龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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二十八の下 二次面接、相国蕭何

 

 

 韓信の語るところを聞き終えて、蕭何(しょうか)(たず)ねた。

「ふーむ。項羽は非常に不利な体勢にあり、逆に漢王様はすでに天下の形成を(つか)んでいると、そう(おっしゃ)るのですな。

 であれば、今すぐに兵を起こして()()つべきでしょうか?」

 

 韓信は、当たり前のような顔で、うなずいた。

「もちろんです。

 項羽は東に遷都(せんと)し、諸侯も項羽に見切りをつけ始めました。

 人民は非難囂々(ごうごう)、はやく別の主君を得たいと声を上げているし、三秦(さんしん)は油断して、ろくに戦備を整えていない。

 

 ()討伐(とうばつ)する好機は、すでに到来しております。

 

 もしこの機会を(のが)したら、どうなると思いますか。

 (せい)()(ちょう)(えん)の各国にも知恵者はおります。彼らが先に兵を起こし、まず咸陽(かんよう)を取り、次に三秦(さんしん)を平定し、要害の守りを固める……

 そうなった後では、漢の兵たちが老人になるまで戦い続けたとしても、もはや漢中から出ることは不可能でしょう」

 

 蕭何(しょうか)が、低くうなった。

「しかし、桟道(さんどう)が焼け落ちてしまった今、我らの兵をすばやく(しん)へ移動させる道がありません。この問題は、どうします?」

 

 韓信は笑った。

相国(しょうこく)、どうして私を(だま)そうとなさるのですか。

 桟道(さんどう)が焼失したのは、誰か知恵のある人物が、相国(しょうこく)と示し合わせてやったことだ。

 (しん)へ繋がる道が他にもあることを承知で、桟道(さんどう)を焼いてみせたのでしょう?

 

 その目的は、まず項羽に西方討伐(とうばつ)の意志を失わせること。

 そして漢の士卒の、東方へ逃げ帰ろうとする気持ちを断つことです。

 

 この程度の計略、項羽を(あざむ)くことはできても、ちょっと頭の回る人間は(だま)せませんよ」

 

 蕭何(しょうか)は驚いた。

 桟道(さんどう)を焼く計略に隠された意図を、韓信は、ものの見事に言い当ててしまったのである。

 

 蕭何(しょうか)は、韓信の前で改めて再拝した。

「私は、漢中に来てからというもの、ずっと四方八方から賢人を探し求めてきました。しかし、これほど見事な論述を聞いたことがありません。

 胸の中がスッキリと澄み渡り、ずっと泥酔していたところから一気に酔いが()めたような気分です。

 どうか私の家へお越しください。そこで心静かにお話の続きを聞きたく思います」

 

 

   *

 

 

 蕭何(しょうか)は、自分の邸宅(ていたく)へ韓信を招き、酒宴を(もよお)した。

 丁重にも丁重を重ねて韓信をもてなしながら、蕭何(しょうか)(たず)ねる。

「大元帥というのは、前・中・後の三軍すべてを統率する役職。国家の安全も危険も、大元帥の手にかかっていると言ってよろしい。その責任は重大だ。

 この大元帥には、どういう能力や心構えが必要か、教えていただけませんか」

 

 韓信が言う。

「大元帥には五才十過(じっか)、すなわち五つの才能と十の欠点がございます。

 

 五才とは、智、仁、信、勇、忠の五つ。

 智は、乱れぬこと。

 仁は、よく人を愛すること。

 信は、人を(あざむ)かぬこと。

 勇は、王命を犯さぬこと。

 忠は、二心(ふたごころ)を持たないこと。

 この五才があって、初めて大元帥を名乗(なの)ることができる。

 

 そして十過(じっか)とは、

 勇気があるが、死を軽んじる者。

 行動がすばやいが、気が焦りすぎる者。

 貪欲(どんよく)で、利益追求を好む者。

 仁の心がありすぎて、人を殺せない者。

 智恵があるが、気が小さい者。

 信の心に(おぼ)れて、無闇に人を信じる者。

 清廉(せいれん)すぎて、他人を愛せない者。

 計略に秀でているが、心が緩い者。

 剛毅(ごうき)すぎて、自分が前線に出たがる者。

 臆病(おくびょう)すぎて、他人に任せたがる者。

 この十過(じっか)に当てはまる者は、大元帥とするに足りません。

 

 兵を上手く用いる者は、五才を全て(そな)え、十過(じっか)を捨て去っている。

 そのような大元帥であれば、攻めて必ず敵を破り、戦って必ず勝利し、謀略を仕掛けて必ず成功する。天下に敵無しです」

 

 蕭何(しょうか)が重ねて問う。

「では、現代の大将たちは、いかがです?」

 

 韓信が答える。

「いけませんね。

 ある者は計があって勇が無く、またある者は勇があって計が無い。

 

 (おのれ)1人の能力を(たの)んで他人を用いようとしない者。

 表向きだけ(つつし)み深くふるまい、内では(なま)けていいかげんな仕事をしている者。

 

 自分の高貴な身分を(ほこ)って、身分が低い貧乏人を馬鹿にする者。

 性格が(おご)りたかぶっていて、部下に相談するのを恥だと思っている者。

 

