カルラディア帝国戦記   作:カルラディア帝国

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 カルラン暦6年1月25日、カルラディア帝国政府中央議会は、全会一致でハーマリア領有化法案に賛成。
 その3日後の1月28日、ロドルフ・クルーク総統が見守る中、帝国宇宙軍第2艦隊が、ハーマリア掌握へ向けて旅立っていった__


戦火の帝都

「この五年で鉄道網もだいぶ整ってきたな…」

 

 感慨深そうにそう呟いたのは、カルラディア帝国交通省交通大臣のシュルーフタ・ユーヴァニ。

 この5年間、ヴィルディアにて交通網整備を一手に担ってきた交通省のトップであり、現政府閣僚の一人でもある。

 

「流石はユーヴァニ殿の手腕、と言ったところですかな?」

 

 談話室で黄昏るユーヴァニに声をかけたのは、総務省総務大臣のアルノルフ・ヴァルター。

 帝都開墾以来、行政組織の調整や開発・開拓の進む各地方の地方自治に関する全てを定め、建国から5年経った今一番忙しい立場にあると言える。

 

「これは総務大臣殿。こんな所で油売りですかな?」

「おぉおぉ、酷い言い草だ。ようやく取れた休憩を旧友との雑談に使おうと来たというのに。」

「あのサボリ魔が良く言うようになったもんだ。」

 

 軽口を言い合いながらお互いの肩を叩き合い、互いを労いあう所に、また1人そこに混じりに来た者が居た。

 警務省警務大臣のアルベルト・タオブンだ。彼がトップに立ち、カルラディア帝国の警察組織全てを司る警務省は、意外な事にとても平穏であった。

 と言うのも、帝都含め開墾された各地方の治安は極めて良好であり、ほんの一瞬僅かばかりの些細な事件は発生するものの、殺人や強盗といった地域の治安を大きく脅かすような事件というものは基本的に起こることが無いためであった。

 

「珍しいですね、ヴァルター殿がここに居られるのは。」

「おぉ!タオブン殿、ご無沙汰ですな。」

「よもや警務大臣までサボリですかな?」

「ご冗談を、ユーヴァニ殿。私は今日の書類仕事に一段落がついたのでここで休息を取ろうと来たまでですよ。」

「流石は勤勉実直と評される警務大臣殿だ。どこかの総務大臣殿にも是非見習ってほしい物だな。」

 

 「なんだと!」と言いながら態とらしく掴みかかる様な動きを見せたヴァルターに、2人が大仰な態度で、こちらもまた態とらしく戯けてみせる。そうしてふざけ合いながら一頻り笑った後に、ふとユーヴァニが言葉を零した。

 

「本当に、よくぞここまでトントンと進んできたものだな…」

「どうされたのです、ユーヴァニ殿。」

「いや何、ふとこの5年を思い返してな。全く、目まぐるしく全てが変わり発展していったものだと思ったのだよ。」

「それは俺も同意だな。おまけに今、あのハーマリアまで手にしようと動いているのだから、閣下の強欲さには驚かされる。」

「しかし、その閣下へついて行くと決めたのは我らです。」

「タオブン殿の言う通りだ。我々は何が有っても我らが閣下へとついて行く―行くが…」

 

 どうにも不穏な言葉の切り方をしたユーヴァニの様子を見て、2人は恐る恐る次の言葉を待つ。

 どちらかは分からない、2人同時だったかもしれないが、唾を飲む「ゴクッ」と言う音が鳴ったその時、まるで満を持していたかの様に改めてユーヴァニが喋り始めた。

 

「ここまで上手く行き過ぎると、そろそろぶり返しが有るのでは無いかと少し怖くなってくるな」

「はっ、何を言うかと思えば。昔からお前は心配性が過ぎる所が在るのだ。」

「いやしかし―」

「いいかユーヴァニ、何を怖気づく事がある。我が国は今、例の高出力ナントカ砲台も出来上がり、軍だけでなく、警務省管轄の各警察局もその戦力整備が整ってきた。態勢は盤石だよ。」

「ヴァルター殿が仰られる通りですよユーヴァニ殿。何かあっても、我らが4警察局が完璧に、守って見せますとも。」

 

