波止場より、愛をこめて青空を   作:外郭産の瞳

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0⒈迷い込む

 

 

モントーヤは夢を()()

 

 

状況をしていえば夢なぞ()()いられないのだが、確かにはっきりと過去の夢をみたのだ。

 

どんな内容で、どんな人が出てきて、どう思ったかも忘れて……けれど確かに『なにか』をみた感覚はあった。

 

 

 

回想から意識が浮かび上がると、そこは外郭の何処かに位置する大湖の領域――そのひとつ、『三角域』であった。

 

 

綺麗な三角形状に区切られた採色の暴力。

 

 

三角域とは、つい最近になって『波止場事務所』の【水質調査班】が見つけた奇怪な場所だ。

 

大湖に巣を置くU社ですら今だこれの全貌を把握できておらず、分かっている事といえば水質調査班の班長の「中心部に近づくにつれ、全員により重たい圧力がかかった」という証言で発覚した、ある種の重力屈折現象のみ。

しかも、肝心のど真ん中に突っ込んでいくような無謀なチャレンジャーが存在しない謎だらけの世界である以上、波止場事務所としても不用心に近づきたくない領域であった。

 

そこで――――

 

 

「俺たちがいつも通りハズレを引かされた、ってわけだ」

 

「まあそんな気はしてたけどさぁ。…所長もジャーキー食います?」

 

「ちょっともらおう。んおっ、旨いなこれ」

 

 

――――U社からの直接の依頼のもと、波止場事務所のなかでも最も戦闘と生存に特化した二つの班が調査に駆り出された。

 

二班の名前は【害獣駆除班】と【水難救助班】

大湖の一部に生息している『鯨』の駆除に特化した班と、怪奇現象上等のU社の海域において、文字通り命がけの救助作業を行う班である。

 

もっとも新参の事務所なだけに、そうそう通常の業務に出されることは少ないが。なんなら害獣駆除班は『ピークォド号』の一部関係者*1から目の敵にされているが。

 

 

「所長ぅ~……。これ、本来なら【海洋研究班】とか【潜水班】の仕事じゃないっすか?」

 

「あの班はな、旧L社の支部に襲来した蒼白の調査に行ったっきり帰ってきてないんだよ。だから俺たちが引っ張り出されたんだ」

 

「潜水班は?」

 

「…ゴネた。」

 

「おおーマジっすか、そりゃご愁傷様ってやつですね。いやぁ~、ライフセーバーやイベント関係やってた下積み時代が懐かしいなァー」

 

「浮き輪持ちだった頃か。今の方が格好いいと思うが、お前は違うのか?」

 

「あれも浮き輪の機能がついてるだけの万能チャクラムでしたけど……でも今度はイカツい錨とか、ガキどもに見せちゃビビられますって!」

 

 

なにはともあれ仕事は仕事。雑談の間にも船は目的地めがけて動いていく。

 

目標はいわずもがな、三角域。

 

 

航海は順調だった。

 

 


 

 

 

 

 

 

「はぁ、湖に落ちてで出た先が下水とは…。一体どうなってる?」

 

 

どこかの下水道で、声が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

真っ暗なのか明るいのか、あるいはとても薄暗いのか。

 

なんというか絶妙に表現しずらい微光が道を照らすなか、あっちへこっち、はたまたそっちや向こうと複雑に枝分かれしたルートを誰かが足早に走ってゆく。

 

ばしゃん、ぺちゃっ。といった水たまりを踏む音が鳴る以外はいたって普通。

 

不気味なほど静かな世界。

 

だからなのか、不良がたむろしている。

 

 

「‥‥いや不良がいたら駄目だろ。常識的に考えなくったって駄目だろ、ゼッタイ。だって下水だぞ、まだガキの女どもが暮らすべき場所じゃないって…」

 

「あんだよ文句あっか!?こちとら『厄災の狐』にシマ荒らされたせいでなァ、ここ以外に居場所がねーんだよォ!!」

 

「耳良すぎるぞオイ!?こっちからじゃ米粒程度の姿だってのに、もう反応したのか?!」

 

