誰か言った。
彩り豊かな花園に、ふわふわと浮く
花輪そっくりの妖精ポケモン。
『キュワワー』が居ると。
砂辺からバァっと這い上がり、
マナーの悪い子供をワッと驚かす
お化けポケモン。
『スナバァ』が居ると。
世はポケモン時代。
人々はトレーナーの頂きを目指し、
熾烈な戦いを繰り広げるじだぁ〜い。
*
虎金妃笑虎と名乗る生徒……
本人がご所望なので
今後ニコたんと呼称しよう。
彼女はこちらの目を覗き込むと
小悪魔の誘惑のように、ちはへ囁いた。
「ま、細けー事ァ別にいいだろ。
それより今朝の〝ホロッター〟見たか?」
※ホロッター・・・この世界の大人気SNS
「?」
「この街に現れたらしいぜ。
――〝色違いボルケニオン〟」
「……それは本当です?」
「ソカモナ!!」
どこぞの嘘バレよろしく
急なカタコト返事で
怪しさ度爆上がりなのだが、
もし本当であれば一目拝みたい。
本来、人の立ち入らないような
山奥に住むとされる幻のポケモン。
しかもその個体の〝色違い〟ときた。
水蒸気爆発を巧みに扱い、高速移動や飛行。
更には広範囲の破壊をも可能だという。
確か……色違いは金色なんだっけ?
そんなの神々し過ぎるだろ。
この生涯で一度も目にしたことがない分、
より好奇心がそそられる。
1%でも確率があるのなら、
目の前の事をほっぽり出したいレベルに。
もう、握った興味のハンドルは
別のコースへ逸れて進行を
進めてしまっていた。
「見たい……ちは、見たいだよ。」
「へっ、アンタならそう言うと思ったぜ。」
「でさぁニコたん。
具体的にはどうするつもりなん。」
「簡単さ。」
バッ!
一瞬だけニヤリと笑みを浮かべ、
ニコたんは堂々と片手を上げ
素早く座席から起立した。
「JFT先生、トイレ行きたいです!
言ってもいいですかぁ!」
「宜しいッ!」
「しかしJFT先生、
実はトイレの場所知りませェん!
前座席の子を案内役として
同行させてください!」
成る程……その手があったか。
「宜しいッ!
しかしっ、あまり時間はかけんよーに!」
「――勿論ですとも! ほら、行くぞ!」
てんやわんやしつつも、
シンプルな作戦で
無事特別授業を切り抜けた。
初日早々悪事に手を染めたけれど
後悔はない。今のちはは噂の
ボルケニオンを目にしたい一心なんだから。
道中はスリル満点、
気分はまるで絶賛脱獄中の囚人。
巡回職員の目から上手いこと逃れ、
どーにかこうにか校舎からの脱出に成功した。
途中、鈍感なちはの為に胸や太ももを
強めに触って合図を送ってくれた
ニコたんは中々にナイスだった。
余計な言葉は不要。
最小限の動きで最大限の効率を
叩き出す……という算段か。
ホントに見事だよ。
まぁ。時々下衆な顔つきが漏れていたが、
多分脱獄囚ごっこの解像度が
ちはより優っていたのだろう。
……うん。
楽しくなる気持ちは分からんでもない。
「はぁーっ、やぁっと
娑婆の空気が吸えるな。」
「いざバレずにってなると、
大した距離じゃないのに
苦戦するだよね。」
「それなー。」
「でさでさニコたん。居る場所とかは
大体目星ついてる?」
「まァ、体育館裏辺りとかが
可能性高そうだな。
元々人の寄り付かない
山奥に生息してるって言うし……
あまり人目に映る場には居ないっしょ♪」
「だねだね。」
軽く確認を取り、
次なる目的地へ足を進める。
7歩くらい歩いた頃だろうか。
ニコたんが思い出したように
奇声をあげて足を止めた。
何も知らない人が聞いたら
変な誤解を生みそうだ。
「んあぁぅっ!」
「え、何々?」
「そういや言い忘れてたんだけどよォ、
携帯電話の電源は
切っとく方がいいぜ。」
「何故に。」
「そりゃあ勿論ボルケニオンの
遭遇率を高める為さ。」
「どう関係あるの。」
「ある学術雑誌に掲載されてた一説が
あってよォ。どうやらボルケニオンは
周波数の高い電磁波を
忌避してるらしいんだ。
水蒸気爆発のコントロール性を乱す
とかなんだかって感じで……」
「携帯電話などが通信する
電磁波の周波数帯は
大凡800MHzから2GHz。
――そうか。
人の寄らない山奥であれば
それ程の高周波通信を間近で
浴びることはない。
だからこそ、携帯のシャットダウンが
重要なんだね。ニコたん。」
調べが足りなかった。
まさかそんな一説が
唱えられていたなんて。
もしそれが事実ならば、
この対処法は凄く理に適ったモノだ。
ニコたん……そこまで本気で
発見に注力してたのか。
……考えが浅かった。
水蒸気爆発。
低温の液体である水と高温の物質が
接触することで、
水蒸気が発生して爆発する現象。
一説に挙げられた
ボルケニオンの仕組みとしては、
体内にある発熱器官に任意で
低音の水を接触させれば
水蒸気爆発現象を理論上
意のままに操れる……と云われている。
しかしだ。
発熱器官や水の接触に伴うシビアな
体内操作は決して楽なモノじゃあない。
外部から発せられる
電磁波の高周波(Hz)通信によって
体内器官の動作が乱されるリスクだって
大いにある。となると、
その現象をコントロールする事そのものが
かなり繊細な行為であろう。
特定の生物が特定の超音波を
忌避する事例だって幾つもある。
何も不思議じゃあない。
「お、おう。
よく分かってるじゃねぇか。
そんな感じだから、まァ頼むぜ。」
「うん……!」
互いに電源を切り、再び歩き始める。
特に巡回警備との遭遇はなく
あっさりと体育館裏に辿り着いた。
鬱蒼とした木々や野草が生い茂り、
手入れの行き届いてなさそうな
外倉庫もチラリと見える。
如何にも現れそうだ。
緊張ボルテージも最高潮に達し
鼓動が素早く脈打つ。
だが、息を潜めるのを怠りはしない。
幻のポケモンなんだ。
きっと警戒心も
並のポケモンの比じゃない。
そんな焦りを感じ取ったのか、
ニコたんは脱力気味にちはへ声をかけた。
「……もう、喋っていいぞ。
緊張をほぐさなきゃ話にならねェ。」
「え?」
「えもおもねェさ。
そのまんまの意味だよ。
そういや名前を聞いてなかったな。
アンタ、名前は?」
気遣ってちはの緊張感を解こうとしてる?
