龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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巻六 楚漢戦争、勃発
三十一の上 破楚大元帥


 

 

 翌日。

 朝廷に出仕した蕭何(しょうか)は、韓信から受け取った割符を、劉邦へ献上した。

 軍師張良が大元帥の(あかし)として韓信に持たせた、あの割符である。

 

 割符を()の当たりにした劉邦は、驚きのあまり、あんぐりと口を開けた。

「嘘だろ、本当か……

 これを持ってたんなら、なんで早く出さなかったんだよ!」

 

 割符を出さなかった理由を蕭何(しょうか)が伝えると、劉邦は苦笑しながら喜びの表情を浮かべた。

「そういうことだったのか……

 なあ蕭何(しょうか)、お前は何度も俺を(いさ)めてくれたけど、俺はどうしても韓信の才が信じられなかった。

 それがまさか、張良の割符を持つ男だったなんて!

 

 お前といい、張良といい、天下の豪傑は(みんな)意見が一致していたんだな。

 本当に大きな才能を持ってるんだなあ、韓信は。

 

 どうやら俺の目が(くも)ってたようだ。

 (けい)忠義(ちゅうぎ)と愛情から言ってくれたことを否定してしまった。今やっと、俺が間違(まちが)ってたと分かったよ。

 

 よし! それじゃあ、さっそく韓信を大元帥にしよう!」

 

 蕭何(しょうか)が答える。

恐縮(きょうしゅく)にございます。

 臣が才能ある賢人を推薦したのは、ひとえに国家のため。私利私欲のためではございません。

 

 その思いを、漢王様はついに理解してくださった。まことに嬉しゅうございます。

 しかし、このまま韓信を大元帥になさっても、彼は漢に留まってくれないでしょう」

 

 劉邦は首をかしげた。

「えっ、ダメ? 大元帥にするし、俸禄(ほうろく)もたっぷり与えるよ?」

 

 蕭何(しょうか)が言う。

「それはよいのですが、それだけでは不十分です。

 韓信をこの国に留まらせるなら、まず大元帥に対する礼儀を尽くしなさいませ」

 

 劉邦は、頭をかいた。

「韓信をここへ呼んで、(じか)に対面して任命しようと思ってたんだけど」

 

 蕭何(しょうか)は首を横に振った。

「漢王様は、昔から無礼で、人を(あなど)るところがありますからなぁ。

 大元帥ほどの重役を任命しようというのに、それではまるで子供を呼びつけてお使いを(めい)じるみたいではありませんか。

 

 そんなやり方では、たとえどんなに重い官職や俸禄(ほうろく)を与えなさっても、韓信は絶対に去ってしまうだろう、と臣は思いますよ」

 

 ここまでの付き合いで、蕭何(しょうか)は韓信の為人(ひととなり)を、よく理解していた。

 韓信は、官位や財産それ自体を欲しがっているのではない。彼が切実に求めているのは、力量を認められること、そして何よりも、他者から尊重されることなのである。

 

 劉邦は、蕭何(しょうか)の言うことに、うなずいた。

「分かった。じゃあ、どんなふうにすればいい?」

 

 蕭何(しょうか)が答える。

「まず、高い祭壇(さいだん)(きず)いて、天地の神々を(まつ)ります。

 漢王様には斎戒(さいかい)(儀式のために身を清めること)していただき、吉日を選んで、その祭壇(さいだん)にて任命式を()り行いましょう。

 

 (いにしえ)の君主黄帝(こうてい)が宰相風后(ふうこう)を迎えた時……

 (しゅう)の武王が太公望を迎えた時……

 それら古代の前例にも負けないほどの、壮大な儀式を行うのです」

 

 劉邦は、膝を叩いた。

「よしっ! それじゃあ蕭何(しょうか)、お前に任す! お前がいいと思うように準備してくれ。俺はそれに従おう」

 

 蕭何(しょうか)は、深々と頭を下げた。

「承知いたしました。お任せあれ!」

 

 

   *

 

 

 (はい)県にいたときから、蕭何(しょうか)は有能な役人として知られていた。

 この手の段取(だんど)り・運営の実務は、蕭何(しょうか)が最も得意とするところ。まさに、お手の物である。

 

 蕭何(しょうか)は、てきぱきと任命式の準備を進めていった。

 まずは韓信に大元帥内定の(むね)を連絡し、次に祭壇(さいだん)の設計に取りかかる。

 6、7日で設計図を完成させると、蕭何(しょうか)は朝廷に出て劉邦に図面を奏上(そうじょう)した。

 

 その設計は、次のようなものであった。

 まず、祭壇(さいだん)の高さは3(じょう)(6.9m)。これは天・地・人の三才(さんさい)を象徴する数値である。

 次に広さは24(じょう)四方。(約3100平方メートル)。こちらは1年を24分割した季節の単位、二十四節気に対応している。

 

 祭壇(さいだん)の中央には、黄衣(こうい)を着た25人を立たせ、それぞれ手には古代の神に由来する黄幡(こうはん)の旗・豹尾(ひょうび)の旗や、刑罰に用いる鉄鉞(てつえつ)(まさかり)などを持たせる。

 五行において、土は中央に対応する。すなわち彼らは、土を表す()()勾陳(こうちん)神の象徴となる。

 

 祭壇(さいだん)の東には、また25人を並ばせる。こちらは青い(ころも)を着て、手には青い旗を持つ。

 東は青と春、そして五行の木に対応する方角。この者たちは、木を表す(こう)(いつ)と青龍の象徴である。

 

