誰かが言った。
甘い蜜で体がおおわれ
背中の皮はとくに甘く、
脱皮した皮は
まさしく極上のアップルパイ。
それは子供のおやつとして一時期
一世を風靡した。
当時キッズに大人気だったポケモン。
『タルップル』が居ると。
しっとりすべすべの触り心地。
吐息に含まれている酵母で
食材を発酵させると、発酵食品は
とても上質に仕上がる。
古より人々に愛され重宝された
子犬ポケモン……
『パピモッチ』が居ると。
世はポケモン時代。
人々はトレーナーの頂きを目指し、
熾烈な戦いを繰り広げるじだぁ〜い。
*
「任せろって千速。この僕が
制裁の拳をお見舞いしてやるぞ!」
構えをしたかなた先輩の姿は
めちゃくちゃ頼りになる。
彼女の人並外れたパワーならば、
この危機を打破できそうだ……!!
「へっ、その黄色い腕章……
生徒会役員の手先かッ!
ポケモンも出さずに生身で挑む気か!?
面白いねェ、じゃあやってみなよ!
いけズルック――〝ねこだまし〟」
「……ず、ずるうっ。」
動き出そうとしたズルックの足が突如竦む。
弱々しい鳴き声で
なんらかの異変を訴えてるようにも見える。
何が起きたか理解できない様子で
ニコたんの顔には
一筋の冷や汗が伝っていた。
「ニコたんのズルックに
何しやがった……テメェ。」
「僕は何もしてないさ。
目には目にを、ポケモンには
ポケモンをってね。足下を見てみなよ。」
かなた先輩の誘導に
ちはも釣られて足下へ目を遣る。
そこには
桃色の波紋が辺りに広がっていた。
コレは……
「―――〝サイコフィールド〟っ!
ハッハぁ♪ 結構いい仕込み
してんじゃねぇのォ! ……っ!?」
「賞賛で時間稼ぎしようってんなら
残念だな。僕はそこまで甘くない。
歯ァ食いしばんなァ外道。
僕の拳はちぃとばかし響くぞ。」
もう何が何だか分からない。
一瞬瞬きをした間に、
かなた先輩はニコたんの
すぐそばで拳を構えていた。
……サイコフィールド。
耳にしたことがある。
特殊な持続念波を周辺に放出し、
触れた生物は特定の先制技が
行えない状態になる。
脳の命令神経にそのような
暗示をかける作用があるらしい。
エスパー技が強化されるなんて
話もあるが、詳しい原理は未だ不明。
いや、そんな事よりだ。
もう一度考えよう。ちょい待ってくれ。
いつかなた先輩はニコたんの
眼前に瞬間移動した?
冷静に考えて可笑しくね?
ポケモンバトルで決めごとする
社会習慣がなかったら、
誰も彼女を
止められないかもしれないぞ。
っていやいや、そんな失礼な
想像してる場合じゃない。
大船は乗れる時に乗るべきだ……!
「やっちゃってください!
かなた先輩っ!!」
「あぁ!」
「え、ちょマジ!?
本気で言ってんのぉ!
ねぇッ、ニコたん一体どうなっちゃ……
――ぶべぁあああっ! どわーw!!」
何処かの掲示板にて。
夫が怒りのあまり机を叩いて
結婚8年目の嫁さんが
上に4〜5メートル吹き飛んだとかいう
とても事実か疑わしい
お気持ち表明を見かけたが
あれはノンフィクションかもしれない。
だって現に、
ちはの真ん前でニコたんが
人力スカイアッパーで
10mくらい上にぶっ飛んでるし……
ちはの世の中には、
まだまだ知らないパワーを秘めた
超人が数多く居そうだ。
超常的な力を有するのは、何も
ポケモンだけの特権ではないのだろう。
被害者でありながらも、
そうひしひしと
感じる一連の誘拐事件だった。
そんなかんやでちはは
無事教室に戻り、授業を再開。
痛い目を見たニコたんは
顎を手で摩りながら
大人しく授業を受けている。
かなた先輩の体罰と
説教が効いてるようだ。
もうこれで邪魔は入らない。
安心してじっくり
らでん先生の特別授業に没頭でき……
キーンコーンカーンコーン。
「――以上をもって、本日の特別授業は
終わりっちゃん。
美術に興味が湧いたよーって人は、
是非近隣の美術館に足を運んで
色々発見して欲しいですな!
じゃ、またの機会にお会いしましょう。
お疲れ様でーーす!」
(……あ、普通に終わった。)
クソ虎に時間食われるだけ
食われて終わり?
なんだかスゲー腑に落ちない。
このツケ、いつか払わせよう。絶対に。
「よー千速ァ、やっと帰れるな。
なぁなぁ、一緒に下校しようぜ。」
「んもぉぉおおっ!
誰のせいでっ、誰の所為だとっ……!!
こんのクソ虎ァ!
