ぺとりこーる   作:サカサマ

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身世

 

 

 6号の一日は、生活感の薄い白を基調としたワンルームから始まる。正確にいうのであれば越してきたばかりであるから家具も少なく、彼女の持つ家具は硬い敷布団と、寝る前に優しく光る電気スタンド、薄手の遮光カーテンが彼女の持つ家具の全てだった。

 おしゃれさ皆無、わびしさMAX。

 

 日当たりの良い部屋であるからか、カーテンを透かし窓から差し込んだ光が6号を自然に目覚めさせる。布団からいそいそと這い出て、立ち上がり背筋を伸ばし、そのまま洗面台へ。直近の苦い思い出も明滅したが、それを振り切って顔を洗い歯を磨く。諸々の出かける準備をして、やっとのことで手に入れた職場もといバイト先へ駆け足で向かうのだった。

 

 バイト先へ向かう、通い慣れてきた道を歩く。商店街は朝の光を反射し、まだシャッターの降りた店も多かった。その角を曲がったとき、視界の端にちらりとあるものが映る。

 電柱に貼られた、治安局のポスター。目を引く色彩と共に、制服姿の誰かが正面を向いて、見慣れてしまった建物も目に入る。

 不意に、胸の奥がかすかにざわついた。

 

 ——そういえば、チンイもこんな風な格好だったっけ。

 

 記憶というには朧げで、しかし忘れることもない出来事。あの夕暮れ時のことがまた静かに浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 二年ほど前。

 青衣の尋問めいた質問に6号は戸惑いながらも、ゆっくりと言葉を置いていく。真偽を問うような目線に気圧されながらも間違いのないように。

 

「…覚えてないから、知らないからっていうのはダメなんだと思う」

 

 おそらくそんな答えを求めていないだろうと知りながらしかし確認するように呟く。

 

「でももし私が何か罪を犯してるなら。青衣の懸念も…わかる」

 

 非合法な施術を受けたこと、そしてそれを受けなければならない立場であったこと。治安局として見逃せない事情があると踏んでいるのだろう。けれど今の6号は、以前の6号と地続きに続いている自覚がない。その罪も過去も他人事だと考えている。ゆえに今の6号は。

 

「…だけど、だから、今の私をみて欲しい。私は、私は…!」

 

 助かりたくて必死であった。

 

 6号の言葉が、静かに空気に溶けていく。

 しばらくの沈黙。青衣は視線を落とし、小さく一息吐いた後、彼女は顔を上げ、いつもの微笑を浮かべる。翳りや疑念は失せたように見えた。

 

「そうであるな。今のぬしに罪はない、そう言うこともできよう」

 

 その言葉に安堵しかけた6号の胸が、次の瞬間、また重く締め付けられる。

 

「……だが、我々は“今”だけを見て人を裁くことはできぬ。“過去”を調べずして“未来”を預けることもな」

 

 静かな語り口に、しかし重い意味が宿っている。6号の手が、無意識に強く握られていた。

 

「ぬしの過去は、まだ霧の中。誰がぬしにその施術を施し、なぜ記憶を失っているのか。敵か味方か、未だ定かではない」

 

「私は——」

 

「もちろん、それらが判明するまでは、ぬしを囚人扱いするつもりはない」

 

 青衣はそこでふ、と困ったような笑みを見せる。ほんの一瞬、何かを測っているような笑いだった。

 

「……我は、ぬしを信じたいのだよ。6号殿」

 

 そう言った青衣の笑顔は、本当に優しげで。まるで観光のときに感じた柔らかな空気が再び戻るようだった。

 

「それに、そろそろできている頃合いだ。戻ろうぞ、6号殿」

 

 くるりと踵を返して歩き出す彼女の背に、6号は小さく首を傾げた。戸惑いが表情に出たのを見て取ってか、青衣はふいと振り向き、いたずらを仕掛けるような笑みを浮かべる。

 

「身分証。ほしかろう?」

 

 

 

 

「…はい。それでこちらに名前と生年月日、住所は…6号さんは今治安局保護ですのでのちに変更をお願いしますね」

 

 朱鳶が手早く取り出した書類に、6号は不器用にペンを走らせる。名前欄には「6号」と記すしかなく、生年月日は——悩んだ末、直感で思い当たる年と月日を記入した。3月3日。

 思えば、この瞬間が“今の私”を決定づけてしまうのだと思った。

 

 ——私は、本当にこの名前で生きていくのだろうか。

 

 手を止めた6号を横目で見ながら、朱鳶が淡々と続ける。

 

「……というか先輩。新たに身分証を作るってありなんですか?」

 

 問いに、青衣は書類の端を持ち上げるようにしながら答えた。

 

