第六話『闇と一縷の光』
斜陽の波長の長い光が、木々の間から射してくる。
紅葉の葉の柄が描かれた盾と、長めの刀は、その光を映して金色に輝いている。
も、椛さん……。ここから先は、普通に立ち入るならまずいかもしれないな。まぁ、どうでもいいか。
「ここから先は、関係者以外入れないことになっている」
「……」
「無断でここから先に立ち入ると、こちらとしても排除せざるをえない」
「いっそのこと殺してくれないですか」
「……今、何と言った?」
「このまま行くんで殺してください」
「……」
通りたい。通らせろ。邪魔するな。力づくで押されたら勝てるわけがない。通してくれ。
「通してください」
……どいてくれた。それでいい。殺されても文句は言わない。
なんで誰も追ってこないんだろう。椛さんじゃんくても、他の天狗を呼ばれて、そいつらに殺される思っていたんだけど。とうとう見放されたかな。まぁ、別に今死のうがすぐ後で死のうがあんまり変わらないし、いいか。滑落して死ぬか、餓死するか、野生動物に殺されるか、天狗に殺されるか、どれだろうな。
はぁ、心底どうでもいい。寝てる間に食われててもいいんだけど。目が覚めたら前の世界に帰ってないかな。
そもそも、なんで俺は「生きている」のだろうか。なんで俺という意識が存在しているのだろうか。別に俺が「生きている」必要性ってなくないか。なんで俺に意識があって生命活動をしているのだろうか。俺という意識がないときって、どういうことなんだろう。俺が見ている世界は、俺の意識がないともしかしたら存在しないのではないか。稀に(特に今みたいな、暗い夜に)ふと思うことだが、今は、これまでで一番深く考えている気がする。この思考になると、親がいようが、親友がいようが、彼女がいようが、本質的には自分が孤独な気がする。多分実際そうなんだろう。暗い、ただ広く、寒い宇宙空間に放り出されて孤独に漂っている自分が想起される。
そうすると、俺が前の世界にいようが、ここで生きていこうが、関係ないのかもしれないし、死んでいても変わらないのかもしれない。自分が見ている世界が、自分の意識に根差しているものだとしたら、もしかしたら、俺が死んだらこの世界は消えるのだろうか。
なんだか今、「生きても死んでもいない」状態みたいだな、はは。なんか妹紅さんみてぇだな。彼女に関しては決して死ねないから、これよりも酷い状態を味わったんだろう。もしくは、古明地こいしみたいな感じだろうか。彼女に関しては悪いとは思っていないだろうが。
そういや、椛さんとか天狗とかいたな。あぁ、ここって妖怪の山だったのか。これが古の八ヶ岳なんだな。はぁ。妹紅さん……。よりによってここで死ぬなんてごめん。
……起きたら彼岸で小野塚小町に会えることを祈るよ。
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真夏の海岸の汀に、妹紅さんは佇んでこちらを見て哂っている。今にも蒸されそうだが、砂風呂って、いいな。
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あぁ、旭だ。瞼に入ってきて視界が真っ赤になるが、まぁ、起きても別になにもないしどうでもいいか。知らん。知らん。残念ながら意識ははっきりしているし。起きたら知らないうちに死んでたってのが一番幸福だと思ったんだけどな。どこまで見放されているんだろうか。
いや、よく考えたらもう12月になるってのに、なんで低体温症で死ななかったんだ。そこは死んどけよ俺。すぐ風邪ひくくせに、どうでもいいところで意地はってんじゃねぇ。クソが。
しーらね、そのうち勝手に餓死でもするだろ。
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「おい、京平」
誰だ、まぁ、誰でもいいが。
「おい」
もう、なんでもいいからさっさと殺してくれ。
「いつまで寝てんだよ」
俺が寝ていようが寝ていまいがどうでもいいだろ。別にここにいてもいなくてもいい存在なんだから。
「ずっとそこにいても何も起こらないぜ」
寧ろ何も起こらない方がいい。どうでもいい。
「行くぞ」
心底どうでもいい。知らん。
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「京平」
誰だ。
「私は……私は」
なんなんだ。
「何と言ったらいいか分からない。励ましにならないのは分っている。ただただ、私の気持ちとして受け取ってほしい」
何を言われようがどうでもいい。
「少なくとも私は……、京平と同じ世界に、共に過ごせることを歓迎するよ」
もはや自分の根底が失われしまっているなかで、いくらそんなこと言われようが、心底どうでもいい。
「暫く、ゆっくりしていきな」
一体俺の何に期待しているのだろうか。もう、いくら振っても何も出てこないぞ。
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「京平、そろそろ、外に出ないか」
連れていきたいなら、連れて行けばいいだろう。
寒暖差が激しいのか、ほんの少しだけ寒気を感じる。
いったい、幻想郷に来てからどのくらいの時間が経ったんだろう。もう、ほんの少しだけ意識を外に向けてみる。
居待の月が見えた。
幻想郷に来たのが満月だったから、大体それから3日とかだろうか。
そうすると、えっと、11月は30日しかないから、今は12月2日……。それで何曜日だっけ。まぁなんでもいいや。
ふと、目の前に炎に包まれた鳥が見えた。ような気がした。その鷹揚な鳥は、空高く飛んで行った。
俺も、あんなふうに飛んでどこかに行ってしまおうか。あれから、誰かがずっと傍にいた気がする。迷惑だし、消えようかな。
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「京平か?」
だから、誰なんだ。
「……酷い有様だな」
放っておけ。知らん。
「4日も姿を眩ませて、皆心配しているんだ」
知らない。そんな心配する奴は多分いない。
「紫様から話は聞いている」
紫……?貴方は、八雲藍か。何の用だ。
「君の運命を哀れみ、能力を解析してくださった」
何を言っているかよく分からない。
「君は——能力がある」
よく聞こえなかった。いや、聞いていなかった。
「放物線」
y=x^2(※)がなんなんだ。まぁ、他にもあるけどな。全部相似だしどうでもいいか。
「ほら、目の前をよく見てみろ」
意識を少しだけ、目の前に向けてみる。
……ほ、放物線?
