龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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五の上 戦神項羽、ここに立つ!

 

 

 項羽、という青年をご記憶だろうか。

 かつて始皇帝の行列を見て、「俺が殺してやる!」と剣を抜いた、あの血気盛んな若者である。

(第三回参照)

 

 その後、始皇帝の追及を恐れた項羽は、叔父の項梁(こうりょう)とともに逃亡し、会稽(かいけい)郡(現在の浙江(せっこう)省)に隠れ暮らしていた。

 

 その会稽(かいけい)に、太守の殷通(いんとう)という者がいた。

 

 太守とは、郡の責任者である。

 始皇帝が整備した郡県制においては、中国全体をまず48の郡に分け、その下へ、さらに細かな行政区画として県を置いていた。現代日本では県の中に郡が設置されるが、それとは上下関係が逆なわけだ。

 だから、郡を統べる太守というのは、県令よりもさらに格上。ほとんど一国の王に匹敵するほどの、相当に強大な権力を持つ役職であった。

 

 その太守殷通(いんとう)までが、

「私も(しん)に背いて反乱軍を旗揚げしたい……」

 と考えていたのである。

 

 そこで殷通(いんとう)は、項梁を招き寄せて、こうもちかけた。

「近ごろ(しん)の世を滅ぼそうとして、豪雄(ごうゆう)たちが蜂のように湧き起こっている。

 私はこの地をきちんと治めているし、民はしっかりと心服している。だから今こそ兵を起こして、私も大義を為すために立ち上がろうと思う。

 さいわい御辺(ごへん)がここにいらっしゃった。願わくは、私を補佐して共に功を立てていただきたい」

 

 項梁(こうりょう)は、表面上、これを快諾した。

 だが、家に帰るなり、(おい)の項羽にこうささやいた。

 

「男たるもの、自ら立って事を為さねばならん。どうして鬱々と他人の下に身を屈していられようか。

 私は殷通(いんとう)をよく観察したが、あれは大志を持たぬ男だ。王業を為せるような人物ではない。

 ならばいっそ、奴を殺して会稽(かいけい)城を奪い取り、あちこちの兵力を駆り集めて、早く事を起こしてしまうと思う。

 私は明日、お前を連れて殷通(いんとう)の前に行き、計略の相談をする。

 お前は(ふところ)に剣を隠しておき、手早く刺し殺せ」

 

 項羽が

「分かった!」

 と元気よく同意して……

 

 翌日。

 項梁(こうりょう)と項羽は、ともに殷通(いんとう)に会見した。

 みなで(しん)()つ方策を話していたところ……とつぜん項羽が、カッ! と目を怒らせた。

 

()の大将であった俺の祖父項燕(こうえん)は、かつて(しん)に殺された。だから(しん)不倶(ふぐ)戴天(たいてん)の敵だ。

 しかし殷通(いんとう)! お前は長いあいだ(しん)から(ろく)をもらって会稽(かいけい)の太守をやっていたのだろう。

 それなのに今、反逆を(くわだ)てている。これは不忠というものだ!

 俺がお前を殺して、不忠は良くないという見本にしてやる!」

 

 項羽は剣を抜き、一太刀(ひとたち)殷通(いんとう)の首を()ねてしまった。

 

 そして、うろたえる人々に向かって声をはりあげた。

殷通(いんとう)は郡の太守だったのに(しん)(そむ)こうとした。

 だからもう殺した!

 今から項梁(こうりょう)会稽(かいけい)の太守とする! 従わない奴は、みんなこの首のようにしてやる!」

 

 周囲の人々は、震え上がって地にひれ伏した。

 

 そこへ、殷通(いんとう)の部下であった二人の大将、季布と鍾離昧(しょうりまい)が駆け込んできた。

 大将たちが怒って言う。

 

「よその国に来て(あるじ)を殺し、国を奪って自分が(あるじ)として立つ……それは義の行いではない! なぜ殷通(いんとう)を殺したのだ!」

 

 項羽は言った。

殷通(いんとう)は反逆者だ。

 項梁(こうりょう)は義の君主だ。

 今、この大陸は乱れている。(しん)の土地を借りて()(あだ)を討つのは天下の大智というものだ。

 御辺(ごへん)ら二人も、もし俺に従ってともに暴秦(ぼうしん)を倒し、滅ぼされた六国を再興したなら、みんなから万世不朽の功を讃えてもらえるぞ。なのにどうしてグズグズと殷通(いんとう)みたいな小物にこだわっているんだ」

