龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
義帝は、たじろいだ。
中国では、古くから龍が信仰されてきた。この世には東西南北の水域を
すなわち
義帝は恐れて
「
「世界すべてを
義帝は、目に涙を浮かべて、必死に首を振り続けた。
「
「義帝陛下は、まことに君主の徳をお持ちですから、本来なら高貴の
しかし、
そこで、天帝は
義帝陛下は
これは、さだめ。
天帝のご決定には、
ご安心なさいませ。義帝陛下は、天界の最上部たる九天の聖人たちに加わり、
これを聞くや、義帝は
舟から飛び降りようとしたその時、水面から強烈な光が発して天を貫いた。
激しい波の音が音楽の如く響き渡り、義帝の意識は薄れ……
*
そこで義帝は目を覚ました。
どこかから、
義帝は、周囲に広がる暗闇の冷たさに
「お
「うん。
今、奇妙な夢を見たのだ。誰か
義帝は、見たばかりの夢について、語り聞かせた。
「さきほども
そのうえ
これは不吉の
夜が明けたら、すぐに舟を降りて、
義帝は首を横に振った。
「
しかも、夢で見たことが正しいとすれば、これから何が起きるにせよ、それは天命だ。
人間の力でどうこうできるはずがない。怖れることはない」
*
翌日、その言葉通りに義帝は舟を出した。
岸辺を離れ、長江の真ん中あたりまで進んだところで、向こう岸から
大船の上に乗っているのは、項羽配下の九江王英布、
この3大将の軍勢が、義帝を待ち構えていたのである。
英布が、大船から声を張り上げる。
「我ら臣3人、覇王項羽様の
我らが
義帝は、舟の上に足を踏ん張り、負けじと
「
川の上で兵を
英布、
体当りするような勢いで
義帝の供のうち、斬られて死ぬ者が数十人。どうにか生きのびようと川に飛び込み
義帝の目の前で血しぶきが飛び、悲鳴が
義帝は奥歯を
あの空の向こうにいる覇王へ向けて、義帝はあらん限りの声を振りしぼる。
「項羽ッ! 逆賊めッ! 貴様に天罰が下らぬはずがない!」
そう叫んだ義帝は、みずから長江へと飛びこみ、沈んでいった……
英布はそのまま、
すると、長江の南岸から、大勢の人々の叫び声が聞こえてきた。
南岸には、義帝を
彼らは英布めがけて
「見ていたぞ、逆賊英布!
お前は項羽の悪事の片棒をかついで、罪もない義帝様を殺し、天下を奪おうとしている!
我々は、このことを天下に知らせてやる! 義帝のためにお
英布は、この
「目撃者がいたか……くそっ、
誰が好き
英布は目撃者たちを
だがその時、突如として風向きが変わった。
すさまじい向かい風が英布らの船に吹き寄せてくる。南岸へ行こうにも、船が風にあおられて、ピクリとも前へ進まない。
仕方なく英布らは目撃者の始末を
*
この
が、1人の
広く書を読み、物事の道理をよく知っていたので、
「みんな、ちょっと待ってくれ。
義帝は、徳のある君主でいらっしゃった。このまま放っておくのは、あまりに
わしらで川の中を
そして、いつか漢王劉邦様を
人々は、みんな、
「もっともだ」
と同意して、協力を申し出た。
すると……日が沈んですっかり暗くなった頃。
月光が照らす水面に、人間らしき影が流れているのが見つかった。
いそいで岸へ引き上げ、
しかし不思議なことに、生きているかのように鮮やかな顔色をしている。
人々は、顔を見合わせた。
「ひょっとして、これが義帝様かな?」
「しかし、わしらは義帝様のお顔を知らないからなあ」
「いや、よく見てみよ」
「ただの人が、こんな見事な
このお
人々は
それゆえ、
(つづく)
■次回予告■
邪魔な義帝を
そんな中、韓信がひそかに漢へ向けて旅立つ。その天才を劉邦に渡すまいと
次回「龍虎戦記」第二十六回
『逃げよ、韓信』
●注釈
(1)
龍宮について。
日本では、龍宮といえば「浦島太郎」の乙姫様の住まい、というイメージがあるが、中国においては龍王の居城という方が一般的である。
中国における龍は、水を司る神獣にして神。その中でも特に強大な4人が
龍王というといかにも強そうだが、実際は神々の最高権力者たる天帝の下で働く、中間管理職という印象が強い。
龍王が担当する仕事は、主に雨や風の制御。普段は適切な量の雨を降らせて地上に恵みをもたらしているが、君主が悪政を行った場合などには、天帝の命に従って、日照り、あるいは洪水など水にまつわる天罰を加えたりもする。
「西遊記」などを読むと、雨を降らせる量なども天帝に厳しく監督されており、天命無しには何一つ好き勝手にできない
というか、「西遊記」における龍王は、孫悟空に乗り込まれ恐喝されて如意棒などの宝物を奪われたり、天竺への旅の途中で孫悟空にいいようにコキ使われたりと、たいへんかわいそうな扱いを受けている……
(2)
『
だが驚くことに、それから400年以上経過した現在もなお、義帝