翌日。
朝廷に出仕した蕭何は、韓信から受け取った割符を、劉邦へ献上した。
軍師張良が大元帥の証として韓信に持たせた、あの割符である。
割符を目の当たりにした劉邦は、驚きのあまり、あんぐりと口を開けた。
「嘘だろ、本当か……
これを持ってたんなら、なんで早く出さなかったんだよ!」
割符を出さなかった理由を蕭何が伝えると、劉邦は苦笑しながら喜びの表情を浮かべた。
「そういうことだったのか……
なあ蕭何、お前は何度も俺を諌めてくれたけど、俺はどうしても韓信の才が信じられなかった。
それがまさか、張良の割符を持つ男だったなんて!
お前といい、張良といい、天下の豪傑は皆意見が一致していたんだな。
本当に大きな才能を持ってるんだなあ、韓信は。
どうやら俺の目が曇ってたようだ。
卿が忠義と愛情から言ってくれたことを否定してしまった。今やっと、俺が間違ってたと分かったよ。
よし! それじゃあ、さっそく韓信を大元帥にしよう!」
蕭何が答える。
「恐縮にございます。
臣が才能ある賢人を推薦したのは、ひとえに国家のため。私利私欲のためではございません。
その思いを、漢王様はついに理解してくださった。まことに嬉しゅうございます。
しかし、このまま韓信を大元帥になさっても、彼は漢に留まってくれないでしょう」
劉邦は首をかしげた。
「えっ、ダメ? 大元帥にするし、俸禄もたっぷり与えるよ?」
蕭何が言う。
「それはよいのですが、それだけでは不十分です。
韓信をこの国に留まらせるなら、まず大元帥に対する礼儀を尽くしなさいませ」
劉邦は、頭をかいた。
「韓信をここへ呼んで、直に対面して任命しようと思ってたんだけど」
蕭何は首を横に振った。
「漢王様は、昔から無礼で、人を侮るところがありますからなぁ。
大元帥ほどの重役を任命しようというのに、それではまるで子供を呼びつけてお使いを命じるみたいではありませんか。
そんなやり方では、たとえどんなに重い官職や俸禄を与えなさっても、韓信は絶対に去ってしまうだろう、と臣は思いますよ」
ここまでの付き合いで、蕭何は韓信の為人を、よく理解していた。
韓信は、官位や財産それ自体を欲しがっているのではない。彼が切実に求めているのは、力量を認められること、そして何よりも、他者から尊重されることなのである。
劉邦は、蕭何の言うことに、うなずいた。
「分かった。じゃあ、どんなふうにすればいい?」
蕭何が答える。
「まず、高い祭壇を築いて、天地の神々を祀ります。
漢王様には斎戒(儀式のために身を清めること)していただき、吉日を選んで、その祭壇にて任命式を執り行いましょう。
古の君主黄帝が宰相風后を迎えた時……
周の武王が太公望を迎えた時……
それら古代の前例にも負けないほどの、壮大な儀式を行うのです」
劉邦は、膝を叩いた。
「よしっ! それじゃあ蕭何、お前に任す! お前がいいと思うように準備してくれ。俺はそれに従おう」
蕭何は、深々と頭を下げた。
「承知いたしました。お任せあれ!」
*
沛県にいたときから、蕭何は有能な役人として知られていた。
この手の段取り・運営の実務は、蕭何が最も得意とするところ。まさに、お手の物である。
蕭何は、てきぱきと任命式の準備を進めていった。
まずは韓信に大元帥内定の旨を連絡し、次に祭壇の設計に取りかかる。
6、7日で設計図を完成させると、蕭何は朝廷に出て劉邦に図面を奏上した。
その設計は、次のようなものであった。
まず、祭壇の高さは3丈(6.9m)。これは天・地・人の三才を象徴する数値である。
次に広さは24丈四方。(約3100平方メートル)。こちらは1年を24分割した季節の単位、二十四節気に対応している。