 

 二人は顔を見合わせた。

 もともと殷通(いんとう)に反感を抱いていたのか、あるいは項羽の強さを恐れたためか。理由は判然としないが、ともあれ、季布と鍾離昧(しょうりまい)は揃って項羽に再拝した。

「あなたの義兵に参加させてください。民を苦しみから救いたいのです」

 

 項羽は喜び、この二人を都騎(とき)に任命した。

 

 「項梁(こうりょう)、立つ!」の噂は風のように広まり、周辺の郡県が情勢の流れを見て帰服してきた。

 こうして、10日も経たぬうちに、項羽・項梁(こうりょう)は数万もの精兵を得たのである。

 

 

   *

 

 

 項梁(こうりょう)配下に加わった季布と鍾離昧(しょうりまい)は、すぐにこう進言した。

 

「軍を立ち上げるなら、まず武勇と戦略に優れた大将を得て、それと力を合わせるべきです。そうでなければ孤立してしまい、功をなすことはできますまい。

 会稽(かいけい)にある塗山(とざん)(ふもと)に、于英(うえい)桓楚(かんそ)という二人の勇士がおります。彼らは八千の精兵を従えて山林に住み、盗賊などして暮らしています。

 この二人を招いて大将となさいましたら、大きな助けになりましょう」

 

 項梁(こうりょう)は限りなく喜び、

「項羽。お前みずから行って招いてこい」

 と命じた。

 

 項羽はすぐさま出発し、季布を案内人として塗山(とざん)にやってきた。

 二将の拠点に近づくと、まずは弁舌(べんぜつ)に優れた者を使者として送り、こう述べさせた。

 

()の大将項梁(こうりょう)が、武将項羽をあなたがた二将軍のもとへ(つか)わした。戦うためではない。大義について話し合い、民を救うためである」

 

 于英(うえい)桓楚(かんそ)は、急いで出てきて項羽に対面した。

 

 会見の席で項羽が言った。

(しん)は無道をほしいままにしているから、英雄たちが蜂のように立ち上がり始めている。この残虐暴虐を天下から取りのぞいて民を塗炭(とたん)の苦しみから救いたいと願わぬ者はいない。

 あなたがた二将軍には、世に(まれ)な才能がある。だから天下のために害を取りのぞく義務があるんだ。なのになんで山に隠れて日々を無駄に過ごしてるんだ?

 俺は叔父の項梁(こうりょう)とともに兵を起こした。(しん)を倒して、滅びた六国の(かたき)を討ち、民を救いたいと思っている。

 前々からあなたがたの名前は知っていたよ。尊敬もしていた。だからこうしてみずから来て大義を説いているんだ。

 もし俺たちと力を合わせて王業を為そうという気持ちがあるなら、山を下りてきて項梁(こうりょう)を助けてくれ!」

 

 桓楚(かんそ)は低くうなった。

(しん)が無道なのは確かだが、勢力はまだまだ強い。

 君は義兵を起こしたと言うが、力が足りないかもしれん。意気が世を(おお)いつくすほどの英雄でなければ、(しん)には(かな)うまい。

 だから、君の勇気と力を試させてほしい。

 もし君が万の軍勢にも匹敵するほどの力を持っているなら、我ら二人とも君に従おう。そうでないなら……君の話は、『虎を描きて成らず、かえって犬に類す』みたいなものだ」

 

 『画虎不成、反類狗』――虎を描こうとしたが画力が足らず、犬みたいになってしまう。力が足りないのに分不相応の事業に取り組んで、大失敗してしまうことの(たと)えである。

 

 こういう言い方をされて、引き下がれる項羽ではない。

「よーし、やってやろうじゃないか。何をすれば信じる?」

 

 桓楚(かんそ)が言う。

「そうだな……この山の(ふもと)()王(古代の聖王)の(びょう)がある。そこに石でできた巨大な(かなえ)(足が3本ある器)が置かれているのだが、その重さは何千(きん)あるか分からないほどだ。(千(きん)で約250kg)

 もし君がこれを押し倒して、また立て直すことができたなら、その力は天下無敵と言えるだろう」

 

 項羽は荒く鼻息を吹いた。

「じゃあ行くぞ!」

 

 

(つづく)




●注釈
 鍾離眜(しょうりまい)は、「通俗漢楚軍談」では全て「鍾離昩」と表記されている。が、一般的には鍾離眜(しょうりまい)の表記が多いかと思われるので、そちらに統一した。
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