近いうちに私も、製本してサークル参加しようと思います。
「なぁ、この問題、解説の言っていることは分かるんだけど、どういうモチベーションで、これではさみうち(※)しようと思ったの?」
「ん?どれどれ?」
「これの……この部分」
「んーえーっとね、まずこの式をみたら、『kを全部nに置き換えてみる』って発想が無いとだめ」
「あ、そういうもんなの?」
「そういうもん。kは1からnまでだから、全部nにすれば上から挟めるでしょ?」
「まぁ、そりゃ確かに」
「そのうち慣れるよ。こういう問題たくさんあるから」
「……わかった。あざます」
やっぱり分からないことは頭のいい友達に訊くのが一番いい。彼の時間を少し削ってしまっているのではないかと少し心配になることはあるが、彼は彼で、他の教科を俺に質問することがあるから、まぁセーフかな。
分からないことは、自分で抱え込んでしまうといつまでたっても永久に分からないことがある。分かったとしても、それは、「分かったつもり」である可能性が高い。だから、友達に限らず他の人に訊くことは大切だと思う。
何が分からないのか自分でよく分かっていない状態で質問しにいってしまうこともたまにある。でも、「他の人に疑問を話そうとする」行為によって、自分が何を分かっていないのか知ることができることもある。うまくいけば、相手の回答を待たずして勝手に自己解決してしまうこともある。
結局何が言いたいかっていうと、「一人で抱え込むな」ってこと。
とりあえず、昨日から悩み続けてきた問題が解決してよかった。問題集って、基本的には、解答は載せてくれるけど、解答に至るプロセスとか考え方とか、そういった類のことを書いてくれているものは少ないからね。だから、塾っていうものがあるんだろうな。
「ほら、これ、解いてみてよ」
「えーっと、うーん。ちょっと待って」
なんだよ、一つまたは二つ選べって。恐ろしいな。自分の解答が合っているか合っていないか自信が持てないじゃないか。この形式だと。
「えーっと、これが、こうだから、②と④?」
「そう。気持ち悪いでしょ?これ」
「そうね。なんか、問題が独特すぎるわ。状況設定も、考えたことないし」
母親にいつも作ってもらっている弁当は、あと少しだけ残っている。多分、一般的な弁当に比べてかなり大きいと思うんだけど、食べるのを苦痛に思ったことは一切ない。
昼ご飯をこのスペースで食べている人は多いけれど、夜ご飯を食べている人はほとんどいない。本当に、俺ぐらいだ。今日は例外的に友達と一緒に食べている。
友達と話しながらご飯を食べていると、なんだかんだあって、食べるのにいつもの倍ぐらい時間がかかってしまう。食べ終わってからもこんな感じでいろいろ、問題について話し込んでしまう。
この間の勉強時間が失われているんじゃないかと思うこともある。でも、こういう時間って必要なんじゃないかな。ずっと一人で勉強なんてしてたら、精神が持たないよ。人間は、いや、主語が大きすぎるな。少なくとも俺は、たった一人で生きていくなんて、できやしない。
――――――――――――――
曖昧な意識。窓から差してくる一筋の光。
そうだ。ここは、幻想郷。俺は、もう、帰れないかもしれない……。
急に、意識がはっきりしだした。それにつれて、自分がまるで、寒くて、ただただ広いだけの宇宙に取り残されたかのような孤独感を覚えた。この感覚、大嫌いだ。ただただ、本当に、寂しい。どこかに消えてしまいたい。
なんで、人間ってこんなにも意識があるんだろう。なくていいのに。なかったら苦しむこともないのに。
「ほら、ご飯できたわよ」
「あ、あぁ……」
「何、また悪夢にでも魘されていたの?最近多いわね」
悪夢ってよりかは、なんだろう。過去の記憶なのかな。前の世界では多分こんなこともあった気がする。
基本的に、俺の世話は鈴仙さんがしてくれている。とはいっても、寝たきりって訳ではないから、ご飯運んでくれるぐらいだが。今となっては一応、普通に歩行はできる。まぁ、彼女からしてみたら、余計な仕事が1つ増えたぐらいの感覚だろう。
こうして、他の人と話すと、少しだけ、気が楽になる。ほんの少しだけ。あれから段々、ふとこういう幻覚のようなものに魘されるようになったから、傍に誰かいてくれると多少気が楽になる。どうやら、体の方は多少よくなっていっても、精神的には相当なダメージが入っているらしい。
永遠亭に運び込まれた直後は、こういったことはそう多くなかったはずだけど、やはり実感とういうものは遅れてくるものなのだろう。最近は、一日の半分以上が辛い。ふと、暗くて、寂しい気持ちが背後から襲ってくる。
ただ、一つ懸念点なのは、ここ数日は傍に誰かいても精神的な苦痛があまり和らがなくなってきたことだ。確実に悪化している。このまま、心に抱える傷が開いてしまったら、俺は生きていけるのだろうか。
前から、少し無理言って鈴仙さんに、俺がいる部屋で作業してもらって気を紛らわせていた。あんまりいい顔はしなかったけど、多分永琳さんが俺のために彼女に言ってくれたのだろう。申し訳ない。
でももう、それでけでは耐えられない気がする。どうしようか……。
「……今日は妹紅さんと慧音さんがいらっしゃるから」
妹紅さんは毎日のように顔を出してくれるが、慧音さん?寺子屋はいいのか?