 

焦ったのか、とりあえず裏路地仕込みの無礼なジェスチャーをふっかけた。

で、そんなバカニケーションへの返答は―――鉛玉。

 

 

「おうマジでか、高級品をぶっ放してんじゃねえよ一文無し如きが!!」

「うるせー!!同情するなら金置いてけー!!」

「そーだそーだ、こちとらメシにありつくのもやっとなんだぞ!!」

「ギャーギャーほざくな!!メシは最悪その辺のゴミ捨て場漁りゃいいだろうがァ!!」

 

「そ、それは流石にちょっと……。」

 

 

「ケっ!!イカレポンチめ、(ケツ)の青いガキんちょがこだわんなや!!」

 

 

おかしいのはモントーヤの方である。

 

いくら貧困とはいえ、人はだれしもゴミを食らって生きていこうとまでは思わない。

余程であればまた別というものだろうが、切羽詰まっているにしろひとまず賞味期限切れのものからチャレンジするのが一般的だろう。こんな一般論知ったこっちゃないが。

 

だが彼を筆頭に、都市において『裏路地のネズミ』と呼ばれている超極貧層は一味違う。違ってたまるかそんなもん。

 

どの区のネズミもおかまいなく、腹が減ってはどうにか食う。

 

ネズミたちの間で「そ、それは流石にちょっと……。」という言葉は、まごうことなき弱者の証なのだ。

 

しかし相手はただの不良生徒であり、正体不明な有機物までならワンチャンある飢餓の具現とは無関係。なので、しばらくの間の彼は、「貧困に喘ぐ生徒にゴミ食を勧める極悪すぎる大人」である。

 

 

そっちへミネと先生が走ってったぞモントーヤ、美食研も怒髪天で突っ走っていったぞモントーヤ。

 

いいかげん正気を保てモントーヤ。それはお隣さんの自転車のタイヤだぞ、幼き頃のモントーヤ。

 

‥‥あーあ腹壊した、いわんこっちゃない。

 

 

「クソッ、あいつ弾丸を落としてる!!」

「波止場事務所の錨よりかは弾きやすい。もうちっと撃ち方考えた方が良いぞ、ほとんど弱くて話にならん」

 

 

話を戻して、彼は腐っても事務所所属のフィクサーだ。

 

証拠に、今はセカンダリのカッツルバルゲルを振り回してこそいるものの、背中に波止場事務所の上級フィクサーの証である【巨錨】が背負われており、ついでにその刀身にひかれた一筋の青緑の線はまっすぐと煌びやかに光っていた。

 

柄の端の装飾もリング状になっており、その巨体で多くを蹴散らしてきたのだろうとうかがえる。

 

 

「うおっ!?銃が斬られた!!」

 

「へえ、意外ともろいな」

 

 

それを間合いが開いた瞬間に持ち変え死ぬ気で気張ると、たちどころに場の圧がモントーヤ有利へと切り替わる。

 

 

 

 

"心"

 

 

 

 

(シン)』というのは気の様な曖昧な概念を纏うことにより、使用者の身体能力を可能な限り強化できる方法。

 

これを扱うのは理論上誰でも可能。

……とはいえ、現状の都市においてごく一部の実力者が扱っている程度で、しょっちゅう見かけるようなものでもない。

 

 

「うおっ!?あんにゃろ、バカデカい錨を片手で振り回すとかないだろ!!」

 

「俺としては無駄弾をここまでぶっ放すお前達の方が有り得ないけどな。不躾な事を聞くようで悪いが、節約はできてんのか?」

 

 

しかしながらその効果は絶大。都市の人間から見て火器が異常発展しているキヴォトスにおいて、近接攻撃一筋でやっていけるだけの可能性を有している。

 

更にこれを圧縮すれば――――

 

 

 

 

"望"

【III】

 

 

 

 

(マン)』という光輪として、武器や身体に付与することができるようになる。

 

この『望』もまた使用者への影響が凄まじく、よほどの実力者ともなると "五望"(【V】) あるいは "七望"(【VII】) を得て、勢いそのままに脅威を爆散させることも可能。

