龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
韓信の語るところを聞き終えて、
「ふーむ。項羽は非常に不利な体勢にあり、逆に漢王様はすでに天下の形成を
であれば、今すぐに兵を起こして
韓信は、当たり前のような顔で、うなずいた。
「もちろんです。
項羽は東に
人民は非難
もしこの機会を
そうなった後では、漢の兵たちが老人になるまで戦い続けたとしても、もはや漢中から出ることは不可能でしょう」
「しかし、
韓信は笑った。
「
その目的は、まず項羽に西方
そして漢の士卒の、東方へ逃げ帰ろうとする気持ちを断つことです。
この程度の計略、項羽を
「私は、漢中に来てからというもの、ずっと四方八方から賢人を探し求めてきました。しかし、これほど見事な論述を聞いたことがありません。
胸の中がスッキリと澄み渡り、ずっと泥酔していたところから一気に酔いが
どうか私の家へお越しください。そこで心静かにお話の続きを聞きたく思います」
*
丁重にも丁重を重ねて韓信をもてなしながら、
「大元帥というのは、前・中・後の三軍すべてを統率する役職。国家の安全も危険も、大元帥の手にかかっていると言ってよろしい。その責任は重大だ。
この大元帥には、どういう能力や心構えが必要か、教えていただけませんか」
韓信が言う。
「大元帥には五才
五才とは、智、仁、信、勇、忠の五つ。
智は、乱れぬこと。
仁は、よく人を愛すること。
信は、人を
勇は、王命を犯さぬこと。
忠は、
この五才があって、初めて大元帥を
そして
勇気があるが、死を軽んじる者。
行動がすばやいが、気が焦りすぎる者。
仁の心がありすぎて、人を殺せない者。
智恵があるが、気が小さい者。
信の心に
計略に秀でているが、心が緩い者。
この
兵を上手く用いる者は、五才を全て
そのような大元帥であれば、攻めて必ず敵を破り、戦って必ず勝利し、謀略を仕掛けて必ず成功する。天下に敵無しです」
「では、現代の大将たちは、いかがです?」
韓信が答える。
「いけませんね。
ある者は計があって勇が無く、またある者は勇があって計が無い。
表向きだけ
自分の高貴な身分を
性格が
自分の能力ばかり宣伝して、他人の功績は覆い隠してしまおうとする者。
自分の誤りを隠しながら、他人の失敗を言いふらして回る者。
これらは全て、大将たる者たちの悪習です。現代の大将は、みんなこういうことをしております」
「では、
韓信は、きっぱりと答えた。
「もし私が大将となったら、自分の力を
人を用いるには温情を以てし、軍を治めるには規律を以てする。
守るときには静かに備え、攻めるときには大胆に動く。
兵がまだ出ていない間は山岳の如く構え、兵が出た後は大河の如く進む。
変化することは天地の如く。
号令を出すことは
たえまなく賞罰を行うことは四季の如く。
策を巡らすことは鬼神の如く。
滅びたと見せかけて存続し、死んだと見せかけて生きのび、弱いと見せかけて強く、柔らかいと見せかけて強固で、危ないと見せかけて安全、災いと見せかけて福を得る。
臨機応変に姿を変え、敵に実態をつかませない。
勝ちを千里のうちに決し、天の上から地の下まで知らぬこと無く、内と外とにただ一点の不一致も無い。
10万の
安全と危険の
そのうえで、仁義をもって寛容に構え、礼節をもって人を立て、勇気をもって罪を
これら名だたる能臣たちが、みんな私の師です。
これこそ、私が大将として守る道。
「すばらしい……これぞ奇才だ。
漢王は、本当に運のいいお方だな。これほどの大将を手に入れなさるとは」
*
その夜、
深夜、
「以前、張良先生と別れたとき、先生は私に割符をくださった。
『
韓信こそ、大元帥に任命すべき人物だ。
予定とは違うが、張良先生が推薦する人物が来る前に、韓信を大元帥にしてしまってよいだろう」
*
一方。
韓信はといえば、
「まだまだ、その時ではない。
私の才覚を見せつけて、重く用いられた後で割符を出す。そうでなくてはな……」
かくして韓信は、そしらぬ顔をして
(つづく)
■次回予告■
低い身分と
次回「龍虎戦記」第二十九回
『最終試験? 漢王劉邦』
●注釈
韓信が語った『五才
その内容は、「六韜」に記されたものと、「通俗漢楚軍談」や「西漢通俗演義」に記されたものとで、ところどころ食い違いがある。これまで通り「軍談」の内容を尊重しようかとも考えたが、どうも意味が通らない部分も多いため、今回は三者の記述を折衷し、最も分かりやすいと思う形にまとめてみた。