 ユーヴァニの心配を他所に、2人は大丈夫だと言い張り、その様子を見たユーヴァニもホッとした様に「そうだな、きっと大丈夫だ」と呟き、窓からヴィルディアの空を見上げた。

 

 ―時に、カルラン暦6年2月1日。

 運命の時は、直ぐそこまで迫ってきていた__

 

  *   *

 

 ハーマリア星系を掌握したカルラディア帝国宇宙軍第2艦隊は、星系防衛の為に新編された第1防衛艦隊への引き継ぎの為、アステロイドベルト付近にて待機状態にあった。

 

「司令、艦隊前方に未知の光点を複数確認。明滅しています。」

 

 メルトラーデンの艦長から、第2艦隊司令のクルルク・デルニラッツェへと報告が上がる。

 その報告に合わせて外部を見ると、実際に前方の空間に無数の光点が規則的な明滅を見せていた。

 ただおかしいのは、その光点が突如として現れた所にある。つい数十分前までは何も無かった筈の空間に光る何かが現れたと言うことになるのだ。

 

「なんだ、あの光は…。電探、何か判るか」

「申し訳ありません。あの光点が確認されてから電探にノイズが走り、周囲の観測が出来ない状態になっています。」

 

 艦長が電測席のモニターをのぞき込み、実際に電探が使い物になっていない事を確認すると、デルニラッツェの方へ振り返り次の指示を乞う。

 

「…如何されますか、司令。」

 

 逡巡、どうすべきか頭を悩ませたが、突如出現し、まるで艦隊を誘うかの様に明滅する光点は誰がどう見ても罠と言う他無いだろう。しかしその確信はあっても確証が無い。

 結果、艦隊は非常警戒態勢を敷き、何かあっても即応出来る足の早い宙雷戦隊を光点へと向かわせる指示を下した_

 

宙雷戦隊が艦隊を離れてほんの数分。先行する旗艦から通信が入った。

 

『こちらアウフバッフェ、目標付近へ到達。目標は空間ブイの様な形状をしている物の、こちらに加害性のある物体とは認めず。しかしながら当該ブイの出現箇所は不―』

 

 メルトラーデンのモニターに砂嵐が流れ突如として先行させた宙雷戦隊との通信が途絶えた。

 その直後、艦隊前方から眩い閃光が走り、光点付近一帯が爆炎と共に消し飛んだ。

 

「宙雷戦隊との通信途絶!!」

「状況報告!!」

「大規模な爆発を確認。以下詳細不明!」

 

 それは正に、奇襲と言う他無かった。そして、ハーマリア近辺でこんな事を仕掛けて来る存在は今のところ、カルラディア側には「奴ら」意外に考えられなかった。

 

「全艦戦闘配置!電探、復旧まだか!」

「電探、依然として不調!」

「電探、光学モードに切り替え。宙測、次元ソナー起動!」

 

 次元ソナーは、この5年でカルラディアが作り上げた最新鋭の装置であり、敵潜宙艦探索の要でもあった。

 デルニラッツェはブイの設置と先の大爆発は敵潜宙艦による可能性が高いと断定し、即座に対潜戦闘へと移れる様に指示を出した。

 

「次元ソナー起動。………次元キャビテーション探知!12時方向より大型魚雷2、急速に近づく!」

「対空防御。弾幕を張れ!」

「レーダー、新たな目標探知!大型魚雷8、後方より近づく!」

「回り込まれたか…」

「艦隊両舷よりも大型魚雷多数接近!」

「回避行動!各艦散開、応戦用意!」

 

 デルニラッツェは、散開し敵の狙いを各個に分散することで迎撃の可能性を高めようとした。

 結果、この判断が功を奏し、敵の第一波攻撃は無事に凌ぎ切ることに成功した。

 しかし―

 

「艦隊全周に多数の反応!海賊共です!」

 

 デルニラッツェの、いや艦隊全員の予想通り、攻撃を仕掛けてきた連中は、カルラディア帝国がシュリウシアへ足を踏み入れた時から付き纏い戦いを仕掛けてきた、所謂海賊によるものだった。

 第2艦隊が迎撃に意識を取られている隙に、どこに隠れていたのか周りを囲むように艦艇が出現していた。

 