「早く治して欲しいわね。師匠も、珍しく予想が外れて驚いているわ」
んー。もう2週間経ったのか。精神的な傷は肉体的な傷にも影響するんだな。病は気からとはよくいったものだ。ここでの「気」は少し意味が違うような気がするけど。
何にせよ、もこけーねで今日は耐えられそうだ……。それまで気が持ってくれることを祈るよ。
軋む音すらなく、一切音を立てずに扉が開いた。
紅と白に全身が包まれた、もうよく見慣れた人が半身を覗かせながら入ってきて、続いて、それとは対照的に、全体的に青い容姿をしている人が入ってきた。こちらはあまりまだ見慣れていない。あの角ばっていて不思議な形をした帽子は一体なんなんだろう。
「最近は精神的に調子が悪いみたいだな」
「そうですね。体の方は遅いながらも段々回復していっているんですが」
「私が見る限り、精神的にも別に大丈夫そうに見えるんだがな…… 」
「ええと、じゃあ私はこれで失礼するから」
鈴仙さんはぶっきらぼうに言って部屋を出ていった。
「それで、二人はどうして今日来たんですが?第一、慧音さん寺子屋大丈夫なんですか」
「今日は休みだからな」
「今日は平日では?」
「平日休日はあまり関係なくやっている」
へぇなるほど。多分、江戸時代あたりはそういう感じだったのかな。
「本題だが、今日は君に授業をしに来た」
「ほ、ほう?」
「ここに住むことを決めた以上、幻想郷について知っていないと話にならないだろう」
「まぁ、確かに」
未だにここの土地勘が全くと言っていいほどないので、その辺も含めて知れるといいな。
「私も隣で聞いているよ。一人だとつまらないだろう?」
「妹紅、それってまるで私の授業が面白くないみたいじゃないか?」
「そういうつもりじゃないよ。すまない」
そういえば、慧音さんの授業は眠くなったりしないだろうか。ただただ一方的に受け身で聞く授業ほど眠気を誘うものはないから、できればそういうのはやめて欲しいんだけど。
「まずは幻想郷の成り立ちから話そう」
おお、そこから始まるのか。聞いておけばよかったな。終わる時間の目安。もう、そのことを質問することはできなさそうだ。
「本当はもっと昔のことから話したいが、そうすると夜が明けてしまうからな」
ちょっと待って。そこは、「日が沈んでしまう」ではないのか?ということはこの授業は……。
ふと横を見ると、妹紅さんは少しだけ口角を上げて、小さく頷いた。
「人里に龍の形をした像があるのは知っているか?」
「知らないですね。初耳です」
「その龍神様が姿を現した最後の年が、幻想郷における元年になる」
「第〇〇季ってやつのことですか?」
「そうだな。この年、つまり外の世界でいうところの1885年。和暦だと明治18年が第0季ということになる。京平はこのあたりはよく分かっているだろう?」
「そうですね」
「同時に、その年に博麗大結界が張られた」
あっ、そうなんだ?
「それだけで済んだらよかったのだが。結界が張られた後、天変地異かと思うほどの雷鳴と豪雨に包まれ、昼も光が差さない闇の世界に陥った。長くなるから省略するが、それから賢者達がどうにか鎮めた」
「へ、へぇ……今のこの平和な状況とは大違いですね」
「少々端折りすぎだか。今、天災かのように説明したが、こうなった原因は当時の私達にある」
「は、はぁ」
「紫の提案で大結界が張られたのだが、多くの妖怪が反発して大闘争になった。恐らく、それが原因で龍神様が現れたのだろう」
出来た当初の幻想郷、恐ろしすぎる。
「それで紫をはじめとする賢者達が龍神様に永遠の平和を誓って、事なきを得たそうだ。私はその瞬間を直接見たわけではないから、このことについては真実かはまだ分からない」
「満月のハクタクの時にいつか見つけ出すってことですか?」
「……そうなるな。救い出したい歴史はあまりに多いからな」
ほんの少しだけ間があったが、まぁ、多分気のせいだろう。
――――――――――――――
「それで、この出来事が今、『永夜異変』と呼ばれている」
「よく分かりました」
「ここから後は、異変らしい異変はまだ起こっていない。起きないことが一番いいのだが、幻想郷に限ってそんなことはないからな。避けられない宿命みたいなものだ」
「ええっと、あの、あれですよね、そのあと、満月の日に肝試し大会なるものを輝夜さんが主催して、慧音さんが妹紅さんを庇おうとしたんですよね?確か」
「あ、ああ……。どうしてそれを」
「京平はこの世界のことを知っている。忘れたのかい慧音?」
「そ、そうだったか。そうだな」
妹紅さんが久しぶりに口を開いた。昼休憩を挟んだとはいえ、もう外は既に真っ暗だ。雪がたくさん積もっているから、ぼんやりと屋内の光が反射して見えた。
眠くなると思い込んでいたが、眠気の「ね」の字も感じられなかった。実質1対1授業だからか、俺が興味を持って聞いていたからか、頭突きを恐れたからか。恐らく、全部だろう。
でも、里の子供達がこんなことに興味をひいて頑張って聞くとは到底思えない。こりゃ、子供には辛いぞ。って、俺もまだ成人してないが。
「とりあえず、これで幻想郷の大体の歴史は以上になる。これからはここの地理についてやっていこう」
「はい」
妹紅さんは半分呆れた顔をしていた。もう半分は多分、仲の良い慧音に対しての頑張りに感心している……のかな?