 祭壇(さいだん)の西にも、25人が並ぶ。白い(ころも)を着て、白い旗を持つ。

 西は白と秋、五行の金に対応する。この者たちが、金を表す庚辛(こうしん)白虎(びゃっこ)の象徴となる。

 

 祭壇(さいだん)の南には、25人が並ぶ。(くれない)(ころも)を着て、(くれない)の旗を持つ。

 南は(くれない)と夏、五行の火に対応する。この者たちが、火を表す丙丁(へいてい)朱雀(すざく)の象徴。

 

 そして祭壇(さいだん)の北にも、25人が並ぶ。黒い(ころも)を着て、黒い旗を持つ。

 北は黒と冬、五行の水に対応する。この者たちを、水を表す壬癸(じんき)玄武(げんぶ)の象徴とする。

 

 祭壇(さいだん)は、全3層の構造となっており、各層には祭器と祝文(しゅくもん)が備えられている。

 また、周囲にはさまざまな色の旗を持った者が365人、祭壇(さいだん)を中心として1周365度の1度ずつに配置されている。

 さらにその外側には、堂々たる壮士が73人。各々(おのおの)手に剣や(げき)を持ち、七十二候に対応して立つ。

 

 祭壇(さいだん)の前方では、文官と武官が左右2列に分かれて北から南へ整列。

 その列の間を貫いて、黄色い土で作られた道がまっすぐ祭壇(さいだん)の下まで伸びている。

 

 四方の(はし)には、静粛(せいしゅく)(めい)じる(ぱい)(立て札)が立てられる。

 それぞれの(ぱい)の下には、牙将(がしょう)(武将)1名と甲冑(かっちゅう)で武装した兵士20名が立ち、もし騒ぐ者や列を乱す者があれば、すぐに捕らえて軍法にもとづき斬首する。

 

 そして、祭壇(さいだん)まで韓信と劉邦を運ぶ馬車は、身分の高い将軍がみずから御者(ぎょしゃ)を務める。

 

 以上のような壮大(そうだい)かつ格式高い祭壇(さいだん)を、(みやこ)の西門を出て10里(4km)の所に建てる計画である。

 

 劉邦は、設計図を見終わると、すぐに武将灌嬰(かんえい)を呼んだ。

灌嬰(かんえい)! お前に祭壇(さいだん)の建設を任せる。期限は1ヶ月で頼む」

 

 

   *

 

 

 かくして、大元帥任命式の祭壇(さいだん)建設が始まった。

 

 このとき、韓信が大元帥となることは、まだ公表されていなかった。

 漢軍の将兵は、着々とできあがっていく祭壇(さいだん)を見て、きっと良い大元帥が任命されるだろう、と興味(きょうみ)津々(しんしん)であった。

 

 ここで、そわそわしはじめたのが、劉邦の義弟の樊噲(はんかい)である。

「俺は、兄貴……いや、漢王様と一緒に豊沛(ほうはい)で立ち上がって、(しん)を打ち破って関中に入った。

 鴻門(こうもん)の会では漢王様の危ないところを救い出したし、この険阻(けんそ)な漢中にもお供して、甘苦(かんく)をともにしてきたんだ。

 

 社稷(しゃしょく)の臣っていうのは、俺みたいな奴のことを言うんだよな?

 

 いま作ってる祭壇(さいだん)で大元帥に任命されるのは、ひょっとして俺なんじゃないかなあ? 俺のような気がする。いやあ、俺以外ないよ!」

 

 まわりの仲間たちも、うなずいた。

(うわさ)によると、蕭何(しょうか)殿が、ある人物を熱烈に推薦したらしいぞ。

 それが誰なのかってことは分からないが……

 古くから仕えてきた功績ある臣ということなら、樊噲(はんかい)か、周勃(しゅうぼつ)か、あるいは曹参(そうさん)か。この3人の誰かなんじゃないか?」

 

 などと、(みんな)でわいわい盛り上がって、数日後。

 祭壇(さいだん)が完成し、建設責任者の灌嬰(かんえい)が報告に訪れた。

 

 劉邦は、蕭何(しょうか)に言った。

祭壇(さいだん)ができたらしいぞ。それじゃあ、吉日を選んで任命式をやろう!」

 

 蕭何(しょうか)が答える。

「はっ!

 吉日は、あらかじめ臣が占い、算出しておきました。

 

 それでは、これより人民に(めい)じて祭壇(さいだん)までの道を清掃させ、大将や兵卒たちには、それぞれの配置を伝えて武具を準備させます。

 漢王様は斎戒(さいかい)して身を清め、みずから韓信を迎えて祭壇(さいだん)(のぼ)らせ、大元帥に任命してくださいませ」

 

 こうして用意は全て整い、ついに任命式の当日がやってきた。

 

 

(つづく)




●注釈
 蕭何(しょうか)が劉邦に『漢王様は、昔から無礼で、人を(あなど)るところがありますからなぁ』などと言っている。いくらなんでも臣下の立場でハッキリ言い過ぎだなあ、と感じてしまうが、なんとこの言葉、創作ではない。この場面は「史記・淮陰侯列伝」に記されており、そこで蕭何(しょうか)が『王素慢無礼(王様は、もともと傲慢で無礼ですからね)』と言っている。史実である。
 君臣仲が良いというか、なんというか。
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