ぺとりこーる 作:サカサマ
仰向けに横たわる。全身にのしかかる泥のような重さ。呼吸すら重く、身体が自分のものではないようだった。呼吸により静かに胸が上下するが、それすら少し苦しかった。そんな不快感に包まれたなか、目が覚める。
「……っ」
長らく光を目に入れていないからか、頭上にある光に目を細める。それもすぐに慣れ、病的に白色な天井が目に入った。
ホロウを出た途端に気絶して、おそらく今は病院のベッド。目覚めて呟くことなんて、決まりきっているのではないだろうか。
「…知らない天井……」
決まった……。その一言に思わず目を閉じて噛み締めた。感慨深いな。前世からの夢がこんなところで叶うとは。しかし、こんなところ人に見られたら死んでしまうかも。
「お兄ちゃん聞いた!? 本当に知らない天井だ…なんて言う人いるんだね〜」
「リン、あんまりうるさくしないようにね。あ、ナースコールはもう押したから、安心していいよ」
両隣から声がした。私は自分でも信じられないほど素早く枕に顔を埋める。仰向けから体を反転させるだけでも、痛烈な痛みが走ったが羞恥心が何よりも勝っていた。
「結構元気だね。大丈夫かい?」
優しそうな声が頭上からする。そして、聞き覚えのある声だった。随分と最近に。顔を少し覗かせるように向けた先には…顔の整った容姿端麗な青年がいた。
「…プロキシ?」
「ああ。君のプロキシ、アキラだ」
はて、私の記憶のプロキシは紺色寸胴のオレンジスカーフとウサギのような耳が特徴的な…ドラム缶みたいなやつだったはずだが…。しかし声の主の男は細い目に灰色の髪をした優しげな子だった。
埋めた枕から離れ、仰向けの楽な体勢になる。すると青い髪をした女の子がベッドを少し起こしてくれた。誰だろう。うんうんと唸りながら考える。誰だろうと。
「…背が伸びた?」
と思わず口にしてしまい、すぐにそんなわけないかと思った。プロキシは意図を汲み取ったのか、ああと頬を掻いて答えてくれる。
「あれはホロウに入るためにボンプに接続していたんだ。本来はこっち」
へえ、と応えて気になっていた女の子の方を見る。青い髪が特徴的で活発的そうな子だ。でも発言を馬鹿にしないで……。泣くから。
「お兄ちゃんの妹、リンだよ。さっきはごめんね、あんなこと言う人いないと思ってたから」
それ以上やめてくれ。また枕に顔を埋めていると横開きの扉がコツコツとなった。女の子…リンがどうぞー! と元気よく声を出して、扉が開き白衣の女性が入ってきた。
ナースコールに呼ばれたのだろうか。ナースコールというのでナースさんが来ると思っていたが、全然それらしくはない女医さんが入ってきた。
気のせいでないのなら、服のところどころがツギハギ、汚れているようにも見えるその服に違和感を覚える。というより、今更ながら周囲の施設も少し古いように見える。ベッドこそ清潔に整えられているが、それを囲むカーテンはところどころ裂け、壁には黒くヒビが入り、ベットについている金属手すりは少し赤茶色く錆びていた。手で撫でるとザラザラとしている。
ここ本当に病院か、と訝しんでいるとアキラと名乗った子が口を開いた。
「ええっと、君や僕らみたいな人たちは正当な理由がないと病院にも行けなくてね。特にエーテル侵食は事情が細かく記録されてしまうし……」
「……はぁ!?」
「今日一元気な声なんじゃない? 6号」
え、じゃあこの人たち怪しい病院を騙ってるかもしれないところに連れ込んだの? やばくね? まずくね? これ本当に治る? てかどこ直すん?
身体のどこに異常があるんだと脱ぎやすい病衣を投げ捨て、患部を確認する。視界の端でアキラの目がリンに潰されていたがそんなことはどうでもいい。
エーテル侵食と言っていた結晶の生えていた部位、腹と肩は飛び出た結晶を削り取ったのみで未だ皮膚は結晶に侵されていた。本来身体にあるはずのないその虹色の輪郭をもつ黒色の結晶に、嫌でも予想がつく。
「……これ、切るしかないよね」
ぼんやりと結晶をなぞった指先が止まる。確信と共に、ひやりとしたものが背を這い上がった。
手早く手術台に乗せられ、注射器が動脈に静かに刺さる。
そして、問題が起きた。
それは手術が開始してから5分と経たずに判明したことだ。どうやら私、6号の身体は麻酔が効きにくく、手術をするのなら実質麻酔なしの手術になるそうだ。意識が飛ぶかと思った。
正気か? 麻酔が効かないってなに? ゾルディック家かなにか? くそぅあ…なんで飛ばねぇんだ意識!