凄いや、そこまで先を
見据えていたなんて。
……だよね。緊張感ただ漏れな人に
近づきたい人などごく少数派、
誰であろうと近寄り難い。
なんせ、はたから見れば挙動不審にも
見えてしまうし。
それにどの道、近い将来
卒業までを共にするクラスメートの1人だ。
自己紹介くらいしておこう。
「――『輪堂・千速』、です。」
「ふーん、千速か。いい名前だ。
うん、実にぴったりだよ。」
ダンっ!!
「あぉえっ!?!?」
とんでもない速さで、
壁にニコたんの片手がぶつかった。
気がつけば千速はニコたんと
真正面で向き合い。
逃避困難な状態にされていた。
待てよ。
この状態ってよくラブコメで見る……
(壁ドンって奴か……?)
にしても、何故に今の状況で。
謎が頭の中で渦巻くちはを前に、
彼女の告白がスラスラと始まった。
「何が何だか分からねェって顔だな。
マジで頭っから信じてたのかよ
そんな美味しい話。」
きっと何かの間違いだ。
また下らないジョークで
ちはを和ませようとしてるんだ。
「…………目を覚ますだよ。ニコたん。
エイプリルフールは
昨日で終わったんだ。」
「目ならとっくに覚めてるさ。
徹頭徹尾、初めから全て
ニコたんのシナリオ通りだ。
寧ろ覚ますべきは君だよ、千速ちゃん。」
「……。」
「いい加減認めたらどうだ?
全ては千速、アンタと2人きりになる
状況を作る為の口実……デタラメだ。
――要するに『ワ●ップ』だよ。
人目のねェここなら、
存分に好き勝手出来るだろ。」
「…………。」
「あーしは『虎』だ。
狙った獲物は必ず捕える。」
薄々虎っぽいカラーリングの長髪だとは
思っていたが、当人は本気で自分を
〝虎と信じてやまない〟らしい。
ほーら、やっぱりジョークだった。
面白い。1日遅れだが、
ちょっと乗ってみるか。
「一体、ちはに何を……」
「2択で選ばせてやる。
このままニコたんのキスを受け入れるか。
卒業までニコたんのダーリンになるか。
さぁ、どうする。」
この虎っ、確実にヤバい。
早く携帯で助けを呼ばなくては……
何だ……? 携帯が触れても反応しない。
いや違う。コレは。
「――ハッ!?」
「おおっと、気がついたか。
携帯の電源を
既に切っていた事によォ。」
「くっ。」
なんてこった。
今ニコたんの前で
ちんたら再起動なんかしてたら、
大きな隙ができ
あっという間に唇が奪われる。
――成る程。
途中、携帯の電源を落とさせたのは
千速のSOSを
断つために行わせたワ●ップ。
(彼女の宣言通り、まんまとシナリオに
嵌められていたんだ……!)
人目につきにくい場所だ。
救いの手を掴める可能性は限り無く低い。
だが、ダメ元なものの
助けを呼ぶ手段は一つある。
「誰k………!?」
ズッ!
(声が……でないっ!?)
肋右下を狙った衝撃と共に、
声が出なくなる。
辺りを見るとズルックが
ご機嫌そうに赤いアホ毛をイジっていた。
恐ろしい虎だ。
いつの間に手持ちのポケモンを
繰り出していたとは。
「――ズルックの〝じごくづき〟だ。
受けた対象は声帯を
2分の間ノッキングされる。
ただ目の前でベラベラ喋ってるだけだと
思ったか千速ちゃん? 甘い甘い。
そもそもの話よォ、返事に声は不要だ。
1か2。指で示してくれりゃあ
こちとらそれで充分だぜ。
虎だけにな。」
※ノッキング・・・生物の神経等を司る
経絡、経穴を刺激して特定部位の
活動を一時的に麻痺させる技術。
自動車やバイクが内熱機関で起こす
振動現象(ノッキング)とは別の概念。
またまた先手を打たれた。
どうする……
どうすればこの事態を切り抜けられる……。
考えろ。考えろ千速。
「――おみゃーらさ、ここで何してんの?」
「「!!??」」
ピンチに追いやられた
千速の近くに現れたのは
頭に手裏剣を
浮かせた例の天使っぽい先輩だった。
「…………!!
(かなた先輩お願いです!
ちはを助けてくださいっ!!)」
声は出てない筈だが、運のいい事に
何故かかなた先輩には
その声が届いていた。
かなた先輩はニヤリと笑みを浮かべ、
クラッキングをしだす。
グキッ、グキッ……。
「任せろって千速。この僕が
制裁の拳をお見舞いしてやるぞ!」