第十話『嚥下と誤嚥』
ピピッ
はっ、朝だ。んーっと今日は、2025年……あっ、45^2(※)年か。そういえば今日は1月1日なんだな。
俺は「年越しの瞬間起きていた」ことがない。普通の人なら紅白とか見て年越すんだろうけど、そもそも歌番組に全く興味が無かった。いや、それ以前にテレビに興味が無かった。年を越すといっても「西暦のカウントが一つ増えるだけ」だと思っているから、人々が何故こんなに年越すのが嬉しいのかよく分からない。まぁ、多分正月は実家に帰って家族と過ごすことが多いだろうから、そういう意味で嬉しいんだと思うけど。
さて、勉強しない選択肢は存在しないんだけど、どうだろう。家族で初詣とか行くのかな?行くならさっさと行って勉強しに行きたいんだが……。
今日は自習室が空いていないから、ショッピングモールのフードコートでも使うつもりだ。昨日もそうだったしね。騒がしい中勉強するのは少し苦手だから、自習室でやるよりも生産性が少し落ちてしまうが、何もせず家でボーっと過ごすよりは遥かにマシだ。ここで回りと少しでも差をつけていきたいところ。よし、普段より勉強時間も短くなるんだし、その分頑張るか。
リビングに行って食卓をみると、そこにはやはり弁当箱が置いてある。ただし、今日は夜遅くまで勉強するわけではないから、一つしかなかった。
最近父がやたら作っている料理。なんだろうこれ。卵×キャベツ×厚切りのハム(?)をお好み焼きみたいな形にしたもの。これ、結構おいしいんだよね。普段は朝起きたら大抵誰も家にいないから、こうして家族4人で食卓を囲むと、朝ごはんが普段の4倍おいしくなる。
このままの流れで初詣にでも行くのかと思ったら、行く気配がない。これは「いいから勉強しに行け」という意味なのだろうか。かといって自分から行こうと言い出すほど初詣に拘りは持っていないし、待っていても時間がもったいない。勉強しに行くか。でも毎年やっているものをやらないのはなんだか変な気分だし、帰り際に一人で寄っていこうかな。
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窓の隙間から、弱弱しい日差しが射しこんでいる。朝か。いや、冬の昼だ。
はぁ。ここは……まぁ、前の世界なわけないよな。俺は、いつまでここに居ないといけないのだろう……。自分で「風神録まで耐える」と決めたわけだけれど、だからと言って毎日が辛くないはずがない。
でも、毎日絶望の縁にいるかと言われると、そこまでではない。確かに毎日憂鬱な気分になるが、身近に慧音さんと妹紅さんが居る。人里の見知らぬ人の店に住み込みとかで働いていたら、もしかするともっと精神状態が酷くなっていたかもしれない。
生きがいは生まれた。寺子屋で子供達に算盤を教えるのは楽しい。算盤ができることがこれほど役に立つときもくるんだな。
永遠亭から退院(?)する前にどこに住むかみたいな話になり、もちろん最初は当然里にでも住むつもりでいた。でも、よく考えれば俺は働いたことがないし、一人で生きていけるかも分からないし、第一里で暮らしたら妹紅さんとも接点が限りなく薄くなってしまう。迷惑極まりないが、そんな状況で生きていけるとは到底思えなかった。
でも、そこに一筋の光が見えた。俺の状況を見かねた慧音さんが寺子屋で働かせてくれると言ってくれた。しかも、寺子屋から近いところに空き家があるらしく、交渉してそこに住まわせてくれた。里の教育の第一人者(多分)である慧音さんだからこそ、周りの人達も信頼しているのだろう。慧音さん曰く「外来人は特別な技能を持っている人が多く、皆期待している」とのことらしい。そんなに期待されても困るが、まぁ高校生までの勉強なら大体は教えられる自負はあった。問題は、俺の知識がここで通用するかどうかだ。
寺子屋は「読み書きそろばん」と言われるように、やはりこれらがメインなのか……と思ったが、どうやら歴史が主であるらしい。ただ、他のこともやるにはやっているので、まずは俺のできる算盤を……と思ったのだが、まぁ問題は起こるものだ。直截、俺の算盤の技能が役に立ったわけではない。俺が使っていたのは「上の珠一つ、下の珠四つ」だったけれど、どうやらここでは「上の珠二つ、下の珠五つ」であるらしい。慧音さんの話を聞く限りは、俺が知っている算盤は十進法で、ここの算盤は十六進法ということなのだろう。
しかし、そんな違いにいちいち困惑していたら生きていけない。慧音さんによくしてもらっているのだから、一刻も早く慣れないといけない。こういうのは、ひたすら実戦練習して体で覚えることに尽きる。幸いにも、3日間猛練習したら大体慣れた。長時間練習しすぎて酷い頭痛に悩まされたのは考え物だけど。
