龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
それから数日が過ぎた。
このところ、韓信は自宅に
「どうやら、このままでは状況が動かないようだな。
漢王には私を重用する気がない。
主君が私を尊重していない以上、漢の官僚たちも私には従うまい。
こんな状態では、どんなに
となると……このあたりで、ちょっと
韓信は一計を案じ、自宅の門番にこう申し付けた。
「足の早い馬を用意してくれ。
明日の5
門番は、すぐに
韓信は荷物をまとめると、まだ夜も明けないうちに馬にまたがり、
*
このとき、
彼らは顔をつきあわせて、ささやき交わした。
「なあ。いま走って行ったのは、
「ああ。たった1人で、あんなに急いで出ていくなんて……これはちょっと変なんじゃないか?」
そこで彼らは、急いで
ちょうどその時、
「いけない!
もし韓信が漢を去ってしまったら、私たちは死ぬまで漢中に閉じ込められることになるぞ!」
すぐさま
家の者たちに
「韓信様は、昨晩、『ちょっと遠くへ行きたい』と言って、馬の用意を私らに
私らとしても従わないわけにはいかず、銀色のたてがみの
まさか一夜にして
どこへ向かわれたのかも、私らには、ちょっと……
そうだ。出かける前に、韓信様は詩を1首、家の壁に書き残して行かれましたよ」
それは、1
日
運
心
自分の才能が
「私が何度も推薦したのに、漢王様は用いてくださらなかった。だから、とうとう韓信は逃げ去ってしまったのだ。
こうしてはおれん! いま韓信を追いかけて連れ戻さねば、天下の大事を誤ってしまう!」
あっという間に
「お前たち、銀色のたてがみの馬に乗って、剣を
門番は、すぐに答えた。
「そういう人物が、昨夜の5
ずいぶん時間が経ちましたから、今ごろ50里(20km)は先に行ってしまっていると思います」
これを聞くと、
途中で農村を通りかかったので、そこの村人に
「君、この道で1人の将軍を見なかったかね?」
村人が答える。
「ああ、剣を背負った人が、見事な銀のたてがみの馬に乗って、大急ぎで東の方へ走って行きましたよ。今ごろはもう50里か60里か、そのくらい先まで進んでるんじゃないでしょうか」
乗馬というのは、意外にも、かなり体力を
まして
体も馬も、もう限界である。
韓信を、このまま行かせてはならない。
その一心で、
*
走り走って丸一日。
あたりがすっかり暗くなり、
ようやく
時は7月
すると……遥か川下のほうに、馬の
「おお! あれはきっと、韓信が川を渡ろうとしているところに違いない」
そこで
「韓信殿!
どうしてそんなに、つれない態度を取るのですか!
私たちが交際して、すでに1ヶ月。別れの
と、そのとき。
「誰だ!」
すると、
「
との答え。
暗闇の中で近づいてきた騎馬の上には、確かに同志
「おお、
「ああ。私が朝廷から退出したところへ、倉庫の役人が駆けつけてきてな。韓信が東門から飛びだしていったことを教えてくれたのだ。
先日、漢王様が重く用いてくださらなかったから、韓信は他国へ逃げ去ろうとしているんじゃないかと、そう心配してここまできたんだが……貴公のほうが
国のために賢人を推薦する忠義。
実はこのとき、韓信はすこし離れた暗闇の中に
韓信は深く感動し、つい、
「今の声は!」
「韓信殿、そこにおられるのだな?」
こうなっては、もう逃げ隠れもできない。韓信は2人の前に進み出た。
「
あなたがたは、なんと純粋な
だいたい、世の中の宰相なんて連中は、賢人を
ところが、あなたがたはどうです?
主君に食ってかかってでも
貴公らは、
そのお二人が、
この
「
韓信殿、貴公は
私はそれをよく理解しているつもりだが、漢王様は、貴公の身分が低いことばかり気にして、いまだに貴公の大きな才能に気づいておられない。
どうか、お願いです。しばらく、もうしばらくだけ耐え忍び、私が
もし、それでも漢王が貴公を用いなかったら……
そのときは、もう知らん!
私も
かくして、韓信、
(つづく)
●注釈
(1)
韓信が家の壁に書き残した詩は、やはり「通俗漢楚軍団」と「西漢通俗演義」で微妙に何文字か異なっている。本編では「演義」の白文をもとに、外清内ダクによる書き下し文を記した。以下に、その白文も引用しておく。
日未明兮 小星競光
運未逆兮 才能隠蔵
驢蹄蹇滞兮 身寄殊郷
龍泉埋没兮 若鈍無鋼
芝生函谷兮 誰為与探
蘭長深林兮 孰識其香
安得美人兮 願従与遊
同心断金兮 為鸞為凰
(2)
『
「ああ! 士は己を知る者の為に死に、女は己を
しばらくして、
だが、
「お前は、
なのに、なぜ
すると、
「
しかし、
これを聞いた
死を覚悟した
「あなたの衣服を私に下さらんか。あなたを討つ代わりに衣服を討ちたいのだ」
「これで
と呟くと、そのまま剣を自分に突き刺して命を絶った。
この鮮烈なる最後を見て、人々は皆、涙を流したという。