龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
韓信は、ついに大元帥に任命された。
ずっと胸に
だが、もちろんこれで終わりではない。むしろ、韓信の真の戦いは、ここから始まる。
韓信は、劉邦へ
『大漢元年、秋7月の日。
軍を動かすには、よく時機を観察して、情勢の変化を制することが肝要です。
漢王陛下の大いなる戦略。
項羽と争わずに
そして、長く続く陛下のご苦労。
これらを考慮に入れますに、いよいよ東方遠征に取りかかるべきと思われます。
民衆
世間の人々は、ひそかに
項羽は、民衆から
諸侯を
さらには
これによって項羽は人々の支持を失い、天の怒りを招いたのです。
今こそ知と徳に優れた君主を立て、勢い
民衆は苦しんでおります。水に沈められ、火に焼かれるかの如く。逆さ吊りにされるかの如く。
この災いを解消すべく、臣は
民衆は武具を手放し、
漢王陛下は心が広く、仁義に満ちた大いなる徳をお持ちで、どんな武勇にも
陛下が
強い
かつて
その
長く続く平和な国を作れるかどうかは、今の行動にかかっております。
平和か、危機か? 国が定まるか、乱れるか? その
臣、韓信は、ありがたいことに大元帥の
陛下が臣を評価してくださった、そのお言葉を胸に
ゆえに今、陛下を
今こそ臣は、
諸悪の根源たるあの男を捕虜とし、かつて陛下が
臣は、激烈に誠心誠意を尽くさずにはいられません。
劉邦は、この
「
韓信が答える。
「項羽は
諸侯もそれぞれの領地に帰りましたし、どこの国にも郡にも戦争の準備がなされていないのです。
この好機を
まず、臣が軍の人馬を調練し、それが済み次第、先行いたします」
劉邦は、思わず玉座から腰を浮かした。
「長い間ずーっと東に帰りたかったんだ。韓信、早く人馬の調練をやってくれ! 俺も
*
さっそく劉邦は、遠征軍の人事を決めた。
まず
軍内部での政務を担当する軍政司に、
そして軍を監督する役目の監軍には、
一方の韓信は、人馬の調練に取りかかるべく、軍の訓練場に向かった。
「さて、調練を始める前に、漢軍の今の練度を見てみよう」
と、韓信は漢軍の訓練するさまを見分した。
が……将兵の動きを一目見るなり、韓信は眉をひそめた。
漢の将兵は、戦術の基本を知らない者ばかり。
前進・後退の合図さえ暗記できていない。
当然、動くたびに
韓信は、そばにいた
「この程度の人馬では、城や陣で守りを固めることしかできない。
兵卒は大将の位置が分かっていないし、大将は兵卒が何をしているか把握できていない。
強力な敵と出会ったら、1戦すら持ちこたえられまい。
まあ、いい。
こんなこともあろうかと、
この3冊の内容を、法律のように厳格に守るよう伝えるのだ」
「承知いたしました。大元帥の神がかり的な知恵は、尋常の人間では及びもつかないものですな」
というわけで
*
このことを韓信が報告すると、劉邦は喜んだ。
「俺のところには、まだまだ大将も足りないし、兵だって少ないからな。
全部、大元帥に任せるよ。うまく将兵を育ててくれ」
劉邦の許可を得て、韓信はまた訓練場に戻った。
漢軍の人馬を集め、新たに部隊長を決め、軍の規則を法律のように厳格に覚えさせた。
そして、この規則に違反した者が現れると、すぐさま首を切って処罰した。
これまで経験したことのない厳しさに、漢軍の将兵たちは震えあがった。
誰もが背筋を正して調練に
「よし。だいぶ良くなってきたな」
韓信は、出来の良い部隊を集めて、まずは前中後のうちの中軍を編成した。そして、日時を決めて、劉邦に
(つづく)
●注釈
本文中に『
「ああ、
「徳は天を動かし、どこまでも遠くに届きます。かつて
このとき披露した舞が、
……というエピソードなのだが、実はこれも、巻三の注釈で紹介した「偽古文尚書」に記されている逸話である。つまり、本来の「尚書」には収録されていない、後世の捏造ということになる。
しかも、本文に書いた韓信による上表は、明代中国の「西漢通俗演義」には無い。江戸時代日本で「通俗漢楚軍談」として翻案されたとき、付け足された文章らしい。江戸時代日本での創作に偽古文尚書の内容が反映されているというところから、作者の高い教養が感じられるし、かつての日本で漢籍がどれほど深く親しまれていたのかも偲ばれて、実に興味深い。