このころ項羽は、ひそかに咸陽の民意の調査を進めていた。
何人もの諸侯を左遷し、多くの人間を殺しもした……そういう自分の行為が世間の人々に批判されているのではないかと、今さらながら不安に思い始めたのである。
項羽は、信頼できる近侍の臣に商人風の格好をさせ、市街を歩き回って世間の様子を観察するよう命じた。
すると、1人の臣が、こんな報告を持ってきた。
「最近、多くの子供たちが、怪しげな歌を歌っております」
これに興味を抱いた項羽は、晩の頃、一般人の服を着て身分を隠し、こっそりと街に出た。
咸陽の通りを歩いていると、はたして、子供の歌が聞こえてきた……
1人の人がいて
壁の向こうで鈴を鳴らしている
ただ音だけが聞こえるが
その姿は見えない
富貴を得たのに故郷へ帰らないのは
錦の衣服を着て夜を歩くようなもの
確かに、童歌にしては妙に示唆的で怪しい歌詞である。
項羽は、子供を呼び止めて尋ねた。
「その歌は、誰から教わったんだ?」
子供が答えた。
「夢の中で天から教わったんだ」
項羽は驚いた。
「これは天のお告げに違いない!
『故郷の彭城へ遷都しろ』と、天が俺に言ってるんだ。
この咸陽は、戦乱で焼け残って荒れた土地。こんな所からは早く離れて、天のお告げに従おう!」
*
翌日。
項羽は大将たちを集めて言った。
「最近、上天が歌を降してきて、咸陽城中では皆それを歌ってるぞ。
お前ら、なんでこのことを俺に報告しなかったんだ!
いいか、歌詞の中の『今ひとり有り』。この『ひとり』とは俺のことだ。
『壁を隔てて鈴を揺する。ただその声のみを聞き、その形を見ず』というのは、『天下の君主になったけれども、そのことが広く知られていない』ということを言っている。
そして『富貴にして郷に還らざるは、錦衣にて夜を行くが如し』……この部分は、『天下を取ったのに、いまだに咸陽に留まって、故郷に錦を飾れていない』ってことを喩えているんだ。
この歌詞は、俺の気持ちをピッタリ代弁してくれている。
秦の宮殿は全部焼けてしまったから、新しく内裏を造営するにも時間がかかる。
一方、彭城は楚・梁の土地。淮水の北側9郡、千里に渡って肥沃な平野が広がっている。
これは、まさに帝王の都にふさわしい場所だ。
しかも、俺の故郷でもある!
というわけで、吉日を選んで彭城に遷都しよう」
しかし、ここで諌議大夫の韓生が進み出た。
諌議大夫は、天子への諌言を専門に行う官職。このとき彼の口から出たのも、もちろん諌言である。
「恐れながら申し上げます。
この歌の詞は、すべて人間が作り出した言葉。上天の意志などではありません。
ここ関中は、古より多くの都が建てられていた地。
四方を険しい山河に守られた天然の要害です。
東には黄河と函谷関。
西には大隴関や山蘭県など。
南は終南山に武関。
北には渭水、涇水、そして潼関。
すべて合わせて百二山河、三山・八水と申します。肥沃な大地が千里に渡って広がる、まさに天府の国でございます。
かつて周国はこの地から興り、秦国はこの地に根ざして覇権を掴みました。
それなのに、覇王陛下は、どうして子供の歌などを信じて、王者が興る地をお捨てになるのですか」
項羽は、韓生に対して、バカにしたような笑いを投げかけた。
「お前は関中に都を置けと言うんだな。それは、ちょっと不愉快だぞ。
俺が遷都しようと言ったのには、3つの理由がある。
1つ目は、俺は3年に渡って秦の征伐に駆け回っていたから、長いこと故郷に帰れていない。
2つ目は、関中は山が多くて平地が少ないので、風景を見ようとしても遠くまで見えない。
3つ目は、上天が歌を降したのは偶然じゃない。なぜなら、俺の頭の中を見通したように、歌詞がピッタリ俺の気持ちに合っていたからだ。
もう遷都すると決めたんだ。止めるんじゃないぞ」
しかし韓生は、なおも食い下がった。
「陛下! 陛下は、四海(世界)の君主として、太陽が天の中心にいるのと同様に世を照らしておられるのです。
陛下を仰ぎ見ない者が、この世におりましょうか?
それなのに、なぜ故郷へ帰ることを栄華と考えなさるのですか。
高名な儒学者である孟子も、『王の所有物でない土地は1尺たりとも存在しない。王の家臣でない人間は1人たりとも存在しない』と言っております。
陛下がどこにおられようと、この中国すべてが陛下の土地なのです。どうして彭城だけにこだわる必要がありましょうか」
項羽は笑った。
「お前の言ってることは矛盾してるぞ!
天下がみんな俺のものなら、なおさら住む場所は俺の自由にして構わないじゃないか」
韓生が言う。
「以前、范増殿が別れ際に仰ったではありませんか。『決して咸陽を離れてはいけません』と!
范増殿のことです。深く深く考えたうえで、あのように言い残して行かれたに違いありません。
陛下、どうしてこれをお忘れになるのです!」
と、ここまで聞くと、項羽は表情を一変させた。露骨に不快を表して、韓生を睨みつける。
「俺は天下を縦横に駆け回って、向かうところ敵無しだった! 范増なんかに俺の気持ちが分かるものか!
おしゃべりが過ぎるぞ、韓生!」
さすがの韓生も、これ以上は何も言えず、すごすごと退出していった。
*
項羽の前から退出した韓生は、大きく溜め息をつき、ぼそり、と、こんな言葉を漏らした。
「世間の人々が『楚人は沐猴而冠だ』などと言っているが、まったく、そのとおりだな……」
この小さなボヤキが命取りになった。
どういう経緯でかは分からないが、この言葉が、項羽の耳にも入ったのである。
(つづく)