龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
さて。
この様子を見ていた人が、慌てて朝廷へと馬を走らせ、劉邦に事態を報告した。
というのも、この
劉邦は、話を聞くや、大慌てで
「聞いたか! 韓信は
「いいえ、ございます。
総大将の命令がきちんと守られなければ、どうして敵に勝つことができましょうか。
もし
韓信が
しかし劉邦は食い下がる。
「
「『軍法に
漢王様、天下国家を治めようというのに、どうして親しいか
「でも、でもだな、でも……」
劉邦は必死に言葉を尽くしたが、
そうこうするうちに時間が過ぎていく。
早くしなければ
焦った劉邦は、大急ぎで
「
*
陣門までたどり着いてみれば、今まさに
「待て! 漢王様の
叫びながら
が、その直前で、門番の兵たちが立ちふさがって、
「大元帥の命令です! 軍中では馬を走らせてはいけません!」
そして、あろうことか
門番たちが、韓信にこう報告した。
「
そこで我々は、ご命令を守って捕縛して参りました」
これを聞いた韓信は、
「軍中には、馬を走らせて入ることを許さない。これは、悪意ある者によって陣営が脅かされるのを防ぐためだ。
私が思うに、漢王陛下の
門番が、うなずいた。
「はい。
「ふむ」
と、韓信はアゴに手を当て、考えこんだ。
軍政司
「軍中に馬で入ることは許さない。この禁止事項を、
「軍門で馬を走らせるのは、
韓信は、うなずいた。
「そうだな。
しかし、
だが、軍法を正す姿勢は示さねばならん。
そこで、
かくして……
もちろん
この生首を見て、漢軍の将も兵士も震え恐れ、誰一人として大声でしゃべらなくなったのだった。
*
なんとか一命を取りとめた
「臣が
しかし、
もし
劉邦は、思わず玉座から腰を浮かせて激怒した。
「なんだと! この俺が、
ここで
「『将、外に
大将というものは、軍中においては主君の命令すら拒否して、独自の指揮を行う権限を持つ。これはまさに大将の道なのです」
劉邦は、まだ納得のいかない顔である。
「じゃあ、
「権力のある高貴な者を殺すことで、人々の心を脅すためでしょう。
こうして、どんなに高貴な者でも処罰されるということを示せば、漢軍の将兵は、ただ大元帥のことのみを気にして、敵国のことを気にしなくなります。
韓信は、うまくやってくれております。
と、ここで
「韓信は、非常に厳格に軍を引き締め、大将としての道をしっかりと守っております。
臣は従者を斬られてしまいましたが、むしろ韓信に心服いたしました。いつか
漢王様、ここは
韓信の厳格な処置を漢王様も支持していると知れば、諸将はますます慎み、軍はみな規則を守り、軍勢はさらに威勢を増すと思われます」
「うーん、そうか……」
劉邦は、
*
その日、劉邦の近臣が、酒と羊肉を持ち、
韓信は、全軍の将兵とともに、
『将たる者は、軍において専権を任されている。
軍法がなければ三軍を制御することができず、明確に法を執行しなければ人を心服させることができない。
だから、かつて
法は、愛情によって
汝、韓信大元帥も、
しかし、法は親しさによって歪められてはならない。ゆえに汝は
汝の法の用い方は、まさに孫武と同じである。
汝は、大将としての道を深くつかんでいる。
そこで、
これからもますます心を励まし、将兵を団結させ、早く
ゆえに、この
韓信は、再拝して
劉邦に謁見すると、韓信は深く
「
劉邦は、にっこりと
「大元帥が敷いた軍令は、俺の心にピッタリ合っている。賞賛しないはずがないだろう?」
韓信は、会心の笑みを浮かべた。
「臣は大元帥の職を受けました。千万の人命が、この臣の身にかかっております。
厳格な法がなくては、どうして三軍を
もしそうなったら、臣は大元帥の職など務めきることができなくなります。
そこで昨日、陛下は
そのおかげで、軍法は守らねばならないのだと、全軍の大将や兵卒が認識したのです。
陛下は、臣がやろうとしていることを理解したうえで、的確な手助けをしてくださいました。このご恩に
韓信は丁重に再拝し、劉邦の前から退出していったのだった。
(つづく)
■次回予告■
軍規厳しくいきわたり、漢の三軍みごとに熟す。今こそ
だが
次回「龍虎戦記」第三十四回
『桟道、修復できません!』
●注釈
(1)
『
その関係については、劉邦のセリフの中で『殷蓋乃寡人至親(
(2)
『将、外に
これは孫子の発言に由来する言葉である。「史記・孫子呉起列伝」に『将在軍、君命有所不受(注釈3で詳述する)』とあるほか、「孫子・九変」にも次のように記されている。『将受名於君、合軍集衆(中略)君命有所不受(将が君主から
古代の中国において、軍の統帥権はあくまでも君主が握っていた。軍には君主配下の官僚が監督として同行していたし、前線での戦いに君主がいちいち使者を送って口出しすることもしばしばであった。
現代のような瞬時に情報を伝える手段など存在しない時代である。こうした戦い方がいかに非効率か、そして軍事に
(3)
『かつて
このエピソードは、「史記・孫子呉起列伝」に記されている。
孫子(孫武)は
「孫先生の兵法書13
「よいでしょう」
というわけで、宮中の美女180人を集め、孫子に訓練を実演させることになった。
孫子は美女を2隊に分けて
「汝ら、心(胸)と左右の手と背中を知っているか?」
「知っています」
「では、今から合図の太鼓を叩く。『前』の合図で心を見よ。同様に、『左』で左手、『右』で右手、『後』で背中を見るのだ」
「分かりましたわ」
孫子は太鼓を叩かせ『右』の合図を出した。しかし美女たちは、面白がって大笑いするばかり。
孫子が言う。
「約束が明確でなく、命令も十分に伝わっていませんでした。これは大将の罪です」
そして再びさっきの約束事を説明した。くどいほどに念を押したうえで、孫子は『左』の合図を出した。美女たちは、またも大笑い。
孫子が言う。
「すでに約束が明示されているのに、その法に従わないのは、官吏や兵士の罪である。よって部隊長2人を斬る!」
一転、その場の空気が凍り付いた。
「もういい! 貴公が上手く兵を用いることは、もう分かった! その姫たちがいなければ、私は食事の味も分からなくなるほどなのだ。斬らないでくれ!」
しかし孫子は、これを一蹴。
「臣はすでに将に任命されました。将が軍にあるときは、たとえ君命であっても受けないことがあるのです」
そしてとうとう、2人の
場がしんと静まりかえったところで、孫子は次席の姫を新たな隊長に任命し、同じように太鼓の合図を出した。美女たちは誰一人として私語を発せず、左右前後すべて命令通りに動いた。
孫子は平然と呉王
「これで軍隊は整いました。こちらへ降りてきて、試してごらんになりますか? 王のお望みとあらば、この者たちは火の中でも水の中でも飛び込んでいくことでしょう」
……というのが、劉邦が言及した逸話の内容である。
その場で誅殺されてもおかしくないほどの大胆かつ苛烈なデモンストレーション。しかし呉王