エーテル侵食を取り除くのなら、肩の肉をわけて取り除き、腹を開いて取るのだろう。そんな手術に麻酔がない。ありえないだろう。無理だと伝えると、医師らしい女性が口を開いた。
「…あなたのエーテル侵食は結晶化まで進んでいる。このまま放置するのなら皮膚や内臓がエーテル結晶との合併症で未知の病にかかることになる。今でもエーテルは解明されてないのだから」
そんなことを言われてしまったら、拒否なんてできない。死ぬほど痛い思いをするか、遠い先で苦しんで死ぬか。選び難い選択に、しかし私は未来を選んだ。こんなところで死んでたまるかと。
手術台に、囚人を拘束するようなベルトで四肢を固定される。その上から恐怖感を煽るように緑色の布が被せられる。医療ドラマなんかで腹を開くような手術の時に患者にかけられてるアレだ。施術をする腹の上は布に穴が空いているらしく、少し寒く感じた。
「…これ、私たちいたらダメじゃない?」
場違いな声が聞こえる。
「人手が足りないの。道具をとって私に渡すだけ。割引してあげるから手伝いなさい」
「…6号……」
不安そうに見つめるプロキシに、少し目配りして目を閉じる。これから麻酔なしの手術なんだ。不安が伝播しないようにキュッと閉じている目から力を抜く。
リラックスが大事だ。多分。
目を閉じると、代わりに耳が周辺の音をよく拾う。カチャリカチャリと金属同士の当たる音や足音、布が擦れる音、不安そうな呼吸が二つ、落ち着いた声が少し、そして穏やかになる身近な心音。
思いの外、落ち着いていることに驚いた。
開始の声と同時、腹に針が刺さったかと思うと、それが線を引いていくようだった。痛みよりも、引かれた線をなぞるように熱さがまとわりついてくる。少し遅れて激痛が知らされ、反射的に手足が跳ねた。
「っあっぁああああ!!!」
声が、喉から裂けるように飛び出した。
意識は波打つ痛みに叩かれ、暴れる身体は拘束具に軋んだ。拘束によりそう動くことはできないが、動かせる指や関節の多くが暴れ出す。痛みから白目を剥きそうになるが、そこに女医の指示で丸められた布が入れられる。猿轡というものだろう。叫ぶことができなくなったが、腹を割かれる痛みをどうにかしたかった。
噛むものが口内にあると、叫ぶよりもそれを噛むことに切り替わり唸るような声が出ていく。腹はどんどんと熱を帯びてその度に痛みが走りもはや何が行われているかなんてわからない。
そんな激痛のなか、不思議な感覚に襲われた。
激痛が走るたびに、神経が体の節々まで伸びるようだった。身体の隅々まで明るくなるように、電気が神経の管を通って指先までぴくりと揺らす。
ああ、私はまだこの体を知らなかったんだ。
体が自分のものでないように感じていたのは、認識のズレがあったから。今、痛みが走ることで隅々まで電気がわたり、身体のズレが修正されていく。痛みによって自分の体がどれほどの大きさでどこにあるのかがわかっていく。理解が進むことを激痛とともに知らされた。
呼吸がままならない。口に入れられた布を噛み締めるばかりで、痛みから肺が動いていないようだった。
やば、いかも。
意識が白く飛んでいく。ようやく認識し始めた身体の端から感覚が消えていく。手術前はそれを望んだはずなのに。
今はダメだ。今は意識を保たないといけない気がする!
「6号!」
感覚の消えかけていた両手に、刺激が与えられた。柔らかいけど、どこか硬い。それでいて細い。これは、手だ。
プロキシ兄妹が両方の手を握ってくれているのだろう。意識が消え入りそうななか、その手を握り返す。二人の手は不思議なくらい暖かい手だった。私は血が抜けているからそう感じるのだろうか。
手に意識を向けながら痛みに布を噛み締める。何時間そうしているかわからなくなるほど長く、それでいて短いような時間だった。そうして手術は終わったのだった。
女医さんがのちに話してくれたのだが、結晶は皮膚と筋肉を少し削ったあたりで侵食が止まっていたらしい。本来あり得ないことらしいが、奇跡だと言葉をつけて私を喜ばせてくれた。
手術後には人工の皮膚が縫合された。
手術したあと、少し休む時間と他に問題はないか確認し、ベッドで休む。手術を受けた後の体は重くいまだ痺れているようだった。シーツの上で体を動かすたびにギシギシと音がした。
痺れが取れると動き回れるほどに体調は良好であった。手術後というのが冗談のようだった。端の方で兄妹と医者さんがドン引いていたが。
その後、なかなか手早く病院を叩き出される。まるで厄介払いのような扱いにムッとしたが、アキラが言うには手術をしっかりしてくれただけ僥倖だと。アングラな病院もどきだから納得したが、一日そこら寝かせてくれたっていいだろうに。
二人の案内で六分街という街へ案内され、二人の営業していると言うビデオ屋に案内された。
普通のお店の裏、暗がりなお仕事をするとは、なかなかロマンというものをわかっている二人だなと感心した。もうヤブ医者に連れて行ったことを許すくらいに。
「改めて、退院おめでとう! 即日返却みたいな流れだったけど」
ありがとうと返して、後半部分には確かにとはにかむ。雑な仕事をされた訳ではないが、病院としては雑なんじゃないだろうか。
「うん、ホロウで見た時よりも印象が柔らかくなったような気がするね」
