外道の華   作:鬼瓦☆レボリューション

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隠れ家(セーフティ・ハウス)にて

「狭いし暗いから、手を離さないようにね」

 

"ありがとうアツコ……"

 

 オートマタの軍団を突破したスクワッドと先生は、街の外れにある裏路地を進んでいた。スタスタと前を進むアツコの手に導かれて、先生は散乱するゴミを避けながら歩く。

 

「まさかこんなところでリーダーと会うなんて」

 

「……ぅ」

 

 ゴミを蹴散らしながら先頭を進むミサキの呟きに、サオリは噛み潰したような声を上げる。

 

「……その、だな……」

 

「――はぁ。別にリーダーを責めてる訳じゃない。どうせ仕事(バイト)の都合でここに来てたってだけでしょ。……私たちも長いことここにいるから、いつかは鉢合わせるかもしれないとは思ってた」

 

 そこまでは良いんだけど、とミサキはブーツを止めて、じろりと先生を()めつけた。

 

「……何でこの人がいるの」

 

"え、私?"

 

「ふふっ、ミサキからの熱視線だね。ひゅー」

 

「! そ、そうだったのか。ミサキと先生はそういう関係――」

 

「からかうのもいい加減にして。怒るよ」

 

 ミサキは鋭い目つきのまま黒いマスクを着けなおし、再びブーツの音を暗い裏路地に響かせる。他の面々も口元を綻ばせながら彼女の後ろをついていく。

 

 それからしばらく歩くと、ミサキはぴたりと足を止めた。

 

「……着いた。そこに(トラップ)あるから気を付けて」

 

「任せて、ミサキの大好きな先生の命はしっかり守るから」

 

 アツコはそう言ってくるくると笑う。一瞬にしてげんなりしたミサキは溜息を吐きながら壁の割れ目に姿を消した、ように先生には見えた。顎に手を当ててしばらく外観を眺めていたサオリも、やがて得心したように身体を忍び込ませた。先生も恐る恐る、それに倣って肩を隙間に入れる。

 

 

 瞬間――ぎゅむと腹の脂肪がつっかえて、冷や汗が先生の額に滲む。

 

 

「あの、大丈夫?」

 

"……今日は結構走ったし、お腹も引っ込んでるから。うん"

 

 たぶん。きっと。――するとアツコは、どうにか捻じ込んだスーツの半身をあろうことかグイグイと押し始めた。

 

「えいっ」

 

"!? ぐっ、ぐぬぬぬぅ……っ!!"

 

「えいえい♪」

 

"あ、アツコ、ちぎれる! おへそがちぎれちゃう!!"

 

「姫! 先生を千切るな!」

 

「3人ともさっきから五月蠅(うるさ )い! ここ一応隠れ家なんだけど……!」

 

 賑やかな絶叫が、ブラックマーケットの瓦礫に響いた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「あっ、お、お久しぶりです先生(せんせえ)ぇ……」

 

"やほ、ヒヨリ。さっきの援護助かったよ"

 

 廃墟の一間に揃えられた家具。スポンジのはみ出たソファーから飛び起きたヒヨリに、先生は手を振る。その奥では、ミサキがサオリの腕に包帯を巻いていた。

 

「どう先生、私たちの隠れ家は。珍しくシャワーも出るんだよ?」

 

「へへ、み、水ですけどね……」

 

「電波だって入るから連絡も取れる……」

 

「圏外ではない代わりに、1本しか立ちませんけど……」

 

 ヒヨリのネガティブなツッコミに、輝いていた2人の瞳が曇る。腕に巻かれた包帯を見つめて口を真一文字に結ぶサオリ。

 

(…………気まずい)

 

 先生は窮屈そうに肩をすくめたが、思い直したようにヒヨリの隣に勢いよく腰を下ろして、彼女の身体を膝の上に乗せた。

 

「う、わぁあっ!?」

 

「……何してるの先生。……最低」

 

"ヒヨリ、嫌なら降ろすけど……"

 

「へ、へへ。こうやって手籠めにされるのも……先生になら、悪くありませんね……」

 

 ふへ、と上がったヒヨリの口角を眺めて、先生の手が垂れ下がったブルーシエルのサイドテールを左手で梳く。もう何度目か、ミサキのため息が零れる。

 

"3人とも、ここで暮らしてるの?"

 

「そうだよ。元はミサキの発案だよね、ミサキ?」

 

「……まあ。同じ追われる立場の多いブラックマーケットならうまく隠れられるんじゃないかと思ってここを選んだけど、どういうわけか来てすぐに人が減り始めて」

 

「そ、そういえば空き家も随分と転々としましたね……。最初に住処を提供してくれたエセ商人は地獄で元気にやってるでしょうか……」

 

"ヒヨリ、人を勝手に地獄に堕としちゃダメだよ"

 

 ふるふると震えるヒヨリの頭を撫でながら、先生はリンからのメールを反芻する。――企業の撤退と不良たちの消失、そしてここで出会った謎の機械兵軍団……。

 

 

("一体、ブラックマーケットで何が……?")

