張良が訪ねてくると、項伯は喜んで自分の邸宅に迎え、滞在させた。
しかし、張良の憔悴ぶりは普通ではなかった。
もともと張良は線が細く、色白で、どこか儚げな雰囲気を持つ男ではあった。今の張良はそれがさらに酷くなり、今にも消えてしまいそうなほどに弱々しく見える。
項伯は、張良を心配して言った。
「張良、これからどうするつもりだ?」
張良は薄く笑った。
「主は死んでしまったし、私の体も病気がちだ。
これからは老子の玄黙(おくゆかしい沈黙)の術を習い、荘子の放蕩の遊を学び、箕山の許由と巣父、あるいは首陽山の伯夷・叔斉の行跡を辿っていきたいと思う。
(いずれも道教の大家や高名な隠者)
雲や水が流れ行くように各地を流浪し、他人との議論も避けて、山林に入り、仙人を訪ねて、その素晴らしい教えを授かりたいのだ。
名声や利益を追い求め、世間を奔走して歴史に名を残す……だなんて、そういうのは、もうたくさんだよ……」
これを聞いて、項伯は深く、うなだれた。
惜しい。あまりに惜しい。張良ほどの人材が、俗世間を離れて世捨て人になろうとは。
だが項伯は、はっきりと悟ってもいた。
あの張良がここまで言う以上、彼にはもう、再び仕官する気が全く無いのだ。
これ以後、項伯は二度と張良に仕官を勧めなかった。
ただ自分の邸宅に張良を逗留させ、友情を尽くして労り、彼の心が癒えるのを、じっと待ち続けたのだった。
*
それからしばらく時が過ぎた。
ある日、項伯が覇王項羽に呼び出されて朝廷へ出仕したので、張良は一人で邸宅の裏庭へ散歩に出かけた。
鮮《あざ》やかに咲き乱れる薔薇の花園。
その色と香りを堪能しながら歩いていると、庭園の奥に、小高い楼が見えてきた。
楼の門には、『万巻書楼』と額が掲げられている。
張良は楼に近づき、額を見上げた。
「古の書物に、『千の故事を極めんと欲せば、朝暮書楼に伴わん』という言葉がある。
そういえば、このところ読書もしていなかったな。少し、のぞいてみようか」
張良は静かに階段を登り、楼に入った。
『万巻書楼』の名にふさわしく、楼の中は数え切れないほどの書籍に満たされている。
左の方には古い書物が何万巻も積まれ、右の方には諸国から届いた文書や、官僚たちからの奏上文が、うずたかく積み上げられている。
項伯は尚書令という官職についている。
これは天子の秘書とでも言うべき役目で、あちこちから届いた報告、陳情、献策などの文書は、まず項伯の手元に集められてから、覇王項羽に送られる。
項伯は、そうした奏上文を、几帳面に一つ一つ書き写し、控えとして書楼に保管していたのだ。
張良は、なにげなく文書を手に取り、一つ一つ開いてみて……鼻で笑った。
「たいした文書ではないな」
ある物は酷く偏った意見。またある物は道理の通らない珍説。あるいは私利私欲のためにつまらぬ人物を推挙する推薦状。誰かを貶めて殺そうという狙いの讒言もある。
ことごとく、取るに足らない。
だが、ある奏上文を開いたところで、張良は顔色を変えた。
その文書の内容は、こうだ。
『臣は、次のように聞いております。
天下を治める道は、天下の勢を把握することを重んじ、天下の機を識ることを重んじる、と。
勢とは、力の強弱を明らかにし、敵の備えの有無を察し、利害を知り、行動を起こした場合に得るものと失うものを詳しく検討することを言います。
勢を把握して、はじめて天下を治めることができる。
そうでなければ、どんなに力が強くとも、勝利は一時のものとなってしまう。それはただ武勇と暴力に頼りきっているに過ぎず、最終的には必ず敗れて滅亡します。それでは、天下の勢に乗れているとは言えません。
そして機とは、国家の興亡を見分け、治まっているか乱れているかを見極め、異変の微かな兆候まで調べ尽くし、秘められた陰謀をも明らかにすることを言う。
機を識って、はじめて天下を動かすことができる。
そうでなければ、在野の勢力が運よく国を得たとしても、長く国を保つことはできない。これでは、機を捉えているとは言えません。
陛下は関中において覇を唱えましたが、人民の心は今なお服従しておらず、国の根本は今なおしっかりと立ってはおりません。
民衆はただ、陛下の強さを恐れ、威勢を恐れ、表面だけ服従して見せているのです。
しかし、強さは、いつか弱まる。威勢は、いつか衰える。そして表面は本心とは別物です。
強さと威勢と表向きの服従は、まさに陛下が頼みとしておられるもの。それらが一度しぼんで奮わなくなれば、一朝たりとも天下を保つことはできますまい。
