龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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二十八の上 二次面接、相国蕭何

 

 

 (しょう)(けん)(かん)で韓信が夏侯嬰(かこうえい)をうならせた、その夜のこと。

 

 夏侯嬰(かこうえい)は、蕭何(しょうか)に会うべく、丞相(じょうしょう)()丞相(じょうしょう)相国(しょうこく)が政治を行う役所)を訪れた。

 

 夏侯嬰(かこうえい)蕭何(しょうか)の前へ行き、韓信が()を離反して漢に来たことを、興奮ぎみに語り聞かせた。

「いろいろ試験してみたが、韓信の才は、すごいぞ! まさに天下の名士と呼ぶべき男だ」

 

 蕭何(しょうか)は、感心して溜め息を()らした。

「ほう、君がそこまで言うほどの人材か。

 韓信の名前は、私も知っている。

 ()執戟郎(しつげきろう)を務めていた人物だろう。

 

 范増(はんぞう)が韓信の才を見抜いて、しきりに推薦したが、項羽は用いなかったそうだな。

 だから()を捨てて漢に来た、というのは分かるが……

 

 これは、少し困ったなあ。

 韓信については、良くない(うわさ)も、いろいろ聞くぞ。

 身分が低く貧乏で、淮水(わいすい)で魚を()って暮らしていたとき、漂母(ひょうぼ)(洗濯業の女性)から食べ物を(めぐ)んでもらった、とか。

 市場で侮辱してきた男の(また)の下をくぐった、とか。

 

 こういう評判を漢王様が耳にしたら、我々がどんなに(すす)めても、重用(ちょうよう)なさらないのではなかろうか。

 あれでけっこう、権威や名誉(めいよ)を気にする人だからなあ」

 

 夏侯嬰(かこうえい)は、うなりながら、うなずいた。

「私も、そんな気がしているのだ。

 実に()しい……韓信は、まだ機会を得ていないだけだ。もし彼が重く用いられれば、きっと大きな功を立てるぞ。

 

 とにかく蕭何(しょうか)さん。

 明日、韓信を連れてくるよ。

 韓信がどれほどの人物か、君自身で見極めてくれ」

 

 

   *

 

 

 翌日。

 韓信は、夏侯嬰(かこうえい)に連れられて、丞相(じょうしょう)()を訪れた。

 丞相(じょうしょう)()官吏(かんり)の案内で、韓信は1人、奥の(どう)へと進んでいく。

 

 中庭を横切って(どう)の前までくると、蕭何(しょうか)の姿が見えた。

 蕭何(しょうか)はちょうど、韓信を迎えるために軒下(のきした)まで出てきたところだった。その招きに従って、韓信は(どう)の中へ入っていく。

 

 と、そこで韓信は、わずかに眉を動かした。

 

 (どう)の中には、韓信のための座席も用意されていない。

 蕭何(しょうか)は自分1人で椅子(いす)に座り、目の前に韓信を立たせたまま、言う。

夏侯嬰(かこうえい)が、御辺(ごへん)の才を高く評価しておりましたぞ。

 お会いできて光栄です」

 

 韓信は、露骨(ろこつ)に失望の色を浮かべた。

()にいたとき、(うわさ)をよく聞いておりましたよ。漢王は明君だ、相国(しょうこく)蕭何(しょうか)は賢臣だと。

 彼らが賢者を求める態度は、(のど)(かわ)きに苦しむ者が水を求めるように切実だと。

 賢者に対して礼を尽くし、身を低くして迎えているのだと。

 

 だからこそ、私は千里の道も(いと)わず漢に来て、夏侯嬰(かこうえい)殿にも会った。

 

 だが、蕭何(しょうか)殿にお会いして、私は今すぐ故郷に帰りたくなった。

 我が(こころざし)を踏みにじられるくらいなら、山林に(こも)って隠棲(いんせい)したほうがマシだ」

 

 蕭何(しょうか)は驚き、戸惑(とまど)った。

「何を(おっしゃ)る?

