龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
韓信は、朝廷から本陣に戻ってくると、すぐに
「
調練も順調に進み、我らが三軍はよく熟してきた。
いよいよ出陣しようと思う。よろしく頼みますぞ」
「おう! お任せあれい!」
韓信は大きく、うなずいた。
「では、さっそく仕事を頼みたい。
まずは
このままでは、我が軍を動かすことができない。
そこで
期限は1ヶ月だ。間に合わなければ、軍法によって処罰するぞ」
「いっ、1ヶ月!?」
思わず叫んでしまってから、
「い、いや、違いますぞ、別に大元帥の命令に
あの
1ヶ月やそこらで、一体どうやって補修すればいいんです?
大元帥。俺を罠にハメて殺すつもりなら、こんな回りくどい手を使わなくても、この場で殺してくれりゃあいいじゃないか!」
慌てふためく
「いやいや。困難な仕事を前にして、挑戦もせずに逃げ出すのは不忠というものですぞ。
ただ通過するだけでもあれほど苦労した
しかし、これ以上
それが怖くて強くも言えない。板挟みの
「ううっ……分かり、申した……
なんとか、やってみます……」
後に残った韓信は、なぜか、笑いをこらえるのに必死である。
「ふ……うふふっ……
悪いことをしてしまった。ちょっと、からかいすぎたかな? ふふふふふ……」
*
それからまた、しばらくの時が過ぎた。
この頃には、韓信による人馬の調練も、完成と言える段階にまで達していた。
軍旗を左に振れば左へ回り、右へ振れば右に回る。前に振れば前進し、後ろへ振れば後退する。
4つの陣を合わせて1つにすれば長蛇の形を
前進と後退は規律正しく行われ、進路を開くも閉じるも自由自在。
軍旗による指揮は明確で、合図の
陣立ての長さ広さに毛先1つほどの誤差も無く、見る人は
それほどの仕上がりである。
「よし!」
と手応えを得た韓信は、朝廷に出て、劉邦に
「臣は、
それが今日、ついに完熟いたしました。
陛下、どうぞお越しになり、仕上がりをご覧くださいませ」
劉邦は、不思議そうな顔をした。
「いやあ、ついこのあいだ、大元帥が上手く人馬を制御する所を見たばかりだぞ。
その大元帥が完熟したというなら、実際よく仕上がってるんだろう。今さらもう一度見るまでもなかろうよ」
そこへ
「いえ、ここはぜひとも、陛下がみずから行って、ご覧になるべきです。
大元帥がどれほど規律よく兵を用いるか、その目で見ておかれましたら、
「なるほど、それもそうだな」
*
というわけで、後日、劉邦は百官を引き連れ、再び軍の陣中へやってきた。
韓信は、他の大将たちとともに劉邦を出迎え、劉邦を高い台の上へ登らせた。
この高さから見下ろせば、全軍の様子が手に取るように分かる。
四方の人馬は
前進、後退、左折、右折、どんな激しい動きをしても、陣形は全く乱れない。
一挙一動、なにもかもが軍法にもとづいて行われている。
劉邦は、おおはしゃぎで韓信に顔を向けた。
「すごいぞ! 大元帥の用兵は、
今すぐ軍を出して東に向かおうぜ!」
韓信が、穏やかに
「お待ちを。
陛下の方からは日時を問わないでくださいませ……
韓信の口ぶりと、意味ありげな目線を受けて、劉邦は、ハッと小さく息を飲んだ。
「そうか……何か策があるんだな?」
これ以後、劉邦が再び出発の日時を問うことはなかった。
さて、劉邦が台から降りると、近臣たちが食事の準備を整えていた。
見れば、数え切れないほどの山海の珍味が、机を埋め尽くしている。
劉邦は、ニコニコと上機嫌に身を乗り出した。
「おーっ、美味そうだなあ! この料理もいいな! それから、これと……」
と、劉邦は、ほんの数皿だけ自分のところに取って寄せると、残りを指して言った。
「うーん、1人じゃあ、こんなに食べきれないなー? どうしようかなー?
あっ、そうだ! 韓信大元帥! 他の料理は、みんな貴公に差し上げよう。遠慮するなよ。ほら、座って座って!
他の大将たちも、兵士のみんなも、よくこれほどに仕上げてくれた!
これには漢軍の将兵も大盛り上がり。
この劉邦の気さくさ、気前の良さ。こういうところは、一国の王となった今でも、
みな、訓練で乾ききった喉を、ふるまい酒で
*
……が。
そんなふうに盛り上がっているとは
もちろん、
だが、山の険しさは、以前に通った時と
岩石が天まで
だんだん
「まさか韓信の野郎、
こんなちょっぴりの
そうは言っても、
とりあえず地形を確認するべく、
そこから
その地形の
「こんな
ましてや1万人で1ヶ月だなんて、どう考えても
しかし
「俺もそう思うが……韓信の軍令は厳しい。しかも、漢王様は韓信を深く重んじておられる。
もし命令を
あーあ……恨むぞ、張良先生よぅー。先生が
(つづく)