「やはりな…。しかし、これまで以上に統率が取れている、か。やはり閣下の仰っていた通り…。」

「新たな次元キャビテーション!敵次元潜と思われる!」

「数は!」

「―数2!12時方向!」

「21駆逐隊を対潜陣形で当該宙域へ先行させる!それ以外の艦は態勢を立て直す為アステロイドベルトへ退避する。本艦が先行し敵陣形を崩す。両舷全速!!」

 

 デルニラッツェ指揮の下、第2艦隊第21駆逐戦隊が対潜陣形で敵潜宙艦の炙り出しに動き、他の艦艇はメルトラーデンを先頭に敵包囲を強行突破。数隻の落伍を出しながらもアステロイドへの退避を成功させ、敵が陣形を再構築している隙を付き、態勢を整えた。

 この時のデルニラッツェには、5年前にデストリア級を一撃で屠った武器の存在が抜け落ちていた。

 結果、この後の惨劇を生むことになる。

 

「各艦は、本艦を先頭に突撃隊形を形成。高速突破戦術にて敵陣形を崩し撹乱、敵を各個撃破せよ!」

 

 デルニラッツェの指示を受け艦隊が突撃陣形を組み、メルトラーデンが先陣となり突撃を開始した。

 亜光速で突撃してくる艦隊に、海賊達は対処しきれず、第2艦隊が優位に立ったと思われた。

 しかしその直後、メルトラーデンの僚艦を含む多数の艦に火柱が上がった。

 

「何が…起こった……」

 

 あまりに突然の出来事に対しただ呆然とする他無かったが、敵の次発と状況把握の為、直ぐに頭を切り替えたデルニラッツェが、電測員に状況の報告を求めた。

 

「電測、一体何が起こった!」

「詳細は不明。しかし、爆発前のほんの一瞬ではありますが、敵艦方向より、大質量のエネルギー放射を確認しました。」

 

 「大質量のエネルギー放射」それは、5年前の海賊襲撃の際に敵が切り札として用いた兵器にも観測されていた。

 

「失念していた…!連中あの兵器を量産したのか!……電測は艦隊の被害状況を確認しつつ、敵に次の動きがあればすぐに報告。通信士は、残存艦艇へアステロイドへの退避を伝達せよ!」

 

 大質量砲の速射は難しいのか、敵の大型艦は殻に籠るかの様に艦隊の影に隠れ、反撃を警戒した敵が防御用の陣形を組み始めていた。

 これを好機と見たデルニラッツェは艦隊のアステロイドへの退避を命じ、事態を打開すべく状況の立て直しを図った。

 

 アステロイドへの一時退避を終えたデルニラッツェは、被害状況確認に努めていた電測員からの報告を受けていた。

 

「司令、残念ながら第2艦隊は壊滅したと言っても過言では無いかと…」

「聞こうか」

「僚艦のデストリア級デッサリアを含み艦隊戦力は4割を喪失。また、対潜戦闘に出た21駆逐隊は敵砲火の直撃を受け全滅しました」

「なんと言う事だ……」

 

 電測員の報告を受け、己の無警戒を恥じながらも、次の一手を打つ為の最善を模索する。

 幸い、今いるアステロイドベルトの付近にはポルトメルシアがある。

 デルニラッツェは、ここを反撃の地とすべく新たな指示を飛ばした。

 

「幸い敵の再攻撃には少々時間を要するようだ。残存艦艇へ伝達。各個に戦域を離脱しポルトメルシアへ向かわせろ。」

「ポルトメルシアに逃げると言うわけですか」

「そうだ。幸い彼の星は緑が豊富で、艦体色との相性が良く天然の迷彩になる。少しは奴らを撒く事も出来るだろう。その隙に改めて態勢を整え、同時に本国へ救援要請を行う」

 

 デルニラッツェの機転により、残った第2艦隊はポルトメルシアへ全速で移動。

 自慢の脚で一時的に敵を振り切り森林地帯へ強行着陸し、本国へ緊急救援要請を送った。

 第2艦隊から緊急救援要請を受けた本国は、ハーマリアに第1艦隊を派遣する事を決定。

 しかし、この判断が直後の悲劇を生むこととなる__

 

  *   *

 

