龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
しばらくして、項伯が帰ってきた。
家に帰れば親友が待っているので、このところ、項伯はニコニコと上機嫌である。
「やあ、私の賢い弟よ! 一人で
項伯と張良は、ともに酒を
張良の白い
「ちょっと酔ってしまったな。項伯、庭にでも出てみないか」
「ああ、行こう。ちょうど花もいい季節だ」
2人で裏庭に出てみれば、項伯の言う通り、色とりどりの花が咲き乱れている。
張良が
「まさに見ごろだ。百花が競い合うように咲いて、私の胸に
その庭の中に、例の
張良は項伯を誘い、2人で
張良が、積まれていた書籍の1巻を手に取り、たあいもない世間話を
「すごい量だな。うず高く積まれたこの文書は、誰が書いたものなんだい?」
項伯が答えた。
「これは、諸国から覇王様に届けられた
私は
「ふうん……」
と、張良は、例の
「たとえば、これは誰の文章かな?」
項伯が、文章をのぞき込んで、溜め息まじりに言う。
「ああ、それか。
それは
この人物は家が貧しいので
しかし覇王様は、韓信を
先日、韓信がその
私が、いろいろ言葉を尽くして説得し、どうにか処罰だけは避けられたのだが……」
項伯が苦々しく語る話を聞きながら、張良は心の中で大いに驚いていた。
「
そうか。
(第十八回参照)
*
数日後。
すっかり気力を取り戻した張良の姿が、そこにあった。
張良は心に思う。
「
そして覇王項羽の凶暴さに、人民は
何をしているのだ、張良よ。
こんな状況を
さあ、働こう。
一刻も早く、次なる計を動かさねばならぬ!」
張良は、目を閉じ、じっと思案を巡らせた。
やがて策がまとまると、張良は項伯と対面して、こう言った。
「項伯君。
私はもう、この世に
これからは、
項伯は、再三に渡って引き止めた。
「張良! 君が
張良が
「
君は古くからの親友だ。どうか、私の気持ちを分かってほしい。
これからは山林の奥深くに入り、もとの名も隠し、仙人に
昔、伝説の女仙
『
黄金の飲み物、
金と木が交わって
火の如く赤い
これら神仙の食べ物を
さすれば、山の中に入った
しかし人間世界に留まれば、
この言葉からも明らかだ。
もう、この世の
そう悟った項伯は、旅立つ張良を、
*
さて。
項伯と別れた張良は、しばらく道を進んで
項伯に言った「仙人になりたい」という言葉、まったくの嘘でもなかったが、本心そのものでもなかった。少なくとも、今は世を捨てて
張良には、やらねばならない仕事がある。
張良は、
その格好で、もと来た道を引き返し、張良は再び
と、そこで張良は、
周囲から
それからというもの、張良は連日、人通りの多い
腰には
古い寺や壊れた
そんなことを続けているうちに、近所に住む子供たちが、3人、5人と集まりだした。子供の数は日に日に増え、やがて、張良の周りには、ちょっとした人だかりができるまでになった。
集まった子供たちに、張良は、いろんな冗談や笑い話を語って聞かせた。それがまた面白いので、子供たちはケラケラ笑い転げる。
数日が過ぎたころには、子供たちは、すっかり張良に
張良は、自分が信用を勝ち取れたとみると、子供たちの中でも特に賢い1人を選んで、
その子に栗やら梨やらをたくさん与えて、張良が言う。
「坊や。今から君に、歌を教えよう。よく聞くんだよ。
今有一人
隔壁揺鈴
只聞其声
不見其形
富貴不還郷
如錦衣夜行
今ひとり有り
壁を
ただその声のみを聞き
その形を見ず
富貴にして
この歌を、よく覚えるんだ」
張良は数回くりかえし子供に教えた。
頭のいい子だったので、子供はすぐに歌を覚えた。
張良は、子供にもう一度
「いいかね。君はこれから、たくさんの子供たちに、この歌を教えるんだ。それから
もし『誰にこの歌を習ったのか?』と人に問われたら、『夢の中に人が現れて教えてくれた』と答えなさい。
そうすれば寿命が伸びて、病気にもならず健康に長生きできるだろう。
だが、この言いつけに
子供は、喜んで去っていった。
張良は、またひそかに服を着替え、旅人風の姿になって、
すると、教えた通り、数十人の子供が集まって、あの歌を歌っている。
「これでよし」
張良は、
(つづく)
●注釈
張良が言及した「雲林夫人」について調査してみた。
以下、「氏族大全・巻十四」より日本語訳して引用する。
『
このように、雲林夫人は
ただ問題は、「氏族大全」に登場する
張良よりも600年近くも後の時代を生きた