龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
次の日。
劉邦は、
「俺、最近ずっと夢見が悪くてさあ……
親父やお袋や一族みんなのことを思うと、なんだか気持ちが
一体いつになったら東に帰れるだろう? この漢に長くは住みたくないんだが」
「昔、
『このごろ、よく不吉な夢を見るので、気分が悪いのだ』
『どんな夢をご
『山に登れば虎に出くわす。
『山は、もともと虎がいる所。
それらに出会うのは当然のこと。不吉だなどと心配するには及びません。
ところで今、我が国には3つの不吉なことがあります。まことに気がかりでございます。
我が君は、それが何だかご
『いや、知らぬ。何のことか教えてくれ』
すると、
『国に賢人がいるのに、そのことをご
たとえ知っていても、その人物を用いることができない。これが第二の不吉。
仮に用いたとしても、重役に
漢王様、あなたが悪夢を見たのも、賢士をふさわしい重役に任命していないからです。
私は、いつも恐れております……項羽が
これこそ、臣が日夜
劉邦は、眉をひそめた。
「俺は、漢に来てからずっと、そこらじゅうから賢人を集めてきたぞ。
国内に賢人がいるっていうなら、もちろん重く用いるよ」
「今、まさに、ここに大賢人がおります。
しかし漢王様は、その人物を用いようとなさらない。
これでは目の前にあるものを捨てて、わざわざ遠くのものを求めるようなもの。大きな誤りです」
劉邦が言う。
「そんな大賢人が、どこにいるんだ?
「臣とて、推薦したいと思っております。
しかし漢王様は、その人物が貧乏で身分が低いことを嫌い、重用なさらないのではないかと恐れております。もしそうなれば、その賢人はかえって失望し、去ってしまうでしょう。
そんなことになれば、今後、諸国の名士たちが漢王様の元へやってくることはなくなってしまいます」
劉邦が苦笑した。
「ずいぶん前置きが長いなあ。その大賢人ってのは、いったい誰のことだ?」
「大賢人とは、すなわち
劉邦は、驚いて目を丸くした。
「韓信なら、
「そのような官職では、韓信の才能を全て出し尽くすには軽すぎます。
彼を大元帥の職に
そうすれば、韓信は長く漢に留まるでしょう。でなければ、また他国へ去っていくに違いない」
劉邦は慌てた。
「いや、待て、待て、ちょっと待て。
韓信は、この1ヶ月で2回も
それに、まだ韓信は、戦場で何の功も立てていない。
それなのに、いきなり大元帥なんて大任に
「
韓信は他人に使われるべき人物ではない。軍の頂点に立つに
今の漢王様の用い方は、小さすぎます。
ですから臣は、しきりに推薦しているのです。
これまで漢王様に従ってきた故郷
彼らと比較していては、ことの
劉邦は首を横に振った。
「
前に張良と別れたとき、張良が言っていたじゃないか。『
とりあえず……そうだな。数ヶ月! 数ヶ月待て!
その間に張良が推薦する人物が来たら、その人と韓信の才能を比べよう。それで、
*
確かに、劉邦の言うことも道理ではある。
だが、わずか数ヶ月を待つ間に、状況が致命的に変化しないと誰に言えよう。
もとより項羽と劉邦の力量差は歴然である。項羽が気まぐれにやる気を出せば、漢など、たちまち潰される。
劉邦は、自分がどれほど不安定な綱渡りをしているのかを、もうひとつ理解していない。
国政を預かる身であればこそ、
その夜、
「
兵を用いるときに大事なのは、機を見て動き、時に従って変ずること。戦いもしないうちから言葉で議論することはできません。
たとえ父と子の関係であっても、作戦の要点を
戦場に
それから2人は熱く議論を交わし、ようやく別れたのは、すっかり夜も更けた深夜のことであった。
(つづく)
■次回予告■
劉邦には自分を重用する気がない。そう判断した韓信は一計を案じ、漢から東へと走り去った。
それと知った
次回「龍虎戦記」第三十回
『韓信、国士無双なり』