 第2艦隊の緊急救難要請を受けた帝国本星は、第1艦隊をハーマリア星系へ向かわせた。

 しかし―

 

「お頭、奴らが星を出ました!」

「よぉし、次元潜望鏡降ろせ。」

 

 正に荒くれ者と言った風貌の男たちが、暗く閉ざされた艦内でやりとりを繰り広げる。

 

「流石は『宰相閣下』だ。予測通りだな―。直ぐに本隊に知らせろ。『羊毛は刈り取られた』だ」

 

 全ては敵の策略の内であった。

 海賊を支援している■■■国は、数カ月の内にカルラディアが新たな領土拡張の為に大規模な軍事行動に出ると予想。そして、その地はハーマリアであるとまで推測していた。5年前の失態挽回を望む海賊はこの情報を入手後、ハーマリアへ極秘裏に艦隊を動員。独自の暗号電文を用意し、貴重な潜宙艦数隻はヴィルディアの監視に回されていた。

 そして、見事にカルラディアは敵の網にかかってしまったと言う訳だ。

 

  *   *

 

 空間が歪み、ポルトメルシアの大気圏手前に第1艦隊が万全の状態で出現する。

 旗艦は、ロドルフィア。事態を重く受け止めたクルークが、本人は出陣しなかった物の、ロドルフィアの出撃を許可し、暫定的にゲルベリウスが司令として救援にやってきた。

 

「上空にジャンプ・アウト反応確認、第1艦隊です!」

「来てくれたか」

「ロドルフィアより入電」

「パネルに回せ」

 

 通信士がメルトラーデンの通信パネルにロドルフィアからの映像を写し、ロドルフィア艦長ゲルベリウスとの交信を行う。

 

『第1艦隊司令代理、ゲルベリウスだ。救援遅くなった事申し訳ない。デルニラッツェ司令、状況の説明を。』

 

「艦隊損耗率は6割強。第2艦隊は壊滅状況にあると言わざるを得ないだろう」

 

『なんと…』

 

 余りの損害故か、開いた口が塞がらないとは正にこの事。

 絶句し言葉を発せずにいるゲルベリウスに対しデルニラッツェが言葉を続ける。

 

「司令として閣下より第2艦隊をお預かりした身として、自らの不出来を恥じるばかりだ。閣下に合わせる顔が無い_」

 

『―いえ、貴官は良く戦われかと。どうか後は、我等におまかせを。第2艦隊は本国へ帰還を。』

 

「かたじけない。―大佐、連中は5年前の強力な武器を量産した様だ。どうか武運を。」

 

『情報の共有感謝致します、司令。本国へ無事の帰還を。ハルン・クルーク、総統万歳!』

 

 互いに敬礼を交わし、交信を終える。

 万全の態勢を整えてきた第1艦隊は、一斉に攻勢を開始。

 第一目標である第2艦隊の帰還支援の為、多少の犠牲は省みぬ強硬策に打って出た。

 その甲斐有って、第2艦隊の残存艦艇は惑星内でゲシュ・タム=ジャンプに突入、カラーディへの跳躍に成功した。

 第一目標の達成を確認した第1艦隊は、第二目標である敵艦隊の一掃に移る。

 技術開発局と科学技術庁が協力し完成させた試作型次元潜航艇を軸に高速奇襲戦術を用いて敵艦隊を翻弄。

 しかし、妙なタイミングで敵艦隊の撤退が始まった。

 

「なんだ?奴ら、なぜこのタイミングで引く。」

「妙ですね…。」

 

 艦橋で艦長のゲルベリウスが頭を悩ませている中、副長のゲルニングルースがハッとした様子で言葉を発した。

 

「艦長!一つ宜しいでしょうか。」

「何か思い当たる事が?副長。」

「この一連の動き、敵の陽動だとは考えられないでしょうか。」

「陽動、だと?」

「はい」

 

 ゲルニングルースの考えは、状況的に見ても的を射ていたと言える。

 敵のハーマリアでの動きは、カルラディアの現主力2艦隊に損害を与えつつ同地へ拘束。本国が手薄になった隙をついてヴィルディアへと一斉侵攻をかけるための、犠牲を顧みない大規模かつ大胆な陽動作戦だった。

 