アキラが腕を組みうんうんと嬉しそうに言う。妹がたしかに! と元気よく相槌を打ち、和やかな雰囲気に思えた。こじんまりとした店内とこの雰囲気は悪くないようで、適当なビデオの棚を見ると。
「映画でも見る? 何が好き? アクション? ホラー? それとも泣けるやつ?」
「いーや、落ち着けるドキュメンタリーが一番さ。ほら、回復期ってやつだ」
二人の慣れた言い合いにクスクスと笑ってしまう。
なんだかいいなぁ。どこか兄弟姉妹の関係が懐かしいように思えて、記憶が明滅したが嫌な連想を断ち切るように首を振る。
「二人のおすすめを見して。一緒にみよう」
緊張したような私の声に、喜んでと二人の声が続く。店の裏側のようなところへ連れられ、私を中央に、3人仲良く並んでソファに座り映画を2本続けてみた。
ホラーアクションではアキラの震えた様子が面白く、リンの怖がりながらもそれを醍醐味のように楽しむ姿勢に感心する。かくいう私もホラーに当てられて飲み物の消費が早かったものだが、最後には3人で仲良く手を繋いで見た。怖かった訳じゃない。
ドキュメンタリーではアキラは先ほどの言葉通り落ち着いた様子で、横顔からは真剣に見入っている様が見て撮れた。リンは眠いのか、膝の上に頭を乗せてくる。かわいい。隣に頭を預けて私も寝た。
映画を見て、ポップコーンと飲み物でお腹を満たす。そのまま寝て、起きて、雑談して笑う。ビデオ屋の会員カードも作った。
とても温かみをもらった時間だった。そして、ホロウの中に置いてきた姉妹をどうしても思い出してしまう時間だった。
やっぱり自分の姉妹ではないと理解していても、記憶はある。笑い合ったこと、みんなの名前、約束だって、鮮明に覚えているのだ。
二人の暖かさに触れてどこか感傷的に、そして孤独感を抱いてしまい、散歩に行くと一言おいて店を出た。
街の夜風が頬を撫でる。懐かしむように、夜街を歩きながら姉妹の名前を呟き、夜になり見えやすくなった星々を見て。
そうして私は、新たに生まれ直したのだ。
・全てのクローン兵士には防衛用の記憶忘却が搭載されている。致命的な怪我を癒した24時間後に原因に至る全ての記憶を忘却する。
女医さん、最初は軍医のアンにやらせてやったらおもろいんじゃ…と思いましたが、時系列的に軍から抜けたのはもっと後なんですわよね。アンにここで見つかっていたら6号の冒険はここまでになり、また実験生活ですわ。うちのプロキシがそんなことさせないが??
まあ展開的に無理だよねって無くした名残として、オリモブキャラが残りました。
そういえばツイッギーを拾ったのは元防衛軍軍医らしく、その後を知らんのですがこれはクローン技術復活の伏線ですか?
トリガーの秘話をやって設定の組み直しというか、この物語の最終的な着地点を模索していましてね。時間かかりまして。あ、着地点の検討がついただけで、別に更新スピードは変化しないので悪しからず。まあ言い訳ですわ。長々と語るから聞いていってくだいまし。
とりあえずトリガー秘話。なっかなかキツい話でした。災害の収束に努めた軍人たちの最期、侵食による後遺症、軍ならではのPTSDや上層部の決める決定への不満や死者の遺族や思い出…。
ゼンゼロはこの手の復讐のような、上位者から与えられる理不尽が多いようにも思えます。トップスが下の者たちを気にしないように、軍の上層部もそうなのでしょう。まあチェスのポーンや将棋の歩を失うことを恐れる人はいないでしょうし、そんなもんなのかな?
気づけば更新されたメインストーリー後半。
わたくしの予想ではヒューゴは胸を貫かれたところに本物のコアがあり、奇跡的に適合してホロウ外でも活動可能になるとかそんな感じかと思ってましたわ。
予想は外れましたが、皮肉りあいながら笑い合う二人を見れてわたくし満足なのです。なのです!
ビビアンの結婚市長公認なのワロタwってなってましたけど、これからこう言うヒロイン増えたりしますのかしら。アキラくんフラグが立ちすぎて物語終わったあとどうなるの。死なないでパエトーン!
アキラくんの謎パワーも今回更新を悩ませた原因ですけど、まあいいかぁ! (未来の私)よろしくなぁ! とぶん投げました。
ぶっちゃけ次々回にはパエトーンがホロウ内で戦えるようになりそうですわ。ええ、コレはマジで思います。コレばっかりは外す訳ない。なんですか。疑ってるんですか。はぁ!? 賭けますか!?
そういえば全然関係ない話なんですが、更新をしてなくても小説情報からどれくらいの人がコレを見てくれているか見える…アクセス解析というところで、毎日何件かアクセス記録がありちょっと心が痛かったです。やべ、更新せなアカン。なんか申し訳ないなってなりました。
次回…次回ね。
まあ気長にお待ちくださいまし。わたくしは感想を待ってるし、みんなも待ってくれるなら待ってください。
ツイッギーさんは何号だと思いますか? 6号の姉か妹か決まるだけですのでテキトーにお選びください。
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1〜5号
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7〜10号