その後もサオリは、死角から的確に、そして迅速にオートマタたちの頭を撃ち抜いていった。……もうサオリひとりでいいんじゃないかな。
順調に歩みを進めていると、曲がり角でサオリが左の手のひらをこちらに向けた。
「───見えるか先生、あそこが社長室だ」
角の陰に身を潜めたサオリが短く囁く。私もゆっくりと覗き込む。そこには重厚な扉があり、不幸なことに倒してきたオートマタよりもさらに重装備を纏った兵士が、3人も立っていた。
"やっぱり、そうだ……"
「どうした?」
"今までゆっくり観察する機会がなくて確信を持てなかったけど……今やっと分かった。───あの兵士たち、カイザーの手先だよ"
正確には、カイザーPMC。───幾度となく私や対策委員会の前に立ちはだかり、あの手この手で嫌がらせをしてきた団体。彼らがなぜここに……?
「……名前くらいは聞いたことがある。確か、先日の襲撃事件で上層部が機能不全に陥っていると聞いていたが」
"知らないうちに復活したのかも。……ホシノたちも知ってるかな"
「まあ、相手の素性が割れたところで対処の仕方は変わらん。どんな身分だろうと、人は人だ」
そう言って機を伺うサオリに、今まで気になっていたことを質問する。
"というか、よく社長室の場所が分かったね"
「……? 勤め先の構造を調べておくのは普通だろう」
"言うほど普通かな……"
サオリは「これだから先生は危機感が足りない」と呆れた表情で呟く。
「いいか、情報は時に命よりも大切だ。それひとつで戦況が逆転することもあるからな。───現に私たちも、こうして苦戦することなく
"……ふふっ"
「……何が可笑しい」
"いや、別に。肝に銘じるね"
ふいに、アズサを育てたのはサオリなんだな、と感じたのだった。
「しっ───。何か話しているらしい」
サオリが人差し指を立てる。彼女に倣って耳を澄ましていると、刺々しい声が聞こえてきた。
「まったく、準備にどんだけ時間がかかってるんだよ」
「こんな暇な仕事、早く終わらせたいもんだけどなぁ」
「クライアントも気にしすぎだよな。まさかテロリストや特殊部隊が攻めてくるわけでもあるまいに、ウチの会社に護衛を頼むなんて」
「なけなしの金で依頼したんじゃねぇの? ……ま、それもこの分じゃあ時間外手当でさらにむしり取られるだろうけどな!」
「契約書を読む暇もないぐらい切羽詰まってるのかよ、笑えるな」
"どうやら、制裁は勝手にされそうだね"
「……復讐などはどうでもいい。それは虚しいだけだからな」
それよりも、とサオリは右手に持った銃を揺らす。
「社長がまだ中にいるというのは僥倖だ。───このまま一気に行くぞ」
"正面突破?"
「したいところだが……見たところ、あの兵士たちはかなりの手練れだ。先ほどのような銃撃戦だとこちらが反撃を受ける可能性が高い。……先生の身体に当たってしまっては
素早く前後を確認したサオリは、「時間がない。派手に行こう」と鋭く言って懐から丸いものを取り出した。
ピン───。
「先生、伏せろっ」
"むぐっ───⁉"
ゴォオオン……。
刹那、身体を揺らす衝撃波と轟音。それに続いて壁が崩れる音。……どうやらサオリは、この狭い廊下で手榴弾を投げたらしい。
「ふぅ。───怪我はないか、先生?」
"怪我は大丈夫だけど……"
「ならよかった」
爆発に反応できなかった私を見越していたのか、サオリは爆発の寸前に私を全身で庇ってくれたのだ。おかげで身体に傷を負うこともなく、口ぶりからしてサオリも大丈夫そうだ。
……問題は、またしてもサオリの豊満なボディが私の身体に───しかも今度はサオリがハグするような形で、
「……どうした先生、顔が赤いぞ?」
"私はサオリが悪い大人に騙されないか心配だよ……"
ため息を吐きながらそう応えると、「そのために先生がいてくれるのだろう?」と無垢な瞳を向けられてしまった。……何も言えない。
粉々になった扉をサオリが蹴破ると、スーツ姿の恰幅の良いロボットが腰を抜かして震えていた。
「な、なんだ今の爆発は! ……もしかして、お前らがやったのか⁉」
「今の爆発は私が投げた手榴弾によるものだ。驚かせてしまったのならすまない」
「ぐっ……ご、護衛! 侵入者、侵入者がいるぞぉ!」
「護衛とは、扉の前にいたオートマタ達のことか? それなら粗方片付けてきたから、無駄な抵抗はやめるんだな」
「クソっ、せっかく高い金を払って雇ったのに! これじゃ意味がないじゃないか!」
ロボット社長の周りには、爆風で飛び散った大量の紙が舞っていた。抱えているパンパンのリュックサックの中には、恐らく持ち逃げしようとした重要書類でも詰まっているのだろう。───これが終わったらヴァルキューレに通報かな。
社長はしばらくオートマタたちへの悪口を呟いていたが、やがて真っ赤になってこちらを指さした。
「い、一体誰なんだ貴様ら……!」
「やっと我に返ったようだな。私はバイトの錠前サオリだ。未払いになっている給料を貰いに来た」
"同じくシャーレの先生です。生徒から金銭トラブルの相談を受けたので、同行してきました"
「───ふん。すまないが、給料は払えんな。お引き取り願おうか」
"それはどうしてですか?"
