韓信の招きを受けた劉邦は、百官を引き連れ、訓練場を訪れた。
韓信は主君劉邦を出迎えながら、あえて拝伏しなかった。
「甲冑を身に着けている間は、礼を行えません。悪しからず」
ここで韓信は、手にしていた文書を、劉邦に献上した。
「陛下。この文章をご覧いただき、よろしければ、この内容を全軍に通達していただきたいのですが」
劉邦は、「なんだろう?」と首を傾げつつ、近臣に命じて文章を読み上げさせた。
その内容は……
『西楚の覇王項羽は、天命に背き、義帝を弑逆し、下々の民衆に暴虐のふるまいを行った。
その罪悪は天地に満ちて、神も人も、ともに憤っている。
朕は、先に関中に入った。以前からの約束によって、朕が関中の王となるべきであった。にもかかわらず左遷された。
道理に反するこの行いを見ても、項羽を征討すべきことは明白である。
先日、韓信を破楚の大元帥に任命した。
汝ら大小の諸将、および各部隊の軍士たちは、韓信の統制を受け、韓信の指揮に従い、それを朕の命令の代わりとして項羽を誅伐せよ。
朕への奏上が通るのを待つ必要はない。
韓信の命を用いる者は栄え、韓信の命を用いない者は死ぬ。
陣中においては、韓信の専決を許し、独断で征伐することを許す。
汝らは、以上のことをよく承知して、朕の命令に背くことがないようにせよ』
漢軍の将兵は、整然と並んだまま、微動だにせずにこの言葉を聞いた。
以前であれば、どんなに重要な通達をしているときでも、私語をする者、モゾモゾ動く者が絶えなかったのだ。あまりの変わりように、劉邦は限りなく喜んだ。
さらに韓信は、大元帥の本営に大将たちを集め、軍における法令を定めた。
その内容は、以下の通りである。
『その一。太鼓の音を聞いても進まず、鉦の音を聞いても撤退せず、旗が上がっても立たず、旗が倒されても伏せない。これを悖軍という。犯す者は斬る。
その二。名を呼んでも応えず、点呼のときにその場におらず、命じた通りの時間に来ず、軍の規律に反した動きをする。これを慢軍という。犯す者は斬る。
その三。夜、鐘の合図を聞いたのに報告を怠り、警備の交代時間を守らず、はっきり聞こえる声で合図をしない。これを懈軍という。犯す者は斬る。
その四。不満の言葉を多く発して、主将を怨み、命令を聞かず、兵の教育を邪魔する。これを横軍という。犯す者は斬る。
その五。大声で笑い、軍の禁止事項を蔑視し、軍門の中で走り回る。これを軽軍という。犯す者は斬る。
その六。用いる武具について、弓や弩の弦が切れ、矢から矢羽や鏃が外れており、剣や戟の刃が研がれておらず、旗が破れている。これを欺軍という。犯す者は斬る。
その七。流言飛語を広め、鬼神の類を捏造し、夢のお告げを偽り、誤った邪説によって将兵を惑わす。これを妖軍という。犯す者は斬る。
その八。弁舌巧みに、物事の正誤や善悪を勝手に決めつけ、官吏や兵士をそそのかし、不和を引き起こす。これを謗軍という。犯す者は斬る。
その九。行き先の土地で、住民を虐待し、婦女を凌辱する。これを奸軍という。犯す者は斬る。
その十。他人の財産を盗んで自分の利益とし、他人が取った首級を奪って自分の功績とする。これを盗軍という。犯す者は斬る。
その十一。軍中で人を集めて密談し、私的に幕舎に近づいて機密情報を聞く。これを探軍という。犯す者は斬る。
その十二。軍の計画や命令を聞き、外部に漏らして敵に知らせる。これを背軍という。犯す者は斬る。
その十三。命令を受けたときに口を閉ざして返事をせず、眉を垂れ、顔を伏せて難色を示す。これを恨軍という。犯す者は斬る。
その十四。隊列を離れて勝手に動き、あるいは隊列の前後に割り込み、騒がしく話し、軍の規則に従わない。これを乱軍という。犯す者は斬る。
その十五。負傷や病気と詐って戦闘を避け、負傷や死を装って逃亡する。これを詐軍という。犯す者は斬る。
その十六。金銭や食糧を管理したり、褒美を与えたりする時に、個人的に親しい者を贔屓して、他の兵卒に怨みを抱かせる。これを弊軍という。犯す者は斬る。
その十七。敵の進軍を見てもその状況を正確に把握せず、敵の様子を探っても詳細に調べず、敵が到着したのに到着したと言わず、敵が多い時に「少ない」と言い、敵が少ない時に「多い」と言う。これを悞軍という。犯す者は斬る』
以上の十七ヶ条を書き写して束ねると、韓信は、その一冊一冊に大元帥の印を押した。
こうしてできた法令集の最初の一冊を、まずは劉邦に献上。
残りは軍政司曹参に命じて、全ての軍門に掲示させた。
それから韓信は、劉邦の前で軍勢を動かして見せた。
「おお……!」
劉邦は、感動の溜め息をもらした。
漢軍の動きは、見事に統制されている。将の指示したがって、整然と進み、あるいは止まり、右へ曲がるも左へ曲がるも自由自在。一つの生き物のようにまとまって、少しも乱れないのである。
「こうしてみると、今までの漢軍の動きは、子供の遊びみたいなものだったんだなあ。
これなら、東に向かって楚を討伐するのにも、もう何の心配もないな!」
