その日は、いつもすぐ寝られるはずの俺が全然寝られなかった。
「悪い子にはサンタは来ない」とよく言われているから、当時の俺は「寝ていない
のっしのっしと足音が聞こえてきた。横向きで寝ているから、その背後にあたる方向だ。そのとき、サンタが担いでいがちな大きな袋のこすれる音とかが、もしかしたら当時は聞こえていたのかもしれない。
その足音は俺の傍で止まり、何かが布団の横にドサッっと置かれた。
この音を聞いてしまった俺は、自分の理論で言うならば、この置かれたものを受け取るべきではないのは明白だった。しかし、当時の俺はまだそこまで頭が良くなかった。わざわざ、バレないようにゆっくりと寝返りをうち、薄目を開けてその様子を見ようとした。
ここで、普通なら「サンタじゃないのバレちゃうね」と思うだろう。でも、俺の親は一味違った。
サンタが目の前にいる興奮から、罪悪感なんて一切忘れてしまった俺は、躊躇いなく薄目を開いてサンタを見ようとした。そうしたら、なんと赤と白の靴が見えたではないか。
俺は、「サンタだ!」と心の中で大はしゃぎした。もちろん、少し上に目線をずらしてサンタの顔を確認しようとした。でも我に返ったのか、目線は上げずに我慢した。本当に目線を上げていたら、今頃このことは記憶から消え去っていただろう。
考えてみると、まず部屋の中で靴を履いているのは明らかにおかしい。いくらサンタがフィンランドの人物と言えど、日本の家庭的な慣習には従って欲しいものだ。まぁフィンランドの家が土足禁止なのかどうかは知らないが。
そもそも、俺が見たのはよく考えたら、「靴」ではなく「薄い布でできた、子供のおもちゃのようなもの」だったような気がするし、本当にわざわざそんなものを履いてまで俺の傍にプレゼントを置いたのかという疑問が残る。そんな一瞬のために、果たしてそこまで苦労するものなのだろうか。 俺が悪い子じゃなかったら、そんなの何の役にも立たない。
多分、俺が「こうであってほしい」と翌朝起きてから思ったんじゃないかな。夢の出来事や眠る前の出来事は曖昧で、よく覚えていないだろうから。現に、そのサンタの靴のようなものは今後一切、家では見られなかった。そんな無駄遣いはしないだろうし、まぁ当時の俺が美化したんだろうな。
――――――――――――――
「やっと起きたか」
「え?あっ、あぁ……す、すみません」
「いつも遅くに起きているのか?」
「うーん。何もやることがないからつい寝過ぎちゃうんですよね」
「本当にやることがないのか?」
「ま、まぁ。この部屋に居るだけですし……」
「輝夜がもてなしそうなものだけどな」
そういえば、輝夜さん、やっぱりあれからまだ一回も会っていないぞ。そもそも永遠亭に今いないんじゃないか?いや、永琳さんがいるのにそんなわけないか。
「まだ能力の訓練はしていないのかい?」
「え?あ、そんなんありましたね」
「ここで生きていくなら、練習しておいて損はない」
「まぁ、やりたいですけど、今の状態の俺がやっていいんでしょうかね?」
「もう永遠亭に来てから2週間以上たっただろう?そろそろいいんじゃないか?」
「そ、そうなのかな」
「今訊いてくるから」
お、おう。なんか、割と無理矢理連れ出されそうな気がする。まぁ確かに、もうこれと言って不調なことはない。精神的な問題は大いにあるけどね。今は、彼女がいるから大分楽になっているだけ。
「『関数を操る程度の能力』ねぇ」
仕組みから考えると、多分俺の知っている関数しか使えないような気がする。多分、なじみ深いほど簡単に出せるようになるんだろうな。ちょっと考えてみるか。
紙と鉛筆……あ、な、ない。鉛筆なんてないか。いや、ここはでも永遠亭だろ?里じゃあるまいし、筆以外の筆記具あるのでは?
まぁ今はいいか。頭で考えるしかないな。何か使えそうな式ってないかな?えーっと、例えば、円とか球とか出してみる?関数っていうとちょっと違うけど、もしかしたらいけるかもしれない。
「x^2+y^2+z^2=1」※
直後、クソでかい、半透明の紅い球が目の前に現れた。そういえばこれメートル単位なんだったわ。ちょっとでかすぎる。
「京平、行くぞ……って、なんだこれは」
「あ、あぁ、えっと、えっとですね」
部屋でやるもんじゃなかった。なんだか、自分の黒歴史を晒されたような恥ずかしさを覚えた。人に見られたのは、これが初めてだからね。しょうがないね。うん。しょうがない!
「練習するのは結構だけれど、外でやるようにしてほしいわ」
「え?あ、す、すみません」
羞恥心であんまり目の前見ていなかったけれど、永琳さんもこの部屋に来ていたらしい。いきなり外出するから様子見ってことかな?