――――――――――――――
カーテンの隙間から、外の光が漏れている。いつもの光景だ。でも、なんだか外が明るすぎる気がする。
枕元の時計をみたら、8時半だった。クソ。寝坊したか。まぁ、もういいか。
適当に起き上がって、適当に朝ごはんを食べた。食卓の目の前には弁当が2つ、保冷剤を敷いておいてあった。
湧き上がってくる少しの罪悪感から目を反らし、「今日はやる気がない。大体、寝坊したら一日が終わったも同然。ここからやる気は出ない」と何故か自分を正当化して、自習室には行かなかった。
家では勉強できない。本当に気が散るから。
17時頃になって親が帰ってきた。「今日も家にいたの?」と訊かれた。この瞬間だけ、本当に強い罪悪感に襲われる。親に散々苦労させておいて、こんなことが許されていいのだろうか。「でも俺は、普通に勉強したい。それは事実だ。でも、そううまくは毎日続けられない……。」ということが頭をよぎってしまう。こういうとき、自分が本当に嫌いになる。クソ。明日は絶対に7時に起きるからな。絶対。絶対だぞ。
その日の夕食は、家族に話すことが何もなかった。
次の日、ちゃんと7時に起きた。朝ごはんを食べに食卓に行くと、やはり弁当が2つ、机の上に置いてある。あれだけ、あれだけ裏切っておいて、どうして、毎日弁当を作ってくれるのだろう。俺ならキレて絶対に作らない。親にならないと、分からないのかもしれない。
この日は流石に、1日中勉強した。でも、またいつか裏切るかもしれない。そんな曖昧な自分が、嫌いだ。
「京平?寒いか?まだ外に出さない方がよかったか」
「うっ……、あ、あぁ」
「お、おい。どうしたんだ?大丈夫か?」
「……暫く、隣に居てほしい」
「分かった。部屋に戻るか?」
「ここで大丈夫です」
妹紅さんが火を操って、俺を暖めてくれた。相当厚着して外にいるので、別に大して寒くはなかったはずだけれど、この炎は俺を心の芯から暖めてくれる。
目の前では雪玉が飛び交っていた。てゐさん、鈴仙さん、たくさんの兎、慧音さん(!?)が辺りで遊んでいる。あの兎達ってそんなに知能あったのか?てゐさんがなんか仕掛けているのかな。
慧音さんとは、幻想郷に来た2日目と、つい最近授業をしてもらったときぐらいしか会っていないが、こんな一面もあるとは少し驚いた。
永琳さんはあんまりこういうのしなさそうだから、この場にいないのはよくわかるんだけど、輝夜さんはなんで来ないんだろう。ノリノリで妹紅さんを潰しにかかって最終的には殺し合いそうな気がするんだけどな。
……そういえば、永遠亭に来てから1度しか輝夜さんとは会っていない。な、なんで?まぁ、俺なんかがあっても畏れ多いか。
突然、ビシャッと耳元で音がした。したけれど、別に冷たくないし濡れていない。
「てゐ、私はいま休戦中だ」
「手が滑っちゃったわー。ごめんなさいねー」
あ、そういうことね。てゐさんはちょっかいを出すのが好きなんだろうか。
「……別に私を狙うのは構わないが、京平には当てないでくれ。まだ全快していない」
「折角外に連れてきたんだからいいでしょー」
「よくない」
「そんな、急に真面目にならなくてもいいじゃない」
個人的には、別に当てられてもいいから、その代わりにその幸運とやらを俺に分け与えて欲しいのだが。
ビシャッっと、今度は足元で音がした。
「おい、だから京平は狙うなと」
「あっ、やりすぎたわー」
妹紅さんは急に立ち上がって、てゐさんの方向に翔けていった。体からうっすら、炎がまとわりついているのが見えた。そ、そこまで本気にならなくてもいいのに。
てゐさんも少し危機感を覚えたのか、その様子を見て竹林の方に駆けていった。
妹紅さんが分けてくれた炎は、彼女が少し傍から離れていても暖かかった。
※はさみうち:数学で、極限値を求めるときに使う手法。