龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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二十二の下 いざ、新天地へ!

 

 

 劉邦と別れた張良は、桟道(さんどう)に火を放った後、咸陽(かんよう)への道を引き返していった。

 

 鳳嶺(ほうれい)という土地に半日逗留(とうりゅう)して人馬を休め、鳳州(ほうしゅう)から益門(えきもん)()宝鶏(ほうけい)山に着いたところで、前方から近づいてくる人馬の一団に出会った。

 

 その一団を(ひき)いている大将が大声で叫んだ。

「そこにいるのは張良先生ですな! お逃げなさいますな」

 

 張良が警戒して問う。

「誰だ」

 

 大将が答えた。

「我らは、項伯の手の者です。

 我が(あるじ)項伯は、桟道(さんどう)(けわ)しく、張良先生が疲れ苦しんでおられるだろうと察し、お迎えに参るよう我らに命じたのです」

 

 張良は、大いに喜んだ。

「項伯君は、昔の(よしみ)で、これほど気をつかってくれるのか。彼こそ真実の友だ」

 

 張良は、迎えの者たちと一緒に咸陽(かんよう)へ帰り、項伯に会って感謝の言葉を述べた。

 

 

   *

 

 

 さて、張良が、項伯の家にしばらく留まっていると……

 張良が滞在(たいざい)していることを耳にして、ある人が張良を訪ねてきた。

 

 その人が張良に告げる。

「張良先生が漢王に従って漢中へ向かったため、覇王項羽様は大変に(うら)んでおられました。

 そこへ、(おり)()しく、(かん)王の姫成(きせい)様が拝謁(はいえつ)に来られまして。

 

 覇王様は、『挨拶(あいさつ)に来るのが遅い!』と言って(かん)王に(ひど)くお怒りになり、さらには、家臣が讒言(ざんげん)までしたため、とうとう(かん)王を殺してしまいました。

 (かん)王の(しかばね)は、昨日、(ひつぎ)に収めて(かん)本国へ送還されました……」

 

「なん……だ……と……」

 張良は。

 張良は、地に倒れ、獣の(うな)るように泣き叫んだ。

 

「私は……我が家は、数代に渡って(かん)国に仕えた。一度は始皇帝に滅ぼされてしまった祖国のために、私は、心を尽くして仇討(あだう)ちを()し、ようやく()(あるじ)の後継者を立てることができたというのに……

 どうして予想できよう!? まさか、今度は項羽に(あるじ)を殺されてしまうとは!」

 

 張良は、泣いた。

 滅多に己の感情を(あら)わにしない、いつも冷静な、あの張良が、この時ばかりは(おぼ)れるほどに涙を流し、身を二つに折って、泣きじゃくった……

 

 

   *

 

 

 結局、その夜は一晩中ずっと泣き()れて、眠ることもできず。

 夜が明けた頃、張良は項伯に、ぼそりと告げた。

(かん)国へ帰るよ」

 

 項伯は驚いて言う。

「張良、君が我が家に逗留(とうりゅう)しはじめたばかりだ。私の軍務が忙しすぎたのもあって、まだ心静かに昔の思い出を語り合うことさえできていないじゃないか。どうしてこんなに早く帰るだなんて言うんだ」

 

 張良は、ひどく疲れた顔で微笑(ほほえ)んだ。

(かん)王様が咸陽(かんよう)に来て、覇王様に会ったそうなのだ。だが覇王は、私が漢王に従って漢中へ向かったことに怒り、我が(あるじ)(かん)王様を殺してしまった。

 

 私のせいだ。いっそ自殺しようかと思った……だが、死ぬこともできないのが(つら)いのだ。

 

 だから、とにかく本国へ帰る。

 (かん)王様の(しかばね)(ほうむ)り、(かん)王様の一族が安心して暮らせるように手筈(てはず)を整えたら、一ヶ月ほどで、また君の所へ戻ってくるよ」

 

 項伯は、目尻(めじり)に涙すら浮かべていた。

「そうか、しかし……やっと君と再会できたのに、こんなに早々と別れるなんて」

 

 張良が首を横に振る。

「君の友情は嬉しく思う。だが引き止めないでくれ。

 君が私を1日引き止めたら、私の罪はその1日分増えることになる」

 

 項伯は張良の手を握った。

「分かった。(かん)王を(ほうむ)ったら、一ヶ月で戻ってくるんだな。

 そのころに迎えの者を送ろう。きっと帰って来てくれよ。約束を破るなよ。きっとだぞ」

 

 くどいほどに念を押す項伯が、胸の内では「早まるなよ」と言ってくれているのだということを、もちろん、張良は察していた。

 張良が、うなずく。

「必ず戻ってくる。

 しかし、頼みがある。迎えをよこしてくれるのは構わないが、そのことを他人には()らさないようにしてくれ」

 

 

   *

 

 

 張良は、わずかな従者のみを連れ、()を日に継いで(かん)国へ帰った。

 

 張良は()(あるじ)韓王(かんおう)(せい)の霊前で祭祀(さいし)を行い、声を放って哀しみ、頭を地に叩きつけて慟哭(どうこく)した……

 

「この張良は、どうしようもない不忠(ふちゅう)者です……項羽に君を殺害させてしまいました。

 項羽……奴は、決して生かしておけぬ(かたき)

 この張良、我が君のために必ず奴を()ってご覧に入れましょう。そのためならば、我が(きも)、我が(のう)、何もかも地にバラまいたとて()しむには(あたい)しない!」

 

 張良は、(かん)の王子たちとともに葬儀を()(おこな)い、数日して咸陽(かんよう)への帰路についた。

 その途中、項伯が送ってくれた迎えの人馬と出会い、晩ごろになって項伯の家に到着した。

 

 張良。彼は氷の如く冷徹(れいてつ)でありながら、胸の内には誰より熱い情を抱いている男。

 帰ってきた張良の目で、以前と異なる、おそろしく暗い炎が燃えていることに、項伯は全く気付いていなかった。

 

 

(つづく)

 

 

 

 

■次回予告■

 

 (あるじ)を殺され、復讐の意志を燃やす張良。彼の暗躍によって、覇王項羽は知らず知らずに思考と行動を操られていく。

 生来(せいらい)の身勝手、頑迷(がんめい)、乱暴。まだ致命的(ちめいてき)とまでは言えない短所欠点の数々を知らず知らずに助長(じょちょう)され、いま再び、項羽の両手(もろて)が血に染まる。

 

 次回「龍虎戦記」第二十三回

 『楚人(そじん)沐猴(もっこう)而冠(じかん)

 

 ()う、ご期待!

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