……苦い。やはり、苦手なものをすぐに好きになるってことはなさそうだ。
そんな自分とは裏腹に、囲炉裏を挟んで向かいに正座する妹紅さんは、とても落ち着き払ってお茶を飲んでいる。こういうところが、やはり妹紅さんが貴族出身であることを思い出させる。姿勢は非常に整っていて、上品だ。
一口飲み終えた妹紅さんは俺の方を向いて、様子をうかがってきた。多分、お茶苦手なのバレたな。
「どうしたんだ?」
「あ、いや、その、あんまり慣れてなくて」
「……?」
言葉に詰まってしまい、あまり伝わらなかったようだ。彼女はすこし首を傾げ、不思議そうに見つめてきた。
「お茶あんまり得意じゃないんですよ」
「あぁ。なるほどな。済まないね、そこまで考えてなかった」
「いえ、いいんです。妹紅さんと飲んでたら多分そのうち慣れるし美味しくなるので」
「お、おう……」
あまり納得のいっていない様子の妹紅さんはまた湯呑に手を付け、口に運んだ。そして、それを置く前にまた口を開いた。
「そういえば、京平はさっきまで何をしていたんだ?」
「永琳さんに用があって永遠亭に行ってました。飲んでた薬について報告しに行ってた感じです」
「……変な薬じゃないだろうな」
「一応、俺のあの症状を緩和してくれるような効果もあるので、変な薬ではない……はずです。試作段階ではあるみたいですけど」
「そうか。まぁ念のため気を付けてくれ。あと、よければでいいんだが、それはどういう薬なんだ?」
「名前は『胡蝶夢丸』で、飲むといい夢が見られる。みたいな感じです」
「そうか。日中から魘されてたもんな。効果はあったのか?」
「ありました。副作用も特になかったんですけど……」
「不満があるのか」
「不満ってほどじゃないんですけどね。俺が日中に見る夢というか幻覚みたいなものは、俺が生きてた世界を思い出させてくれるっていう役割を果たしている気がするんです」
「忘れたくないのか?」
「こっちに来てみたかったとはいえ、未練はありますら。あと、あれがないと自分を見失っちゃう気がするんです」
妹紅さんは優しく目を閉じて、少し間をおいてから言った。
「ああ。なるほどな。なんとなく、解るよ」
「妹紅さんに分かってもらえると、少し嬉しいな」
彼女は、俺よりも遥かに多くの苦悩と日々向き合ってきているはずだ。俺を気遣って「なんとなく解る」と言ってくれたけど、多分心から共感してくれているんだと思う。俺がこんなこと考えるのも少し変な話だけど。
「私が言えたことじゃないけど、偉いよ。京平は」
「そうなんですか?」
「前の世界に帰れそうもないなか……。あ、いや悪意はないんだ。そんな中、自分の出自を完全に無かったことにしてここで新たな生活を始めることもできるのに、京平はそれと確り向き合ってる。別に前者のような人を非難するつもりはないし、そういう生き方も全然いいと思うけどね」
「やっぱり、似たような経験は妹紅さんもしてるんですか? ……触れていいか微妙ですけど、妹紅さんの『藤原』とかまさにこれと似たような感じですよね」
「ああ。……京平は私の名前の由来を知っているか?」
「『妹紅』は、『自分
「そう。蓬莱人になる前は違う名前で暮らしてたのさ。もう私は永遠と生き続けないといけないし、外の世界とはもう暫く縁なんてないだろうけど、やっぱり私は『藤原』として生まれてきた。昔、輝夜に何をされたとしても、父がどうなったとしても、自分の出自を忘れてはいけないと思うんだ」
妹紅さんは朧気に遠くに目をやりながら、しかし語気に少しだけ力を込めてそう言った。人生の大先輩の言葉に感激するばかりで、次にかける言葉が見つからず少し焦ったが、妹紅さんはまた口を開いた。
「……帰れると、いいな」
「まぁ、足掻くだけ足掻いてみてダメだったらまた考えます。そんなことあまり想像したくないですけど……」
「こんなことを訊くのは野暮かもしれないけど、もし帰れなかったらどうするつもりなんだ?」
「正直、まだあんまり考えてないです。さっきあんなこと言ったけど、そうなったときに過去の自分と向き合い続けられるのか、分かんないかも」[武南1.1]
