祭壇の第3層において、劉邦は北に向いて拝礼し、龍章鳳篆(龍と鳳凰の文字が刻まれた帝王の印章)を捧げた。
調和の取れた歌が厳かに始まり、8種の楽器が曲を奏でる。
その音色は高く澄み、天から地までを貫いて響きわたった。
演奏が終わると、太史官が最後の祝文を読み上げた。
『大漢元年、仲秋戊寅朔丙子の日。
漢王劉邦が、宇宙を統べる至高神昊天上帝と、全地を統べる女神后土神祇に告げて申し上げる。
昊天上帝陛下の臣たる劉邦は、天地の恩徳と百神の威光を頼みとして、海と大地とに平和をもたらし、万民が安らかに暮らせるよう働いて参りました。
国のために賢者を求め、礼を厚くして3度も推薦いたしました。
古の人は、こう言いました。
『たとえ強兵があっても、知将がいなければ、どうして人心を掌握し、四方八方の彼方まで威風を届かすことができようか』
そこで、天下の民衆を救うべく、韓信を大元帥に任命し、征伐の全権を委任することとしました。
これによって天下に満ちた妖気を吹き払い、乾坤(天地)を正気(正しい気風)で満たしたいと思います。
黄帝が風后を仰いだように。
顓頊が武告を用いたように。
高辛が祝融を、大舜が皋陶を、殷の湯王が伊尹を、周の武王が太公望呂望を拝したように。
私は、韓信を拝します。
古より、国が乱れ夷狄が侵入してきた時には、必ず時の権力者が将軍を任命して軍勢を起こし、道を誤った者たちを征伐してきたものです。
しかるに今、項籍は滅びた秦のやりかたをそのまま受け継ぎ、西楚において横暴にふるまっている。
鳶や梟が翼を広げて威嚇するように威張り散らし、すでに崩れ去った秦の行いを引き継いで、凶悪なる行いをほしいままにし、好き勝手に乱れ狂っている。
義帝との約束を破って王となり、その義帝を弑逆して一人覇を唱え、始皇帝の墓を暴いて財宝を奪い、後宮へ踏み込んで女を我が物とし、咸陽において虐殺を行い、100里に渡って火を放ち、阿房宮を炎上させて万民を恐怖に陥れた。
まことに強権を振るい専横を極めている。
項籍は、いまや民衆から見放された孤独な君主……独夫である!
この行いには、天も嫌気が差し、神も怒っていることでしょう。
この罪は、死をもってしてさえ償いきれるものではない。
以上のような情勢を受けて、臣、劉邦は義の旗を立て、韓信を大元帥に任命いたしたく思います。
韓信に弓矢を授けて四方を平定させ、鉄鉞を持たせて罪人の処罰に従事させましょう。
韓信こそは国士無双、人中の豪傑。
鬼神にすら見抜けぬほどの機略を備え、蒼海をも果敢に渡るほどの志を持つ男。
この人物を大元帥とすることは、公の議論によって信任されたこと。
韓信よ、この天命を申し受けよ。これは天が加護をもたらして命じたことである。
天よ。願わくば、この饗を受けよ!』
祝文が終わると、劉邦は西向きに立ち、韓信は北向きに立った。
劉邦は、身分の証となる品々……虎符、玉節、金印、宝剣を、みずからの手で韓信に捧げ与え、こう宣言した。
「今、貴公を破楚大元帥に封じる。
上は天から、下は海底に至るまで、ことごとく貴公の指揮に任せる。
敵の備えの足りぬ虚を見れば攻め、敵が堅固に構えた実を見れば止まれ。
たとえ前・中・後の三軍を率いても、決して多勢を頼みとして軽率に動いてはならない。
我が命を重んじるあまり、簡単に死を選んではいけない。
己の身分が高貴であるからといって、他人を賤しんではいけない。
独断で謀をなして、周囲の声を拒絶してもいけない。
弁舌に優れていても、自分を言葉で飾り立ててはいけない。
兵士たちと苦楽を分かち合え。
暖かさも寒さも軍勢とともに味わえ。
そうすれば、兵たちは貴公に親しみを感じ、死をも覚悟して戦い、誰もが力を尽くすだろう。
韓信大元帥よ、この言葉を謹んで受けよ!」
韓信が命を受けると、劉邦は移動して韓信と向き合い、腰を下ろした。
韓信は丁重に再拝し、感謝の言葉を述べてから、こう続けた。
「古より、このように申します。
『国は外から治めることはできない。
軍は中から御すことはできない。