「クソッ!!我々はまんまと嵌められたと言う訳だ!」

「艦長、直ぐにでも本国へ帰還すべきと具申します。」

「あぁ、そうだな。全艦へ伝達、第1艦隊はこれより本土防衛のため緊急ジャンプに入る!」

 

  *   *

 

 第1艦隊が敵の陽動に気がついた時には、既に遅かった。

 敵の本土攻撃は、第1艦隊が出撃し、ジャンプに入ったほぼ直後から始まっていたのだ。

 

総統官邸の執務室にて公務中のクルークも、突然の爆発音と異常な振動を受け、異常事態を認識。それと同時に内務卿トイアーが扉を空け放つ。

 

「総統!緊急事態です!」

「状況は!」

「敵の侵入を受け帝都全域に攻撃!敵の奇襲です!!」

「奇襲だと!?」

 

クルークが報告に動揺していると、アンジェロ親衛隊長官が親衛隊の隊員を連れ立って執務室へとやってきた。

 

「敵の奇襲攻撃です閣下!直ちに避難を」

「マーク、ありがたい申し出だががそれは出来んな。」

「今の我が国は閣下のカリスマ有ってこそなのです。閣下を失えば帝国は立ち行かなくなってしまうのです!!」

「なればこそ、私が健在であると民に示し、逆転の契機を作るのだ!!」

 

 クルークの強い反論を受け、護衛として親衛隊員とアンジェロ長官が付く事を条件に、統合軍令部へと移動を開始する。

 

 ―筈だった

 

 クルークらが外へ出ると、既に炎は直ぐそこまで差し迫っており、肌が焼けるかと思うほどのチリチリとした熱気が帝都を包み込んでいた。

 周囲を見渡せば煤が舞い、民達が汗水垂らしながら拡げ、造り上げて行った帝都は、無惨にも破壊され、上空には悠々と飛ぶ敵機と敵艦が手加減など知らぬと言わんばかりに過剰とも言えるほどの攻撃をしている様子が見えた__

 

「民が、民が命を削り築いた帝都を…、我が帝国を!!」

 

 クルークが憤りを隠さずに声を張り上げる。

 声を上げたのはクルークのみだったが、その場に居た全員が同じ思いであり、それと同時に海賊等を決して許さないと言う思いも有った。

 しかしこの場に立ち尽くしていても何も変わらない。

 シュペール総長が指揮を執っている統合軍令部へと向かうべくアンジェロの部下が車を回し、さぁ乗り込もうと言うその時、トイアーの秘書官が彼に耳打ちをした。

 顔面蒼白とはこの事だと言わんばかりの血の気の引き方を見せたトイアーに対し、その場にいた全員「これはただ事出はない」と察しながら次の言葉を待つ。

 

「閣下…、大変苦しいご報告が…」

「…。そうか、トイアー。簡潔に、分かりやすく報告せよ」

「つい先程、敵の攻撃の直撃を受け、統合軍令部庁舎が壊滅。シュペール統合軍令部総長以下、既に集結していた陸海空各軍の参謀長・軍務大臣を含む将官佐官の重役ほぼ全員の死亡が確認されたと…」

「―そう、か」

「中央の命令系統全てが途絶した事により、戦闘中の各部隊にて混乱が広がっている模様です」

「宙軍省参謀本部の状況は判るか」

「現在調査中であるものの、絶望的かと…」

「状況が判明するまでの憶測的言動は禁ずる。…まだ使える指揮所はあるか」

「ここの地下の臨時指揮所は健在の筈です。本状況下に於いて、私の部下が数名、既にシステムの立ち上げに向かいました。また、武装親衛隊司令部は未だ健在との事。国軍救出の為の反攻作戦も展開準備が完了しております。」

 

 余りの手際の良さに、クルークが少し「フッ」と吹き出した。

 突然吹き出したことに疑問を感じたのか、アンジェロとその部下が首をかしげ顔を見合わせる。

 

「あぁすまん。相変わらず手際が良いなと思ってな。」

「お褒めの言葉…と、受け取ってよろしいので?」

「もちろんだ!良し、全員私に続け!地下指揮所へ向かうぞ!」

 

