、火炎が天を焦がし、黒煙が地を包み、劉邦軍の背後300里(120km)に渡って桟道が炎上しているではないか。
劉邦は絶叫した。
「なんで道が燃えてるんだあ!?
今あのへんにいるのは張良先生だけ……張良先生が放火したのか!? 先生、俺を騙したのか! 俺が東に帰れないようにしたんだな!?」
軍勢の者たちも、声をそろえて張良を恨み罵り、大声で泣き叫んだ。
「ああ、俺たちは生きてる間は関中の外の人間となり、死んだあとは褒中(漢中)の亡霊となる運命か! この桟道を修理して本国に帰るなんて、できるはずがない!」
そこへ蕭何が走ってきて、劉邦に伝えた。
「違います! 漢王様、張良殿をお恨みなさいますな!
昨日、別れの挨拶をしたときに、桟道を焼くつもりだと張良殿から聞いたのです。
張良殿が言うには、桟道を焼けば、大きな4つの利が得られると。
1つは、項羽がこの話を聞けば、漢王様には東に帰ってくる意思がないのだと考え、用心しなくなるだろうということ。
2つは、三秦王の章邯、司馬欣、董翳も、どうせ攻めてこないだろうと油断して、備えを怠るということ。
3つは、味方の将兵が、どこへも逃げられないと覚悟して、漢王様によく仕えるだろうということ。
4つは、他の諸侯の間で戦争が起きても、隔離されている我らの兵には影響が出ないということ。
この4つの利がありますから、桟道は必ず焼くべし、と仰っていました。張良殿を恨んではいけません」
劉邦は、これを聞くと喜んだ。
「そうだったのか。間違って子房(張良の字)を恨んじゃった。じゃあ、早く先へ進もう」
*
かくして、大変な行軍の末、ついに劉邦たち一行は漢中に到着した。
劉邦は吉日を選んで王位に即き、人民をよく治めて安心させた。
そのため、漢の民衆は劉邦の人徳に感動し、一人残らず喜んで劉邦に服従した。
また、正式に漢王となった劉邦は、ここまでついてきてくれた部下たちに、次々と官爵を与えていった。
まず、蕭何は、丞相をさらに上回る臣下の最高位、相国に。
他にも曹参、樊噲、周勃、灌嬰らに、ことごとく官爵を賜った。
劉邦は、有能な部下たちに支えられながら、懸命に政治に取り組んでいった。
軍勢にはしっかりと恩賞を与え、広く賢人を募集し、食糧を蓄え……
そうして半年も過ぎた頃には、国中よく治まって、誰もが太平を楽しむようになっていた。
道に落ちた物を誰もネコババせず、盗賊が出ないから夜になっても戸を閉ざさず、行きかう人々は親切に道を譲りあい、五穀は豊かに実り、喜び歌う声が家々から響き出る。
理想郷のような光景が、漢中に広がっていたのだった。
(つづく)