 

 

 もやもやと纏まらない思考を重ねていると、俯くサオリにアツコが問いかけた。

 

「――サッちゃん、元気だった?」

 

「っ、あ、あぁ。……アツコたちも元気そうだな。何か足りないものはないか? 困っていることがあったら遠慮せずに――」

 

「……。遠慮しなくて、いいの?」

 

 アツコの声を皮切りに、ミサキもヒヨリもサオリの顔を見つめる。その視線は金銭で買えるようなものではない、もっと別の、特別なただひとつのものを見据えていた。

 

 一瞬にして張り詰めた空気に彼女の切れ長の目が揺らぎ、そしてゆっくりと瞼を伏せる。

 

「……分かった。正直に話そう。――ふっ、久しぶりに皆の顔を見たせいか、どうにも本音が抑えられそうにないな」

 

「! それって――」

 

 

「ああ――今はお金がないから、援助はできない! すまない、見栄を張った!!」

 

 

 この通りだ、と頭を下げるサオリに、口を開けたまま呆然とする3名。先生が間を取り持とうとヒヨリの頭から手を離したその時、アツコの柔らかな唇から、ぷっ、と息が漏れた。

 

「あは、は……。うん、やっぱりサッちゃんはそうじゃないとね」

 

「……まあ、リーダーらしいっちゃリーダーらしいね」

 

「サオリ姉さんでさえ金欠に――やっぱり人生は虚しいですね……」

 

 そこじゃないと思うけれども。先生は短く息を吐いてから、再びヒヨリの頭を撫でた。

 

「お金がないって、仕事がないってこと?」

 

「無いわけじゃない。……ただ、少し貯金が無くなっていたところに給料未払いが畳みかけられただけだ」

 

「――その会社、どこ?」

 

 勢いよくセーフティーを外すアツコの姿を見て、先生は慌ただしく彼女を(たしな)めた。アツコは頬をむくれさせて、渋々銃を床に戻す。

 

「じゃあリーダーは金欠になって、ブラックマーケットの割がいい汚れ仕事を探してここに来たんだ」

 

「いや、そういうわけではない。未払いの件についてそこの社長と話をしたら、ここにある本社の方へと向かってくれ、と言われた次第だ」

 

「……先生引き連れて?」

 

「ああ。何か問題でも?」

 

 ミサキは怪訝な顔をサオリに向けたあと、いかにも情けなさそうなスーツ姿の方を見て、ため息を吐いた。

 

「……ダメだよリーダー。こんな大人連れてったって頼りにならないでしょ」

 

"心外だなぁ……。私だって結構、頑張ってるんだよ?"

 

「頑張ってるかどうかは関係ない。結果だけが、全てだから。本社に行けとか言われて、結局たらい回しにされてるだけなんじゃないの」

 

「うわぁあああああん、やっぱり全ては虚しいんですねぇえええ」

 

 静まり返った廃墟に、ヒヨリのすすり泣く声が響いた。先生は顎に手を当てる。

 

 

 ――確かにここに本社があるというのも、あの場を治めるためだけの嘘だという線はないわけではない。むしろカイザーと繋がりのあるような私企業なら、そういうダーティなことをやるのが通常運転だともいえる。だが仮に本当だとしても、あのような軍隊がいつどこから襲ってくるか分からない状況では、迂闊な行動などできないというのも本音だ。

 

 

 先生が唸っていると、ヒヨリはしゃくりあげながらも口を開いた。

 

「――で、でもそのお金がなかったら、サオリ姉さんは死んでしまうんですよね?」

 

「……そうだ。情けないことにな」

 

「だったら! こ、今度は私たちがサオリ姉さんを助ける番です」

 

 その言葉に呼応するように、アツコは優しく微笑み、ミサキは浅くため息を吐く。

 

「……すまない」

 

 サオリは深々と頭を下げた。

 

"よしじゃあ決まり! ――といきたいところなんだけど"

 

 先生はぱん、と手を叩いてサオリの腕を見た。だいぶ出血は止まったみたいだが、まだ激しい動きは控えたほうが安全だろう。

 

「……かなり腕が鈍ってしまっていたようだ。面目ない」

 

「サっちゃんのせいじゃないって。それだけ安全なバイトをしてくれてるなら、ミサキの心配も減るから」

 

「はぁっ!? ちょっと姫――」

 

「……だ、弾薬もけっこう消費してしまいましたし……。あの訳の分からない機械兵(オートマタ)たちをうまく避けられるでしょうか……」

 

 追撃をするにも準備不足。そんな状態で戻っても返り討ちに遭うだけだろう。そもそも、戦った場所にまだいるのかも分からないのだ。下手に誘き寄せられたら、今度こそおしまいかもしれない。先生は頭を抱える。

 

"(せめて、もっと人手があれば……)"

 

 

 ピリリ、ピリリ。

 

 

「うひゃあ!?」

 

「落ち着いてヒヨリ。……先生の電話? マナーモードにしてくれると助かるんだけど」

 

"ごめんね。ちょっと出てくる"

 

 先生が画面を確認すると――突拍子もない相手の名前がそこに表示されていた。

 

"……アルちゃん?"

 

 ――瞬間、脳裏にヒナの話がフラッシュバックする。困窮。金欠。裏事業の無茶な拡大。

 

 鼓動が速まる。固唾を呑み、通話ボタンをそっとタップすると、えらく神妙な社長の溜息が聞こえてくる。……そして。

 

 

『――先生、()を討ちに行くわよ』

 

 

"――……はい?"

 

 通話越しに告げられたのは、何とも奇怪な言葉だった。

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