 行き先を軍令部庁舎から変更し総統府の地下指揮所に移したクルーク等は、全軍の状況把握に乗り出し、その惨状を目の当たりにした。

 海賊に対応する為に出撃した予備艦隊はその戦力の既に8割を喪失。既に壊滅状況にあり軌道上で潰走を続けている。また、対空陣地として形成された高出力陽電子砲台は建設中の物を除きその全てが破壊されており、敵に一矢報いんと出撃した陸軍は、ルバリアス、サルバー含め甚大な被害を受け大規模な反攻は最早難しい状況になっていた。

 加えて航空基地の大半は壊滅し、戦力配備の遅れていた武装親衛隊のみが細々と反撃をしている状態だった。

 

「最早ここまでの被害とは……」

「我が武装親衛隊も随分と手酷くやられていますな…」

 

 手塩にかけた国軍と、総統を守るべく立ち上がった親衛隊双方の痛手を受け、既に反攻戦力は残っていないのかと絶望している時、席を外していたトイアーが指揮所の扉を開け放った。

 

「閣下!コシュカ大将が!!空軍参謀長のクラーヴィリ・コシュカ大将閣下が生きておりました!!既に指揮所に到着、戦闘指揮に加わります!!」

 

 クラーヴィリ・コシュカ空軍大将。嘗てガミラス大公国軍で空軍軍人を勤めた生粋のマティウス派軍人であり、シャーフの国軍創設と同時に空軍の全権を総統より委任され、今に至るまで新型戦闘機開発等にも力を注いできた人物である。

 

「遅くなり申し訳ありません、閣下」

 

 コシュカ大将の軍服は煤に(まみ)れ、所々血に塗れていた。

 服の下から染み出た様な箇所もあれば、けが人の救助を行なったのか服の上から付いた様な箇所もあり、その姿は彼が如何に凄惨な場所から生還したのかを物語っている様だった。

 

「統合軍令部が壊滅した中で、よくぞ無事で居てくれた。しかしコシュカ君、いくら君が無事であったとしてももう我が国に戦う為の力は…」

「―いえ、まだ残っています。たった一つ、我が国の切り札が。」

 

 コシュカ大将が自信有りと言った様に、その「切り札」について説明する。

 その「切り札」とは、空軍と技術開発局の共同で開発されていた新型戦闘機の事であった。

 彼の説明では、その新型機は空軍側の要望を受け、制空・対地・対艦戦闘が可能なマルチロール機として製造が進められており、カルラン暦6年現在では各種性能試験用に先行して10機がロールアウトしているとの事だった。

 

「新型の戦闘機!それでコシュカ大将、その新型は直ぐ使えるのですか?」

「勿論です内務卿。ヴィラーディの郊外に、その新型機試験用に建設された秘匿基地があります。幸い敵に基地の場所が割れず、現在は10機全てが出撃命令を待っている状態にあります。」

 

 数年前に総統から秘匿基地の必要性を説かれたシャーフが、空軍との協力の下で建設が進めていたのが、ヴィラーディ郊外に設置された秘密基地である。極秘裏に建設されていた事もあり、全ての情報管理が徹底され、資材の搬入にも最新の注意が払われていた事で、情報の漏洩は一切なかったものの、その徹底された隠匿ぶりから徐々に工期が押し、結果つい先月の完成となったのだった。

 

「ヴィラーディの秘匿基地、そうか、あそこに…。コシュカ君、総統命令だ。件の新型戦闘機……名前は何だ?」

「はっ!ベルケンメイデンであります!」

「ベルケンメイデンか。ベルケンメイデン…、ベルケン…、メイデン……。うむ、ベルメイで行こう!コシュカ君、ベルメイ隊に出撃命令!帝都にエンジン音を轟かせ、奴らをここから叩き出すのだ!」

「はっ!!」

 

 総統の命令を受けたヴィラーディ秘匿基地から、10機の試作型ベルケンメイデンが出撃。

 10機と言う少数では有ったが、パイロット達は年単位での性能評価試験などで、この機体を自身の手足の様に操ることが出来るようになっていた。

 機体性能自体は、海賊の戦闘機よりも劣っては居たが、機体の性能だけが戦局を決定づける事が無いように、巧みな操縦技術と息の合った連携で相手を翻弄し、徐々にその戦果を挙げていった。

 