「無理をして自分の心を壊さないでくれよ。過去の私みたいになってしまうからな」
「……分かった。でも、妹紅さんは一体どうやってそこから立ち直ったんですか?」
「偶然さ。偶然ここに流れ着いて、あいつ(輝夜)と再会できたから。今までの恨みを全て晴らそうとする中で、馬鹿馬鹿しくなってきたんだ」
「自分の力だけで立ち直るのは結構難しい感じなのかな」
「私と少なからず近い性格をしてる京平なら、そうかもしれない。普通の寿命を持った人間が、その人生の中でさっき言った偶然を引き当てることができるかは怪しいから、どうか、心は大切にしてほしい」
「うん……」
将来の自分のことは、分からない。未来の自分に殆ど丸投げしてしまっているから。でも、来る未来に向けてできることは、ある。それが、今のうちから将来の自分について考えてみること。守谷一家がいつ来るか詳しい日時は覚えていないけど、多分あと1年は猶予があるはずだから、それまでにゆっくり考えておけばいい。
「ちょっと、話を重くしすぎたかもな。これから先の話をしよう」
「先の話? 今のって先の話じゃないんですか?」
「あー、まぁ、確かにそうだな。じゃぁ『すぐ近い未来の話』をしよう」
「なんですか?」
「ここで暫く暮らしていくなら、戦えた方がいい」
「え?」
「京平は比較的そういう力を持っている人間だから、そういう機会も無くはないだろう?」
「無いと思います……。思いたいんですけど」
「まずは弾幕勝負ぐらいからでも、できるようになってもいいんじゃないか?」
「まぁ、面白そうではあるかも……」
「ここに丁度いい実験台もいるんだし」
「ちょうどいい実験台?」
「ほら、私、死なないだろう? 弾幕勝負は普通に死にかねないからな。その点私相手なら心置きなく練習できる」
「死なないとはいえ殺したくないんですけど」
「じきに慣れるよ。ほら、行こう」
お茶の片づけもそこそこに、妹紅さんは部屋を出て外に行った。あんまり乗り気じゃないけど、そのあとに俺もついて行った。
まだ年が明けて少ししか経っていないから、外は寒く、地面は白い。太陽は出ているが、その日差しは弱々しく、全く頼りにならない。俺はまだここで冬を越したことがないけど、多くてどのくらい雪が積もるのだろうか。屋根の雪おろしとか雪かきが必要なぐらいには積もるのだろうか。今は、手のひらの厚さ程度にしか積もっていないから、歩くのにもはしゃぐのにも大して影響はない。雪合戦とか雪だるまを作ろうとするならもうすこし量が欲しいかもしれない。
妹紅さんの家の目の前の少し開けた空間で、彼女は俺の数m先に止まってこちらを振り返った。
「じゃあまずは、一発殴ってみよう」
「え? 弾幕は……」
「そこらにいる名も知れぬ妖怪が弾幕勝負を受けてくれると思うか?」
「いやまぁ、そうですけど」
「いいから、とりあえずやってみな。本気出していいからさ」
逃げたいけど、ちょっとこれは逃げられそうにない。やるしかないか……。絶対妹紅さんに対して一発入れられるとは思わないが、なんだが気が引けてしまう。そもそも、俺はこういうのに全く縁がなかったから体の動かし方がよく分からない。何をどうすればいいんだ?
妹紅さんはポケットに両手をつっこんで、すこし仁王立ち気味でいる。走って突っ込んで殴ればいいのか? 分からないし、そもそも殴りたくない。
どうしたらいいか分からず、結局モゾモゾと牛歩みたいに妹紅に近づいていく感じになってしまっている。その間も彼女はずっと、その場から離れない。なんなら少しニヤニヤしている。そんなに俺が面白いのだろうか? いや、多分面白いか。
そうこうしているうちに、もう腕を伸ばせば当たる範囲まで来てしまっていた。少し恥ずかしくて妹紅さんがどんな表情をしているのか分からないが、多分爆笑寸前なんだと思う。堪え切れず息が漏れていないだけまだマシか。
やっぱり妹紅さんを殴りたくないが、やるしかない。彼女が上手く避けてくれることを信じる……!