「なに、記憶喪失はホロウの後遺症でもよくあるものだ。実際、過去にも似た例がある。記憶を失い、新たに名前を定めて生き直す者もな」

 

「……じゃあ、私はこの名前で、“6号”として、生きていいんでしょうか」

 

 思わず漏れた問いに、青衣は静かに笑った。

 

「生きるというものは、許されてするものではない。“せねばならぬ”からするものだ。名前などはその次でよい」

 

 その言葉が、なぜだかじんわりと胸に染みた。

 

「それに、この身分証は“今”のそなたのためにあるものだ。過去が戻ったとき、ぬしが望むなら、そのとき改めればよい」

 

 朱鳶がペンを片付けながら小さく肩をすくめる。

 

「その場合、また書類地獄ですけどね。ご覚悟を」

 

「……がんばります」

 

 6号は小さく笑った。

 笑うことすら、ひどく久しぶりのことのように思えたのだった。

 

 

 

 

 

 そこから3ヶ月ほど、保護期間の中で市民講習を受けたり職場を探したりして、現在。

 

「…あの、ろ、6号? 仕事しないの…?」

 

「…ココちゃん先輩。いま少し黄昏てて…」

 

 サボっているとも言うが。

 職場、もとい店舗の名前はリチャード・ティーミルク。バイトのチラシに時給120ディニーと書かれたバカくそブラックだろと思われた職場。そして治安局に隣接した職場。実際は店長の印字ミスにより単位が一つ足りなかっただけというのが真相だが、他全てのバイト採用試験に落ちた6号は絶望を抱えてそのバイトを受けた。

 

「…リチャード・ティーミルクによぉこそぉ〜」

 

「あ、あの6号、カウンターに肘ついちゃダメっ」

 

 やる気が出ないのは、別にそれが理由ってわけじゃない。仕事は仕事として受けているのなら、それをしっかりと勤めて準ずるべきだと思うし、なにより店員がダランとしていたらお店の印象にも悪い。けれど、6号は声高に叫びたい。お店も悪いと。

 何といってもこのバイト。ココと6号のツーオペ。たった二人の従業員でお店を回せるはずもなく、ココは筋金入りのティーミルク中毒で、体調不良でも出勤してしまうような、生粋のバイト戦士だった。 6号が休もうと、ワンオペだろうと業務を遂行するであろうことに慄きながらも、それの業務に付き合えるように頑張っている。

 そう、頑張った。現在バイトを始めてから19ヶ月、最後の休みを取ってから120連勤中。

 6号は開き直っている。私は頑張ったと。先輩であるココはおそらくそれ以上だろうけれども。

 

「…ティーミルク…うう、よおこそ〜」

 

「い、一応6号さんお店の看板なんだよ?」

 

 「先輩もじゃん」と目線で訴えたが、ココは困ったように首を傾げるばかりだった。両人とも見目が良く客引きとしても役立っている。治安局近くのリチャード・ティーミルクの店員さんはかわいいと、噂になる程度には。

 言葉の応酬が続く中、お客さんがやってくる。

 

「りりり、リチャード・ティーミルクへようこそ!」

 

「ん。どーも」

 

 カウンターに頬をつけたままの6号は顔を上げなかったが、そのクールでざらついた声に聞き覚えがあり、ガバリと勢いよく上体を起こした。

 

「レイン!」

 

「や。ココと6号は今日もいるんだね」

 

 何といっても休み無きバイト戦士。バイトに勤めて一年と半分、120連勤するような人なら顔馴染みもできるもの。

 

「レインは学生だってのに小金持ちだね。毎日来てるじゃんか」

 

「そんなことないよ。それに私も仕事してるから」

 

 会話の片手間にレインは注文を告げる。ココが長い詠唱のような注文を取り、嬉々として作り始めた。ティーミルクが関係すると本当に楽しそうな先輩である。

 あっ、カップに何か書いてる。

 

「トール・アイスカフェモカ・エクストラミルク・ライトアイス・ウィズ キャラメルソースです! 今日もあと一息、頑張ってくださいっ」

 

「ありがとう。二人も…うん。頑張って」

 

 気遣ったような言葉に苦笑しつつ返事する。ココも同じようで、少し苦笑いが浮かんでいた。仕方がない。このバイトは二人三脚で勤めているから。

 

「あ。そうそう」

 

 何か忘れたのか、カウンターから四歩か五歩進んだあたりで振り返り、告げる。

 

「6号によく似た人を見たよ。姉妹とかいるの?」

 

「へ、へぇ、6号姉妹いるの? カフェラテとカプチーノみたいな…」

 

 ココちゃん先輩の例えは未だに分からない。

 

「いないはず…私記憶ないし…」

 

 ここ一年と半年ほどしか記憶がないことは二人に共有している。特別隠すことでもないと思い会った初日に話している。後日、それを本気にしていなかったと打ち明けられたとき、ちょっとだけ傷ついた。

