プロローグ
【アビドス砂漠・某所】
「───ここ、は……」
「……孤独、ね。……これが、本当の───」
───██、█きて。こ█からも、███。
───██様。█は、█せでした。
───██ちゃん。█████……。
「……分からない。───分からないわよ。ずっと……」
「……『宿題』、ね」
片角が折れ、
───そんなこと、どうでもよかった。
全ては……、全ては無価値なのだから。
『宿題』。██が最後に伝えたこと。その神妙な力強さゆえに、私はそれに触れられない。無価値だと、言い切れない。
きっと……疲れているからだ。だって、全ては無価値なのだから。存在すること自体が、間違っているのだから。
再び強く風が吹き、外套の裾を握りしめる。私は縮こまるようにして、目を閉じる。視界が暗くなり、意識の手綱を手放す。
───暗闇に落ちる寸前、誰かの低くくぐもった笑い声を聞いた気がした。
◇◇◇◇◇
【シャーレ・執務室】
"ふぁ……。ようやく一区切りかな"
私はデータを一時保存すると、大きくのびをした。椅子の背もたれが軽く軋み、背骨からは小気味よい音が鳴る。それから腕時計をちらりと確認して"……お昼食べてないや"と小さく呟いた。
『───質問。本日の昼食はどうするのですか』
"うーん、なんか中途半端な時間だし食べなくていいかな"
私の返事を聞いた画面の中の少女───プラナは、切れ長の目をさらに鋭く尖らせる。
『否定。昼食の非摂取は業務効率を低下させます。また、先生の健康面に悪影響をもたらす可能性もあります』
"そうね……じゃあこれでも食べようかな"
デスクの引き出しを開けて、中から包装された棒状のお菓子を取り出す。どうやらそれが気になったようで、プラナは液晶越しに近づいて平面ながらも覗き込むような姿勢をとる。
『……チョコレートバー、ですか?』
"うん。バレンタインにシロコから貰ったやつ"
『……ちょっと待ってください。それ、いつのお菓子ですか?』
"えーと……。ざっくり2年前とか、かな……"
『!? 早急に捨ててください!』
どうしてそんなものを引き出しに、とプラナが呆れる。
このまま押し問答を続けていても仕方がないので"よっこいしょ"と言いつつしぶしぶ戸棚に近寄る。
"ほら、これなら文句ないでしょ!"
『カップ麺……まあ、食事しないよりはマシです』
"……なんだかお母さんみたい"
『───わ、私はママではありません……』
否定しながらも頬をうっすらと赤く染めるプラナを尻目に、私はカップ麺に熱湯を注いでデスクに戻る。
"プラナちゃん、3分計ってー"
『はい、3分後にアラームを鳴らします』
"……毎回思うんだけどさ、この時間って何するのが正解なんだろうね"
『回答。したいことをすればよいかと。……急にどうされたのですか?』
"いや。今日は珍しく急ぎの仕事もないし、暇だなと思って"
『そうですか……。提案、メールでも読み上げますか?』
"うん、よろしく"
頷いたプラナは視線の先にメールボックスを展開する。忙しなく動かされる指先と連動するように、画面に表示されたメールがスクロールされていく。
『では重要度の高そうなものをピックアップして───あ、七神リンさんから連絡です。ブラックマーケットの調査依頼のようですが、詳細を確認しますか?』
"ブラックマーケット? 珍しいね"
───違法企業、闇取引、反社会的勢力。この世の悪を煮詰めたような場所、それがブラックマーケットである。銃社会であるこのキヴォトスでも危険地域と断じられているだけあって、各学園・企業は「触らぬ神に祟りなし」のスタンスを貫いている。
ましてや連邦生徒会長の不在によって、
私は腰を上げて、椅子に深く座りなおす。
『どうやら近頃、ブラックマーケットの治安が良くなっているようですね』
"……いいことじゃないの?"
『そういうわけでもないようです。───治安改善とはいっても、マーケットガードの活動が活発になっているわけではなく、複数の職種にわたる私企業や小悪党たちが自発的にブラックマーケットを離れているからなのだとか』
"へえ。珍しいこともあるもんだね……"
いくらブラックマーケットが無法地帯だとはいえ、そこが「市場」であることには変わりない。仕事がなくなった会社は当然撤退せざるを得ない。だが聞いている限りだと、複数企業の撤退に加えてチンピラたちもその場を去っているという。
……理由が不明な以上、確かに何らかの異変が発生していると捉えるのが自然か、と顎に手をあてて考える。
その間にも、プラナは淡々と続ける。
『変化はそれだけではありません。先述したマーケットガードですが、どうやら活動規模を縮小しているようです。また観測できる範囲内の話ではありますが、今までのデータにないオートマタも確認されたそうです』
"データにない……。別の企業がマーケットガードと競合してるんじゃなくて?"
『そこは未だ不明のようですね。一応連邦生徒会の方でも防衛室と協力して調査を進めているそうですが、シャーレに依頼が来たということはそれも難航しているのでしょう。……ただ、区域の治安が改善されていることは事実のため、急ぎの要請ではないということも付記されています』
"うーん、そっか……。できる限り協力するねって返信お願いできる?"
プラナの首肯を見た私は、背もたれに体重を預ける。
───ブラックマーケットに単独で足を踏み入れるのは、シッテムの箱があるとはいえ不安だ。だとしたらやはり誰かと一緒に調査したいが、自身の都合で生徒を危険に晒すのも考え物だ。
それに、ブラックマーケットから撤退した人たちの動向も気になる。もしかしたら、ヴァルキューレと協力した方がいいのかもしれない。
……そんなことを考えていると、不意にけたたましい電子音が鳴った。
『うにゃっ!? なんですか、敵襲ですかっ!?』
『あ、アロナ先輩おはようございます。今しがた、先生のカップ麺が完成したところです』
"お昼寝してたのに起こしちゃってごめんね、アロナ"
画面に現れたもう一人の少女───アロナは口端についたヨダレを拭いながら、程よくちぢれたインスタント麺を啜る私を睨む。
『……というか先生! なんとなく聞いてたんですけど、この私を差し置いてなにプラナちゃんといちゃいちゃしてるんですか!』
"え? ただお話してただけなんだけど……"
『肯定。アロナ先輩、まだ寝ぼけているのですか?』
『ね、眠いのはそうですけど……。でもでも、プラナちゃんばっかりズルいです! 私だって先生のお役に立つってところを見せちゃいます! えーと……あ! トリニティの古書館でイベントをやってるみたいですよ!』
『……アロナ先輩の情報、役に立ちましたか先生』
"……頑張ったと思うよ、アロナにしては"
苦笑しながら麺を啜っていると、アロナは血色の良い頬をぷくーっと丸く膨らませる。
『どうしてそんな血も涙もないようなことを平気で言えるんですか! 先生のオニ!』
"ご、ごめんってアロナ……"
『それにプラナちゃんも! お姉ちゃんをバカにすると、おやつのプリンがどっかに消えてなくなっちゃいますよ!?』
『!? そ、それは……』
"プラナ、騙されないで……"
『んもーっ、私だってプラナちゃんみたく先生を……。あ』
"どうしたの、アロナ?"
"───これは……"
私はすぐさまスープを飲み干し、ラックに掛けてあったコートを羽織る。そしてシッテムの箱を懐に入れようとすると、白髪の少女はくすりと笑った。
『……流石先生。判断が早いですね』
"もちろん。───困っている
にこやかに微笑むプラナが写るシッテムの箱を懐にしまって、私はサオリのもとへと急いだ。
特殊タグムズすぎワロタ もっと勉強します