ちはっと★ホロポケ   作:たかしクランベリー   

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2話・この帽子を、お前に預ける。

 

 

「ギャオオオン!」

 

迫る捕食者の牙を前に、

最後の望みをかけた。

 

どうにかして無事に生きたいと。

心の中で、強く強く。

 

ばしゃぁああああん―――!!

 

爆発のような水飛沫が上がり、

意識が一瞬だけ止まる。

 

次に瞼を開いた時、誰かに

抱き抱えられる形でチハは護られていた。

海水が染みきったダボダボの白衣に

ぶらりと首から揺蕩う聴診器。

 

彼が何者かは

その特徴的な被り物を見ずしても分かる。

 

「医院長っ!?」

「……全く、ブレーキの効かない車は

褒められたモノじゃありませんよ。」

 

「ごめん。ちは勝手に……

それより医院長、あれは。」

 

「ああ、気にしないでください。

大した敵じゃないですし……

――失せろ。」

 

一瞬だった。

ギロリと医院長が威嚇すると、

ギャラドスの形相が

一気に青褪めた。

 

ちはが一呼吸する間もなく、

ギャラドスは素早く海中へ退避する。

 

俄かには信じ難い事態だけど、

今は驚愕よりも安堵の心情が上回った。

速く刻んでいた

心臓の鼓動も落ち着きを見せ、

医院長に気を向ける余裕ができた。

 

そこで改めて〝ある事〟に気がつく。

 

「うっ……うううっ。」

「どうしたんだ千速ちゃん、泣くなよ?」

 

「だって医院長…………」

「?」

「――『袖』が!!」

 

「安いもんだ。袖の一切れくらい。

無事でよかった……。」

 

一歩間違えれば、片腕を

失うリスクだってあった。

それなのに、それなのに医院長は……。

 

「うっ、うわぁあああああんん!!」

 

どれくらい泣きじゃくっただろうか。

周りのことよりも号泣に精一杯で、

それきり海上で起きた一連の記憶を

覚えていない。

 

そんな日から数日が経ち。

 

朝食の時間。

コトコトと味噌汁を温める母を待ち、

一家団欒で食卓の席を囲む。

 

その暇すら父にとってはルーティンの一部。

手慣れた手つきで新聞を開き黙読する。

 

昨今は特定の国々を

贔屓・忖度しがちだったり、

やれ財源不足だの語り始める偏向報道……

そういった虚偽に手を染めた

テレビメディアに嫌気が差したようだ。

辛抱ならず、

堅気な父は我が家からテレビを封印した。

 

結果。ちはやお兄は朝に見れる

子供向け番組すら視聴が許されない。

何周したかもわからないお魚図鑑と

のりもの図鑑シリーズを兄妹同士で

回読しあっていた。

 

都度読み返すと意外な共通点や発見も

あるので、案外嫌いでは無かった。

 

けれど、テッポウオがなぜ

オクタンに進化するのかは

全くもって未だ理解できないでいる。

 

もしや、鉄砲の次は砲台だろ!

みたいなノリで生み出されてたり……

流石にないか。

 

コイキング、ヒンバス、パールルも

蛇のような風貌の進化を遂げるが、

あれは一種の収斂進化と

捉えていいのだろうか。

やはり、まだまだ勉強が足らない。

 

(今日はお魚図鑑part5か……)

 

パラパラパラ……

 

「お!?」

 

7ページくらい読み進めたタイミングで

父が珍しく驚嘆の声を上げた。

 

「どうしただよパパ?」

 

「おう千速。ちょうど今医院長が

新聞に載ってたんだ。」

「……え?」

 

「心配すんな千速。別に不祥事……

悪いことをしたとかじゃあない。

どうやら結構離れた地方に長期間

お仕事しに行くらしいぞ。

それも近日中にだ。」

 

パンッ!

 

思わずテーブルを両手で叩いた。

 

「どうして早く言ってくれなかっただよ!」

「そう声を荒げないでくれ。

言っただろ。

パパも今さっき知ったんだ。」

 

「――!!」

 

呑気に朝食を待ってる場合じゃ無かった。

 

(早く行かなくちゃ……

間に合わなくなる。)

 

家族の呼び止めすら押し除け、

ちはは全力疾走した。

運の良い事に白上クリニックは家から

さほど離れてないので、

間に合う確信があった。

 

ダッダッ……ダッ。バァン!

 

息を切らしながらも

クリニックのドアを開け、受付に走る。

 

受付を担当していたのは、

犬耳ナースの双子だった。

必死に迫るちはに

一瞬驚いた顔を浮かべつつも

すぐさま応対してくれた。

 

「BAUBAU〜♪

今日はどうしたの千速ちゃん?」

 

「どこに居るだよ!?

医院長さんはッ……!!」

 

困ったように眉を八の字にし、

青いカチューシャを

付けた方のナースは答える。

 

「残念だけどね千速ちゃん。

医院長は30分前に……」

 

「じゃあ今はどこに居るだよ!

ちは、今からでも頑張って走る!

