龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
一方、こちらは漢軍の陣。
韓信は、漢軍の諸将を集めて言った。
「さて。
ああして我が軍の
敵の裏をかくための布陣を申し伝える。
汝ら2人は、3千騎で、北から来る
「はっ!」
「おうっ!」
「
「承知!」
「お任せを!」
「私、韓信が指揮する中軍は、本陣を抜け出し30里後退して待機。
敵の主力は、
そこで……
お前たちは、精鋭5千騎を率いて本陣の左に伏兵せよ。
そなたらも、同じく精鋭5千騎で本陣の右に伏せるのだ。
これで完全勝利できる!」
厳しい調練で
そして日が暮れるころには、とどこおりなく全員の配置を完了していたのである。
*
そうとは知らぬ
北門からは
南門からは
そして西門からは
3方向に分かれての同時出撃である。
こうして、
「行くぞ!」
と
が。
兵の姿ひとつ見えない。
「しまったっ……やられた!
敵の計略だ!
その時である。
すさまじい猛攻。射こまれる矢は、さながら空を埋めて飛び交う
そこへさらに、本陣の後方から韓信率いる大軍までもが突入してきた。
周囲を漢軍に囲まれて、なすすべもなく各個撃破されていく
戦死者の数は、もはや数えきれないほどである。
地獄のような激戦の中で、
その時、一本の矢が飛来した。
「ウオォッ!?」
叫ぶ
「
左右の大将たちが、とっさに駆け寄って
おかげでどうにか落馬だけはまぬがれたものの、この負傷では、もはや武器を握ることもできない。
このままでは全滅である。
*
一方。
廃丘の北門から出撃した
同様に
道の途中で、孫安が不意に馬を止めた。
「
「なんだ」
「さっきも言ったが、韓信の軍が急に
不用意に飛び込めば、敵の罠にまんまとハメられてしまう。
いったんこの場所に留まって、合戦の様子をうかがったほうがいい。
そうすれば、味方が罠にかかって負けた時、我らが中央の道へ出て、追撃してくる敵を食い止め、味方の敗軍を救出することができる。
もし本当に漢軍が
「しかしなあ。
ここに留まっていたら、軍令違反の罪に問われてしまう」
もっともな心配である。
しかし孫安は熱弁した。
「大将たる者の道は、『彼を知り
この
私が見るに、韓信の用兵の技は、かつての
「……そうだな。
わかった。ひとまず足を止めて様子を見よう」
こうして
結果として、この判断は大正解であった。
しばらくすると、中央の本隊から早馬が飛ぶように駆けてきたのである。
「漢軍は、夜襲に備えておりました! 味方は
どうか、お早く中央の道に出て、
孫安が叫ぶ。
「それ見たことか! 私の言ったとおりだ!」
見れば、
そこへ
道を
*
韓信は、
「兵を後退させよ」
と命令を出した。
横にいた文官
「
ここは、はやく追いかけて生け捕りにすべきではありませんか?
あんな少数の救援を見て追撃をあきらめるとは、なぜなのです?」
韓信は、いつものように薄く
「兵法に『
しかも、時刻は深夜。地の利もない。
もし敵に伏兵があったら、ここから逆転負けをする可能性さえある。
今夜の戦果としては、もう十分だ。今が
かくして、韓信は
(つづく)
■次回予告■
怒涛の猛攻を続ける韓信。奇策によって廃丘の
次回「龍虎戦記」第三十九回
『三秦平定』
●注釈
(1)
夜襲に備えて配置を決めるシーンで、
この
この混乱が「軍談」にも影響したと見えて、回によって両方の名前が使われてしまっている。たとえば第三十四回や第三十七回では『
このままでは読みにくいため、本作では初登場時の名前である
(2)
張倉という将(文官)が登場した(名前だけは第三十五回でも挙げられている)。「通俗漢楚軍談」や「西漢通俗演義」では『張倉』だが、「史記」など史書での表記は『張蒼』。劉邦の下で働き続け、後に漢の
今回の注釈でたびたび触れたように、「軍談」「演義」には、史書から微妙に名前を変更された人物が何人もいる。
(3)
「孫子」からの引用が複数あるため、まとめて紹介する。
『彼を知り
『