龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
「漢王様は、『明日、結論を出して貴公を採用する』と
韓信は皮肉な笑みを浮かべて、首を横に振った。
「いいや、そうはなりませんな。
おそらく漢王は、ぐずぐずと悩み続け、結局、私を用いないでしょう。
お二人が様々に心を
「もしそうなら、私も
そう言い残して、
韓信は1人で自宅に戻り、おぼろげな
ここまで己の才覚ひとつでやってきたつもりの韓信だったが、もう、能力だけではどうにもならないところへ来てしまったのではないだろうか。
そんな考えが頭をよぎり、ふと、韓信の脳裏に詩文が浮かんだ。
虎
龍
風雲
経済
歌っているうちに、すっかり夜も
そろそろ寝ようか、と韓信が立ち上がった、ちょうどその時。
「
韓信は、すぐに衣服を整え、
「こんな時刻だというのに、
「国政のことが気がかりで、眠ろうにも眠れぬのです。
その件で、貴公に
貴公が
ということは、項羽に何か良策を奏上したこともあったのでしょう。一体どのような策を述べたのですか?」
韓信が答えた。
「
しかし、
そこで私は、漢軍が
と、韓信は語りだした。
(第二十三回参照)
その内容を聞くうちに、
最後まで聞き終えたころには、もう顔面蒼白である。
「なんということだ……
もし項羽が貴公の
韓信は、さらりと言う。
「ま、そうだろうと思いますよ。
しかし項羽は、私の
それで私は、もう
その少し前。
その別れ際に、
『第一、漢王を漢中へ入れさせてはならない。
第二、
第三、韓信を重く用いよ。もし用いないなら、早く殺せ』
と……
項羽には、私を用いるつもりがない。となれば、遅かれ早かれ私は殺される。
そういうわけで、私は
『
先日ただ一騎で逃走したのは、漢中の長所と弱点を調べ尽くし、
「う、いや、それは……」
韓信は笑った。
「ごまかさずともよろしい。
……そうだな。そろそろ
一つ、良いものをお見せして、
と、韓信は
そこで
韓信が差し出したものは、かつて張良が大元帥の
「こ……! な……! なんということだ!
韓信殿! どうして今までこれを出してくれなかったのです!
おかげで私は昼も夜もずっと悩み苦しんでいたのですぞ。漢王様も、この割符を見れば、たちまち貴公を信用するでしょう」
韓信は言う。
「申し訳ない。
しかし、私は幼い頃からずっと貧しく、身分も低かった。
実績も無ければ名声も無い。いきなり漢に来て大元帥に任命していただいても、人々が私を信用しないだろうと思ったのです。
そこで張良の割符を隠し、漢の人々が私の才覚を知って自分から推薦してくれるのを待っておりました。
今、
ここで割符を出せば、漢の人々はますます私を信用してくれるだろう。そう思ったので、今このときに割符を出したのです」
「貴公は、まさに天下の
並の人間なら、こんな危ない橋を渡り切れはしない。
よろしい! それでは明日、朝一番で漢王様にこのことを
かくして、韓信と
(巻六へ、つづく)
■次回予告■
次回「龍虎戦記」第三十一回
『
●注釈
終盤に韓信が作っていた漢詩は、「西漢通俗演義」には存在しない。「通俗漢楚軍談」での創作である。
詩の中に登場する
すなわちこの詩は、無能な二代目の代名詞たる
以下に白文と、外清内ダクによる現代語訳を紹介しておく。
趙括為秦将
曽聞読父書
世家循閥閲
門第笑寒廬
虎陥争群兎
龍蔵見小魚
風雲未遭際
経済隠郊墟
聖主空前席
元臣遠慮抒
嗟予駑力蹇
懐抱未曽舒
何日推輪轂
絲綸罷釣漁
三秦伝檄定
群寇指揮除
破楚清寰宇
勲労首独居
(現代語訳)
父の書を読んでいたと聞いたことがある
世の名家は門閥の中で官職を回し合い
名門の子弟は、低い身分の出身者を笑う
私のような虎が、穴に落ちて弱いウサギと争っている
私のような龍が、表に出られずに小魚ばかり見ている
風雲には、いまだ出会わず
経済の
君主は重要な官職を空席のままにしていて
家臣は遠慮して考えを述べられていない
ああ、私などは、足の力を無くした
胸の中に抱いている能力を、まだ外に出したことがない
いつになったら止まった車輪を動かせるだろう
いつになったら魚釣りを辞めて天子の命令で働けるだろう
群がる盗賊(敵軍)どもは、軍旗を指して部下を動かし、取り除いてやる
功績を主君に申し上げて、その後は1人でのんびり暮らそう