祭壇の中央には、黄衣を着た25人を立たせ、それぞれ手には古代の神に由来する黄幡の旗・豹尾の旗や、刑罰に用いる鉄鉞(まさかり)などを持たせる。
五行において、土は中央に対応する。すなわち彼らは、土を表す戊巳や勾陳神の象徴となる。
祭壇の東には、また25人を並ばせる。こちらは青い衣を着て、手には青い旗を持つ。
東は青と春、そして五行の木に対応する方角。この者たちは、木を表す甲乙と青龍の象徴である。
祭壇の西にも、25人が並ぶ。白い衣を着て、白い旗を持つ。
西は白と秋、五行の金に対応する。この者たちが、金を表す庚辛と白虎の象徴となる。
祭壇の南には、25人が並ぶ。紅の衣を着て、紅の旗を持つ。
南は紅と夏、五行の火に対応する。この者たちが、火を表す丙丁と朱雀の象徴。
そして祭壇の北にも、25人が並ぶ。黒い衣を着て、黒い旗を持つ。
北は黒と冬、五行の水に対応する。この者たちを、水を表す壬癸と玄武の象徴とする。
祭壇は、全3層の構造となっており、各層には祭器と祝文が備えられている。
また、周囲にはさまざまな色の旗を持った者が365人、祭壇を中心として1周365度の1度ずつに配置されている。
さらにその外側には、堂々たる壮士が73人。各々手に剣や戟を持ち、七十二候に対応して立つ。
祭壇の前方では、文官と武官が左右2列に分かれて北から南へ整列。
その列の間を貫いて、黄色い土で作られた道がまっすぐ祭壇の下まで伸びている。
四方の端には、静粛を命じる牌(立て札)が立てられる。
それぞれの牌の下には、牙将(武将)1名と甲冑で武装した兵士20名が立ち、もし騒ぐ者や列を乱す者があれば、すぐに捕らえて軍法にもとづき斬首する。
そして、祭壇まで韓信と劉邦を運ぶ馬車は、身分の高い将軍がみずから御者を務める。
以上のような壮大かつ格式高い祭壇を、都の西門を出て10里(4km)の所に建てる計画である。
劉邦は、設計図を見終わると、すぐに武将灌嬰を呼んだ。
「灌嬰! お前に祭壇の建設を任せる。期限は1ヶ月で頼む」
*
かくして、大元帥任命式の祭壇建設が始まった。
このとき、韓信が大元帥となることは、まだ公表されていなかった。
漢軍の将兵は、着々とできあがっていく祭壇を見て、きっと良い大元帥が任命されるだろう、と興味津々であった。
ここで、そわそわしはじめたのが、劉邦の義弟の樊噲である。
「俺は、兄貴……いや、漢王様と一緒に豊沛で立ち上がって、秦を打ち破って関中に入った。
鴻門の会では漢王様の危ないところを救い出したし、この険阻な漢中にもお供して、甘苦をともにしてきたんだ。
社稷の臣っていうのは、俺みたいな奴のことを言うんだよな?
いま作ってる祭壇で大元帥に任命されるのは、ひょっとして俺なんじゃないかなあ? 俺のような気がする。いやあ、俺以外ないよ!」
まわりの仲間たちも、うなずいた。
「噂によると、蕭何殿が、ある人物を熱烈に推薦したらしいぞ。
それが誰なのかってことは分からないが……
古くから仕えてきた功績ある臣ということなら、樊噲か、周勃か、あるいは曹参か。この3人の誰かなんじゃないか?」
などと、皆でわいわい盛り上がって、数日後。
祭壇が完成し、建設責任者の灌嬰が報告に訪れた。
劉邦は、蕭何に言った。
「祭壇ができたらしいぞ。それじゃあ、吉日を選んで任命式をやろう!」
蕭何が答える。
「はっ!
吉日は、あらかじめ臣が占い、算出しておきました。
それでは、これより人民に命じて祭壇までの道を清掃させ、大将や兵卒たちには、それぞれの配置を伝えて武具を準備させます。
漢王様は斎戒して身を清め、みずから韓信を迎えて祭壇へ上らせ、大元帥に任命してくださいませ」
こうして用意は全て整い、ついに任命式の当日がやってきた。
(つづく)