trueルートその後 作:幸森
東部都市郊外にある隔離施設...その施設は革命軍と政府軍で内戦が行われているこの時世においては大変異質な空間であった。
無論、他の軍事施設と同様、施設周囲や内部には幾人もの兵士や職員達がおり、例外なく銃器を所持し、監視の任についている。だが、施設職員達には浮ついた...いや弛緩した空気が広がっている。そんな中、廊下をため息混じりに歩く少女達がいた。
「ダチカちゃん、そんなため息していたら幸せが逃げちゃうよ」
「そうはいってもね...こんな状況、誰だってため息の1つもつきたいわよ」
「その気持ちはわかるけど...」
栗色の編んだ髪の妙齢の女性、アブレックは外を見ながらそう答える。周囲には監視の人員がごまんとおり、その心労は計り知れないだろう。だが、2人にとって何よりも気がかりなのは...
2人は最も警戒の厳しい区画に辿り着いた。警備室の人間に用件を伝えるとすぐに扉が開き、入っていく。
「まったく、スネジンカサマには困りもんですよ、ねえお二人さん」
付き添いの兵士が2人へと話しかけてきた。廊下にまで響くこの声に、さすがの軍人も音を上げたらしい。
「いえ、あんな目に遭ったんですもの。ゆっくりと治してあげたいわ、それが上司としての務めよ」
「お優しいことで...全くあれで救国の英雄サマねえ...」
軽口を叩きながら兵士は廊下に響く甲高い声の元凶へと2人を連れて行く。
「お"姉"ち"ゃん"が死んじゃう!助け"て"!返して!お"姉"ち"ゃん"!お"姉"ち"ゃん"!お"姉"ち"ゃん"!」
「お"姉"ち"ゃん"!」
首の取れかかった人形、心なしかマルフーシャに似た人形を握りしめながら泣き叫ぶ子どもがいた。いや、確かに身長や身振りは子どもではあるが、その本来の年齢は18。人形遊びやこのような泣き叫ぶ駄々っ子であるはずがない年齢の少女、スネジンカがそこにはいた。
「やっと来たか、遅いですよ。全くこれだから下級からの成り上がりどもは...」
世話役の女は仏頂面で2人を歓迎した。
「はい、すみませんでした。手続きに時間がかかりました」
「言い訳は要らない、とっととあの子を黙らせなさい」
「わかりました」
2人は持ってきたカバンから裁縫キットを持つと泣いている少女へと近づいていった。
「スネジンカ〜、ダチカさんとアブレック先生がお姉さんを助けにやってきたよ!」
「ダチカのお姉ちゃん!、アブレック先生!早くきて!お姉ちゃんが!」
アブレックは駆け寄り人形を貰う
「はいはい、貸してね。あ~綿が少しなくなってるし毛糸もほつれてる。これはちょっと難しいから交換しよう。ダチカちゃん鞄から新しいの持ってきて。待っててね今直すから」
ダチカから新しい人形、黒い服を着たマルフーシャを模った人形を受け取るとアブレックはスネジンカに向き直った。
「ほら、スネジンカちゃん、大事なお姉さんは治りましたよ。良かったですね」
「ありがと〜、先生は本当に凄いお医者さんだね。お姉ちゃんを一瞬で治してくれる!奇跡みたい!」
「奇跡も魔法もないよ。お姉ちゃんは元気だから、安心してね。スネジンカちゃん」
「お姉ちゃん、先生にお礼しないとだね、ね!お姉ちゃん!」
彼女は人形に向き直るとまるで本当の人に話すかのように語りかける。その目は焦点が合っていないようにも感じる。
このような事は一度や二度ではない。自分が姉を撃ったことを忘却し、人形を姉と呼び一緒に暮らすようなおままごとを始めた。偶に我に返り人形を自分の姉でない、姉を殺したのは自分だと癇癪を起こし暴れる。医者は心因性の幼児退行とPTSDだろうと診断を下し、革命軍幹部は時折利用価値が出ないか様子を見に来る。最初は自分達で対応していた職員達も救国の英雄なんて呼ばれる彼女の醜態を見続け、呆れ、面倒になり、このようなことが起きると下級の彼女達に任せるようになった。
しばらくスネジンカはダチカ、アブレックと共に遊び、落ち着くと職員達は2人に退室を促す。今更ではあるが保安上の問題があるからだ。
「また来てね、ダチカのお姉ちゃん、アブレック先生」
スネジンカはにこやかにブンブンと手を振る。
「来るわよ、待っててね」
「バイバイ」
手を振り返してダチカ達は職員達に連れられ、部屋を後にする。
世話役の職員も出て行き、独りになった子供部屋の中でマルフーシャの人形をがっしりと握りしめまた、夢の世界へ入っていった。
姉さんと幸せに暮らしている。ありもしない夢の世界へ...