長く統治することを望んでも、望み通りにはいかなくなります。
これこそ、臣が陛下のために肝を冷やして心配していること。
劉邦は、山東に住んでいた頃、欲深く財産を貪り、色を好んでいました。
しかし関中に入った後は、政治に力を注ぎ、仁愛の心で民に施しを行い、他人の財産を奪いもせず、婦女に手を出すこともなく、法を三章に簡略化して人心を掴みました。
それゆえ、秦の民衆は喜んで劉邦に服従し、彼が関中の王になれなかったことを恨みました。
一方、覇王陛下は関中に入ってからというもの、善政を行ったという話ひとつ無く、それどころか殺戮する姿ばかりを民衆に見せている。
家臣からの邪悪な讒言に踊らされ、秦王家がやってきた乱暴なふるまいと同じ轍ばかり踏み、子嬰を殺し、始皇帝陵を盗掘し、阿房宮を焼いて、民からの人望を失いました。
臣が思いますに、覇王陛下は知らないのでしょう。勢を立てるということも、機を察することも、何が不正で何が悪行なのかも。
天下は陛下に服従しているわけではありません。まだ反逆を行動にうつさず潜伏しているだけなのです。
劉邦が一度声をあげれば、諸侯は響くように呼応する。
そうなれば劉邦は、強くなろうとせずとも自然に強くなり、勝とうとせずとも自然に勝って、覇王陛下が頼みにしているもの全てを奪い取ってしまうでしょう。
先日、劉邦が蜀の桟道を焼いた。あんな行動は、当然、劉邦の策略です。
桟道を焼いたのは、「劉邦はもう東方に戻るつもりがないのだ」と覇王陛下に思い込ませ、三秦を油断させて厳重な備えを解除させるため。
その後で西蜀の民衆を集めて戦力を拡大し、関中の地を攻め取ろうとしているのです。
こういうことを見抜くのが、『天下の勢を把握し、天下の機を識る』ということです。
この私は、劉邦の考えなど自分のことのように見抜いています。
しかし覇王陛下はボンヤリして、こういうことに気づいておられない。
陛下の左右の将や兵士も、ただ武器を振り回すことしか頭になく、陛下の威風に唯々諾々と流されているに過ぎません。
ここまでの戦いで覇王陛下はひたすら勝ち続けました。ご自分を天下無敵だと思っておられるでしょう。
しかし、敗北と滅亡の兆しが、目に見えないところへ、すでに萌え出てきていることをご存知ない。
だからこそ、臣は人々から無礼だと責められることさえ覚悟の上で、覇王陛下のために右記のことを申し上げたのです。
以上をふまえまして、今は、次のような計を為すべきです。
まず兵員を増強する。
戦備を厳重に整える。
国境の関に軍勢を派遣して哨戒させる。
秦の領土を章邯ら3人から取り上げ、彼らを他所の土地に送る。
代わりに知恵と武勇に優れた人物を責任者に選び、街道上の狭隘地(狭い所)や関などに要塞を築いて封鎖する。
さらに、劉邦の家族を連れてきて覇王陛下の手元に軟禁し、都を咸陽に建てる。
仁義をもって政治に取り組み、兵馬を整え、兵卒たちには行進の仕方や隊列の組み方を訓練させ、内政のためには宰相を務める賢人を探し求め、外政のためには有能な将軍の元を訪れて勧誘し、古代の周王朝を模範として政治を行う。
これが最も良いことです。
このように正しく国を運営していれば、劉邦も隙を見出すことができず、東方へ帰還する計画を断念するでしょう。
しかも、社稷(国家)は磐石(巨岩)のように固く安定します。
以上。
臣、まことに惶恐し頓首す。謹言』
張良は、この奏上文を読み終えて、感嘆の溜め息を漏らした。
一つには驚きのため、一つには喜びのためである。
驚きとは、危機感からである。
この奏上文を書いた者は、こちらの意図や方針をピタリと見抜いている。
もし項羽がこの人物を採用し、この献策通りに手堅く防備を整えたら?
もともと勢力の大きさや強さでは、項羽の方が格段に勝っているのだ。漢国の劉邦たちは、もはや手も足も出せなくなるだろう。
一方、喜びとは期待からである。
この奏上文の作者は、まぎれもなく並々ならない知恵者だ。
どうにかして漢の臣として引き入れ、楚を打ち破るための大元帥の役目につければ、殺された韓王の仇を取ることも、漢によって天下統一することも夢ではなくなる。
どこの誰かも分からないが、この人物は大将軍の才を持つ者に違いない。
磻渓で釣りをしていた大軍師太公望呂望や、莘国の野から現れた大宰相伊尹にも劣らぬ人材だ。
張良は足早に書楼から下りて、わくわくと胸を躍らせながら、項伯の帰宅を待った。
(つづく)