「ほら、いつまでも座ってないで、早く行こう。……言っておくが、無理はするんじゃないぞ」
「あ、はい。でも、そんなに急がなくても別にいいんじゃないですか」
「ふぇ?あ、あぁ。すまない」
なんかすごい間投詞を聞けた気がするんだけど。どうしたんだろう?そんなに慌てることだったかな?
「とりあえず、それを早く消してくれないかしら」
「あっ。すみません」
自分が触れる分には、大理石のようにひんやりとした手触りなんだけど、周りにどんな影響があるかよく分からないからな。幻想郷だし、よくわからない謎の力が働いていそうだ。自分にだけ冷たく感じられて、実は他の人には熱く感じられるかもしれないし。そもそも、なんで紅いのに冷たいのだろう。紅色は燃え盛る炎のイメージがあるんだけどな。
「妹紅だけだと心配だから、ウドンゲにも行ってもらうわ」
「分かりました」
少々軋んでいる扉を開けて、廊下を歩いていく。何度か脱走を試みたことはあったけれど、その時と特に何か違うようには思えない。でも、一回だけ角を曲がったらすぐに玄関が見えた。
永琳さんは、どちらかというと西洋の医療に寄っていると思うのだけれど(月の技術なので正直どっちがどうとかないような気はするが)、永遠亭は和風な建物だ。人里にあったら「豪邸」って感じだろうな。阿求さんの屋敷とどちらが大きいだろう。あ、でも多分輝夜さんの能力が使われていて空間だけ多少大きくするとかできていそうだから、案外小さいのかな?
祖母の家にありそうな引き戸を開けると、外に出た。屋敷の目の前は開けていて、日当たりがとてもよい。いきなり「家の外」という感じではなく、周りは外壁に囲まれている。
建物の正面にある門をくぐると、辺りは基本銀世界で、他は緑色、茶色、鼠色と、太陽光で満たされていた。部屋の窓から、ぼんやりとしか外の景色は見ていなかったが、辺りに広がっている、いわゆる「迷いの竹林」は、その名に相応しく、本当に竹がたくさん生えている。竹林の中は、竹の葉の密度がそれほど濃くないからか、下まで光が届いている箇所がある程度には明るい。地面には雪に埋まりかけた丈の低い草や、これまた丈の低いシダ植物が生えている。ちょっとした歩道を作っている飛石のようなものの縁と側面には、コケがびっしりと生えているように見えた。地面の表面の土はあまり見えず、恐らく竹の落ち葉に雪が被さっている。
振り返ると、妹紅さんと、いつのまにかついてきていた鈴仙さん、玄関の扉を引いて中に戻っていく永琳さんが見えた。その背後には、思ったよりも小さい永遠亭があった。いや、大きいんだけどさ。やっぱ、紅魔館みたいに空間弄られてるんだなと。
「『関数を操る』んだったな?」
「そうなりますね」
「私はあまり詳しくはないから、無茶を承知で言うが、何かできることを見せて欲しい」
えーっと、何ができたんだっけな。1.関数を思い浮かべて、出現させられる。2.固定・削除ができる。3.適当な文字を動かせる。
「y=x」
目の前に、ただの長い棒が現れた。文字通り、自分の目と鼻の先に浮いている。あれ、そういえば放物線を出したときは手に握っていた気がするんだけど、何が違うんだろう?
とにかく、右上、左下にそれぞれ1mずつあって長すぎたので、半分ぐらいに縮めて生成しなおしてから手に取った。やはり、ひんやりとしている。
振り回しても、別に何もできないから、とりあえず地面に思いっきり刺そうと腕を高く上げ、力を込め振り下ろすと、地面に刺さった。先端は鋭利でないから、そこまで深くはないけど。
あ、あれ、よく考えたら前に放物線を出したときは、地面を貫通していたような気がするんだけど。どうしてだろう?
