……はあとため息をつきながら、そろりそろりと茂みの中を進んでいく。とっくに日は沈んでおり、視界は暗い。目の前に見える小さな尻を引っ叩きたくなる衝動に駆られるが、ぐっと我慢した。
「本当にやるのか?」
「当たり前じゃないの! ここまで来て怖気ついてるの?」
「なんていうか……あんまり見たくないというか」
「何言ってんのよ! これは官能小説に必要なことなんだから!」
やはり今更やめようという気はないらしい。水島の背は低いが、こういう場面ではその方が役に立つというものだろう。それにしても……眠い。
「ふあ~あ」
「こら、あくびしない!」
「だって
「いるわ! いるに決まってる!」
水島はワクワクとした表情のまま、さらに先へと進んでいく。俺たちの現在地は大きめの公園。コイツから聞くまで知らなかったのだが、ここも「有名スポット」ということで名が知れているらしい。嫌な有名スポットだな。
しかしなあ。この令和の時代にそんなカップルがいるとは信じられない。安いホテルだってそこら中にあるんだ。下手すりゃ逮捕だってあり得るだろう。……水島の予想が当たっているのかは眉唾物だな。
「なあ水島、何もなかったら責任取ってくれるんだろうな?」
「だからいるに決まってるでしょ! 人の性欲はいつだって無限大よ!」
「あのなあ……」
コイツは性欲というものを神格化しすぎていると思う。いや、たしかにエロは偉大かもしれない。偉大かもしれないが……人間をこんな寒々とした公園での野外○○○○に駆り立てるほどの力はないと思う。というか、ないと信じたい。
駆り立てる……といえば、水島こそ何に駆り立てられて官能小説を書いているのだろう。コイツの文章は何度か読ませてもらったが、語彙や表現力にはかなりのものがある。別に官能小説を下に見ているわけではないが――どうして一般の小説を書かないのだろう、と思うこともないわけではない。
「なあ」
「何よ、こんな時に」
「水島は……なんで官能小説を書くんだ?」
「えっ?」
「いや、エロが好きってのは分かるんだけど。固執するまでの理由が分かんなくてさ」
「それは――」
その時、前方の茂みからガサリと物音が聞こえた。俺と水島は思わずそちらの方向を見る。すると、そこにいたのは――地面にブルーシートを敷こうとしている若い女だった。……嘘だろ?
「あら、どうやら始まるようね」
「し、信じらんねえ……」
「ちゃんとメモするのよ?」
「はいはい……」
水島に言われてさっきコンビニでメモ帳を買っていたのだが、まさか役に立とうとは。会長様の考えが正しかったことに驚きつつ、ポケットからペンを取り出す。
「……」
「……」
俺たちは息を潜めてじっと待つ。茂みに紛れて、ただひたすらに。女はブルーシートに座ったまま動こうとしない。
「じれったいわねえ……あの女、相手はいないのかしら」
「待ち合わせているんじゃないか」
もどかしいといった感じの水島。……少し違和感があるな。いくらこの季節だからって、
「せっかく期待したのに何もないじゃない! 律、どう思う?」
「うーん……正直言って、始まるとは思えないな」
「そうよねえ……」
歯がゆいのか、水島は地面に這いつくばったまま小刻みに手を動かしていた。このままここにいても風邪を引くだけだと思うのだが。それに俺たちがやってることは覗きみたいなものだし、向こうに見つかりでもしたらえらいことだ。潮時だろう。
「……もう帰らないか?」
「はあっ!?」
「ちょっ、声がデカいって!」
「それだけは絶対にあり得ないわ! ここで乳繰り合う奴らを見るまで帰れないに決まってるでしょ!」
「そんなにうまくいかないって……」
というか、「有名スポット」の茂みに隠れているのは俺たちも同じなんだよな。しかも男女の二人組だし、警察官にでも見つかったら俺たちの方が疑わしく思われる気がする。水島と共に変態カップルとしてお縄になるのはごめん被りたい。……っと、なんだか隣がぶつぶつうるさいな。
「そうよね、どうしてその可能性に気がつかなかったのかしら……」
「おい、今度は何だ?」
「あの女、『誘い受け』をしているのよ!」
「は?」
気が付けば、水島は再び目をキラキラと輝かせていた。まずい。こんな目をしているのは大抵ろくでもないことを考えている時だ。コイツとの付き合いは浅いが、そういう風に察することが出来るくらいには酷い目に遭ってきたからな。
「誘い受けってなんだよ」
「もー、馬鹿なの?」
「馬鹿で悪かったな!」
「きっとあの女は待ち合わせじゃないのよ! 誰でもいいから、通りがかった男を誘ってセッ○スする! そういうつもりに違いないわ!」
「えぇ……」
荒唐無稽な発想に、ただただ呆れるばかりだった。こんな若い女が、そんなことするかなあ。……でも、筋が通っていないわけでもないな。もしそのつもりなら、長時間の待機に備えて厚着をしているのも納得がいく。
「だがな水島、お前の考えた通りだとしてだ。俺たちはいつまで試合開始を待てばいいんだ?」
「だから馬鹿なの? 今どきの若者なんだからタイパを考えなさいよ」
「その考えがあったらこんなサークルに入る羽目にならねえんだよ。何か策があるのか?」
「簡単なことよ!」
水島はどや顔を見せ、ビシッと俺のことを指さした。まさか、冗談だよな。官能・ジョークであってくれ。頼むから――
「あんたがあの女と一発かましてきなさいっ!」
嫌な予感というのは、往々にして的中するものである。