 

「まあいいや。君の記憶について手掛かりになるかも知れないんだから、簡単に逃しちゃダメだよ」

 

 うん、と返せば満足したように微笑んでレインは去っていく。今日のバイトもまだ始まったばかり、少し気合を入れるように頬を軽く叩きレインの言葉に少し期待を寄せながら、新たに訪れるお客様に先輩と並び声を上げる。

 

「リチャード・ティーミルクへようこそ!」

 

 今日もまた、始まったばかりである。

 

 だが、すぐに、いつもとは違う空気が混ざった。

 

 返ってきた声には、戸惑いと、抑えきれない苛立ち、そしてどこか深い失望が滲んでいた。低く掠れた声は、まるで誰かをなじるようでもあった。

 

「……6号……?」

 

 6号は瞬間、呼吸を止めた。

 反射的に顔を向けて、そして動きが止まる。

 

 そこにいたのは、自分だった。

 

 四肢はすべて、真っ黒な機械仕掛けの義肢。まるで戦場帰りのような、ところどころに焦げたような痕跡が残る。左目は漆黒の眼帯で覆われ、露出した右目には、斜めに切り裂かれた深い傷が走っていた。

 

 白髪も、頬の輪郭も、鼻梁の形も、自分と見まごうばかりだった。

 けれど、目の下の濃いクマ、吊り上がり曇った目の色、何より漂う雰囲気が違っていた。

 

 まるで、自分自身が冷たくなって帰ってきたような感覚だった。

 

 息が詰まり、言葉が出ない。店の喧騒が遠のき、ココの小さな声すら届かなかった。

 

「……あ、え……?」

 

 口から漏れたのは、どうしようもなく間抜けな音だった。思考は止まり、体は動かず、ただ視線の先にいるその人物がこちらをじっと見返している。

 

 怒っているのか、悲しんでいるのか。それとも——。

 

 誰?

 

 ……これが、本当の私?

 

 震える指先が、震えていることすら忘れていた。

 

 その人はやがて、無言のまま踵を返し、背を向けて歩き出した。

 

 ——行かないで。

 

 心が先に動いた。次の瞬間、6号はその手を、反射的に取っていた。

 

 





 0号が2月20日。11号が3月21日。全てのナンバー個体が一ヶ月の期間に製造されたとして、等間隔に期間をおいて製造されたとするならば。6号の誕生日は3月3日であると推定しました。

 記憶喪失者が新たに身分証を作る実例は現実にもあるそうですよ。実例の方だと戸籍を新しくしていました。

 ココちゃんの話し方がわからない。プロキシを映画マンと呼ぶからには爆速身内判定にノリが良いのか初対面だけアッパーな感じなのか。
あとあのティーミルクによる共感覚を描写したかったけどむずい。まずわたくしティーを楽しめない人間でして…コーヒーも飲めないのです。なのでクソエミュになってても同姓同名の別人としてくださいまし。ココちゃんのつもりで書いてますけれどね。

 時系列の描写が下手ですまない。今回の話で二年過ぎているんだ。仕方ないだろう。ツイッギーと出会うにはこうするしかなかったんだ。あと間に何するか案が出なかった。

 皆さんの中でシルバー小隊の破棄はいつ頃だと思いますか? 旧都陥落が11年前。旧都陥落時にシルバー小隊はできていないと思うので、というかいたら特攻隊とかに使われていた気がするので、旧都陥落から3〜4年ほどで作られたと思っています。

 旧都陥落
 旧都陥落から4年後。クローン兵士作成開始。シルバー結成。
 旧都陥落から8年後。シルバー小隊破棄。
 旧都陥落から10年後。今回。
 旧都陥落から11年後。原作開始。

 以上がわたくしの時系列考察。これ違和感パナくね? ってとこあったら教えてくださいまし。
 旧都陥落から〇〇年後ってすごくフリーレン味を感じます。

 ツイッギーのナンバーをアンケートしましたが、1〜5号が多いですね。お姉ちゃん派が多いのか…? 次回にアンケート締め切りますね。

 師匠が抜けてガチャ石が無い中、この魅力的過ぎる新キャラ連投はまずいですよ。本当に。浮波柚葉、アリス・タイムフィールド…おそらく次は狛野真斗くんとオルペウス(鬼火) このスケジュールを組んだ運営は鬼!! ガチャ確定で出るようにしようよすり抜けシステムとか人類悪でしょ!

 余談。柚葉と狛野くんを兄妹だと思ってた。

 誤字報告ありがとう。

ツイッギーさんは何号だと思いますか? 6号の姉か妹か決まるだけですのでテキトーにお選びください。

  • 1〜5号
  • 7〜10号
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