予備動作なしに棒立ちの状態から一発入れた直後、鈍い音とともに柔らかい感触がした。腹にあててしまったか……。
「……っ……っはは!!」
「……え?」
よく見ると、自分の拳は妹紅さんの左手で受け止められていた。あの柔らかい感触は、彼女が受け流したことによって生まれた錯覚らしい。
「ごめん京平、ちょっと、面白くて……っははっ」
「……馬鹿にしてます?」
「してない、してない。ちょっとからかってみただけだって」
見上げると、妹紅さんは愉快に爆笑していた。なんなら涙が溢れそうになっているまである。そんなに、そんなにおかしかっただろうか……。
「俺、からかわれる原因になるようなことしましたっけ……?」
「あー、してないさ。多分」
「多分?」
「まぁいいだろう。冗談だよ。冗談」
「?」
「殴りかかりなんかしなくていい。その力を使えば問題ない」
「……最初からそう言ってくださいよ」
そして、未だに殴りかかった手を引いていないことに気付き、恥ずかしさに追い打ちがかかる。どうしてこうなってしまったんだろう。
「素でこんなに笑ったのは久しぶりだよ。全く」
「……いつかやり返しますからね」
「ああ。待ってるよ」
気を取り直し、後ろに数m下がって妹紅とまた対峙した。俺はまだ、弾幕らしい弾幕は放てない。そもそもやり方が分からない。だから、自分の力に頼ってできることをやる。
「y=x」
そう言うと、イメージしたとおり、2mほどのライトセーバーのような棒が右手に出現した。別にy=0とかでもいいんだけど、初期位置的に傾きが1だと都合がいい。もしかしたら状況によって使い分けられそうだ。
「そういうことだ。とりあえず一発当ててみな」
密かに扱う練習はしていたものの、まだ体には全然馴染んでいない。とりあえず、妹紅がいるところめがけてぶんぶん振り回してみるが、なかなか当たらない。自分の力が足りず、振る速度があまりに遅すぎる。彼女はポケットに手を突っ込んだまま、ちょっと飛び跳ねたり身を引いたりするだけで全てを躱してしまっていた。
「練習が足りないな」
「うーん。そうですね……」
この紅いライトセーバーみたいなもの(いい加減名前つけようかな?)には、質量が恐らくない。だから、もっと重さのあるものを振り回す練習をすれば勝手に扱いが上手くなるだろう。
このままでは本当になにも上手くいかない。さっきから少し変域を変えて棒を伸ばしたり傾きを一時的にいじったりしてみているが、全く効果がない。直線で戦うのは一旦諦め、その棒をしまう。
「z=a(x^2+y^2)」
平面図形でうまくいかないなら、立体で攻めればいい。xy平面上の放物線をy軸に関して1回転させたような立体を出し、妹紅をその内部に捉えた。そして、1に設定していたaを段々大きくしていけば……。うっ、力が、足りない。
見上げると、妹紅は両手を広げ、迫りくるその壁をいとも簡単に押さえつけていた。やっぱり、力不足か。
「まぁ、まだそんなもんだろう」
そう彼女は言うと、両手に思いっきり力を込めその壁を突き放した。直後、イメージしていた変数aが急激に小さくなっていくのを感じた。そしてもう限界が来たのか、立体を維持できなくなってきたので、それをしまった。疲れからか思わず後ろに倒れこみ、しりもちをつく。直後、妹紅さんは余裕の表情で近づいてきた。
「いろんな形を自在に出せるのは、結構面白いかもしれないな」
「ええ……、でもまだ力が足りなすぎですね。だめだこりゃ」
「でも、本当はあの状態でも私を殺せたんじゃないか? なんとなく、そんな気がするよ」
「まぁ、できるにはできたんだけど……、俺も多分死ぬ」
「なるほど……?」
「aを正に発散させれば多分どんな物体でも潰して無にできる。でも、瞬間的に無限大のエネルギーが必要だから、多分そんなことしたら俺が死ぬし、無限大のエネルギーを使うってことは多分世界が終わる……多分」[武南2.1]
「……すまない。あんまりよく分からなかったけど、無理はしないでくれよ」
「もちろん。まだ死にたくはないですから」
無限大のエネルギーって言っても、自分でもよく分からない。無限ってなんなんだ? それって本当に無限? 俺に無限を扱える力があるとは到底思えないが、なんだかできるような気がしてしまう。それなら、この世界はいつでも俺の手で終わらせられることになってしまう。そう考えると少し、恐ろしい。
「立てるか?」
「大丈夫です……よっと。それより、あのライトセーバーみたいなやつに名前つけてくれませんか?」
「ライトセーバー?」