どうも、手に放物線を握っている。原点付近を掴んでいて、値域が0≦y≦1(m)ぐらいある。地面に少しめりこんでいるような気がする。一体どういう材質なんだ。
ライトセーバーみたいな、紅い光り方をしているが、芯はしっかりしていて、固い。冷たくも温かくもなく、手に馴染んでいる。見た目は、まるで弾幕の弾をを細長くしたような雰囲気だ。
「君は、関数を操れる。よく知っているものに限るが」
何言ってんだ?
「前の世界では、数式に親しんでいたのだろう?」
いや、単に受験勉強していただけだが?そもそもなんでそんなこと知ってんだよ。
「それが幸いしたのか、君には、『容易にイメージできる関数を投影し、実体化できる』能力がある」
長ぇよ。そもそも何の役に立つんだよ。
「どんなに甲斐無い力だと思おうが、君の使い方次第でいくらでも化ける」
「はぁ。具体的には何がどうできるっていうんですか」
「漸く喋ったか。一週間ぶりだぞ」
一週間喋らなかったからなんなんだよ。どうでもいいだろ。
「それは、私には分からない。君が見つけるものだ」
「はぁ」
「すぐにとは言わないが、気が向いたら戻ってこい」
「その間に死んでも知りませんよ」
「君は、死なない」
「蓬莱人じゃないが?」
「確かにそうだ」
何を言っているのだろうか。
「では、達者でな」
本当になんだったんだ。
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「おーい、京平ーいるかー?」
心配……か。俺は、もしかするとここで誰かに必要とされているのだろうか。いや、そんな自分に価値があるとは思えない。
俺は……俺は、やっぱりここで生きていかないといけないのか。本当に、どうして、どうしてこうなったんだ。
そのまま適当に、無意識のままに過ごしていたら、死ぬと思っていた。人は、どうも水無しでは3日、食料無しでは3週間で危なくなるらしいが、俺はまだ死んでいない。今がいつなのか知らないが、別に肉体は健康な方ではないから、知らないうちに水でも飲んでいたのだろうか。クソ。クソ。死ぬなら早く死ねよ。
なんか、何処からか聞こえてきた声が、段々と大きくなってきた。
……妹紅さんの声だな。俺が覚めた理由も、彼女にあるのかもしれない。いい加減、もう、立ち直れってことか。いや、そう簡単にできてたまるかよ。死ね俺。
ちょっと待てよ。今の状況で妹紅さんに姿を見せられるはずがない。俺はこの場にはいない方がいい。余計に迷惑をかけてしまう。距離を置くか。
見ている側が逆側の三日月(にしては幅が広いか)が多分南中している。何というのだろうか。このあたりの月の名前はよく分からない。
周りには当然灯りもなく、夜空に瞬く星がきれいに見える。今、肉眼で見える限界が6等星なのだろう。
星座もよく分からないが、オリオン座とカシオペヤ座ぐらいは分かる。「w」の文字と、砂時計みたいな形は簡単に見つけられた。
暗かったからか、相当近くにいたであろう妹紅さんには見つからずにここまでこれた。が、流石に体にきているのか、平衡感覚が少しおかしくて、移動に苦労した。
絵に描いたような崖に腰かけて、いろいろ考えてみている。漸く、多少は冷静になれた気がする。
はぁ、それで、関数がなんだって?どんな能力なんだよ。いや、まずなんで俺なんかにそんな力があるんだよ。ないものだろ、普通。まぁ、適当にいじってみるか。
「y=[x]」(※)
うわ、マジででてきた。なんか階段にできそうだよな。y=[x]って。
もう少し変域を広げて……。うっ、できそうでできないし、力が入らん。思い切り拳を力んでみているけど、握り方が下手くそで上手く力が入っていない気がする。
いやそもそも、1mの段差はやばいって。無理、無理。えーっと、10㎝ぐらいにしてみるか?座標の感覚は、イメージすればいいのかな?ええっと、まずこれを消して、あ、マジで消えた。それで、えーっとね。
「y=[x/10]」
あっ、これならいけるな。ええっと、固定を……。さっきのy=[x]で力使っちゃったかな。固定するのは力がいるのだろうか。
使いこなせれば意外と便利かもしれない。今のところ何にどう使えるかは全くの未知数だけれど。これ、やろうと思えば武器とかにも応用できるんじゃなかろうか。あ、待てよ。放物線の二次の項を定数でおいて、それを動かせたりしないかな……?(※)
「tを任意の実数とし、y=tx^2」
あ、あれ。なんで直線が出てくるんだ?おかしいな?