「あれがベルメイか……。何と美しく、そして優美な機体だ…。」

「全くです。まるで女神が舞っている様だ。」

 

 地下指揮所のモニターでベルメイの奮戦を見ていたクルークとアンジェロはそう言葉を零した

 実際、ヴィルディアの晴れた綺麗な空にはベルメイが戦闘の最中に引いたベイパーが浮かび、その戦いの激しさを物語ると同時に、空を美しく彩っていた。

 だが奮戦も虚しく徐々に徐々にベルメイ側が押され始め、一機また一機と墜とされてゆき、残ったのは3機のみとなっていた。

 「最早勝機は無い」と誰もが考え始めたその時、上空から攻撃を仕掛けていた敵が突如として爆発を起こす。

 突然の事態の困惑するクルークに、トイアーが声を張り上げて報告する。

 

「閣下!シナノ参謀長から入電です!宙軍省は無事な模様!!」

 

 司令部施設の中で唯一生き残っていた宙軍司令部からの入電、それは少なからずその場に居た者たちに希望を見せた

 

『閣下、ご無事で何よりです』

 

 通信を開き、モニターに司令部の様子が写ると、その場に居た者たちはその様子に絶句した。

 司令部内は瓦礫で満ちており、辛うじて出火はしていないものの、シナノ参謀長の背後からは悲痛な声が響く。

 そして、シナノ参謀長は負傷しているのか頭から血を流していた。

 

「シナノ君……、無事なのだな?」

『ご心配無く。私は軽症です。宙軍省の被害は他所より軽微です。しかし、出せる艦も今は無いため、陸軍の一部と協力して負傷者の収容と手当を行っています。』

「そうだったか。」

『早速ですが、つい先程ヴィルディア上空にジャンプ・アウト反応を検知しました。識別によると第二艦隊です』

「彼らが帰ってきたのか!そうか……しかし…」

『第二艦隊は艦隊の状況こそ壊滅的ではありますが士気は旺盛。ここから巻き返せるやもしれません』

「判った。宙軍の指揮は君に任せる。他各軍と警備局はこちらで指揮を受け持つ。幸いつい先程タオブン警務相もこちらに合流した。」

『はっ!閣下、ご武運を』

 

 シナノ参謀長が敬礼をし、宙軍省との通信が切れる。

 第2艦隊の参戦から1時間足らずで第1艦隊もハーマリアより帰還。戦列に加わった事で、敵を一網打尽とは行かないまでも打撃を与えることに成功した。

 頃合いを見て総統が敵軍司令官へ休戦を申し出ようとした時、これ以上の損害を出さぬ為か、敵軍が撤退する形でこの戦いは終結を迎えた。

 

 結果だけ見ても、カルラディアは勝利とは言い難い状況だった。

 いや、完敗したと言っても良いだろう。敵が損害を気にせずあのまま攻勢を続けていれば、ハーマリアの撤退が無くあのまま第1艦隊が交戦を続けていれば、カルラディア帝国と云う国家はこの宇宙から姿を消していただろう。

 

「トイアー、総統府総出で国内の被害状況を調べ、直ちに纏めてくれ。」

「はっ!」

 

 翌日、総統府が総出で徹夜をしてまとめ上げた被害状況の資料を、トイアーが総統へ持ってきた。

 軽い被害でないことを覚悟し、またどの様な被害であったとしても動じぬ様覚悟していた総統も、改めてその実情を聞かされると、動揺を隠せなかった。

 

「軍関係施設の被害は元より、此度は民間の施設・設備にも大きく損害がでております。帝都主要幹線道路は即時の復旧が困難な状況です。帝都中央空港は全施設が全壊し、復旧の目処は立っておりません。空軍関係の設備については優先的に復旧作業が行われており、地方への救援物資の輸送は明日にでも開始できるとの事です。一方で今回、特に鉄道設備の被害が酷く、鉄道による物資輸送は当面困難になると予想されます。また、民間人にも多くの死傷者を出し、死者だけでも既に300名以上確認しております。今後の瓦礫の撤去作業なども踏まえればもっと増える事が予想されます。」

 

 

 クルークが、まるでため息を吐くかのように「そこまでか…」と零す。まだクルークの反応は良いほうで、総統府の中には、この惨状を目の当たりにした事で体調を崩す者や、果ては自ら命を断った者まで居た。