「ああ、さっき俺が出してた棒とか立体のことです。いい名前が思いつかなくて」
「うーん、ライトセーバーのままでいいんじゃないか? ここでは聞いたことがない言葉だから、多分誰も不思議に思わないと思うよ」
「そっかー。じゃぁ、それでいっか」
確かに、別にこの世界の単語ではないから、俺が再定義してしまえば勝ちではある。自分自身で慣れるのに結構時間がかかりそうだけど。いわゆるライトセーバーと違って、柄の部分が存在しなくて光刃しかないし、線だけじゃなくて面にもできるから、自分のイメージと食い違って変な感じがする。
「もう一戦やるか? まだ試してない戦い方もあるだろう?」
「うーん、どうしようかな……。まぁ、やるか」
「そうこないとね」
またさっきのように両者距離を取った。妹紅さんは相変わらず余裕の構えだ。今度はどんなものを出してみようか……。少し変わり種を出してみたいものだが。
あ、そうだ。ちょっと試さないといけないけど、よさそうなものがある。名前は忘れたけど、xが有理数で1、無理数で0を返すあの関数を使えば、いたるところで不連続だから、もしかしたら超鋭い刃みたいになるんじゃないか? 名前は知らないがイメージは、できる。
直後、声に出さなくてもその関数が現れた。本当に名前は忘れたけど……。
妹紅さんは別に顔色一つ崩さず、そのまま仁王立ちで待っている。もし本当に威力が強すぎたらまずいから、その関数でひとまずその辺に生えている竹を切ってみると、サッっと、音もほぼ立てず、抵抗もほぼなく、3本の竹が鋭く切れた。流石にこれを妹紅さん相手に使うのは……。
「いい武器だな」
「ま、まぁそうかも……?」
「ほら、早くかかってきなって」
仕方なく、その刃(傍から見たら二本の直線にしか見えない)を妹紅に振りかざす。まぁ、どうせ彼女は避けるだろうから大丈夫。と思ったのも束の間、妹紅は何故かその場から一切動かず、その刃をもろに受け、見事に胴体の辺りで切断された。
「う、うわああああああああああああ!!!!!!」
「はは、いい、刃、だな」
思わず目を逸らしたくなるが、心の奥底で蓬莱人の甦生方法に興味を持っていたのか、そのまま見つめてしまっていた。
妹紅はやはり顔色一つ変えずにそのまま目を閉じ、直後、一瞬姿を消したかと思えば、周囲から突然現れた紅い空気が急激に中心に向かって集まってくるかのように動き、小規模な爆発のような音を立て、そのなかから妹紅は甦った。
「私は死んでも大丈夫だって、分かってるんだろう?」
「いやそうですけど!! いきなり死なないでください!!」
「京平が遠慮してたからな。私を殺すのに慣れておいた方がいい」
「そんな……」
「まぁ、流石に今日はもう終わりだな。いきなり驚かせてすまない」
「……次はちゃんと避けてくださいね」
「ああ。勿論さ」
そして、一旦妹紅さんの家に戻ってまたゆっくり休もうとしたとき、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「おーい、妹紅!」
「慧音か? どうした」
「忘れ物! ……って、京平、どうした」
「あ、はは……。大丈夫です」
「妹紅、何かしたのか?」
「大したことじゃない。ちょっと死んだだけさ」
「……京平はまだお前が死ぬ事に慣れてないだろう。もう少し気遣ったらどうなんだ」
「これから何回も死ぬだろうから、早いに越したことはない」
「で、でも、俺に殺させなくてもいいじゃないですか!」
「それは、すまなかったよ」
「やれやれ……」
慧音さんは友人の態度に対して呆れ切っている。慧音さんはいつも妹紅さんに振り回されているのだろうか。まだ二人の関係性があまりよく分かっていないから、少し知りたい気持ちがある。妹紅さんは俺に多少の謝罪の目線を送りつつ、さっきみたいにまたニヤニヤしていた。そんなに俺がビビっているのが面白かったのだろうか。
「はぁ。二人とも、気を取り直してご飯でも食べに行くか?」
「え、いいんですか?」
「妹紅が迷惑かけたから、気持ちよ」
「そういえば、今日はまだ一食もしていないな」
「妹紅、だからお前は確り食事をしろとあれほど……」
妹紅さんを殺してちょっとショックを受けていたけど、3人でご飯を食べられるなら、それも和らぎそうだ。これを機に、妹紅さんと慧音さんの関係についてもう少し知れたらいいな。
遅くなってすみませんでした(スライディング土下座)
この間に例大祭でてるもこ小説出して、永夜抄ExNNFSしたのでどうか許してください......。
春例の話も書いているので、対話の次話も気長に待っていただければと思います。