仮面ライダーになれたら 作:赤椿
『ぼくね、大きくなったら、仮面ライダーになるんだ!』
小さい頃に抱いた小さな夢。大人は皆、微笑ましい目でこちらを見下ろしながら色々な言葉をかけた。
きっとなれるよ。かっこいいね。いい夢だね。
『俺は、仮面ライダーになりたい』
一人称が変わっても持ち続けた夢。大人は皆、優しい目でこちらを見ていた。
変わらないね。相変わらずだ。宿題はやったの?
『俺は、仮面ライダーみたいに誰かを守れる人になりたい』
選挙権を手に入れて、しばらく経った。
………。………。………。
あの頃のぼくが、不思議そうにこちらを見ている。
夢は叶うの?
今の俺からは、返事は帰って来なかった。
「先失礼しまーす」
「お疲れー」「お疲れさん」「お疲れ様です」
午後6時。仕事とプライベートの両立を叫ばれるこの世の中において、この時間に帰れるというのはきっと幸せなことなんだろう。
「いらっしゃいませぇ!」
「ありがとうございましたぁ!」
小さな弁当屋が半額シールを貼っていたので買って帰った。
いつもこの時間に帰るときの習慣だ。
今日はサバ味噌。偶にこれが残っていると嬉しくなるのは相変わらずだ。
地元から離れて久しいが、こういうところは変わることはなかった。
車の鍵を回すとき、手首を見て何かを幻視する。腕時計は、安物のスマートウォッチを着けていて、その表記はデジタル表記よりもなめらかなものだ。
アパートの前で星を見上げ背伸びをした。オリジナルの星座を繋いでみた。今日はイマイチな出来だ。月が出ているからか星の数が少ない。
弁当は美味しいし、生きてるって感じがしてるから、明日もまた頑張ろうと思う。
ニュースをつけているが、特に見てはいない。結局はスマホでネットニュースを見て、世界を知った気になる。
速報が流れた。
『誰もが一度は思いを馳せたであろう、空想を現実にする画期的技術が発表されました!』
「………」
一人の部屋で、ニュースキャスターの声が響く。
「今更叶えたいものって、なんだろうね」
俺の声は、テレビよりもよく響いた。
『緊急速報です!』『避難勧告!』『今すぐに逃げて!』『危険ですから、付近の住人の方は今すぐに逃げてください!』
『僕は、夢を持っていたんだよ。君たちと同じようにね』
『とても、とても儚い夢だ』
『まだ分別もつかない頃であれば、許されたけど、今は誰もが口を揃えて下らないと吐き捨てるんだ』
『ヒーローに、なりたかったんだよね』
『かっこよく敵を倒すヒーローに痺れてさ、いやぁ、あれはいいものだったよ』
『でも、僕は昔から頭が良かったんだ』
『だから、大人はみんな言うんだよね』
「そんなことに目を逸らさないで。あなたの将来のために、お勉強を頑張らなきゃ!」
『僕は真面目に将来の話をしたのに、大人が舵取りをしてくるんだよ』
『だから、言う通りにしようと思ったんだ』
『僕の夢を否定した世界を空想にして、僕の夢を現実に変えるんだ』
『理屈は説明してもわかんないと思うから省くね。だけど、これは決定事項だし、もうこのマシンは起動しちゃった』
『残念ながら、僕はこの頭の中を世界に開くために、マシンを起動すると同時に死ぬ』
『でもみんな悲しまないで。僕は自分の夢を叶えられるから!何も心残りはないんだ!』
『おかあさん、みて!僕は、世界で一番のはつめいかになれたよ!』
『それじゃあ、みんな楽しんでね。純粋に願い続けた夢だけが叶う、仮面ライダーと怪人が生きる現実、新世界を!』
一晩経って、世界が塗り替えられた。テレビで見た怪人達が街を襲っていた。
災害用のアラートが鳴り響いて、みんな家から飛び出て逃げ惑う。
空想を現実にするなんて、与太話だと思ったがどうやらニュースも含めて真面目な話だったらしい。
怪人たちはキグルミのように見えてもその質感は生き物のようでマシンのようで、モンスターのようだった。本物だから、当然か。
世界一の発明家になったあの人は、こんな世界にして何がしたかったのかわからない。この世界ができた時点であの人は死んでいるらしいが、それを伝える情報機関はそんなことに構ってられないだろう。現に、今も放送用のスピーカーや通り過ぎた定食屋に吊られたテレビの画面には緊急速報の画面しかない。
「助けて!」「ころ、ころさ、死にたくない!」「神様お願いします、私達を救って…ッ」
「はなしてよぉ!いやっ!いやぁ!」「まって、おいてかないで…!一緒にいてよォ!」
インベスやジャマトが後ろから迫ってくる。
道に路駐されてた工事のトラックにバールがあったから、無我夢中でそれを引っ掴んで、先頭のジャマトの剣にバールを合わせた。
「逃げろ!」
その掛け声とともに座り込んでた人は立ち上がり、走り去る。
人は、逃げろ!や、走れ!などの命令口調で促したほうがいいというのはどうやら本当みたいだなと、嫌に冷静な頭で感心した。
自分が助かる勘定は適当だったので普通に反撃を食らって蹴り飛ばされた。
誰かが駆け寄って、肩を貸してくれた。弁当屋の店員だった。
「逃げなきゃ…!逃げなきゃ…!」
彼女は、泣くのを堪えながら必死に俺の体重を支えて走っている。
「……このままじゃ、追いつかれる。俺のことは置いていってくれ」
だから、助けることにした。彼女だけでも。こんな世界になったなら、せめて誰かを守って死にたい。
だから、懇願した。貴女と俺は、ただ顔を知っているだけの赤の他人だ。貴女だけでも助かってほしい。と。
「嫌です!」
「顔を知っているだけの赤の他人でも…私は、私は見殺しになんてできません!」
「あんな意味の分からないマシンでおかしくなって、こんなふうになって…もう意味分かんないことだらけでも!」
「それでも!私は顔を知っているだけの赤の他人が殺されそうなのを見過ごせないんです!」
壊れた世界で、自分の意志を貫こうとする彼女の熱が心に染みる。
でも、世界は二人に優しくはなく、横合いから飛び出たインベスの群れに成す術もなく。
唸り声。
悲鳴。
拍動。
衝動。
強く握られた、彼女の手。
『ぼくね、おおきくなったら、仮面ライダーになるんだ!』
一撃。
力を振り絞り、彼女を背に庇い放った右拳は黒く、赤くなった。
「純粋な願い続けた夢、か」
あの頃に夢見たヒーローは、今も夢の中でずっと走り続けてくれていたようだ。
続くインベスの群れが襲いかかってくる。
右脚。左脚。左拳。
あの頃にビデオが擦り切れるまで見た姿に俺はなった。
「あ、嘘…」
彼女は、腰が抜けたのか地べたに座りこちらを見上げている。
左の拳を振り抜いた姿勢のまま、身体は鎧に変わろうとしている。
両腕と、両足の脛から先の中途半端な姿だが、これで終わりな訳がない。
両の掌を、腰の前へ。
そうするとベルトがせり出し、強い光を放つ。ジャマトやワーム達がそれに目がくらんでいるうちに、俺は右手を前へ突き出した。
静。
彼女の呼吸音すら聞こえるほど、感覚を研ぎ澄ます。
『夢は叶うの?』
あの頃のぼくが、後ろから僕を見つめている。
「変身ッ!」
そして、僕は、クウガになった。