韓信は驚き、腰を浮かせた。
「お……! お前は漢の土地に住む人間だろう。なぜ項羽に味方するようなことを言うんだ」
壮士は大笑いし、韓信の前にひざまずいて再拝した。
「いやいや、冗談冗談!
ちょっと脅かしてやろうと思って、戯れを申したのだ。許してくだされい。
それがしは、この酒店の主、名は辛奇。
趣味は狩猟で、武芸にも、いささか自信がある。
俺の祖父は辛雷といい、周王朝に仕えた臣だった。
それで、周王朝発祥の地である扶風(咸陽の西にある地名)に住んでいたのだが、父の辛金のとき、始皇帝の暴虐から逃れるために、ここ太白嶺の麓に移住したのだ。
以来、酒売りを家業としておる。
それがし、常日頃から賢明なる君主に仕えたいと願っていたのだが、昨夜、奇妙な夢を見てな。
空飛ぶ虎が東北の方角から山脈を越えてやってくる、という夢だ。
これはきっと、貴い客が来るという暗示に違いない。
そう思って、今朝から狩りにも行かずに待っていたら……貴公が我が家に来たというわけだ」
韓信は、冷や汗をぬぐい、安堵の溜め息をついた。
「なるほど、そうだったか。
見れば、御辺は堂々たる体つきをしているじゃないか。
漢王劉邦は心が広く、おおらかで、仁義の心を持っていて、天下の英雄を募集しているというぞ。漢中に行って、出世を狙ってみてはどうかね」
辛奇は、うなずいた。
「俺も、そうしたいと思っていたんだ。
貴公も同じ考えなんだろう?
貴公は、あれほど見事な詩を書けるだけの教養を持っているのだ。漢王様の所へ行けば、きっと重く用いられるだろう。
後日、兵を起こして楚を破りに行くときには、ぜひ、この道を通るといい。
咸陽までかなりの近道になるし、あまり世間に知られていない。三秦を不意打ちするには、もってこいだ」
韓信は、大喜びして辛奇の手を握った。
「ありがたい! この道の険しさを実感して、これはぜひとも地理に詳しい人材が欲しいと思っていたところなのだ。
いつか私が楚を討伐するとき、御辺が道案内となって大きな功を立ててくれ。
この戦略、決して楚に知られてはならない。軽々しく他人に漏らさないよう気をつけてくれよ」
その夜、辛奇は韓信を家に泊まらせ、妻子とともに手厚くもてなした。
韓信は辛奇の親切と誠実さに感じ入り、辛奇と義兄弟の盟約を成したのだった。
*
さて、翌朝。
韓信が出発しようとすると、辛奇が言った。
「この先は孤雲山と両脚山だ。
道がひどく険阻なうえ、獰猛な虎が棲んでいる。
貴公1人で行くのは危険だ。それがしが送っていこう」
辛奇は腰に弓矢を吊るし、手には長い槍を握って、韓信とともに孤雲山に入った。
2人で兵法談義や武芸談義に花を咲かせながら、歩き歩いて2日目。
寒渓という土地に着いたところで、行く手を遥かに眺めれば、淡い霞の向こうに南鄭の関門が見えてきた。
辛奇が指さして言う。
「ほら、あれが南鄭だ。ここまでくれば、もう大丈夫。
それがしは、ここで引き返すよ」
韓信は馬から下りて、近くの酒店を指した。
「ありがとう。本当に助かった。
最後に、そこで別れの盃を交わそうじゃないか」
2人して酒店に入り、酒を酌み交わす。
辛奇は、心から残念そうに言った。
「正直言うと、このまま君と一緒に漢中へ行きたいくらいなんだが、俺には年老いた母がいるんだ。
君を送ってここまで来るのも、母に知らせずに来てしまった。今ごろ俺を心配しているだろう。
そういうわけで一緒には行けないが、君が大軍を率いて楚討伐に出るのを、家で楽しみに待っているよ」
韓信は、珍しく情熱的に、辛奇の肩を叩いた。
「御辺の志には感動したよ。
私が楚を討伐すると聞いたら、すぐに駆けつけてきてくれよ」
辛奇は、力強くうなずいた。
「もちろんだ。
一番に駆けつけるとも!」
こうして韓信は辛奇と別れ、1人、南鄭へと向かった。
*
韓信が関所をくぐって南鄭の領域に入ると、あたりの景色が一変した。
さきほどまでの、震え上がるような険しい山々はどこへやら。
道の左右には見渡す限りの田畑が広がり、桑や麻がよく茂っている。
老人は安心しきった様子で腰を下ろし、働きざかりの者は自分の仕事に奔走する。
行きかう人々は互いに道を譲りあい、落とし物を盗みもしない。
ところどころから笙(笛)の音や歌声が漏れ聞こえ、家々には楽しげに語らう家族の姿が垣間見える。
韓信は、そんな穏やかな暮らしの中に馬を進めつつ、口元へ薄く笑みを浮かべた。
「ふうん、いいじゃないか。
これが漢王の統治か」
また少し進んで南鄭城に入ってみれば、この都もまた、すばらしい。
広さは一辺200里(80km)。
見渡す限り平地が続き、山道は1尺たりともない。
大通りは6つ、市場は3つ。みな賑わって活気にあふれ、人々の衣服、冠、街の景色なども真に見事。
韓信は、風景を楽しみながら街をうろつき、宿を探して馬を止めた。
宿の部屋に荷物を置いて、主人に言う。
「ちょっと出かけてくる。荷物を盗まれないよう、しっかり見張っていろよ」
宿の主人は、カラカラと明るく笑った。
「心配いりませんよ、だんな様!