 御辺(ごへん)はまだ、嚢中(のうちゅう)(きり)を出してもいないではありませんか。

 どうして今すぐ帰るだなんて言うのですか」

 

 (のう)とは、袋のこと。

 袋の中に入った(きり)は、放っておいても袋を突き破って外に飛び出てしまうもの。

 そこで、秘められた才能が自然と世に現れ出ることを、たとえて嚢中(のうちゅう)(きり)と言う。

 

 韓信は、ふてぶてしく鼻を鳴らす。

「賢者を求める時には、まず丁重(ていちょう)に礼を尽くすべきなのだ。

 だが蕭何(しょうか)殿は、私を招いておきながら、まことに無礼な態度をとっている。

 こんな扱いを受けてまで、わざわざ嚢中(のうちゅう)(きり)を取り出して自分を売り込むつもりはない」

 

 蕭何(しょうか)が言う。

「分かりません……一体どういうことなのか、貴公の高論をお聞かせいただきたい」

 

 韓信は、短く息を吐き、淡々と語りだした。

「昔、(せい)国に、(しつ)(大型の(こと))を好む王がいました。

 (せい)王は、国外に(しつ)が上手い賢士がいるという(うわさ)を知って、ぜひその演奏を聴きたいと思い、賢士を(せい)に招待しました。

 

 賢士が(せい)を訪れると、(せい)王は、(どう)の上に座って対面し、こう言いました。

(しつ)を弾け』

 

 しかし賢士は従おうとしません。

 (いぶか)しむ(せい)王に、賢士は言いました。

(せい)王様。

 あなたが(しつ)を深く愛しておられるからこそ、私はこの(どう)を訪れたのです。

 

 陛下が本当に深く(しつ)を好んでいらっしゃるなら、まず(こう)()き、演奏にふさわしい()を用意してくださいませ。

 その後でなら、私は心を尽くして陛下のために(しつ)をお()きしましょう。

 

 しかし(せい)王様は今、私を呼びつけ、奴隷(どれい)を扱うように命令しておられます。

 それに従うことは、わざわざ自分の身を自分で(いや)しめることに他ならない。

 なぜそうまでして(しつ)の演奏などできましょうか』

 

 このように、単なる(しつ)の奏者でさえ、王の前に立たされることを恥じたのです。

 

 ましてや蕭何(しょうか)殿、あなたは漢の相国(しょうこく)の任にある。

 食事中に客が来たら口の中の物を吐き出してでも即座に会い、入浴中に客が来たら濡れた髪を手で(しぼ)りながらでも即座に会う。それほどの覚悟で賢者を求めねばならない立場でしょう。

 

 それが今、賢者と会って国を治める方法を聞こうという、まさにそのとき、貴公は座席すら用意せず、こんな(おご)った態度で対面している!

 これが、こんな国など早く立ち去って故郷に帰りたいと感じた理由だ!」

 

 蕭何(しょうか)は、韓信の言い分を聞くや、慌てて立ち上がった。

 韓信を上座(かみざ)に座らせ、丁重(ていちょう)に再拝して言う。

「これは面目(めんぼく)ない……

 不見識(ふけんしき)にも、賢者を敬う礼節の心に欠けておりました。どうかお許しください」

 

 韓信は、表情を一変させ、静かに微笑(ほほえ)んだ。

蕭何(しょうか)殿が賢士を探し求めておられるのは、まさに国家のためでございましょう。

 私がここへ参ったのも、心血(しんけつ)(そそ)いで国のお役に立ちたいと思ってのこと。

 私も貴殿も、1人の(わたくし)ではない。(おおやけ)のために働く同志です」

 

 蕭何(しょうか)は、うなずいた。

「まさに、その点をお聞かせください。

 天下の情勢について論じ、どこが安全でどこが危険かを判別し、国が治まる道と乱れる道を明確に示して、漢と()の強弱を説き示していただきたい」

 

 韓信は、滔々(とうとう)と語りだした。

(しん)の領域たる関中は、102の山河を(よう)する天府(てんぷ)の国。(いにしえ)より、帝王の(みやこ)が建てられてきた土地です。

 覇王項羽は、この関中を捨てて、彭城(ほうじょう)遷都(せんと)しました。

 これによって、項羽は天下の形勢を、みずから手放してしまいました。

 