首都高だろうとも!!」

 

「いやいや、

それは流石に人間じゃ無理だよ。」

「それでも…………!!」

 

キィィィ……

 

喰らいつくようなチハの悪足掻きを他所に、

背後の扉がゆっくりと

開き始める音がした。

 

逸早くその正体を目に収めたナースは

またもや目を見開き固まる。

 

「?」

「……医院、長?」

 

一字一句、間違いなく

彼女は『医院長』という言葉を漏らした。

目付きからして、

咄嗟の閃きで騙そうなどという

下らない演技には見えない。

 

希望と期待に胸を膨らませ

瞬時に振り向く。

そこには、確かに医院長の姿があった。

 

「医院長ーーーっ!!」

 

あまりの嬉しさに駆け寄り全力でハグする。

 

「こらこら千速ちゃん。

そこまでくっつかれると私も困ります。

すこし離れてください。」

「うん!」

 

すこし距離をとり、

頭を上げて医院長の顔を見る。

実際は顔というか、

狐の頭部を模したリアルな被り物だ。

 

表情は見えないものの、

声や行動の優しさで充分

彼の人柄の良さはわかる。

 

「よっぽど私に会えて嬉しいよう

ですけど……何故会いに?」

 

「パパから聞いたよ!

医院長さん、ここから

ずっーと遠くへ離れるんでしょ!」

 

「ええ。お仕事ですから。」

「ヤダよ! 

だったらチハも連れてってよ!」

 

「それは無理ですね。

あなたには大事な家族がいます。

みんなが心配しますよ。」

 

「じゃあずっとここでお仕事して!」

 

「二度も同じことを

言わせないでください。

私は行かなくてはいけないんです。」

「でもっ……!」

 

ふぁさっ、、。

 

頭の上に何かが乗っけられた。

ふと意識がそっちに逸れて

はやる気持ちが白ける。

 

「……これは?」

 

「真横にある姿見鏡を見てください。」

 

言われるがまま、全身を横に回し

自分の姿を確認してみる。

 

「――わぁ。」

 

鏡には、オシャレなベレー帽を被った

自分が居た。

しかもそのデザインは、かなり自分好みだ。

 

……この独特のグットサインを

描いたシンボル、見紛う筈がない。

 

カバンや財布など、一品数百万は

くだらない高級ブランドである

『パープルグッド』ブランドだ。

 

帽子デザインの約3割を占める

猛々しいチェッカーフラッグ。

その柄下から覗かせる四つの銀棘……

僅かに曝け出た

刺々しさがクールで堪らない。

 

如何にも噛み合わなそうな3つの

デザインたちであるが、

銀に煌めくシンプルな外枠フレームが

それらの魅力を引き立てつつ

見事に調和している。

 

ごちゃごちゃと心の内に

御託を並べてるが、一言に纏めると……

 

(めっちゃ嬉しい……!!)

 

「水難に見舞われたあの日の帰路。

道中で君は、ケースに飾られていた

この帽子を凝視してましたよね。」

「う、うん。

……ありがとうだよ、医院長。」

 

医院長は朗らかに答えた。

 

「どういたしまして。

此方も喜んで貰えて何よりです。

ですが―――」

 

「?」

 

首を傾げるチハの額を

人差し指で軽く押して医院長は告げる。

 

「これは私からのプレゼントであると

同時に――『試練』でもあります。」

「……試練?」

 

「そうです。私についていきたいという

気持ち、充分に伝わりました。

試練を無事終えたのなら、

その願い許可しましょう。」

 

「ホントに!?

ねぇねぇ、どんな試練なの!」

 

「ずばり、誰もが認めるような

素晴らしい

ポケモントレーナーになってください。

あなたが一人前になったら、

私に帽子を返す。

それにて、試練はゴールを迎えます。

ね? 実に簡単でしょう。」

 

夢のような提案だった。

別れを惜みつつも諦めかけていたのに、

当人から最大のチャンスを貰えたのだ。

 

子供騙しに聞こえなくもないが、

溢れ出た喜びに心のブレーキが効かない。

二つ返事で答えてしまった。

 

「うんっ! 分かった!

ちは、絶対すごいトレーナーになるだよ!

約束だよ!!」

「ええ、約束です。」

 

 

 

 

 

チュン……チュンチュン。

 

「んあ……、ああ。夢か。」

 

スバメの鳴き声が鼓膜を刺激して

ちはの意識を起こした。

 

やけに懐かしい夢を見ていた。

託された帽子をきっかけに、

約束を交わしたあの日の出来事。

 

忘れてはいけない、ちはの大きな目標。

 

上体を起こし例のベレー帽に目を遣る。

 

アンティーク調のコートラックに

掛かるそれは、今日も今日とて

色褪せない輝きを放っている。

 

「絶対……なるだよ。」

 

あの日の誓いに思い馳せ、

パンと両頬を叩き気合を入れる。

 

今日はホロサントス東田高校の入学日。

寝覚めもよく、幸先良し。

滅多にみることのない良い夢も見たし、

何かの吉兆かもしれない。

 

こんなに清々しい朝だ。

きっと晴れやな気持ちで

登校出来るに違いない。

 

目覚まし時計より早く起きれたのだから。

 

(よし……!)