 

当然そんな攻撃を受けてしまえば、いくらキヴォトスの生徒といえど無事では済まないが…………

 

 

「ふざけんなよ?!アタシらの銃をきれいにぶっ壊してくんじゃねーよ!!」

 

「逃げんなこら、おいちょっと!!おい、待てって!!!」

 

 

モントーヤに殺しの選択肢はなかった。

 

 

いや、あるにはあった。あのままもっと銃を乱射してくるようであれば、容赦なく首から上を華にするつもりであったのだ。

 

しかし少女たちは先の巨錨を見てから若干の戦意喪失状態となっており、ならばと敢えて残りの全員の武器を壊すにとどめた―――結果、モントーヤは「大事な銃を壊した卑猥な野郎」となってしまった。

 

本人からしてみると言いがかり的で釈然としない前科だろうが、キヴォトスにおいて銃を持たない少女は露出魔とそう変わらず、すなわち少女の銃を壊した男というのは実質『追い剥ぎ』と同等なのである。

 

敢えてもう一度書こう。モントーヤは「大事な銃を壊した卑猥な野郎」となってしまった。

 

 

「すまんが生憎とこの場所の禁忌を知らん!!」

 

「言ってねーで止まれェ!!!!」

 

「問題があるのなら後で弁償してやる、じゃあな!!」

 

 

彼は梯子を上り、器用にマンホールを殴り開ける。こうして物語は始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モントーヤの瞳に血のような赤を揺蕩えさせながら。

 

 

 


 

 

俺はいつも分からなかった。

 

 

 

 

外郭で暮らしていた頃。

 

幼い頃の俺が暮らしていた村は、外部から来た研究者にモノを売ることで繁盛していた。

けれども不思議と滅んだ。掘り起こされる遺物に目を付けた大勢のフィクサーや薬指なんかが押し寄せてきて。

 

気が付けば多くが失われて、俺はフィクサーのいくらかを殺して、隠れて……そうしてたまたま運よく生き残った。

 

 

 

生き残ってから、滅茶苦茶になった村を出て街を目指した。

 

そしたら誘拐されて、気が付けば施設の中でモルモット。

同い年の奴等が使い潰されていく姿を見ているうちに調律者が来て、たちまち消し飛んだ。そんでもって、また俺だけが生き残った。

 

…いや、もう一人いたな、確かスタインって女だ。ついでに二, 三名くらい施設関係者が生き残っていたか。

 

 

 

で、その施設の生き残りのうち二名に拾われて。

 

確か俺とスタイン、あと生き残りの人達の子供二人とT社の巣で暮らしていた。

だけどもう一人の生き残りが頭にでっち上げを言ったらしく、でも信じる筈ないのに連中が来やがったんだ。

 

今回も生き残ったのは俺達だけ。そのまま裏路地で暮らし始めたけど、子供二人は裏路地に馴染めず凄惨な最期を遂げた。

 

 

 

それから大人になって、スタインとは別れた。

 

最後に会ったのは確か――血染めの夜の住処。

もう討伐されたって聞いてがっかりしていた俺にスタインが喋りかけてきて、お互いに大事な物を交換したんだ。しかもただ交換しただけじゃない。

スタインと一緒に来ていたウーフィ協会のフィクサーとツヴァイ協会公認のもと、あいつのカッツルバルゲルと、俺の一枚の写真とを。

 

今あいつがどうしているかなんざ知らんが、『白夜・黒昼』の間に超絶活発に動き回るような――それこそ『青い残響』同様、ハナ協会お墨付きの変人だし。

 

まぁ、たぶんしぶとく生きてるだろうな。

 

 

 

またしばらく経って。

 

俺は流れのフィクサーから一転、事務所を持った。といっても引退すると言い出した知り合いが押し付けてきたんだが。

 

それからまた何度も仲間の死を見てきた。しかも多くが形を残したまま、あるいは変わり果てたまま生きているのも見てきた。

 

 

 

ここまできて何が分からないのかって?