うぉぉおおおおんん!!」
ニコたんの両肩を掴み、本日の恨み辛みが
籠った肩揺らしを喰らわしてやる。
してやったぜ……みたいな顔に
カチンときてしまったのだ。
「あがががが――
わ、悪がっだっで千速。
なんか奢るがら゛今日は大目に見で……」
「本当かよニコたんっ!!」
「こいつ……チョロっ。」
「ん? 今なんか言ったニコたん。」
「うへぁ、へあっ、うへへへっ。
別に何も言ってないよ。」
「そりゃ良かっただよ。
そんじゃニコたん、
帰りに焼きそばパン奢ってね❤︎」
「そんなんで良いのかよ!」
「ん?」
「全力で奢らせていだだきます!!」
*
焼きそばパン一個で折り合いをつけ、
波瀾万丈な入学日1日は終わった。
それから1週間も経ち。
新しい学生生活にも慣れてきた。
ニコたんは気持ちボディタッチが
ほんの少し多い
気さくな友人になった。
初日ほどぶっ飛んだ悪事を働く様子も
なく、日々は順風満帆。
このまま平穏な学生生活を……
といきたいが、
ポケモントレーナーたるもの。
今日という特大イベント日は
無視できないものだ。
学校も珍しく
昼解散が決まる程の大イベント。
担任教師・武田が教卓に手を置き
楽しそうに口を開いた。
「さぁお前ら。今日は待ちに待った
特別トレーナーパスをGETできる
『STPG祭』だぁ!
参加するもしないも自由ッ!」
「「「…………。」」」
クラスメート一同が固唾を飲む。
きっとみんなの逸る気持ちは同じだ。
STPG祭……
スペシャルトレーナーパス
ゲットフェスティバル。
学生であれば誰もが欲しがる特権。
何故なら。
「お前らに改めて説明するが
トレーナーパスを得られれば
入手直後の5ヶ月間、
学科カリキュラムが特別免除される。
但し――」
そう。コレこそが最大の利点。
といっても、
ただ怠惰を貪って言い訳でもない。
美味しい話には
必ず裏というモノがある。
「「「…………。」」」
「1ヶ月以内に、新規のジムバッチが
2つ以上専用デバイスに
登録されていない場合、
トレーナーパスは効力を失うッ!
つまり、真面目にチャンピオンを
目指す奴だけが得られる特権という訳だ。
分かったかァ!!」
「先生ッ、しっつもぉおーんっ!」
「お前は……虎金妃と言ったか?
良いだろう。質問とは何だ。」
「今回は何人が入賞出来ますか?」
「例年通り、〝9人〟までだ。」
「わーお。」
枠が多少増えてると期待していたが、
現実はそう甘く無かったか。
クラスメートの面々をそれを悟って
暗い面持ちになりつつある。
意外にもその静寂を掻っ切ったのは、
背後のグラサン生徒だった。
「まさかだとは思うがよォ……
こん中に日和ってる奴居るぅ?
居ねぇよなァッ!!」
震え出す生徒らに対して、
ニコたんは鼓舞するように刺激した。
その目論見は思いの外上手く決まる。
生徒たちの闘争心は、
見事に掻き立てられたのだ。
「「「――ぉぉおおおおおお!!!」」」
★★★
――STPG祭、当日。
例年通りの莫大な規模感。
ホロサントス地方最大の巨大高層ビル。
『ビック・スイミィ』を
試験会場として行われる。
地上55階を有するビル…………
その殆どが
挑戦する若者たちで埋まるのだ。
この中から選ばれるのはたったの9人。
オリジナルカードパックの
内訳20/23がテールナーだった
パックで内3/23を
引き当てるよりよっぽど過酷だ。
しかし、勝負を降りる
選択肢などハナからない。
STPG祭は、立派なトレーナーに至る為の
前準備でしかない前座。
そこで敗北するようじゃあ、
医院長の求める
トレーナーには到底成れない。
(絶対……モノにしてやるだよ。)
受付で貰えた整理券を強く握りしめ、
寒空の下、決意を胸に仕舞い待機する。
「おっ、千速じゃ〜ん。
どう? 何番だよ?」
うわ。
いきなりクソ虎とエンカウントした。
どうして無理矢理肩組んでくる。
最早、ダル絡みタイガーじゃないか。
「番号教えたら退いてくれる?」
「勿論さ。」
「216番、そういうニコたんは
どうなのさ。」
「ふっ、コレは運命だな。
ニコたんは218番だぜ。」
「あっ、そう。」
「いきなり冷てーなオイっ!
あっ、でもそんな冷たい感じも
堪らないっ……❤︎❤︎」
もう無敵過ぎるなこの変タイガー。
「へいっ!
おみゃーらももしかして200番台?
すっげぇ偶然だねー。」
「かなた先輩!?」
「千速ぁ、元気してるかぁ!
おう、グラサンちゃんも
元気そうだねぇ。」
「うぉいっ! 誰がグラサンちゃんだぁ!
せめてニコたんと呼べぇえっ!!」
あんだけボコられても
まだまだ威勢あるなぁニコたん。
「僕は天音かなた。
あの時は手荒な真似してごめんね。
改めてよろしく、ニコたん。」
なんて優しいんだ。
悪党にも手を差し伸べる姿は
さながら天使。……うん、多分天使。
「良いってコトよ。そもそも悪いのは
ニコたんの方だったしさ。
あんくらいの粗治療、
虎であるあーしにゃどうって事ねェよ。
こちらこそよろしくだ。」
ガシッ。
2人の蟠りが解け、
互いは熱い握手を交え合った。
良い画だ。これぞ青春。
これからの青春はきっと明るいモノに
なってくれるだろう。
……と、淡い望みを未来に抱いた
その時だった。
試験のアナウンスが
タイミングよく始まった。
『――お待たせしました。
整理券番号200番台の
チャレンジャーは
当ビル2Fフロアに集合ください。』