「いいんじゃないか」
「いや、なんか、前に使ったときは地面を貫通していた気がするんですよ」
「なるほど。じゃぁ、他の物にもその棒を当ててみようか」
他の物他の物……あ、目の前に絶好の物が。ここの竹ならば、いくら切ってもどうせすぐ生えてくるだろう。
日本刀で断ち切るみたいに、思いっきり斜めに直線を振り下ろす。
ガツッっと音が鳴り、上の方から葉が揺れる音が聞こえた。竹には傷一つついていない。自分の手で握れるぐらいだし、別に鋭いわけないか。なんならただの棒なのに。何で切れると思ったんだろう。
「私にも使わせてみてくれないか?」
「えぇ、どうぞ」
妹紅さんにその直線(棒)を手渡すと、彼女は手元や頭上でグルグル棒を回し始めた。大道芸みたい。あと、アニメのワンシーンでありそうだよね。グルグル棒を振り回して最後にスパッ!って取るやつ。
その背後には、さぞ暇そうにこちらをボーっと眺めている鈴仙さんが見えた。ごめんね。つき合わせて。
少し得意気で、どこか楽しそうにその棒をひととおり振り回した後、妹紅さんはこちらに視線を戻した。
「少し工夫したら、いい武器になるかもしれないね」
「武器って言われても……俺、戦うんですか?」
「自衛手段を持っておくに越したことはないだろう?」
「ま、まぁ」
「京平は人里には住ま……」
彼女は何かを思い出したように、口をぽかんと開け、斜め上を見て固まった。そう思ったらすぐにまたこちらを向きなおした。
「……そういえば永遠亭を出たらどこで過ごすんだい?」
「あっ、やば。何も考えてなかった」
えーっと、どこだ?人里?まぁ住めはするだろう。というか、そこ以外なくないか?第一、俺は一人暮らしなんてしたことない。そりゃ、人里でも一人暮らしすることになるだろうが、周りに人がいるのといないのとじゃあ、全然違うよね。
「人里以外に逆に俺が住める場所ってあるんですかね……?」
「そ、そうだなぁ。多分あるんじゃないか」
「多分って何ですか」
「住んでみれば、大体住めるものだよ」
「……?」
「魔法の森とかはあんまり好ましくないかもしれないけれど、この辺りなら一応なんとかはなるだろうし」
「ここって、ここですか?」
「まぁ」
「急にどうしたんですか?」
「いや、ちょっと思い出しただけさ。気にしないで欲しい」
「うーん。怪しい」
「れ、鈴仙ちゃん?」
あ、はぐらかしたなー。
「彼の家について何か聞いているか?」
「知らないわよ。私達は患者を治すだけだから」
彼女にとって多分予想外に早く会話が終わってしまい、妹紅さんは気まずそうにしている。鈴仙さんは、本当に無関係といった感じで、さっきよりもつまらなさそうな顔をして、ぼーっと永遠亭の外壁に寄りかかっている。
「じゃ、じゃぁ部屋に戻って考えよう!」
「え、練習は」
「行こう!」
「え、えぇ……」
今日は調子が悪いのかな。妹紅さん。まぁ、練習なんていつでもできるし、家決める方がどう考えても大事がから別にいいか。……って、いつもの妹紅さんなら俺にそう言っていると思うんだけどな。
逃げるようにして妹紅さんは門をくぐり、永遠亭に戻っていっている。俺はその後に続いてゆっくり戻っていく。
そういえば、と後ろを振り返ると、鈴仙さんは呆れたような顔をして外壁から離れ、こちらに向かってきている。
再び目線を前方に移すと、既に妹紅さんはいなかった。
家、家か。普通に人里に住むのが最適解な気がするが、一応考えてみようかな。えーっと、慧音さんに教えてもらった幻想郷の地図を思い出すんだ。まぁ部屋に行けばあるか。とりあえず、里のいいところは、「前の世界の生活に一番近い」「自給自足をしなくても生きていける」「多分探せば仕事がある」「他の人と関われる」ぐらいか。なんか全部最初のに包含されている気はするけど。あとぱっと思いつくのは、紅魔館とか永遠亭に住ませてもらうぐらいか。ただ、前者はレミリアさんのことがあって命が危ない気がするし、後者は永琳さんの治験(?)につき合わされそうな気がする。住ませてもらう以上、そう簡単に断れなさそうだしなぁ。うーん。じゃぁ、博麗神社?いや、あの妖怪がたくさん集まってきそうなところに住むなんてちょっと考えられないな。香霖堂と霧雨魔法店……いや、なんだか健康に悪そう。
気付いたらもう部屋の前についていた。妹紅さんはもう中にいるのかな?
恐る恐る扉を開けると、脚の先の方だけやんわりクロスさせ、腕を組んで座っている妹紅さんがいた。扉の開く音を聞き、彼女はこちらに顔を上げた。
「妹紅さん、もう逃げないでくださいよ」
「に、逃げてな……」
「人里が住むのにちょうどいいと思うので、今のところそうしようとは思っていますが」
「ほ、他の場所も考えたのか?」
「まぁ、それなりに」
と言った矢先、「しまった」とでも言わんばかりに、妹紅さんは口を手で軽く覆った。どうしたのか知らないが、そういう行動もするんだな。
「取り乱して済まなかった」
少しだけ、からかってみたくなった。こういう妹紅さんはレアだろうから。
「自覚あったんですか」
「あっ……」
彼女は言葉に詰まってしまった。
少々可哀想だったので目を逸らすと、カレンダーが見えた。そういえば今日は12月25日だった。直近の様子を見るに、ここには、いや、少なくとも永遠亭にはどうやらクリスマスという文化はないらしい。
このことを思い出すと、前の世界のことが思い出されて、一瞬耐えがたい苦痛に襲われた。でもこの瞬間が俺にとっての最高のクリスマスプレゼントなのは、疑いようがなかった。
P.S.
シリーズ説明に書いてあることは守りますから……。
※:xyz空間における、半径1の球の式