 一方、漢王劉邦様は、僻地(へきち)漢中に左遷(させん)されたとはいっても、ここでじっくり勢力を(やしな)い、力を蓄えている。

 これは、野生の虎が山の中に(ひそ)んでいるようなものです。どんな知恵者でも、山の中の虎に対して計略を用いることはできない。

 すなわち、漢王様は天下の形勢を(つか)んでおられるのです。

 

 項羽は向かうところ敵無しです。

 天下の諸侯は、表向き、項羽の強さを恐れている。

 しかし、胸の内では項羽に対する反発心を抱き続けている。

 

 対する漢王様は、遠い漢中の地において人民の心を(なつ)かせ、賢者を集め、軍の精鋭を育てておられる。

 

 項羽は長江の中で義帝を弑逆(しいぎゃく)しました。

 荊州(けいしゅう)襄陽(じょうよう)湖南(こなん)地方の住民は、義帝を深く(した)っておりましたから、みんな項羽を(うら)んでいて、いつか討伐(とうばつ)したいと考えている。

 まあ、遠からず大きな反乱が起きるでしょう。

 

 しかし項羽は、まだそのことに気付いておらず、ただ自分の強さばかりを(たの)みとしている。

 これは単なる匹夫(ひっぷ)(ゆう)(学がない男の武勇)です。どうして天下を心服させることができましょうか。

 

 ひるがえって漢王様は、煩雑(はんざつ)な法を3章に簡略化し、(しん)苛烈(かれつ)な政治を取り除きました。

 漢中に左遷(させん)された今でも、天下は漢王様に期待しているのです。

 

 もし漢王様が兵を起こして東に向かったら、人民は、こぞって服従するでしょう。

 漢王様が関中の王になることを願わぬ者は、天下に1人もおりません。

 

 章邯(しょうかん)董翳(とうえい)司馬(しば)(きん)の3人もそうです。

 彼らは(しん)国内の権力争いで追い詰められ、行き場を失って、()に降伏した者たち。

 しかし項羽によって20万の部下を生き埋めにされてしまい、みな(うら)骨髄(こつずい)()っております。

 

 にも関わらず、項羽は彼らを三秦(さんしん)王に(ほう)じて、漢の兵を防がせようとしている。

 これはもう、わざわざ漢を手助けしてくれているようなものです。

 

 漢王様の兵が東に進出すれば、人民は、ことごとく漢のために(いのち)を捨てて戦うでしょう。

 三秦(さんしん)などは、人民に決起をうながす檄文(げきぶん)をバラまくだけで平定できます。

 

 これが天下の情勢、安危、治乱、強弱。論じるまでもないことと思います。

 相国(しょうこく)ともあろうお方が、どうしてこんなことを心配しておられるのやら」

 

 

(つづく)




●注釈
 蕭何(しょうか)の役職名は、「通俗漢楚軍談」や「西漢通俗演義」において、章ごとにバラつきが見られる。
 まず、第二十二回では蕭何(しょうか)相国(しょうこく)に任じられたことになっている。しかし第二十二回の注釈にも書いた通り、史実ではこの時の蕭何(しょうか)丞相(じょうしょう)である。
 第二十七回の終盤では、韓信と夏侯嬰(かこうえい)蕭何(しょうか)のことを相国(しょうこく)と呼んでいる。続く第二十八回に相当する「演義」第三十六回のサブタイトルも『(しょう)相国(しょうこく)、韓信を深く奇なりとす』である。
 ところが第二十八回の本文において、韓信が蕭何(しょうか)丞相(じょうしょう)と呼びはじめる。以降、第二十九回、第三十回では、一貫して蕭何(しょうか)丞相(じょうしょう)と呼ばれ続けている。そして、その後は丞相(じょうしょう)と呼ばれたり相国(しょうこく)と呼ばれたり、場所によってまちまちで、実にややこしい。
 史実にのっとれば丞相(じょうしょう)とするのが正しいのだが、途中で呼び名を変えると読者の混乱を招くだけであろう。そのように考え、本作では最後まで蕭何(しょうか)の役職を相国(しょうこく)で通すことにした。なにとぞご理解をいただきたい。
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