歴史(主に幻想郷の)はまだ俺も分からないことだらけだから、寺子屋の子供達と一緒に授業を受けて学んでいる。俺は、俺はめっちゃめちゃ面白いんだけど、多分これ、興味が無いと超眠くなるんだと思う。毎日というほどではないが、時々頭突きの刑に処されている子がいた。
こんな感じで最近は、授業がある昼過ぎ頃までは慧音さんの寺子屋で助手みたいなことをし、その後は自分一人で生きていく練習(?)をしている。慧音さんは授業準備とかがあって忙しいから、その時は妹紅さんに教えてもらっている。わざわざ毎日のようにこっちに来てくれて、本当にありがたい。特に、多分普段それほど多くは食べていない彼女でも、やはり長く生きているから食に関しての知識と技術は凄まじかった。釣りとか、採集とか、料理とか、毎日いろいろ教えてもらっている。まだ、情報量が多くて処理しきれていないけれど、そのうち慣れるだろう。
んで、今日も寺子屋で教えるかというと、否。今日は12月31日。寺子屋はもちろんやっていない。そうすると家で過ごすことになるが、多分昔のことを思い出してろくに寝られないだろう。現に、今日も寝つきがいいわけではなかった。
過去の過ち。もう、それは消すことはできない。自分の愚かさを悔いることしかできない。でも、僅かに「可能性」があると思われるのが、質が悪い。今はそれに縋って生きているようなものだが、その縋っているものは実体があるかすらわからない。果たして風神録が終わった時、俺は生きていけるのだろうか。
……そんなこんなで、今日は初めて「年越しの瞬間を起きて過ごす」ということをしてみようと思う。一人でやってもただただ孤独なだけだから、どこかに行こうと思う。
一瞬、大晦日だし家でゆっくり過ごそうとも思ったが、最近は毎日慧音さんや妹紅さんに会っていたので、それがいきなり無くなってしまうと精神的に良くない。慧音さん自体は昨日「明日来てもいいからな」って言っていたし、少し迷惑かもしれないけれどお邪魔しようかな。どうせ家にいてもやることないし。
もう午後だというのに、空気は真夏の16時頃みたいな雰囲気の色をしている。これだから、冬のこの時期は少し変な気分になる。一日がとても短く感じられてしまうし、なんだか自分の体内時計ともずれているような気がする。体内時計って外の明るさで補正されないのかな。いや、されるのだろうが、多分自分の体がそれほど優秀ではないのだろう。
そんなことを考えていると、慧音さんの寺子屋兼自宅はもう目の前にある。本当に、都合よく こんなところの家が空いていて助かったよ……。
未だに人の家の訪問の仕方がよく分からないが、慧音さんのところが寺子屋の形をしているからなんとなく放置してしまっている。中入ってから声かければ何とかなってしまうのがよくない。
「慧音さん、いらっしゃいますか?」
「京平?入っていいぞ」
「すみません。大晦日に」
「いいんだ。来ていいと言ったのは私だし」
「いや本当に、ありがとうございます」
「今日はどこかに行く予定はあるの?」
「特には無いです。なんかいつものノリでここに来てしまいましたが、どこかしらで年越しはしようと思ってます。一人だと寂しいので」
「そうだな……里でも年越しに人が集まる場所はあるけれど、君にとっては妖怪たちと過ごしていた方がいいんじゃないのか?」
「ちょっと怖いですけど、確かに私は『知って』いるので確かにそうかもしれないです」
「なら、博麗神社に行くといいかもしれない」
「やっぱり妖怪が集まるんですか、あそこ」
「霊夢には申し訳ないけど……。それはもう、とても」
「じゃぁ行こうと思います。何時ごろに行ったらいいんですかね?」
「人が集まってくるのは陽が沈んでからだろうし、折角なら準備も手伝ってきたらいいんじゃない?」
「いいですね。そうしようと思います。慧音さんは来るんですか?」
「今日はここでゆっくりしていようと思う」
「そうですか。では次会うのは来年ですかね」
「そうだな。まぁ、是非今日は神社で楽しく過ごして」
「分かりました。では、よいお年を」
「よいお年を」
そういって寺子屋と出、飛び立つ。そういえば今日は、朝は寝てて起きていなかったし、昼ごはんもそういえば食べていない。まぁどうせ向こうで食べられるだろうし、別にいいか。
寝 起きで感じていた夕方のような気分はどんどん深まっていく。この夕方の少し前みたいな光線はを浴びると、少しだけ昔のことを思い出してしまう。休日に家族で車に乗ってでかけ、帰るときに浴びた日差しによく似ている。あの時を体が思い出したのか、なんだか欠伸が出てきた。少し昨日は無理をし過ぎたかもしれない。
そういえば、昨日の月の様子から考えると……、今日は更待月なのかな?