二心を持って主君に仕えてはならない。
疑いの心を持って敵に応じてはならない』と。
臣は、今、命を承り、斧鉞をもって罪を処罰する権限をいただきました。
この身はほんの駑駘(下等な馬)に過ぎぬとはいえ、微力を尽くして働かずにはいられません。
必ずや、陛下が厚遇してくださった恩に報いましょう」
劉邦は大喜びで、韓信に尋ねた。
「蕭何が、しきりに大元帥の才能を誉めていたぞ。
徳の足らないこの俺に、大元帥の戦略を聞かせてくれないか」
韓信は、いささか悪戯っぽく微笑んだ。
「漢王様は、東方に進出して、項羽と天下を争いたいと思っていらっしゃるか?」
劉邦は、うなずいた。
「そりゃもう、ずーっとそうしたいと思ってるよ」
韓信が言う。
「では、漢王様の勇敢さと強さは、項羽と比べて、どうでしょうか」
劉邦は顔をしかめた。
「あんな化け物に勝てるわけない!」
韓信は、さらりと言った。
「臣も、そう思います。
しかし、臣はかつて項羽に仕えていて、その為人を、よく知っております。
それを漢王様のために、ご説明いたしましょう。
まず、項羽の持つ迫力は、すさまじいものです。
項羽が声をあげて りつければ、千人の軍勢さえ、すくみ上がってしまう。
ところが、頭ごなしに怒鳴りつけるばかりで、賢人を上手く用いることができない。
これを『匹夫の勇』……取るにたらない小さな男の勇気、と言います。
一方、項羽が意外な優しさを見せることもあります。
困っている人には慈愛の目を向け、優しく声をかけて、たいへん親しげにふるまう。
病気の人などを見ると、涙を流して自分の食事を分け与えるほどでした。
しかし、功績のある人に爵位や官職を与えるときには、一転してケチ臭くなる。
決済印をその手に握って捺印する直前までいきながら、結局、与えようとしないのです。
これを『婦人の仁』……道理を知らないつまらぬ女の優しさ、と言います。
項羽は、覇王となって天下の諸侯を制しました。
しかし、関中を離れて彭城に都を遷し、義帝を弑逆したうえ、多くの民を殺害しました。
名前は覇王であっても、実際には天下の信望を失っております。
ここで漢王様が、項羽とは反対の道を、心を込めて進んだなら、どうなるでしょうか?
天下の武勇の士を信頼して戦いを任せれば、確実に項羽を誅殺できます。
天下の城や邑を功績ある臣に賜われば、みな服従せぬはずがありません。
大義名分をもって軍隊を起こし、故郷を思う兵を率いて東に向かえば、楚は必ず打ち破れます。
さらに、秦を守っている三秦王たちは、秦の兵卒を率いて何年も戦ってきましたが、その中で死なせてしまった兵は数知れません。
そして、項羽が秦兵20万人を生き埋めにするに至り、ついに秦民衆の恨は骨髄に入ったのです。
章邯、司馬欣、董翳の三秦王は、秦の土地で王になったとはいえ、民はただ、楚の強さを恐れているだけ。心から服従しているわけではない。
漢王様は、関中に入ってから少しも民を苦しめず、法を三章に簡略化して秦の民衆を喜ばせました。
それゆえ、漢王様が天下の王になることを願わぬ者はおりません。
今、漢王様が兵を起こして東に向かえば、三秦は、民衆の決起を促す檄文をバラ撒くだけで平定できるでしょう」
劉邦は喜んだ。限りなく喜んだ。
「ああ! もっと早く韓信を手に入れられてたら良かったのに!」
さんざん韓信の抜擢を拒んでおいて、なんとも調子のいい話ではあるが、それだけに、これは劉邦の飾らぬ本音だったのだろう。
かくして国士無双の韓信は、ついに大元帥に就任した。
そして漢軍は、楚討伐に向けて、にわかに動き始めたのである。
(つづく)
■次回予告■
大元帥韓信を得て楚討伐へと動き出した漢軍。だがこのめでたき日に、一つの懸案が持ち上がる。
儀式を乱した罪人、樊噲。劉邦の義弟にして天下の豪傑。かつて必死の鴻門で、一命を賭して主を救ったこの忠臣も、法にのっとるなら殺さねば。苦悩。決断。そして悔恨。果たして樊噲の命運や、いかに?
次回「龍虎戦記」第三十二回
『樊噲を断罪せよ』
乞う、ご期待!