 それほどの被害を受けてしまったのが、今回の戦闘であった。

 

「マリウスよ」

 

「直ちに、全ての戦没者を悼む為の追悼式典を用意せよ。荒れ狂う民の心を鎮め、共に彼らと新たに歩み進めるためにも」

「畏まりました。直ちに」

 

 総統の要請を受け、総統府は直ちに戦没者追悼式典を計画。

 先の戦いから5日が経過した2月8日、帝都中央大広場にて、厳かなれど盛大な追悼式典が行われた。

 

『戦没者諸氏。私は貴方方の事を、生涯忘れ得ぬだろう。此度の戦いは私の落ち度でもある。私が気がついた時には既に、帝都は戦火に包まれ、ここに来た同志諸君の時間と汗の結晶は無惨にも破壊し尽くされ、何の罪もない同志達が数多く殺された。私はこの日の事を忘れることは無い。私は、君たちの1人の「友」としてここに誓おう。―必ずや以前の帝都よりも栄え、バレラスすら超えるような素晴らしい帝都を造り、我が「友」の仇敵を討ち滅ぼす事を!!諸君、愛する者の死を、与えられた痛みを忘れてはならない。そしてそれを忘れること無く、彼らの為に立ち上がろうでは無いか!!』

 

 −総統の演説には、魂の震えがこもっていた。かつてセカンドオーダーをまとめ上げ、独立を決意し、多くの者を連れ立って長き放浪の時を乗り越えた彼の言葉には、やはり不思議な力があるようだ。―マリウス・シュトラス=トイアーの日記

 

 追悼式典を経たカルラディア帝国は、力を蓄えるべく休閑期へと入る。

 そして、今回の戦いを経た総統は、一つのある推測が確信へと至った。そして、これから起こる出来事を推測し、それすらも利用し国家の発展となるよう考えを巡らせるのだった___

 

  *   *

 

 シュリウシア銀河中心方向に在るとある星系のとある国家。

 そこの宮城内裏で1人の男が元首に謁見を賜っていた_

 

「陛下、辺境への戦闘任務に就いた第608艦隊が帰投致しました」

 

 とある居室にて片膝を付いた中年の男が簾の向いに居る男へと恭しく報告する。

 

「―そうか。して、成果の程は?」

「上々との事。戦闘力も申し分なく、建国して5年とは思えぬ発展具合だったそうです。」

 

 簾の向かいから、静かに「ほぅ」と言葉が漏れる。

 

「素晴らしい。―"宰相"よ。」

「はっ。」

「手筈通り、彼の国へ我が国より支援の用意があると申し出よ」

「畏まりました。直ちに」

 

簾の向いに腰掛けたの男から"宰相"と呼ばれた男が去ってゆく。

"宰相"が去った後、男の隣に掛けて居た女が口を開いた。

 

「陛下も、酷いお方ですわね」

「ほぅ?」

「自ら彼の国……カララリアでしたっけ?に攻撃を仕掛けたのに」

 

 

 態とらしく間違えてみせた女の態度に、つくづく悪女に成り果てたものだと、軽蔑よりも尊敬の念が出る。

 

「カルラディアだ、我が妻よ。私の"慈悲"を見せるには、これ以上の無い良い機会であろう?」

「えぇ、彼の国がこの"カラクリ"に気付く事も無く、気がついたときには我が国の下僕に…。フフフ、本当に悪いお人ですこと…」

「我が国が、この"フルクファーラント大皇国"が銀河の覇者となる、その為の礎となれるのだ。光栄なことだろう?」

「えぇ、全く」

 

 シュリウシアを取り巻く大きな陰謀がその姿をカルラディアに、クルークに顔を出そうとしていた____




 シュリウシア銀河に巣食う巨悪が、遂にその顔を覗かせた。

 ―その名も「フルクファーラント大皇国」

 彼らの目的は何なのか、我々に何を求めているのか。
 そんな国に1人、外交交渉という戦いの場で孤独な戦いを強いられた男が居た__

 次回、カルラディア帝国戦記第7話「交渉人ジークハント」
 若き仕事人の生き様は、此処に―
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