「払えんもんは払えん。……大人の事情というやつさ。先生、といったか? 君も大人なら分かるだろう?」
──────。銃を向けようとするサオリを片手で制し、私は社長の耳元までしゃがみこむ。
そして、サオリに届かないくらいの小声で、言った。
"『子ども』を蔑ろにする事情なんざ、大人にあっちゃいけねぇんだよ。いい加減にしろ"
───言いたいことを言った私がサオリのところに戻ると、社長は青ざめた表情になってぽつぽつと事情を語りだした。
「……俺にも、分からねぇんだ。本社からいきなり、支社を破棄するって通達が来て……」
"本社の支援が打ち切られた、という話ではなかったのですか?"
日雇い護衛の話を思い出して尋ねると、社長は諦めたように首を振った。
「一応社員にはそう話してるんだがよ。……実は、本社が攻撃されているらしいんだ」
「本社が? どういうことだ」
サオリが身を乗り出してくる。
「攻撃といってもサイバー的なやつじゃねぇ。……物理的にだ。この間なんか、オフィスに対戦車キャノンが撃ち込まれたらしい」
「だが、それと給料が振り込まれないことに一体何の関係が……」
サオリがそう言うと、社長は勢いよく床を拳で殴った。
「……ブラックマーケットだ」
"ブラックマーケット?"
「ああ。……本社はブラックマーケットにある。融資を受けていた銀行も、当然ブラックマーケットの銀行だ。───だが本社への攻撃が始まって、修繕費用を捻出しなければならなくなった。銀行からの取り立てと止まらない出費……。そしたら奴ら、何をしたと思う!? ───キヴォトス中の支店からカネを巻き上げたんだ! 今まで必死に事業を拡大してきたのは本社のあいつらなんかじゃない、現場の俺たちだ。それなのにどういうつもりなんだ、クソッ!!」
"だから焦って逃げようと……"
社長はひとしきり叫んだあと、サオリを静かに見上げた。
「……そういうわけで、どうにも払えん。……本当に、申し訳ない」
「……社長の言い分は分かった。だが、私も金がないと明日を生きることも難しいのだ。どうにかならんか?」
「すまないが、どうしても……」
渋る社長に、サオリは銃を突きつける。社長は情けない悲鳴を上げた後、泣きながら叫んだ。
「わ、わかった! 本社に行けば、まだどうにかなるかもしれん!」
「どうにかなるんだな、本当に!」
「あ、あぁ……! だから銃を下ろしてくれ、頼む!」
"サオリ、そのへんに……"
そう窘めると、彼女は不満げに銃口を下げて短くため息を吐いた。
"……行く?"
「───行こう、先生」
「……本社に向かうならこれを持っていけ。簡単だが、ビルの位置が書いてある」
サオリは紙きれを受け取り、細身のパンツのポケットにクシャっと捻じ込んだ。
───社長室から退室する前に、私は未だにパンパンのリュックを抱えている社長に短く伝える。
"あ、そうだ"
「……なんだ」
"この一件は、一応ヴァルキューレに報告させていただきますね"
「んなっ!?」
"じゃあ行こうか、サオリ"
「ああ、分かった」
「ちょっ、待て、待てぇーっ!!」