 

 

そんなもの、自分がなんなのかってことだ。

 

 

 

 

 

多くの死を見ても心が痛まないどころか、むしろ平然としていたやつ。

 

果たして俺は人間なのだろうかと毎晩考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてある時、自分の瞳が赤くなっていることに気が付いた。

 

 

 

 

 

まるで血のような濃い赤色になっていて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「こりゃ驚いた。外郭にしたってもうちっと法則性があるが、ここはずいぶんな場所だな?」

 

 

 

 

マンホールから外へ出た男の視界へ最初に飛び込んできたのは、人間ならざる生物が直立二足歩行をしている姿だ。

 

向こうでこの手の生命体を見かけるのは、せいぜい外郭の方だろう。

 

鳥も犬もクマも、猫も杓子も皆が背筋を伸ばして歩いている。この光景は都市の人間の感覚でいうと、非常に奇妙な事この上ない。

 

 

「機械も人間らしく振舞っているあたり、ここは都市ではないらしい。まったく面倒なことになったものだ……」

 

「…あっ、そこのおじさ~ん!クレープいりませんかー!?」

 

「んぉ、ああ、キッチンカーでクレープっていうとバイトか?悪いが今の俺は素寒貧でな、また今度にしてくれ!」

 

 

そういって手を振り立ち去ろうとしたが、ふと少女の()()に疑問が浮かび、その場で立ち止まって後ろを振り返る。

 

(待てよ、いま光輪があったよな……?)

 

都市でも頭上の光輪に関する情報が入ることは極まれにある。

 

ただ、ほとんどの場合において遺跡の遺物関係の情報であるため、よっぽどの地位に就いた者でない限り滅多に聴けるものではない。

当然の彼自身もまた、物好きなXX社の知り合いから冗談として聞いただけであって。

 

けれども、それゆえに人一倍違和感を感じた。あれは間違いなく噂の光輪だと。

 

 

「…聞くだけタダ、であってほしいが。――なあ、やっぱりちょっといいか?」

 

「あっおじさま、どうされましたか?」

 

「頭上のそれ、あっいや帽子じゃなくってそっちだ。その、頭のわっかみたいなヤツって……」

 

「あら。もしかしておじさま、外のかたですか?」

 

「あーそうだ、それで気になったんだけど……それ、なんだ?」

 

 

質問ついでに周りを見渡すと、いくつか気が付くことがあった。

 

まず目立つのは、都市と異なる建築様式。

厳密にはある程度似ている部分もあるものの、向こうと比べて些か近代的な割に一般的な技術が用いられているようで、もたれかかるふりをしつつ触った外壁はコンクリートの質感がした。

 

 

次に基本通貨だ。

 

都市の基本通貨といえば『(アン)』が思い浮かぶ。

しかしこの場所では――

 

「…………。」

 

「合計で1,700円になります!」

 

円か。嬢ちゃん。一応こっちも聞いときたいんだが、そのクレープってどれくらいだ?」

 

「えっ…?ああ、クレープですね!こちらのメニューをどうぞ!」

 

「ありがとう。円で間違いなさそうだ

 

――『円』という形式が主流なようだ。

 

 

そして最後に言語と禁忌。

 

言葉はどういうわけか勝手に喋れるようになっていたので割愛するとして。

モントーヤにとって信じられないことが一つある。『法律』なる禁忌が定められているくせに、ここはやけに騒がしい。

 

あっちで爆破、こっちで銃撃戦。暇なのかここの連中は。

 

跳んでくる瓦礫の破片が人に当たらないよう、さり気なく背負った錨で叩き落とす。

 

 

「――――つまり、この輪っかは私たちの生命線でもあるんです‥‥て、おじさま聞いてました?」

 

「すまんな。途中からあっちの騒ぎの被害が来てそれどころじゃなかった」

 

「まーたなんかやってるんですか、暇ですねぇ~……」

 

 

反応から察するに、近頃はこんな感じの騒ぎがしょっちゅう起きているのだろう、とモントーヤは頭を抱えた。

 

*1
「お前のせいだな、イシュメールゥ!」

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