もう神社見えてきた。飛ぶのも大分慣れてきたものだな……まぁ、まだ車よりは早くないけど。
魔理沙さんみたいに直截境内に降り立ってもいいのだろうが、個人的に神社を冒涜しているような感じがしたので、止めた。
ということで歩いて鳥居をくぐると、境内を走る参道の両脇から少し距離を置いた一帯、なにやら忙しそうに人妖が屋台の準備をしていた。ただ唯一萃香さんだけは、縁側で瓢箪をもって酒を飲んでいた。まぁ、知ってた。イメージ通り過ぎて感動した。俺が戻るのに失敗した時にはいなかったよな……あぁ、思い出したくない。やめだ。やめだ。
にしても、思ったよりも規模が大きいから、ここにおいて、年越しは割と大きなイベントなのかもしれない。勿論こんな行事になんて参加したことはないし、テレビで見たことも無いから、どういう雰囲気になるのかいまいち想像がつかない。花火大会の日みたいにワイワイ騒ぐのだろうか。
「あれ、あんた来てたの」
「あ、はい。ちょうど今来ました」
「どうせなら手伝って頂戴。今忙しいから」
「何やればいいですか?」
「これに書いてるから、蔵から必要なもの持ってきて作業して」
「分かりました」
そういって霊夢さんは、神社の境内が描かれた図面を渡してきた。それには、丸や線で様々に書き込みがされていた。どうやら、杭や紐を使って人が立ち入る部分とそうでない部分を分けるということだろう。確かに、何もしなかったらいろんな妖怪がその辺りをうろつきまわって手に負えなくなるのかもしれない。
――――――――――――――
年越し蕎麦も食ったし、そろそろ1年も終わる。誰かと話せればいいんだけど……。妹紅さんは見当たらないし、どうしようかな。ここにいるのはほとんど「知っている」人達だけれど、向こうからしたら見知らぬ人であることには変わりないから、話しかけるなんてできそうにない。第一、自分はそんなに社交的な方ではない。永琳さんとか輝夜さんとか探そうかな……。あ、でも輝夜さんに会ったことほとんどないぞ。イメージに反して、もしかしたら彼女は意外と忙しいのかもしれないな。今日いるのかな。
「京平さん」
「え?あ、はい……って咲夜さん、何でしょう?」
「お嬢様がお呼びです」
「えっ」
「では、ご案内します」
不味い。不味い。あの事があってからどうもレミリアさんは苦手なんだ。人のせいにするなんてもってのほかだが、彼女に俺の道を曲げられた可能性もあるから、ちょっとなるべく会いたくない……。ど、どうにかして逃げないと。
「す、すみません。今、他の人と会う予定が」
「あら、どなたです?」
「妹紅さんです」
「そう……分かったわ。 用が済み次第でいいから、その時は向こうに来てほしいわ」
「わ、分かりました」
こんなんでよかったのか。いや、そもそも妹紅さん探してもいないんだけど。どうしよう。
……やっぱり妹紅さんいない。人込みにもいないし、そうでないところにもいない。そろそろ、誰かと会わないと寂しい……。昔いくら憧れた世界だからと言って、よく知っているのは妹紅さんぐらいしかない。彼女からしたら迷惑かもしれないが、まだ全然慣れていない世界の正月を一人で迎えるのは、自分が耐えられそうにない……。遠慮せずに最初から誘っておくべきだった。
まぁでも、あと少し。多分、もう5分もせずに年を越すだろう。
あれ、そういえば一体、今西暦何年なんだ?前の慧音さんの講義によると、確か今は第119季で、第0季が1885年だから、2004年?俺、生まれてねぇじゃん。そうか。そうなのか。
ええと、可能性はほんの僅かだけれど、もし「外の世界」と「前の世界」が同値であるならば、俺は仮に向こうに帰れたとしても、俺を知る人は誰もいない……。あと20年くらいここにいて時間を合わせることも考えられるけど、そのタイミングで戻ったとして、「外の世界」に「外の世界での俺」が生きていたら俺はそこに行く意味がない。そもそも20年もたったら外見が変わりすぎているし、やっぱり考えれば考えるだけこの仮定がいかにおかしいかを痛感させられる。
でも、ゼロではない。
俺はやはり、可能性に、弱い。
俺は……何を違えてしまったのか。
あの時調子に乗っていなければければ。
あの時判断を間違えていなければ。
あの時正しい対処をしていれば……。
理由なんていくらでも出てくる。
クソ、クソ!
戻らせてくれ。過去に……!