 

腰を上げ、目覚まし時計の時刻を見る。

 

「…………あ。」

 

寝起き早々、悪夢でも見たのかと

言わんばかりに冷や汗が

ダバダバと流れ始める。

 

そして全ての過ちを知り、

ありったけの悔しさを嘆いた。

 

「遅刻じゃねぇえええかぁああ!

うあああ! ちはのアホぉおっ!

時計のセット普通に忘れただよぉおっ!」

 

パタ!

 

タイミングよく自室のドアが開かれた。

 

「あら、やっと起きたのね千速。

今日は作り置きの

トーストにしといたわよ。」

「ママぁ! 何で起こさないの!?」

 

「だってぇ、すごく心地良さそうに

寝てたから

なんだか申し訳なくてねぇ〜。

で、入学式の方は

間に合いそうかしら〜。」

 

「――間に合わせるだよ!」

「あらあら、いってらっしゃい。」

 

高速で制服に速着替えし、

朝支度RTAに駆け込む。

 

バッグよし、洗顔よし、歯磨きよし。

髪梳かしよし、帽子装着よし。

生焼けトーストを

口に咥えてエンジン全開れっつごー。

 

その様はまるでラブコメヒロインさながらの

典型的な遅刻ダッシュ。

だが、こんなタイミングで運命の人などと

衝突するテンプレパターンには

遭いたくない。

 

現状の図式優先度は

『遅刻しない>運命の出会い』だ。

 

(取り敢えず間に合えだよ……!)

 

ごつうんっ!

 

「うわぁっ!!」

 

ブレーキすら間に合わない勢いで

疾走したのがアダとなり、

薄々予期していた衝突に遭った。

 

爆速フラグ回収にもほどがある。

 

「……いっててぇ。」

 

ラブコメヒロインおきまりの尻餅をかまし、

ヒリリと痛む尻の感覚を堪え

顔を見上げる。

 

明らかに非があるのは千速の方である。

謝罪しようと前方に目を遣ると。

 

「え?」

 

おそらく衝突をくらったであろう

小柄な少女は、

何事もないように歩みを進めていた。

 

(まさか……ぶつかったことにすら

気がついてない?)

 

あれほどの衝撃……

もはや体幹が

強いとかいうレベルじゃないぞ。

 

って待てよ。

あの校章にセーラー服。

生徒会役員が腕に巻く黄色い腕章。

 

ちはと同じく、東田ホロサントス高校の

生徒なのでは?

マズイな。

尚更謝らないと学校で気まずくなる。

 

頭に手裏剣浮かせてたり、

背中に天使っぽい翼つけてたりと。

コンカフェのバイト帰りで

気が抜けてるのか知らんが、

この際そんなのを気にしてる場合じゃない。

 

「あっ、あのーーっ!!」

「??」

 

声を張って呼び止めると、

彼女は不思議そうに振り返ってくれた。

 

「……どうしたの、おみゃえ?」

「さっきはぶつかってすいません!

何か奢らせてください!!」

 

バッと立ち上がり首を垂れて謝罪する。

 

「ええっ!? 僕さっきぶつかってたの?

ごめんごめん、

僕の方こそ周り見てなくて。」

 

ホントに気がついてなかった。

けれど、謝罪できたしこれで一件落着。

 

……ん、なんか大事なこと忘れてるような。

 

――そうだ!!

 

「そういえばあなた、

このままだと遅刻しますよ!?

呑気に歩いてていいんですか!」

「ああ、大丈夫だよ。

僕全然間に合うし。」

 

「いやいや!

ここから結構距離ありますって。」

「うん、あるね。でも大丈夫。」

「いつまで寝言言ってんですか!」

 

自信に溢れた返事しかこないので、

流石に怖くなる。

どう見ても開き直ったようにしか見えない。

 

あたふたと焦燥に駆られる

ちはを前に、天使っぽい彼女は

背を向けてしゃがんだ。

 

「あの……一体何を。」

 

「まぁ、僕らここであったのも

何かの縁だしさ。

ちょっとくらい手を貸すよ。

ほら、僕の背に乗ってよ。」

 

その小さな羽根で飛ぶつもりだろうか。

絵空事感がより強くなったが、

もう四の五の言ってられる状況でもない。

 

ダメ元で騙されてみよう。

 

「お言葉に甘えますね。」

 

ガシッと全身で彼女におぶさった。

実はパラグライダーなどに

憧れがあるので

もし飛べたのならちょっとだけ嬉しい。

 

「おーし。じゃあ空の旅に行くか!

よく捕まっとけよ。

3……2…………1っ

――ムッシュムラムラぁあ!!!」

 

ビュンッ!

 

空を切る音と同時に、ちは

は街全体を見下ろせる高さの

高度までに飛んでいた。

 

否、彼女がとてつもない速さで

跳躍をしていた。

 

天使のイメージから思いっきり

かけ離れたその脳筋プレイに、

ツッコまずにはいられなかった。

 

「―――羽根で飛ばないんかーいっ!!!

あと掛け声モロ宇宙●者じゃねぇかァ!!!」

 

 

 

 

 

 

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