あっ、そうか。t=0になってる説があるな。ええっと、tをだんだん大きくして……って、うわっ、急に端の2か所反るじゃん。びっくりするわ。最初の方はもっとゆっくり動かさないといけないな。ええっと、これをもっと動かして……あ、あれ、力入れてももう動かねぇぞ。はっ!ふっ!!うおおおお!!!!
む、無理。多分t=1/2ぐらいまでしか動いてない。そんなにいい話はねぇか。さっきもそうだけど、多分
もう一回別の関数で試してみようかな……あ、なんか、すっげぇ怠い。なんだこれ。もう力でないぞ。てか、何?さっきからさ。何ていう力なのこれ?妖力?魔力?何?まぁ、似たようなもんか。「
も、もう歩きたくないぞ……。いきなり無理しすぎたか。
あっ、そういや、ええっと、関数に釣られて忘れてたな。一回関数については置いておこう。問題なのは、俺がここで生きねばならぬ根拠と目的を見つけること。
まずは、紅魔館に行ってレミない。いや、だからと言って反撃と化するつもりないんですけどね。敵うわけないし。いや、だからと言って反撃と化するつもりないんですけどね。敵うわけないし。そのためにはまず、俺の今の状況を打開する必要がある。貰った服はきったねぇし、何より栄養が足りていない。何か食べなければ……いや、ちょっと待てよ。一体何が食えるもので、何が食えないものなんだ。サバイバル生活なんてしたことないから分かるわけなくないか。終わった。無闇にその辺のもの食べて体調を崩したら、今度こそ終わりだ。
……終わりたいなら食えばいいのかもしれない……いや、一回ちゃんと考えよう。
どこかこのあたりに頼れる人……いるわけない。妹紅さんについては、まず第一にあまりに迷惑だし、ついでにこんな醜態を晒せるわけがない。紅魔館については、まずここがどこか分からないから、どこにあるかすら分からない。
待てよ、俺、今どこにいるんだ?ここの地図なんて頭に入っているわけないだろう。詰んだ。
そもそも論、どこかに辿り着いても、今は人前に姿を現したくない。まともな、まともな状態になってからじゃないと……。
無理だな。俺の運命はここで終わるか。まぁ、よく考えてみたら、たかが俺の能力が分かった程度の問題で、俺の問題が解決したわけでは全くない。俺はただ、前の世界に帰って家族と夕飯食いながら話して、学校で友達と関わりたいだけなんだ……。
やっぱ、辞めた。いいや。どうでも。もう俺は終わった存在だから。知らない。知りたくもない。
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普段より、なんだか視界が高い気がする。自分の意思とは関係なく、上下に揺れながら前に進んでいる。水平方向のすぐ下には、白地に紅のリボンを付けた、銀髪の女性の肩の上に乗っていた。自分を肩車するなんて、彼女はどれだけ力があるのだろうか?
その女性に話しかけようとしてみるが、うまく言葉にできなかった。まるで、喋り方を忘れてしまったようだ。
だだっぴろい草原の奥の方には、滑り台とジャングルジムが見えた。小学生ぐらいの子供達が、そこらを走り回っている。うるさいが、悪くはないな。
本当は、数式は全部Texで表示したかったのですが、うまくいきませんでした……
※y=x^2:放物線。なお、放物線は全て相似な(拡大縮小して動かしたらピッタリ重なる)関係にある。
※y=[x]:ガウス記号を用いている。蹴込のない階段みたいな概形になる。
※放物線y=ax^2+bx+cの、aの部分の絶対値を大きくすると、放物線の開きが狭くなる。