あぁ、俺は、俺は……。
年越しの喧騒のなか、彼は一人取り残されていた。雰囲気からも、時間の流れからも。そして今にも、神社の辺りに広がる闇が、まるでアイリスアウトしていくかのように彼の周りを包み、飲み込もうとしている。
しかし、彼の肩を叩いた手は、その闇を見事に炎で吹き飛ばしてしまった。偶然なのか、意図されたのか分からないが、それは午前0時になった瞬間のことであった。
「明けましておめでとう。京平」
「……え?」
「今年は『再生の年』だ」
「……?」
「私も、永夜異変から大きな変化がいくつも訪れた。私たちは今この瞬間新たに、再生したんだよ」
「……どういうことでしょう?」
「今年は第120季。私もつい最近思い出したが、ここでは60年ごとに再生の年を迎えるのさ」
「もしかして、たくさんの花が咲き乱れたりしますか?」
「まさにそうなるだろうな」
永夜抄の後に花映塚があるのは知っていたが、こんなにも感覚短かったのか。こうなると風神録は今年?来年?
「折角の元日なんだ。楽しくいこう」
「あ、ごめんなさい」
「私が言えたことじゃないが、いきなり変化に適応するのは難しいものだよ。段々と慣れていけばいいさ」
「そうですね……。頑張ります」
「まぁ、何かあったら遠慮せずに頼っていいから」
「ありがとうございます」
あ、ありがとう。妹紅さん。妹紅さん……。
酷く落ち込んでいてよく聞こえていなかったが、どうやら年越しの瞬間はかなり賑やかになっていたようだ。盛り上がった余韻、人々がワイワイ騒いだ後のあの独特な雰囲気が至る所から感じられた。
その雰囲気に押されるかのように、半分面倒くさそうな顔、半分楽しそうな顔をした霊夢さんが、が何やら急須?薬缶?のようなものと盃を持って、周りの人達に注いでいる。そして自分たちのところにも来た。
「ほら、受け取りなさい」
「え?あ、あぁ、そ、そうか。そうだよな」
「腕が疲れるから早くしてほしいんだけど」
「あ、すみません」
屠蘇……。酒だよな。いや、確かに20歳以下云々とかそういうのはないだろうが、ちょっと抵抗が。しかも俺、多分遺伝的に下戸だったはずだ。
そう思いながらも受け取った盃にその液体を注いでもらってしまった。これ、どうしようかな。
妹紅さんもそれを受け取り、霊夢さんは隣の人の方に行った。まだ吞んでいないのは変なのか?一緒に呑むべきなのか?そもそも倫理的に俺は吞んでいいのか?もう、何も分からない。
「別に待たなくてよかったのに」
「そ、そうですか」
別に俺を待つ訳でもなく 妹紅さんはそれを呑み干した。俺のものは、呑み干す前に空気が吞み干しそうだ。どうしよう。
「どうしたんだ?」
「あ~。え~っとですね。飲んだことないんですよね」
「まぁ、そういうこともあるか。外はよく分からないからな」
「……」
「どっちみち今呑んでみたらどうだ?」
前の世界の法律がどうこうとかいうのも野暮だし、どういい逃れようかな。ズッコケて零すっていう手もあるけど、折角用意してくれたんだから勿体ない。
「多分、遺伝的に弱いんですよね。お酒」
「挑戦してみないと分らないだろう?限界は」
「限界まで飲ませるんですか」
「そんなにたくさん呑むものじゃないよ。それ一杯呑んで、終わり。吞みたいやつはそんなの関係ないけどね」
「そ、そうですか……」
まぁ、この量ならギリギリゼロ近似しても許されるかな?もしかしたら、舌を通さず一瞬で飲み込めば何も感じないかもしれない。あぁ、もう、どうにでもなれ!
「ゴホゴホゴホ」
「おいおい大丈夫か?」
「ゴホッ、あ、すみまセン゙ゲホ」
「そんなに一気に飲み込まなくてもいいだろう……」
「ン゙ン゙ 慣れないことを早く済ませようとするもんじゃありませんね」
「まぁ、そうだな」
「……あ、関係ないんですけど、そういえば取り乱していて言い忘れていました」
「どうした?」
「あけましておめでとうございます。妹紅さん。いつまでここにいるか分かりませんが、今年もよろしくお願いします」
「あぁ。よろしくな」
咳を出しながらも、一旦飲み込むことはできた。でも、飲み込むのに慣れすぎてしまっては帰れなくなるだろうから、加減は大切にするべきだ。
今年はどうやら、妹紅さんにとっても、俺にとっても、ある種の「再生」の年になるだろう。
慧音の口調を直しましたその2 やっぱこっちのがしっくりくる。
※45の2乗。2025。