ダチカ達は廊下を歩き続ける。2人とも悲痛な顔もちで、すれ違う職員達も彼女達の顔を見ると皆、歯切れの悪そうな顔をする。そして割り当てられている個室に戻るとアニタが座っていた。おかえりなさいと言いながら手で丸を作り、それに2人はこくりと頷くとソファに腰掛けた。
「スネジンカ、相変わらずだけど少し体調が戻ってそうだった」
ダチカが話を切り出し、テーブルに手を置くその手には1枚の紙切れが握られていた。
735 し1
800 し1
1020 し3 い1
1125 し1
1200 し1
1315 し1
1505 し1
1800 し1
1835 し2か1
2135 し1
2405 し1
クレヨンで書かれたそれは一見しても数字と文字の羅列にしか見えないが、これまで幾度も手に入れた紙切れとの比較で意味を成す。
「ご飯もしっかり食べれているみたい、3食きっちり食べれるのは革命軍の特権よね...政府軍じゃこうはいかない」
「そうね、ダチカちゃん。でも毎週来るおじさん達が怖いって言ってたわね。それで泣いちゃって時折会いに行けるけど、こんなことスネジンカちゃんのためにもならないわ」
食事の時間はかなり正確に出されており、誤差10分程度、革命軍幹部との面談や医者のメンタルケアの時間も数十分のズレ程度だ。
「偶には外に出してくれないかお願いできないかな、北の方に花畑があるの、この時期なら綺麗な花も咲いてるよ、西の森もハイキングとかには向いてるし息抜きになると思うの」
アニタは胸ポケットから紙をとりだし2人に見せ、ペンで軽く叩きながら言う。
300-500 北門 不在
100-600 西門 門兵ポーカー
南門☓
東門☓
200-400 機械兵と哨戒が不規則に巡回
400-600 機械兵のみ、決まった順路で巡回
「難しいわ、何度か上に上申しているけど。断られてる」
ダチカは返答する。その目は紙をしっかりと見て、うなずいた。
「別に施設の外じゃなくてもいいの、レクリエーション室とかでトランプとか、最近エクトルも深夜に朝まで職員達とポーカーに興じてるって言うし」
そう喋りながらアニタはアブレックに視線を移す。
「いいんじゃない、ダチカちゃん。そこら辺も伝えてみたら」
「わかったわ、どこまで受けてくれるかわからないけど、やるだけやってみましょう。出さなきゃいけない書類もあるし、遅くなるかもしれない。4時までに連絡するから駄目だったら6時の夕食は他のみんなと先に食べてて」
「「了解」」
スネジンカ、待っててね。絶対に助けに行くからね。彼女達の心は一つになっている...
「また、人形を壊したんですか...はあ、何度言ったらわかるんですか?スネジンカサマ...」
「なんで!あんなのお姉ちゃんじゃない!」
駄々をこねる彼女は泣き出してしまい、手のつけようがなくなった。
「はあ...まあいい、またあいつらに持ってこさせるか直させればいいか、そうですねお姉さんじゃないですね...はあ...失礼します...」
世話役の職員が呆れ果て出て行くと、しばらくして泣き止んだスネジンカは首の取れかかったマルフーシャの人形を抱え、ぽつりとこぼす...
「あーあ、早く姉さんに会いたいな」
次の新月 0350
その微かに開いた瞳は人形の中に隠れたメモを映している。
毛糸玉さんという方のイラストで思いついたxでの100文字小説の加筆修正版。
スネジンカの夢も希望もあるENDと自負しております。