劉邦は、上機嫌で朝廷に帰っていった。
*
さて……その翌日のことである。
その日は、早朝から訓練を行うため、卯の刻(午前6時)に集合するよう、全軍に通達されていた。
韓信も5更(午前4時ごろ)に起きて訓練場に行くと、中軍に座って、大将たちを呼び集めた。
そこへ時報を担当する官人が来て、約束の時刻になったことを報告した。
韓信は立ち上がった。
「よし。では、まず点呼をとるぞ。
樊噲!」
「は!」
「曹参!」
「は!」
こうして1人ずつ確認していったところ……
「殷蓋!」
と呼んだ時だけ、返事がない。
よりにもよって、軍を監督する役目の監軍殷蓋が、約束の時刻に来ていないのである。
韓信は何も言わなかった。
殷蓋のことなど気にも留めていないかのように、そのまま訓練を開始した。
漢軍の将兵が訓練に励むうちに時間はたちまち過ぎ去って、午の刻(昼12時)を過ぎた頃。
殷蓋が、ぶらりと訓練場にやってきた。
と、陣門の前で、門番が殷蓋の行く手を阻んだ。
「韓信大元帥が、今朝から人馬の訓練をしております。訓練中は、どの門も大将の指示がなければ人を通すことができません。
もしお入りになりたいのなら、まず旗甲(伝令兵)にその旨を伝え、旗甲が陣門を担当する牙将に報告し、牙将から軍政司曹参様にお伝えし、軍政司が大元帥韓信様におうかがいを立てて、大元帥が許可なさる必要があります。
私たちには、門を守る責任があります。許可なき者を入れることはできないのです」
これを聞くと、殷蓋は大声で門番に怒鳴りつけた。
「どうしてこのわしが、そんな細々した面倒くさい手続きをせねばならんのだ!
小人めが、ちょっと得意になると、すぐ権力を振りかざしおって!
貴様ら、さっさと牙将に報告して、わしを入らせろ!」
門番は、慌てて陣の中へ駆け込んでいき、殷蓋が来たことを報告した。
規定通りの手続きで連絡は伝わっていき、韓信の耳にも入った。
韓信は、淡々と、巡哨官(哨戒の担当官)を呼んだ。
そして大きな火牌(正規の伝令の身分証)に筆を走らせ、ただ1文字、『進』と書き込むと、それを巡哨官に持たせた。
「これが入場許可証だ。遅刻してきた者を中へ入れろ」
巡哨官が陣門に行き、通行が許可されたことを伝えると、殷蓋は悪びれもせず、それどころか逆に目を怒らせて、悠然と陣の中へ入っていった。
やがて殷蓋は、大元帥韓信の本営に来ると、形ばかりの長揖(敬礼)をしてみせた。
韓信は、殷蓋へ冷ややかな目を向けた。
「漢王陛下は、昨日あのように詔なさった。私もまた、固く法令を定めた。
汝は、軍を監督する監軍の職にありながら、どうしてこうも遅れてきたのだ。
……今は何刻か?」
韓信が、時報の担当官に目を向けると、すぐさま、
「未の刻(午後2時)近くです」
と答えが返ってくる。
韓信は、あくまでも淡々と続ける。
「私は、卯の刻に来いと命令したはずだ。それを、午の刻の終わり際になって来るとは、どういうつもりだ?
なぜこうも軍令を軽んじる? 汝は斬罪に値する」
斬罪、と聞いてもなお、殷蓋は少しも恐れた様子を見せなかった。
「いやいや、確かに大元帥のご命令は聞きましたが、今日たまたま遠方から親しい人が訪ねて参りましてな。当然の礼儀として、酒を出し、もてなしていたのです。
それが遅刻の理由でござる。罪をお許しくだされい」
と。
韓信は左右の兵に一声命じた。
「縛れ」
兵が殷蓋に殺到した。
あっ……と殷蓋が顔色を変えたが、もう遅い。兵はたちまち殷蓋を地面へ突き倒し、後ろ手に縄をかけて、拘束してしまった。
殷蓋が喚く。
「何をするかっ!」
「黙れッ!」
韓信が、ここで初めて怒声を発した。
切りつけるような一喝に、殷蓋が思わず震え上がる。
韓信は怒涛の勢いで殷蓋を責め立てる。
「汝は聞いたことがないのか!
大将たるものには、私事を捨てて任務に励む責任があるのだと!
任命されたその日から家のことを忘れ、親のことを忘れ、太鼓の合図を聞けば我が身のことすら忘れる……それが大将の道だ!
汝は主君から禄を受けた身。
なのになぜ親子親戚などを言い訳にして国家の業務をないがしろにするのか!
……軍政司曹参よ!」
横に控えていた曹参が進み出た。
「はっ」
「殷蓋は、命令に反して遅刻した。この罪はどうするべきか?」
曹参は、きっぱりと答える。
「軍で約束したにも関わらず遅れてくるのは、漫軍の罪。
斬って、他の将兵に軍令がきちんと履行されていると示すべきです」
「よし。では、殷蓋を陣門に引き出して、すぐに斬れ!」
命令を受けた武士たちが、すぐさま殷蓋を引きずって連れていく。
予想だにしなかった急展開で、殷蓋は魂が体から飛び出るほどに驚き慌てた。
陣門まで引かれていく途中、殷蓋は、樊噲が立っているのを見かけ、必死に目配せして助けを求めた。
だが樊噲は、つい先日、軍法違反の罪で斬罪になりかけたばかりである。
軍法が怖くて、ただ殷蓋を見送ることしかできなかった。
(つづく)