 自分の能力ばかり宣伝して、他人の功績は覆い隠してしまおうとする者。

 自分の誤りを隠しながら、他人の失敗を言いふらして回る者。

 

 これらは全て、大将たる者たちの悪習です。現代の大将は、みんなこういうことをしております」

 

 蕭何(しょうか)が身を乗り出す。

「では、御辺(ごへん)が大将となったら、どうなさる?」

 

 韓信は、きっぱりと答えた。

「もし私が大将となったら、自分の力を(ほこ)ったりはしない。(いにしえ)兵法(へいほう)に基づいて動く。

 人を用いるには温情を以てし、軍を治めるには規律を以てする。

 守るときには静かに備え、攻めるときには大胆に動く。

 兵がまだ出ていない間は山岳の如く構え、兵が出た後は大河の如く進む。

 

 変化することは天地の如く。

 号令を出すことは雷霆(らいてい)の如く。

 たえまなく賞罰を行うことは四季の如く。

 策を巡らすことは鬼神の如く。

 

 滅びたと見せかけて存続し、死んだと見せかけて生きのび、弱いと見せかけて強く、柔らかいと見せかけて強固で、危ないと見せかけて安全、災いと見せかけて福を得る。

 臨機応変に姿を変え、敵に実態をつかませない。

 

 勝ちを千里のうちに決し、天の上から地の下まで知らぬこと無く、内と外とにただ一点の不一致も無い。

 10万の(つづみ)も100万の軍勢も判別できぬということ無く、夜も昼も兼ねて任務に心血(しんけつ)を注ぐ。

 

 安全と危険の境目(さかいめ)見極(みきわ)め、勝負を分ける戦機を(のが)さず、窮地(きゅうち)(おちい)らぬだけの智恵を隠し持ち、奇策・正攻法どちらも活用し、陰陽(いんよう)終始(しゅうし)の区別を明らかにする。

 

 そのうえで、仁義をもって寛容に構え、礼節をもって人を立て、勇気をもって罪を(さば)き、信義をもって物事を為す。

 

 成湯(せいとう)王の名臣伊尹(いいん)武丁(ぶてい)に仕えた宰相傅説(ふえつ)渭水(いすい)に釣り糸を垂らした太公望子牙(しが)(えん)国の名将楽毅(がくき)

 これら名だたる能臣たちが、みんな私の師です。

 

 これこそ、私が大将として守る道。(つね)日頃(ひごろ)から心がけていることです」

 

 蕭何(しょうか)は、これを聞いて、深く感じ入った。

「すばらしい……これぞ奇才だ。

 漢王は、本当に運のいいお方だな。これほどの大将を手に入れなさるとは」

 

 

   *

 

 

 その夜、蕭何(しょうか)は嬉しさのあまり眠ることもできなかった。

 

 深夜、蕭何(しょうか)は一人で思いにふける。

「以前、張良先生と別れたとき、先生は私に割符をくださった。

 『()を打ち破る大元帥となるべき人材を、必ず見つけ出して推薦します』と、張良先生は言っていたが……

 

 韓信こそ、大元帥に任命すべき人物だ。

 予定とは違うが、張良先生が推薦する人物が来る前に、韓信を大元帥にしてしまってよいだろう」

 

 蕭何(しょうか)はそう考えて、数日の間、韓信を家に泊まらせて丁寧(ていねい)にもてなした。

 

 

   *

 

 

 一方。

 韓信はといえば、蕭何(しょうか)の思いを百も承知で、今なお張良の割符を出さずに隠し続けていた。

 

「まだまだ、その時ではない。

 私の才覚を見せつけて、重く用いられた後で割符を出す。そうでなくてはな……」

 

 かくして韓信は、そしらぬ顔をして蕭何(しょうか)のもてなしを受け続けたのだった。

 

 

(つづく)

 

 

 

 

■次回予告■

 

 夏侯嬰(かこうえい)の心をつかみ、相国(しょうこく)蕭何(しょうか)さえ感動させた韓信に、最後の壁が立ちふさがった。

 低い身分と(とぼ)しい実績、恥辱(ちじょく)(まみ)れた悪名(あくみょう)が、今になって足を引っ張る。意外と名声にうるさいあのおじさんを、韓信は納得させられるのか?

 

 次回「龍虎戦記」第二十九回

 『最終試験? 漢王劉邦』

 

 ()う、ご期待!




●注釈
 韓信が語った『五才十過(じっか)』は、兵法書「六韜・文韜・論将第十九」に由来する。「六韜」での表記は『五才』ではなく『五材』である。
 (しゅう)の開祖である武王が『将として守るべき道はどういうものか?』と(たず)ねたところ、軍師の太公望が答えて言ったのが五材十過(じっか)であった。
 その内容は、「六韜」に記されたものと、「通俗漢楚軍談」や「西漢通俗演義」に記されたものとで、ところどころ食い違いがある。これまで通り「軍談」の内容を尊重しようかとも考えたが、どうも意味が通らない部分も多いため、今回は三者の記述を折衷し、最も分かりやすいと思う形にまとめてみた。
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