この南鄭は、他所の街とは、ちょいと違うんです。道に落ちてる物だって、誰も盗みゃしません。
ましてや宿の中の荷物だなんて! 失くなるわけがありませんや」
韓信は宿を出ると、漢中をぶらぶらと歩き回った。
かえすがえすも、良い土地だった。
南は難攻不落の剣門関あり、東は外敵を阻む桟道あり。
前には6つの街道が控え、後ろは大いなる漢江(長江の支流)に接する。
荊州・襄陽の喉元にして、秦と隴州の要衝でもある。
民は安らか、物資は豊か。
土地はよく肥え、風さえ軽やか。
住人たちは、口を揃えてこう語る。
「この漢中は、まさにこの世の天国さ。
春に咲くのは、輝くような白き桃花と、熱く燃え立つ紅杏。
夏に咲くのは、蓮に葵に柘榴花。
東の垣根で見事な菊が黄金の如くほころべば、南の山に銀雪めいた梅花が開く。
極上の酒に、美味なる魚。
香る橙、晩生の稲。
名勝、景勝、数限りなし。
石頂関に、瀑布泉
盤雲塢から天漢楼。
硅石堂と四照亭。
峨眉山、青城山、錦屏山。
巫山、赤甲、白塩も。
とても全ては巡りきれぬよ!」
*
さて、韓信が南鄭の街をそぞろ歩いていたところ、大きな官庁の建物に出くわした。
建物の門に、立派な額が掛けられている。
その額に曰く、
『招賢館』
つまり、賢人を招き集めるための館、というわけである。
さらに、門の脇には十三ヶ条の文章が貼り出されていて、『人民みんなに以下のことをよく知らせるように』と添え書きしてある。
その十三ヶ条とは……
『一、兵法に通暁し、兵法書の六韜・三略に詳しい、元戎(将軍)となるべき者
二、強さと勇ましさが人並みはずれ、敵将を斬って敵軍旗を抜き取るだけの力を備えた、先鋒となるべき者
三、武芸が衆に優れ、天子によって駆使されるに足る才覚を持つ、天子の馬車に従う騎兵となるべき者
四、天文の理論を諳んじ、風雨と気候を占うことができる、作戦立案の補佐役となるべき者
五、地理に詳しく、険しい道と進みやすい道をよく知っている、道案内となるべき者
六、公平公正な心を持ち、為人が正直である、記録係となるべき者
七、よく機転が利き、状況を的確に予測して動ける、軍議に加わるべき者
八、弁舌が巧みで、人の心を動かすことができる、説客となるべき者
九、算術が得意で、寸分の狂いもなく計算できる、書記となるべき者
十、多くの詩書を読み、顧問として君主の質問に答えるだけの知識を持つ、博士となるべき者
十一、医学に明るく、神の如く巧みな技を持つ、名医となるべき者
十二、馬術に優れ、機密を探り出すことができる、間者となるべき者
十三、金銭や食糧の管理にたずさわり、出納を上手く管理できる、兵站担当者となるべき者
以上、十三件の中で一件でも当てはまる者は、招賢館に名乗り出よ。
面接によって口頭試問を行い、確かにその能力があると認められれば、漢王に奏上して重く用いよう。
応募資格に制限はない。
身分が高いか低いかによらず、心を尽くして勤務し功績をあげたならば、新人であってもすぐに抜擢しよう。
諸侯に封じられることも、宰相に任命されることも、すべてこの試験によって成しとげられるのだ。
以上、謹んで告示する』
韓信は、これを見て喜び、通行人をつかまえて尋ねた。
「この賢人募集の責任者は、どなたかな」
すると、
「滕公夏侯嬰様ですよ」
との答え。
韓信は考えた。
「蕭何に会って、張良からもらった大元帥の割符を見せるのは簡単だ。
しかし、まず夏侯嬰に会って、私の才覚を見せつけ、漢王に推挙され、その後で張良の割符を出すほうがいい。
この私が、人からの推薦に頼っているだけの男ではないと知らしめねばな。
古代の人間も言っている。『進むのは難しく、退くのは容易い。もし進むのが容易であれば、大きく用いられることなく終わる。始まりは非常に困難でなければならない。そうすれば、後で人から軽蔑されなくなるのだ』と」
韓信は、招賢館に入って受付で姓名を記入し、奥へ進んだ。
(つづく)